噛斬(かみきり)演舞   作:焼きポテト

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      その2

 威羅はどの辺りで選択を間違えたかなと思考を巡らせ、途中で考えるのが嫌になって扉を押さえる事に全神経を注ぐ。

 

「まあ、用意するからその調子で頑張っていてくれ威羅君」

「考えるな。考えたら駄目だ。気付いたら私の負け。ずっと目を閉ざしたままでいないと。心の奥底へ忌まわしい記憶を沈めるんだ。間違ってない。私は選択を間違ってなんかいない。ただ、ちょっぴり不規則で不幸な状況に陥ってるだけ……」

 

 何か呪文のように色々呟いている威羅を、意識的に無視して戒李は作業に入った。

 先ず扉付近。手持ちのナイフを使って、拳一つが入る程度の窪みを大量に掘る。

 次に窪み地帯の延長線上へ、適当に刃物を設置。この場合、地面へ柄を埋めて刃が扉の方を向くようにする。

 適当に宝を積み上げて弓避けとし、これで大体完成だ。

 彼は腰の位置よりも少し低い宝の壁に隠れながら。

 

「威羅君威羅君。あんまり長くそこにいると危ないよ?」

「戒李殿。月夜ばかりと思うなよ、この野郎!!」

「もしかして、そっちが素か?」

 

 素朴の疑問を無視して、扉を押さえていた巨躯が戒李の隣へと滑り込んでくる。

 ミシミシと悲鳴を上げる扉を、覗くように頭を出して見る2人。

 戒李の企みが成功したなら、岩を抱えたまま突っ込んでくる莫迦が勢い余って窪みに足を取られ、そのまま剣山へと突撃するはず。更に状況が理解できない後続が、錯乱して弓を掃射するはずなのだが。

 轟音と共に扉を破って飛び出してきた影は、窪みに足を取られ。しかし、持っていた岩を盾にすることで剣山の恐怖から簡単に脱してしまった。

 あ、れ? と言葉を濁す戒李の眼前。通路の方から9名の敵が、ぞろぞろと追加で入ってくる。

 これは不味い。2人揃って表情をひきつらせ、集中する10人分の視線を浴び。

 

「予想より多い上に、罠まで失敗ですね。どうします?」

「どうって、とりあえず1人5人ずつが目標で。ここまで近いと、流石に弓は使えないからよかったね?」

「ぶっちゃけ、乱戦に乗じて後ろから刺してもいいですか?」

 

 くっと喉から音が漏れる様な笑みを作って立ち上がった戒李は、手元に戻った愛剣を横凪に一閃。鈍く煌めく軌跡を宙に残して敵を見る。

 それぞれがそれぞれに武具を構え、既に臨戦態勢だ。

 応戦の意味を含め、続いてに腰の大鉈も抜きながら声は言う。

 

「出来るものなら、やってみるといいよ威羅君」

 

 口の端がばっくりと引き裂かれたように弧を描き、戒李は緋色の瞳を愉快気に細めた。

 標的として見据えられたのは、一番に飛び込んできた屈強な男。

 不意に鮮血が舞う。

 緋色の瞳と同じ、鮮やかな色がまき散らされる。

 

 

 鉱山に潜伏する黄巾党の女頭は、表情に出さぬよう努力しながらも内心で焦っていた。

 見張りが駆け込んできたのは数刻前。報告の内容は、自分たちの討伐部隊が再びやってきた事で。

 先程から逃亡を図っている2人組は、この部隊の人間なのだろうと容易に想像がついた。

 もとより、今までは地の利を使って優勢を得てきたようなもの。

 当然、相手がこちらの居場所を探ってくることは予想していたし、それに対する策もいくらかあったのだが。

 

(いったい、どんな方法で……)

 

 どうやったかは不明だが、あの2人組が乗り込んできた事によって居場所がバレたらしい。

 200余りの手勢は、迷いのない足取りでここを目指しているとの報告が入っていた。

 当然だが、ここにいる黄巾党は所詮ただの寄せ集めである。

 策士などいるはずもなく、既に知られた居場所を暗ますような名案はない。

 それでもここに留まって徹底抗戦に出ようと思ったのは、居場所がバレただけで未だ地の利はこちらにあるからだ。

 流石にこの辺りが潮時なのだろうという自嘲の気持ちも手伝って、誰もが腹を括っている。

 そもそも、ここにいるメンバーは全員が元農夫ばかり。

 何度かの戦いで初期の人間は数十名ほどいなくなり、更に新たな人員を迎え入れたりなどしたが、結局の所は持っていた鍬が剣になった程度の群れだ。

 兵士などと呼ぶには、あまりにお粗末な烏合の衆過ぎる存在である。

 他の黄巾党がどうなのかなど知らない。だが、ここにいるのは王朝の政治で喘いぎ、明日の飯にも困った末に追い剥ぎを始めた者達だった。

 刃物で脅し奪えば終了な行動に、剣の練習などさほど必要でもない。

 男もいれば女もいる。

 基本は成人だが、僅かに老人や子供もいるのだ。

 まともにぶつかっても勝てない。逃げようにも一部を切り捨てなければ生き残れない。

 だからこそ、この辺りが潮時と女頭は判断した。

 切り捨てるくらいなら、最後の最後に一矢報いてみんなで死んでいこう。そうすれば、みんなで同じ場所に逝けるかもしれない。

 そう言う風に全員で話し合って、逃げたい者は逃げるように通告した。

 結果は、女頭にとって嬉しくも悲しい返答で。老若男女問わず、全員が手に武器を持っている。

 坑道の最深部。その大きな洞窟を加工した広間に、2人組を追わせた10名を除く50名の姿が並ぶ。

 一矢報いる第一歩として、あの2人組を殺し晒そうと思っていたのだが。彼らが返ってくる気配がない辺り、きっと失敗したのだろう。

 残念だが、例え成功していたとしてもこれ以上は待てそうもない。

 意を決した女頭は、死の覚悟をして武器を手にした仲間を見る。

 誰も彼もが微かに震え、しかし高揚したような熱を持っていた。

 

「行こう」

 

 すっと立ち上がった女頭が一言。そう言うだけで、広間の中に「応っ!!」の絶叫が響く。

 これで、全員の死が確定した。

 つまり。彼女にとって、唯一の心残りが確定したわけだ。

 

 

 顔の右半分を血糊で染め、戒李は坑道を進む。

 幸いなことに10名を相手に大立ち回りをして以来、まだ一度も敵と出会っていない。

 移動はもはや疾走ではなく、ただゆったりとした歩みである。

 追撃の人員が来ないのは、つまり超雲が既に目前まで迫っている証拠だろう。

 もう、これ以上の戦力を回せないと言っているようなものだ。それにしても、10名の追っ手は破格の人数ではあったのだが。

 血糊が乾いてごわごわしているのに眉を顰めながら、戒李は左手を見下ろす。

 手の中にあるのは、刀身を適当な布でくるんだ剣が一振り。

 布の原型は鮮やかな青を基調とする衣服だったらしいが、今や刃にこべり付いた鮮血を吸って何とも言えない色に変色している。

 なんでこの剣がここにあるのか全くわからなかったが。よくよく考えてみれば川原で超雲と暖を取っていたとき、乱入してきたのは黄巾党の大中小トリオだった。

 もしかするとあの時、近くには他の仲間がいたのかもしれない。その仲間が剣を拾っていても不思議ではないし、或いは逃げた3人組がたまたま拾った可能性もある。

 何にせよ、早々に探し物の一つが見つかったのは喜ぶべき事実だ。

 

「戒李殿。その趣味の悪い剣、持って行くんですか?」

「威羅君、喧嘩売ってる? って言うか、実は怒ってないか?」

 

 わははっまさかと答える威羅の目は、言葉と裏腹に欠片も笑っていない。

 流石に宝物庫の中でふざけすぎたという自覚のある戒李は、乾いた笑いでそれに返した。

 吐息して坑道の奥を眺める。が、人の気配など微塵も感じられない。

 それは隣にいる威羅も同じ様で、だからこそこんな馬鹿話をしていられるのだが。

 

「急に真面目な話へ切り替えるが。今、外が主戦場になってると思うか?」

「本当に急ですね。そう易々と、黄巾党側が坑道内の地の利を捨てるとも思えませんが」

 

 2人が進む先。突き当たりが、左右に道を伸ばすT字路となっている。

 威羅は右、戒李は左の道を窺うように覗き込むが、人影もなければ気配もない。完全な無人と化していた。

 

「もう、討伐がおわったとか?」

「それだと、そこらに死体とか血糊とかあると思いますが?」

 

 だよなあと同意する戒李は右左右と首を動かし、最終的に左を見て指差す。

 それは、こっち行くからという意思表示なのだが、それを見ていた威羅が笑顔で口を開く。

 

「じゃあ、右ですね」

「威羅君、実は俺のこと嫌いだろ?」

「いえいえ、戒李殿の好き嫌いに関係なく。ここまでの経緯で、あんたに道を選ばせちゃ駄目だと思っただけですよ」

「……うん、ごめん。俺が悪かったから、せめて笑って言ってくれない? 顔と目が本気すぎるよ、威羅君」

 

 短く息を吐いた戒李は、両手を挙げて了解の意を示す。

 実際のところ、本人も直感で決めているだけだ。右に行こうが左に行こうが、どちらでもいいという思いがある。

 故に、威羅の言葉を強く否定する意味もない。こんな場所で立ち往生するよりは、彼の意見を通して先へ進むが吉だ。

 

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