カイナとニスモが滞在して2日目、寝ていたカイナにとっては実質初日の夜。
黒狼の行商団に、1匹の「羽虫」が舞い戻る。細長い宝石に四枚羽を付けただけのソレを、果たして虫と呼んでいいのかは定かではないが。
『メムシ』と呼ばれるその虫は、放った張本人であるモースの指に止まる。
その虫を見詰めながら、モースは計算する。メムシが対象に到達するまでに掛かった時間、もう一つはメムシが示している宝石の色だ。
「約1時間…ざっと200里。地形や気象を加味するんなら、連中がここに着くまで6日ってとこか。途中の村々を襲わなけりゃ、だがな。黄色…ってことは、数は500以上」
読み上げるモースの周りに、ニスモを始め腕利きのリザードマン、オーク、蛇女、コボルドらが集まっている。
彼等のただならぬ空気を察したカイナは、少し離れた場所でその表情を険しくする。
「悪い奴等が6日くらいで大勢やって来るんだって」
イゼラの耳打を聞いて、嫌な予感がカイナの背筋を走った。あのお人好しなイゼラがはっきり「悪い」と呼ぶ程とは、どんな連中なのだろう、と。
「…賊か何かか?」
「もっとヤバいかも。人間種根絶~みたいな連中らしいし」
そういう連中が生まれた経緯が、カイナには想像出来た。
もしユートリアンから逃げ仰せた魔物が居たなら、そう成り果てるのが自然だ。この大陸にも人間種が住んでいるというのは、ニスモからさらりと聞いた事がある。
「大丈夫!カイナはアタシが護ってあげるから!」
そう言って、横からカイナを抱き締めるイゼラ。
本来なら余計なお世話だと言ってやりたいカイナだが、彼女に抱き締められると抵抗力を削がれる。故に、何も言えず為すがままだ。
「…お前たちは逃げないのか?」
「なになに!?心配してくれるの!?」
そう返され、カイナは腕の中でそっぽを向く。
連中がこちらに向かっているのなら、既にカイナとニスモの存在も把握している可能性が高い。向こうも索敵能力くらいはある筈だ。
このまま2人で西へ進もうと迂回しようと、発見されたら多勢に無勢だ。ならば、この行商団を味方に付けて迎え撃った方が良い。地の利もこちらにある。
それだけだ。イゼラたちを巻き込みたくないとか、そんな事は思ってない。逃げない理由を知りたいだけだ。心の中で、カイナは自身にそう言い聞かせた。
「経営の事とかよく分かんないけど、逃げないと思うなー団長は。ここってホント立地良いから、気候的にも仕入れ的にも。村とか町もそう遠くないし」
モースも、団を考えての事なのだろう。確かに荷馬車の整備には余念が無いが、移動せずに済むのならその方が良い。この広大過ぎるギヤ大陸において、移った先が今より良い環境とは限らないのだから。
モースの団自体も、荒事に慣れてるのだ。その証拠に、イゼラを始め殆どの団員が落ち着き払っている。3ヶ月間この豊潤な地を独占出来たのは、荒くれ者共を幾度となく追い払ってきたからだ。
「けどまぁ向こうも500以上は居るらしいし、秘策でも無ければ厳しいかもねぇ」
今ニスモたちは、その秘策について話し合っているのだろうか。500もの手勢にどう立ち向かうと言うのか。自身はどう戦うか。
難しい顔でカイナがそんな事を考えていると、イゼラはまるで空気を切り替える様にパチンと手を叩いた。
「ハイ真面目モード終了!考えても仕方無し!…てな訳でカイナ、「お風呂」行こ?」
「……?」
また唐突に、しかも随分と懐かしい単語を耳にしたからか、混乱と困惑がカイナの発言を許さなかった。
こんな森に熱線水なんて、ある筈が無かろうに。混乱から回復したカイナが抱くそんな疑念は、至極真っ当なものであった。
ただ今更ながら、カイナはある重大な事柄に気付いた。
そう言えば、ニスモと旅をしてから一度も風呂に入ってない、と。
ところで言い出しっぺのイゼラはと言うと、もうとっくに2人分のタオルを取りに行った。
そうして広場から北へ、徒歩で凡そ40分。
言われるがままイゼラに案内された先は、底が見える程に水の澄んだ美しい川だった。
相変わらず木々に覆われたその川の側面には、池の様なダムの様な水場があった。水の流れで丸く削れたほとりに、川から少しだけ注水される程度に岩と粘土で蓋をした様だった。
そして驚く事に、湯気が立ち上っていた。川全体ではなく、その丸い水場からだけ。
そうさせているのは、水浴びをしている「ある生き物」が原因であった。
「今日もご苦労様~!」
イゼラの労いにも特に応じず、その主は水場から出ようとしない。
橙色の鱗に覆われたその大きな生き物は「サラマンダー」。
それを見たカイナは、この擬似温泉の仕組みを朧気ながら理解する。
(冷却の為に、1日1回水に浸かるんだったな。その間は動けなくなるから、安全だとは思うが)
だが、こんな応用があるとは流石のカイナも知らなかった。
念のため指を入れて水温を確認してみるが、人肌よりも少し熱い程度の適温だった。痛みやかぶれも特に無い。
イゼラの言葉は、誇張などでは断じてない。間違い無くこれは風呂だ。
「あんまりトカゲちゃんに近付き過ぎないでねー。火傷するから」
何も纏ってないイゼラは、躊躇いなく鉤爪先から湯泉に浸かっていく。
肩まで浸かりきると、彼女の表情が艶めかしく火照る。可憐な少女は、気付けば大人の女性へと変貌していた。
どうやらハーピーにも、湯泉が気持ちいいという感覚はある様だ。
「はぁ~…ここアタシだけの穴場なんだー」
つまりここは、イゼラの自作という訳だ。それをカイナにだけ提供してくれるとは。
カイナとしては勿論ありがたい。彼女にとっても、凡そ2週間ぶりの風呂だ。
だが、人前で服を脱ぐのには抵抗があった。元から裸の付き合いが苦手というのもあるが、嘗てタクトに裸体を見られた事がそれに拍車を掛けていた。
少しずつイゼラに慣れてきたとは言え、どうしても躊躇いが消えない。
増してやここは、団から離れた森林の僻地。どんな危険生物が現れるか分からない中で、無防備な姿は晒したくない。
「…カイナ~早く来て?」
潤んだ黄金の視線と色っぽい声が、カイナの脳を揉みくちゃにする。
無自覚で純朴な、されどカイナを狂わせる黄金の瞳。そんなイゼラの前で裸になるのは、タクト相手以上に恥ずかしいものがあった。
(…何意識しとるんだ私は)
この時ばかりは、カイナは自身の底知れぬ強がりに感謝した。彼女は自身の鼓動を否定する様に、半ばやけくそ気味に衣服を脱ぎ払う事が出来た。
そうして大自然の袂、生肌を露出させたカイナは乳房と陰部を手で覆い隠す。こうなっては寧ろ早急に浸かってしまいたいもので、羞恥心がカイナの歩を進ませる。
全てを脱ぎ払った女騎士の裸体が、湯泉に触れる。久々の熱が爪先を刺激するが、痛みに慣れてるカイナは構う事なく全身を入れる。
途端、液体と化した温もりが、カイナの素肌に染み入る。今の今まで外気温に晒されていた素肌は、体温よりも生暖かい液体に包まれた事で、安心しきった様に脱力する。
そして漸く思い出した、「力を抜く」とはこういう事だったなと。
カイナはここ最近、ずっと強張っていた。不安感と、嫌悪感と、焦燥感、そして環境の劇的な変化による精神的疲労が原因で。
頭と体に蓄積したそれらが、湯舟の中に溶けていく様な感じがした。同時に、騎士という仮面さえも溶けて流れ出てしまう感じがしたが、不思議と何の恐怖もなかった。
癒しとは不思議だ。人としての本能が、どんどん膨らんでゆく。
(…抱き締められた時も、こんな感覚だったな)
ふとそう思い、イゼラの方を見てみる。
すると、イゼラもまたカイナを見つめていた。桃源郷の如き黄金と黄金が、カイナの視線とぶつかる。
だがもう、カイナがその目を逸らす事はなかった。
今なら言える。そう確信したカイナは、ずっと言いそびれていた事をぎこちなく言葉にする。
「……どうして……私を抱き締めたんだ?」
震えた声から、頼り無く揺らすその瞳から、カイナが如何に勇気を振り絞ったかイゼラには分かった。
それでつい嬉しくなったのか、イゼラは座したままカイナに近付くと、羽毛に覆われた肩をカイナの肩にピタリと密着させる。
「だって…壊れちゃいそうだったから」
簡潔に、それでいて愚直にイゼラは答えた。
その答えについてカイナが深く考える前に、イゼラは続けた。
「心が壊れる寸前なのに、必死に壊れまいと藻掻いてた。…なんかそんな感じしたから、ついギュってしちゃった」
どうやら、イゼラにはそう見えていたらしい。カイナはあの時、完全に自暴自棄になっていたつもりだったが。
そんな直情的で輪郭の無い何かに突き動かされて、やりたい様にやった。要はそれだけだった。
だがカイナは、そんな答えを聞けて寧ろ安心した。会って一日程度でおこがましいかもしれないが、とてもイゼラらしい理由だと思ったのだ。
何より、嬉しかった。あの時イゼラの目に映ったカイナは、辛うじて諦めていなかったという事が。
顔にこそ出さなかったが、カイナは何やらスッキリした。言いたかった事を言えて、聞きたかった答えを聞けて。身体だけでなく、心も洗われた気分だった。
いっそ時が止まってしまえば、この極楽もずっと続くのに。
そう思い始めると、カイナは段々憂鬱になっていく。明日になれば、また自分との向き合いが始まる。神を信じるのか否か、何を為すべきか、騎士とは何か。それらに心を擦り減らされる日々が、途方も無く続くのだ。
それは言うなれば「自分」との睨めっこに近かった。どんな手を使おうと倒しようがないから、相対したまま互いに歯軋りする。そういう監獄なのだ。
「えいっ」
カイナのそんな憂鬱を察したのか、それとも気紛れなのかは分からないが、イゼラは座るカイナの膝上に跨る。そうして馬乗りの状態となり、カイナを抱き締める。昨日の再現の様に、イゼラの柔らかくも弾力ある乳房がカイナの顔面を包む。同時に、衣服越しではない生の感触が、液体中でカイナとイゼラの素肌を行き来する。
その行動がどんなに唐突であっても、こうなってはもうカイナにもどうしようもない。取り乱す事すら許されない。
生きた者の温もりとは、どうしてこうも拒絶し難いのだろうか。
「カイナはギュってされるの嫌?」
「…」
強がろうかとも思ったが、流石に無理だった。騎士という鎧を剝がされれば、あとは脆い心が震えているだけだ。
だがせめて言葉には出すまいと、カイナは胸に埋もれたまま力無く首を左右に振った。
ただ、声に出さないのもそれはそれで情けないという事に気付き、結局イゼラの胸の中でまた落ち込む。
少なくとも憂鬱は、その心地よさと自身の情けなさに搔き消された。
◇◆◇
3日目の正午。
ニスモとの稽古を終えたカイナは、今日もイゼラに連れられて市場を回る。
今日のカイナの目的は「装備の調達」だ。
カネはニスモから十分に頂いているのだが、問題はやはりコミュニケーションだ。ジェスチャーでも出来ない事はないが、それでは滞在の意味が無い。
なので、目的というよりかは目標に近い。今日中でなくても良いが、何であれ早急に終わらしたいというのがカイナの性だ。
それに、カイナには自信があった。昨日イゼラに散々振り回されたお陰で、この行商団にもだいぶ慣れてきたと自負している。
そして早くも5時間が経過し、市場全体に閉店ムードが漂い始めた。
「ハァ…」
「駄目だねぇ~」
多少慣れたところで、どうこうなるものでもなかった。
原因は分かっている。全て、カイナの奥底にこびり付く「教え」と「忌避」のせいだ。
カイナも、彼等に悪意が無い事は分かる。寧ろ、碌に話せもしないカイナをそれなりに受け入れているのだから、かなり親切な相手と言える。
それでも、「教え」により「敵対してきた」という実績は消えない。それにより人間が魔物を殺し、怒った魔物が人間を殺したという事実も。そして更に怒り狂った人間が魔物を惨殺するという、負の連鎖が完成する。
そんな相手への認識を、今更どう改めよと言うのか。
そもそもが、他種族を「魔物」と認識している時点で行き止まりなのだ。ニスモも時々カイナに魔物という表現を使ったが、それもカイナの認識に合わせただけのこと。
人狼は人狼で、オークはオーク、ハーピーはハーピーであるし、人間は人間だ。本来なら皆が違う筈なのに、あたかも自分たち人間だけが特別であるかの様に区別するから、「他は魔物」という風になる。人間も他種族の一つに過ぎないのに。
イゼラも協力はしてくれている。「自分と同じ様に抱き合ってみる」だの「店を手伝ってみる」だの、それはもう色々と。
だが焼け石に水だった。嫌々抱き合った所で、嫌々手伝った所で、相手を見る目は変わらない。あの時の様に、抱き締めたいと思い、それを自然と受け入れていなければ。
意識レベルの問題なら、外側からどうこうしても埒が明かない。
「…カイナってもしかして、他の種族苦手?」
カイナの苦手意識は、流石のイゼラも見抜いてしまった。
「…」
無言で、カイナはこくりと頷く。
そして、改めて感じた疑問を打ち明ける。
「…イゼラだって、そう感じた事くらいあるだろう」
どんなに表面上は仲良くしてても、見た目も生態もそれぞれ異なるのだから、大小の差別意識は生まれる筈だ。
そう、カイナは考えていた。イゼラだって例外ではないだろう、と。
するとイゼラは、人差指を自身の頭に当てて考える素振りをする。
「…あー!確かにあるかも!」
そう答えると、イゼラはペラペラと軽い口調で語り出す。嫌悪感などは、まるで滲み出さずに。
「アタシは
飛竜はカイナも苦手だ。強い癖に群れている事も多かったので、倒すのに人手と労力を要する。
だが恐らく、イゼラの苦手とカイナの苦手には大きな隔たりがある。
「ちょっと身の上話になっちゃうんだけどさー、アタシとパパ、飛竜に故郷を追われてさ。アタシたちハーピーって、飛竜と比べると飛ぶのも下手だし力も弱いし、身体だって貧弱だからさ。頭も特別良い訳じゃないし」
昨日の夜も、飛んで目的地まで行かなかったのは、カイナを運べる程の飛行能力が無かった為だ。
或いはそれこそが、飛竜との決定的な差となったのだろう。誰も何も運べないのなら、大陸間運動で重宝される事もない。ならば、誰かから優遇される事もない。
「要は生存競争?って奴に負けちゃったんだよねー、アタシたち。仲間たちも飢えたり魔気不足だったりでどんどん死んじゃって、気付いたらアタシとパパだけになってた。そんな半年前、もう駄目って時にニスモに助けられて、ここ紹介して貰ったんだー」
弱肉強食とは言え、こうして聞くと酷い話だ。
もしかしたら、その里がハーピー最後の砦だったのではないか。イゼラとバイゼルが、ハーピー族唯一の生き残りなのではないか。そんな憶測が、カイナの頭内を駆け回る。
そう考える度、飄々と話すイゼラを見る度、段々と怒りがこみ上げてくるカイナ。住処を奪われたのに、仲間が死んだのに、どうしてそうも平然としていられるのか。悔しくはないのだろうか、劣等感は無いのだろうか。
そんな怒りは、カイナ自身にも向けられた。イゼラの温もりと可憐さばかり表面上から捉えて、何を解った気でいたのか。悲惨な生い立ちを知りもせずに。これでは、他の誰とも言葉を交わせないのも当然ではないか。
「…復讐心はないのか?」
つい、怒りに任せてそんな事を聞いてしまった。言わなければ良かったと、後悔してももう遅い。
だがカイナだったら、少なくとも土地を追われて惨めに生きていく事は出来ない。暴力で以て復讐を遂げ、必ず奪い返すだろう。
対して、カイナの憤りなんてまるで気にしていないイゼラは、唇に指を当てながら真面目に考える。
「んー…確かに今でも怖いけど、復讐心までは無いかなー。だってさー、なるようになったってだけじゃん?種族が違う以上、外見的能力的違いはどうしても生まれる訳だし。だったらあの種族は良いだの悪いだの言っても埒が明かなくない?」
その考えは、飛竜とハーピーにも当てはまる部分がある。
確かにハーピーは、全ての能力において飛竜に劣っているし、ならば衰退していくのは必然だ。
だが飛竜だって、別段ハーピーを忌み嫌っていた訳ではない。単に土地が欲しかったから、能力的に勝っていたから、自然とそういう結果が訪れたに過ぎない。
だから、飛竜総てに復讐心を抱くのは筋違いだ。
それがイゼラの考えだというのは、次の言葉に如実に表れていた。
「それに…「皆が皆同じ訳じゃない」って、知ってるから。だからきっと飛竜にだって、良い奴の1体や2体いると思うなー」
お人好しここに極まれり。笑いながら言うイゼラを見て、カイナはそう思った。
迫害されて尚、イゼラは純粋に信じているのだ。一人一人違うから、いつか友と呼べる相手にも出会えると。
だがその言葉は、カイナの芯に深く突き刺さった。それは、嘗てニスモが似た様な事を言っていたからではない。
イゼラはずっと信じているのに、自分はいつまでも他種族を拒絶する。それではまるで、イゼラそのものをカイナ自ら否定する様ではないか。
カイナはそれが嫌だった。イゼラの信じる心を、穢したくなかった。
僅かな陰りも無く笑って、青空を見上げるイゼラ。今飛竜が空を覆い舞い降りてきても、きっと彼女は目を輝かせて接するのだろう。等と、イゼラの横顔を見ながらカイナは想像してみる。
対して、そんなイゼラを見ていると、カイナは疑問を抱かずにはいられなかった。嘗てカイナもお世話になり、今ではカイナ自身を苦しめている「信仰」というものに。
思い返してみれば、カイナのよく知る人間種だって、良い人間も居れば悪い人間も確かに居た。
平民を見下す小貴族、同調圧力、冒険者チーム同士の嫉妬や確執、傭兵と雇い主との金銭的トラブル。魔物憎しで一致団結する一方、結局そういう連中は水面下でイガみ合っていた。
カイナたちのチームが、偶々恵まれていたのだ。どうしようもない連中と同じ、人間である筈なのに。
そう、実際は同じ人間なんて一人もいなかった。それを一つの信仰によって統一させ、あたかも「人間は皆同じ」である様に見せていただけではないのか。
偉い者たちに「奴らは悪だ」と言われたから、悪だと信じるのか。
皆が悪だと蔑んでも、残っているであろう善性を信じるのか。
その2つが、カイナの奥底で鬩ぎ合っていた。
(…そうか。イゼラはそんな人間の一人である私を、信じてくれるのか)
どんなに鬩ぎ合った所で、カイナが長い時間育んできた「敵対心」が消える事は無い。あらゆる思想を取り込もうと、未来永劫居座り続けるだろう。
だがそれで良いのだ。どんなに集団として統一化しようとも、その者はその者でしかないのだから。
だからカイナはカイナであると、イゼラは信じてくれているのだ。
信じてくれているのなら、応えねばなるまい。例えそれがどんなに地道でも、その結果自分を変えられなくても。
信仰よ、私は貴方を否定する訳ではない。だから貴方も否定するな、誰に言われるでもなく信じるイゼラを。
そう強く、カイナは己が中に在る信仰に告げた。
「…イゼラ」
「なぁに?」
一見深刻そうながらも、どこか吹っ切れた口調でカイナはイゼラに頼み込む。
「団員一人一人の名前と性格を、もっと詳しく教えては貰えないか?皆の種族についても。例えば、イゼラから見てオークはどういう存在か…とか」
「勿論!」
どんなに努力しても、他種への差別意識はどうしても残る。
だがその意識を和らげる事は出来る。魔物から他種族へと、他種族から個へと、少しずつ認識を変える事によって。
そうすれば人間もまた一つの種族だと、カイナという存在もまた個であるのだと、己を外側から見なす事が出来るだろう。
なればこそ、信じる少女の瞳も曇らないだろうと、そうカイナは納得した。
「そろそろ大丈夫そうだね」
陰から2人を盗み見ていたニスモもまた、一人そう納得していた。
ご感想、お待ちしております。