噛斬(かみきり)演舞   作:焼きポテト

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      その3

 極力考えないようにして、酒屋の中をもう一度見回す。

 今度は雰囲気重視の観察だ。

 少なくとも、街がやる気を出しているなら対策を考えている人物はいるだろう。そして、ここが総本部であることには間違いないはずである。

 

「ん? あれじゃねえの」

 

 璃撥が指差す方へ視線を向けて、ああと戒李は納得した。

 これだけの人口密度にも関わらず、そこだけは少しだけ空間が開けている。

 机を真ん中に置いて、向かい合う男2人と女1人。神妙な面持ちで話し合っているのが実にそれっぽい。

 特に女の方は武将なのだろう。美しい黒髪が目に麗しいが、放つ気配は趙雲といい勝負だ。

 有名人じゃないといいな、なんて心で念じつつ戒李はそちらへと足を向けた。

 近づきながら、残りの2人も軽く観察してみる。

 片方は部隊長といった感じだろうか。黒髪の女には劣るが、それなりに実力もありそうだ。

 ただもう片方が問題で、こちらはいったい何なのかさっぱり見当もつかない。

 いや、違う。見当は付いている。

 白く光を反射する服を身に着け、緊張感のない顔で話を聞いている彼こそが『天の御遣い』様と呼ばれる人物なのだろう。

 消去法での判断だが、人違いであって欲しいという願望から思考は強制停止していた。

 

(どうも、今日は考えたくない事が多い日だなあ)

 

 何度目の思考放棄だったか思い出すのも止めて、戒李は人の壁を縫うように抜けて行く。

 まず、こちらが近付いているのに気付いたのは武の2人だ。

 黒髪の女が僅かに早かったが、部隊長格の男も負けてはない。

 殆ど同時にこちらへ視線が向いたので、とりあえず笑顔でそれに返しておく。

 机の前まで戒李が歩み出て、御遣いらしき男はここでようやく存在に気付いたようだ。驚いたような視線がこちらを向く。

 最終的に3人分の怪訝な視線に、戒李は浅く頭を垂れながら名乗る事になった。

 

「私、姓を峯、名を鳶、字を戒李と申します。この度は、我が旅団の人員が怪我の手当てをしていただいたようで。その感謝の言葉をもって参りました」

「いや、気にしなくていいよ。俺は当然の事をしただけだし」

 

 最初に、軽く手を降って答えたのは御遣いらしき男だ。

 服の上から確かなことがわかるわけでもないが、見た目はちょっぴり運動神経がいいです程度のものだろう。

 とても『この世界で』武芸に秀でたものと互角以上に渡り合える雰囲気ではないし、むしろ一般兵にも劣る可能性がある。

 雰囲気こそ優しげな為政者。だが、戒李の直感は彼に警報を鳴らす。

 同じ思いに達したのか、眉間に皺を作った威羅が口を動かさないで声を作った。相手に聞こえないよう配慮された、潜められた声だ。

 

「(戒李殿。彼は……)」

「(ああ、なんか不味いな。戦略はおろか、そもそも殺し合いも知らなさそうだ)」

「(平和慣れした金持ちか何か?)」

「(さあな、わからんよ璃撥君。だが、関わり合いにならないのが吉だというのは確実だろう?)」

「(確かに。ってか、お前ら怖えよ……)」

 

 1人だけ背中を向けて潜められた会話に加わる璃撥は、口は動いてないのに内緒話をしている2人を振り返る。

 笑顔だ。それも、とびっきりの作り笑い。

 他人との間に軋轢を生まない、円滑な人間関係の構築は笑顔から。なんてよく言うが、ここまで見事に笑顔を作ったのでは胡散臭さの方が先行してしまう。

 その不快感から、さっさと追い払われる事を狙っての作戦かなとも思うが。しかし、どうにもその半分が冗談で構成されている感のある戒李は、あまり深く考えていない気がしなくもない。

 威羅が付き合って同じ事をやっているんだから、あながち無意味というわけでもないのだろうが。彼とて、勢いと状況によっては戒李と同じ感じになる。

 

(この中で、常識人は俺だけだな)

 

 うんと首を縦に振って納得とし、璃撥は振り返る。

 今の頷きは何かな? という2人の視線を彼は華麗に無視した。

 まあいいかと、2人も視線を前に向ける。

 視界が捕らえたのは、戦の話に戻りたそうな兵隊長。よくわかってないようなとぼけ顔の御遣い。何故か思案中の黒髪美女。

 三者三様の反応だが、気になるのは黒髪美女の思案だ。

 彼らから下手な反応が出る前にこの場を離れようと判断して、戒李は威羅と璃撥に目配せを送った。

 彼の意図を理解した二人も、視線だけでそれに応える。

 

「それでは、我々は旅の途中。この辺りで失――」

「待たれよ」

 

 慌てたように割り込んだ黒髪美女の言葉で、戒李は笑顔のまま停止した。

 そして、心の中でゆっくりと3秒を数える。

 

(よし、少し待った!)

 

 ここで思考を再起動し、静止の言葉を寄越した黒髪美女へ視線を投げた。

 口からでる音は先程の続きだ。

 

「――礼をさせていただきます」

「おい大将。そいつは流石に無理があるだろ?」

 

 お前、どっちの味方だ? と視線に殺気をありったけ込めて璃撥を黙らせる。

 僅かに悲鳴めいた声が聞こえたが、そんな事は些末な事。軽く無視して正面に視線を戻し、咳払いを一つ。

 心持ちどん引きな気がしなくもない。しかし、これも戒李は無視した。

 黒髪美女に笑顔を向けなおしつつ、何か? と問う。

 

「う、うむ。名乗りが遅れた。我が名は関羽、字は雲長。聞けばそちらは大所帯だとか。その戦力、この戦いに貸してはもられないか?」

 

 嫌な言葉に、思わず冷や汗が流れる。

 どっちが嫌なんだ? と首を捻り、どっちも嫌なんだと結論が来た。

 落ち着け、落ち着くんだ。今はそっちに突っ込んでる場合じゃない。回避すべき内容が含まれている。と、自身に言い聞かせ。

 

「お名前を、もう一度」

「ん? ああ。姓は関、名を羽。字が雲長だ」

「今日ほど、世界の不条理が憎く感じた日はないな。あっ、よく考えたらこれ義兄弟まとめてご対面パターンじゃねえか! 芋づるの悪夢!!」

 

 浅く自身を抱いて、戒李は身悶えしながら唸る。

 背後で威羅と璃撥が一歩退くも、今の彼にとっては正直どうでもいい。

 兵隊長の表情が歪み、関羽は短い悲鳴と共に肩を揺らす。

 しかし、その中で御遣いだけが唯一違う反応をとっていた。疑うような表情で、開いた口から声を作る。

 

「ツンデレ最強」

「若いな。確かに一ジャンルとして強みのあるものではあるが、それだけが最強など傲慢もいいところだ。手始めに、近所の年上お姉さんが如何に素晴らしいかを理解するといい」

 

 空気が凍った。

 意味不明な言動に驚いたのと、意味が解るからこそ驚いたのと。その二種類の理由で、5人の時間が停止する。

 起動状態の戒李は、このタイミングで逃げちゃ駄目かな? とも思うが、これ以上追っ手を増やすと大陸中が敵だらけになりそうだと思いとどまった。

 さてと言葉を前置きし、関羽へ向ける視線に感情はない。

 

「その申し出は断らせてもらう。こちらは30余名の少数勢力、そちらが期待するような強兵でもない」

 

 確かに戦える者が、自分を含めて4人はいる。だが、残り30名が素人に毛の生えた程度だ。

 今後の訓練次第では変わってくるとしても、今の状態で戦地に出すのは自殺行為以外の何物でもないだろう。

 気まぐれとは言え、救ったからにはそう易々と危険へ放り出すことも出来ない。

 もしかすると情が移ったのかもしれないが、この場では深く考えないでおく。

 頭から意識を追い出して、いやと否定の言葉を作った関羽を戒李は見た。

 

「今は少しでも戦力がほしい。その為の助力を――」

「ふう、ん。つまり、この街が助かるため、無関係な俺たちに巻き込まれろと?」

「違う、我らには天がついているのだ。勝てる戦を、より確実とするため――」

「都合のいい言葉だなあ、天の御遣いってのは。本人が無能でも、その名だけで自殺志願者が増えるわけだ」

 

 口の端を歪めて、戒李は笑う。

 2度に渡る言葉の割り込み、且つ主が貶されて激昂する関羽の目の前であるというのに気にした様子もない。

 貴様!! と吠える声に続くのは、黒髪を靡かせながら武器――青龍円月刀を構える動きだ。

 兵隊長が、慌てたように手を伸ばすも届かない。

 状況を理解できない御遣いは、彼女の姿を視認すらできていない。

 そして、一息の内に迫る刃を理解しているはずの戒李ですら何もしない。

 関羽の性格を考えれば死にはしないだろうが、間違いなく大怪我に繋がるだろう一撃を涼しげに見送っている。

 これに反応して動いたのは2つの影だ。威羅と璃撥が、同時に腰から剣を抜いて円月刀の進路を塞ぐ。

 重い金属音が響いた。

 

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