噛斬(かみきり)演舞   作:焼きポテト

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      その4

「まあ、聞いてる限りじゃ色々事情もあるみたいだな。兵隊の中に女までいるんだから、その事情は大層な事情なんだろうけども? こんな事して、助かるのは今回だけだと思っておけ」

 

 は? と黄巾党側から異口同音が漏れ出した。

 やれやれと首を振り、威羅君と戒李が短く言葉を投げ合えば、了解ですという答えが返ってくる。

 禿頭を軽く撫でながら、彼は「はいごめんなさいよ。ちょっと通して下さい。そこの可愛い娘さん、通りますから避けてくだだいよ」と黄巾党の人垣を超えて行く。

 

「じゃあ、後ほど合流しますんで」

「ああ、いい感じに頼む。最悪、全部俺のせいでいいから」

 

 適当に手を振って見送り、坑道の奥へ威羅が消えたのを確認してから戒李は焦点を戻す。

 未だ、状況を理解していない者が多い。が、それにかまうことなく彼は言葉を作った。

 

「これから、うちの威羅君が嘘の情報を流す。決死の覚悟でお前らが、正面切って総攻撃を掛けてくる。そういう内容でな。それを受け止めるため、超雲殿たちは兵を一カ所に集中するだろう。後は軍が展開している正面と逆方向、山の裏側から必死になって逃げろ。そんで、もう黄巾党なんて辞めちまえ」

 

 じゃ、幸運を祈ってるよと適当に手を振って踵を返した彼に、静止の声が挙がる。

 女の声。それも黄巾党の長の声だ。

 

「助けて、くれる、の?」

「なんだ、助かりたくなかったのか? こっちに来た10人なら、無傷じゃないが逃走経路上でお前らのことを待ってるはずだ。ちょっと手元が狂って派手に出血させちまったが、この通り血液を浴びてまで治療してある。問題ない。もしくは、助けるなら全員助けろとでも言うつもりか? 残念ながら俺は神じゃないし、半数も生きてりゃ儲けもんだと思ってくれ」

 

 これ以上の質問がないかを確認するように、戒李はもう何度目かの視線を巡らせる。

 誰もが口を開かない事に頷き、今度こそ行こうとした戒李に足元から声が来た。

 いい加減うんざりしつつ振り返る先には、地面に転がる優男の姿。割と真面目に反撃したので、彼の口からは薄く血糊が漏れ出している。

 やりすぎた感は否めないが、こちらも左肩にいいのを貰っているから帳消しだ。

 おいと始まった声は、しかし咳き込む音でいったん止まる。

 内臓に傷こそ付けないよう配慮して蹴ったつもりだが、それでも鳩尾に渾身の一撃を叩き込んだのだ。そうそう無事であるとも言えない。

 

「何で、俺たちを助ける。貴様に得などないだろうに」

「んー? そう言われると返答に迷うんだけどな。気紛れと、俺が女の子好きだから?」

 

 くっくっと喉を鳴らして苦笑する戒李は、優しく目を細めて見せた。

 単純に煌めく緋色ではなく、よく見れば暗い部分もあって深みのある瞳。それが優しげに弧を描いている。

 

「お前らの言ってる事がわからないわけじゃない。こんな世だ、弱肉強食なんかそこらに掃いて捨てるほど転がってる。だから、一度だけだ。不幸だったお前らに、この俺が一度だけ『救い』というやつを押し付けてやる」

 

 後のことは好きに選べ。

 そう最後に言い残して、今度こそ戒李は歩き出す。

 もはや呼び止める声はない。じっとその背を見つめ、拳に力を込める者ばかりだ。

 当然、戒李とてこんな事をして無事であるはずがない。裏切り者扱いは必至であり、捕まれば重い処罰が待っているはず。

 それを無視しても、自分たちを救ってくれた理由は何だろう? と黄巾党の面々は考える。

 よもや、ここまで来て嘘を言っている雰囲気でもない。山の裏側から必死になって逃げれば、本当に逃げ切れるのだろう。

 だが、そうであればそうであるほど、そうする事の意味が見いだせない。

 不可解な男だ。総勢約60名の黄巾党を全員救うのは無理と言ったが、本来は1人として救うことが出来ないはずだろうに。

 女頭は、浅く唇を噛む。

 状況が未だに不明瞭で、先程まで道を塞いでいた男がなぜ助けをくれるのか。その思考すら追い付いていない。

 何もかも置き去りにした状態で。だが、1つだけ追い付く思いがある。

 

「行く、着いてきて」

 

 意思のみが先行する言葉に、他の面々は従った。

 負け、ボロボロの身体を引きずる。お互いに肩を貸して、無理矢理に立ち上がる。

 足取りは駆け足。言われた通り、全ての力を振り絞って必死に逃げようと――否、必死に追いかけようと足を早めた。

 追い付け、追い付いてくれ。そう意思を1つにして。

 

 

 揺れた草木が擦れ、辺りに音を広げていく。

 まるで風を追うようなそれは、耳に心地よく滑り込んできた。

 肩から僅かに力を抜き、戒李はぼんやりと現状へ意識を落とす。

 超雲が部隊を展開しているだろう鉱山は遥かに遠く。文字通り必死に逃げた結果、山の形が霞むほどの距離を稼ぐことができた。

 もう、それほど心配もしなくていいだろう。

 何より潜伏の可能性が消えない限り、あの坑道を無視して追ってきたりは出来ないはずだ。

 とりあえずは一安心。

 思わず、疲労の色が濃い息を吐き出してしまう。

 

「あー……戒李殿。ちょっと聞いてもいいですか?」

「何かな威羅君。ぶっちゃけ、今もの凄い偏頭痛に悩まされてるから手短に頼むよ」

 

 では手短にと前置きした威羅は戒李の背後。30余名の人員がせわしなく動き回り、各々で傷の治療をしたり手伝ったりしているのを眺めながら。

 

「何で彼らがいるんで?」

「……………………」

 

 自身も優男の治療をしつつ、辺りへ指示を出している女頭。

 単語で区切られた声は、聞き慣れぬ者には意味を取り辛い。

 しかし、黄巾党の面々にしてみればいつも通りのようだ。むしろ、そうする方がより明確に内容を伝達できている。

 吐息。今度こそ、辟易とした気分を込めて戒李は息を吐き出す。

 

「なあ、威羅君。面倒事になったら、逃げていい?」

「その頃には、既に私がいないと思いますが?」

 

 突っ込む気力すら失った戒李は、肩を落として抗議の声を飲み込む。

 背後で繰り広げられる救護活動に関しては、一切の助力をしないと公言している。

 彼らもそれでいいと頷いたし、むしろ襲ってきた10名の内1名は応急処置をしているのだから、どちらかと言うと出血大サービスものである。

 出したのは相手だが。

 この先をどうするか考えて、霞む鉱山の形を見る。

 戻ると、趙雲が笑顔で迎えてくれる気がしなくもない。しかし、それが半ギレ状態で壮絶に迫力のある笑顔なのは間違いないだろう。

 うん殺されるなと頷いて、その案を却下。

 どの道、戒李としてはもう1本の『剣』を探せれば他はどうでもいい訳で。積極的に、この三国志の乱世へ身を投じる気などない。

 出来るなら、安穏と1人旅とかしながらゆっくりしたいところだ。

 

「最初に威羅君が、おきあがって仲間になりたそうにしたのが運の尽きだったか……」

「何か知りませんが、間違いなく私は失礼なことを言われていますよね? 喧嘩なら買いますよ?」

 

 笑顔の禿げ大男を無視して、戒李は背後を見る。

 応急処置を施された者が、動けそうなら別の怪我人を治療しに動き出す。

 徐々に増えている治療者は、つまり全体の応急処置が終わりそうな事を現していた。

 どういう心境の変化かは知らないが、彼らは間違いなくこう言うだろう。

 

「貴方に、付いて行く。そう、決めた」

「やめといた方がいいと思うけどなあ。威羅君みたいになるよ? 女頭君」

「ああ、そういう自覚はあったわけですね? ふざけんなこの野郎」

 

 はいはいと軽口を叩く男2人を背後から見る立ち位置に、いつの間やら女頭が立っていた。

 声には大人っぽい艶があるくせに、近くで見ると小さな身体が余計に小さく見えてしまう。

 線の細いラインを持って、しかし視線には力が籠っていた。

 

「あーあ。まあ、どうせ趙雲殿を敵に回しちゃったわけだし。あそこの領主には、指名手配とかされてそうだし。この辺が諦め所なんだろうなあ。本当に」

 

 女頭の背後から、先程ボコボコにした優男も近寄ってくる。

 緩慢な動きで近寄ってくる彼の目には、やはり力が籠っていて。

 こちらは「いつか仕返ししてやる」的な匂いがしなくもないが、やはり付いてくるのは変わりないらしい。

 以下、そんな感じの雰囲気を放つ視線がちらほら。

 

「後悔しても知らんよ? 俺」

「いい」

「お嬢の決定でもあるし、貴様には殴られた分の借りも返さないといけないからな」

「それを言葉に出せるとは。あなたとは非常にいい友達になれると思います」

 

 面倒を率先して回避するつもりが、既に深みへはまりだしたなと戒李は視線を空へ投げた。

 どこまでも青が広がる空に、昼間でも見えるほどの星が輝いている。

 もっと静かな日々を、と願ってみるものの所詮は星だ。結局、今の状況を打開してくれるわけでもない。

 

「誰に願えば、面倒ごとから逃げられるんだろうね」

 

 真面目に不真面目な考えを巡らせ、打開策を考えてみる。

 あーでもないこーでもないとやっていると、不意に願った星が流れて消えた。

 不吉すぎて笑えない。

 戒李の頬にも、一筋の涙が流れて消えた。

 

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