噛斬(かみきり)演舞   作:焼きポテト

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      その3

 文句の多い威羅を先行させ、進む道の決定権を明け渡しつつ戒李は思う。

 

(風が流れてたから、あっちが出口だと思うんだけどなあ)

 

 確信がない上に、何故だか信じてもらえない気もする。

 これが日頃の行いか……と肩を落とすも、全ては今更だ。過去へ戻って、性格から修正しなくてはどうにもならないだろう。

 斯く2人は奥へ奥へと進んでいくのだが。実は左へ進むと、久しく見なかった清々しい青空とご対面出来たわけで。

 右へ進んだ彼らがご対面したのは、数が半数以下になった黄巾党の面々だった。

 弓を携えた女頭を先頭に、彼らは誰一人として無傷の者がいない。

 肩を貸し合い、敗走の真っ最中ですという感じが切実に伝わってくる様相だ。

 まるで立ちふさがるように現れた風に見えなくもない戒李たちを、追っ手と判断した彼らは剣を構える。

 数は減りに減って20と少し。この時代の戦争など、所詮は数と言うことを証明するような負け方だ。

 

「あー、威羅君? 正直、君も人のこと言える立場じゃなくなったな」

「あれですかね。もしかして、我々ってどこかで死神でも拾っちゃったんですかね」

「……あり得そうで怖いから止めてくれ」

 

 親の仇でも見るような視線が、いくつも突き刺さる様に2人を襲う。

 居心地悪そうに身動ぎする威羅とは正反対に、戒李は不敵な笑みでそれに答えた。

 見られた程度じゃ痛くも痒くもないなと言外に語るそれは、火へ油を注ぐ行為に他ならないだろう。

 戒李は殺気立つ黄巾党の面々を見回し、その中でも無表情に近い女頭へ焦点を合わせる。

 彼女の無表情は、それ故に内側で感情が煮え繰り返っているだろうことを容易に想像させた。

 直ぐにでも矢を弓につがえて放ちたいだろう衝動を押さえこむように、肩を小刻みに震わせる女頭が口を開く。

 他が不用意に動かないよう、坑道のど真ん中に立ってだ。

 

「邪魔。どいて」

「無茶を言うな女頭君。俺はそれでも構わないが、趙雲殿はそれで納得する御仁でもない」

 

 くっと喉から息を漏らすような笑み付きの答えに、弓がミシリと軋む。

 安い作りの弓は、女頭の細い腕に締め上げられただけで折れそうな音を発していた。

 それほど怒りが濃いのか、あるいは単純に彼女の握力が強いのかはわからない。

 とりあえず、そろそろ殺しの動作が来そうだなと戒李は身構えるだけだ。

 姿勢に変化はない。僅かに重心を変えただけで、周りへ迎撃の準備を悟らせず待ちに入る。

 そして次の瞬間、その予備動作は女頭が矢を弓につがえようとした直後に発揮された。

 距離は約8メートル。6歩もあれば、十分に詰められる距離。

 衣服の端を翻し、緋色の瞳が軌跡を作る。

 驚くべき速度で疾走しながら、女頭が邪魔で前に出られない雑兵たちを戒李は一旦意識から消しさった。

 今の相手は、彼女1人。

 残り2歩の時点で、彼女は迎撃の準備が万全となる。ほんの少しの時間差で戒李が出遅れた形である。

 矢が放たれたのは、更に1歩を踏んだ瞬間。狙いが左肩に定められているのを確認すると、その時点で戒李は矢を無視した。

 来るだろう攻撃を完全に意識の外へと追い出し、最期の一歩を踏むと同時に右腕を振る。

 轟と唸りをあげるような拳が、右下段から左上段へ向かってアッパーカット気味に振り抜かれた。

 鋭い拳が女頭の持つ弓をへし折り、同時に戒李の左肩を鉄の塊が貫く。

 小さく苦悶の音を口から漏らしつつも、3歩の後退で踏みとどまってみせる。

 相手の武器がなくなり、これで詰んだかと思い。

 だが、女頭を退かせるように後ろから引っ張った優男が、そのままの勢いで追撃の突進を見舞ってきた。

 

「また貴様か、よくよく縁があるなっ!!」

「わあい、嬉しくねぇ!! 俺、男に興味ないんだけど。お前さん、そっちの趣味の人か?」

 

 言いながらも、今の姿勢ではまともな迎撃が出来ないと判断する。

 よろめく身体に無駄な抵抗を与えることなく、威羅君!! と叫んで坑道の端まで退く。

 優男からでは、急に巨躯の男が発生したように見えただろう。

 戒李の影から不意に躍り出た威羅は、自慢の大槌を迷わず振り上げていた。

 驚きの声も許さない大上段が、頭をかち割る軌道で落下する。

 破砕音。その1つで坑道内の空間が満たされ、盛大に揺れているような錯覚さえある。

 

「ああ……落盤とかしないだろうな、おい」

「部下が頑張っているんですから、もっと別に言うことあるでしょうに……」

「あれ、威羅君はいつから俺の部下に?」

「…………くっ、不覚っ!!」

「えぇーっ!? 何で急に力一杯の後悔?」

 

 あんたが悪いとか、それは理不尽すぎるわ!! とかの言い合いをする中で、2人は更に動く。

 戒李は貫通した矢を折って引き抜き、威羅はかち割った地面から跳ね上げるような逆袈裟の一撃を放つ。

 一撃目を急停止で回避した優男は、二撃目も上体を反らすことで回避。後退の足踏みを4回ほど繰り返す。

 

「おや、避けるのに精一杯かな?」

 

 言って、戒李の紅い瞳が舞う。

 筋肉の収縮で傷口を無理やり塞いだ左腕の延長では、彼の愛剣が嫌な光を放っていた。

 苦悶の音を漏らしたのは、自分か相手か。その判断を下すのよりも早く、事実は結果として横たわる。

 切断。その一閃が安っぽい金属音を伴って、優男の構えた剣を半ばから切り落としていた。

 沈黙が来る。

 痛いほどの静寂は、それぞれがそれぞれに今の結果へ驚愕しているからだ。

 そして、獰猛な笑みが戒李の表情を覆う。

 どうした? と動く口が音を紡ぎ、それで優男も我に返った。

 反射的に空いている左手で新たな刃物を抜き放つも、今度は硝子の割れる様な破砕音が響く。

 戒李が振り抜いたのは右。いつの間に抜いたのか、新たなる脅威がそこにある。

 

(大、鉈?)

 

 思考が終了しないうちに、正面から鳩尾を蹴り上げられた優男が崩れ落ちた。

 胃の中にある物がごちゃ混ぜになって食道を逆流し、いろいろな物が地面にぶちまけられる。

 苦しいと思う間もなく、次から次へと湧き上がる不快感で思考が塗りつぶされるようだ。

 くっと喉から漏れる笑いの後に、声は続く。

 

「気分はどうだ? 優男」

 

 声と一緒に、戒李が追加で蹴りを見舞う。

 脇腹に突き刺さった爪先は、肉を潰して骨を殴り。最早、苦悶ではなく絶叫と共に優男をのたうち回らせている。

 

「まったく……しかし、お前の所の女頭は勇ましいな。この状況で、矢一本持って突進してきそうな気迫だが。超雲殿といい勝負だよ」

「くそっ!! いつもそうだ! いつも貴様ら強者は俺たちをねじ伏せる!! 俺の家族を殺して、お嬢の妹だって――がぶぇぁっ?!」

 

 喚き散らす声を鬱陶しそうに聞き流しながら、戒李は仰向けになっている優男の肺を踏みつけた。

 力を込める毎に肋骨が軋み、声も出せぬまま圧迫を抜けようと優男はもがく。

 滑稽だなと失笑混じりに呟き、口の端を歪めて言葉は続いた。

 

「おい、聞いとけよ? 優男。これから酷く陳腐な言葉を吐いてやるから」

 

 圧迫を解除し、女頭の位置まで蹴り飛ばして。更に言葉は続行される。

 

「力に力であらがうなら、それよりもっと強い力にねじ伏せられる覚悟ぐらいしとけよ三下ども。中途半端な覚悟で来るから、お前らの仲間もこう言うことになる」

 

 言って戒李が示したのは自身の右半分。生乾きの血液がべったりと付着した部分だ。

 特に顔は異色を放っている。拭われず、そのまま迷彩にでも出来そうな汚い色がそこには載っていた。

 歪む唇も相まって、もはや異常がそこにいるような錯覚すら覚えてしまう。

 

「いいか? 力で全てが解決するわけもないと言うのは綺麗事だがな。撃ってもいいのは、撃つ覚悟がある者だけ。という陳腐な言葉を昔どこかで聞いた気がする」

「ははっ、今ので全部台無しですよ戒李殿」

 

 指差して笑う威羅を、戒李は無視した。その程度で揺らぐはずもない異常は、ゆっくりと黄巾党の面々へ視線を向けていく。

 視線を向けられた者は嫌な汗を噴き出し、そこにいる人物が人間であることを疑い。そして、粘つく空気に絡め捕られて誰もが動けなくなる。

 足が竦んだと言ってもいい。濃密な空気に気圧されて、動けなくなった小動物のような状態だ。

 口の中は干上がり、体が自然と硬直している。だが、目を逸らすこともできない。

 これを逸らしたが最後、次の瞬間に待ちかまえているのは死であり、そいつは古い友人を呼ぶような気軽さで手招きしつつ大きな口を開けている。

 神経が磨り減る思いで、彼らは戒李の緋色に彩られた瞳を見返す。

 そして、不意に吐息が漏れた。

 

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