噛斬(かみきり)演舞   作:焼きポテト

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      その4

 あまり心地いいとは言えない音の反響に、酒屋の中にいる全員が振り向く。だが、それに構うことなく両者の視線はぶつかっている。

 

「威羅君も璃撥君も、よくやった。表彰ものだな」

「戒李殿。わざと人を怒らせるのは良いですけど、いつか首と胴が泣き別れしますよ? なんなら、私がひと思いにやってさしあげましょうか? 今!」

「ちっ……お嬢の頼みさえなかったら、今頃俺が後ろからばっさりと」

「ははは、俺も割と愛されてるなあ」

 

 威羅と璃撥は何かを訴える様な視線を送るが、戒李はそれを気にしない。気にすることなく、防御は任せて喋る側へとまわる。

 口を開こうとした瞬間、円月刀が少しこちらへと押し込まれた。

 男2人が支える刃を、力でねじ伏せられる胆力は素直に驚きだ。

 しかし、彼の口から漏れたのは感嘆ではない。喉を鳴らすような笑みの音である。

 

「おいおい、随分な猪武者だな。関羽雲長と言えば、素晴らしい武将だったと聞いているが。お前みたいのが指揮をしたんじゃ、死に兵が増えそうで何よりだよ」

 

 失笑を含んだ挑発に、関羽の頭が更に加熱した。

 今度こそ全力で、彼女の怒りが行動となる前に戒李は剣を抜く。

 片刃で直刀の毒噛。表面に刻まれた溝が、光を不思議な角度で乱反射していた。

 警戒して一瞬の内に跳び退く関羽は、即座に構え直して再突撃の力を溜めている。だが、戒李はそれを気にもしない。

 剣の切っ先を御遣いに向けて、そのまま口を開き。

 

「御遣い殿、一般教養の問題だ。お前は知っているだろう? このまま放っておいても、近い内に黄巾の乱など終わりを迎える」

「……やっぱり、あんたも俺と同じなのか」

「違うな。全く違う。お前の状況と、俺の状況は、まったくの、別物だ。だから問おう。同じ知識を持つものとして、まったく違う状況の者として」

 

 一息。

 両者の間に割り込もうとした関羽へ、大鉈を投げつけて制止させる。

 そして、次の動きを生む前に言葉を続ける。

 

「貴様は、ただ愚か者か? それとも、愚な英雄か?」

 

 問う。

 音が消えたような気がした。

 驚きを持って見据える者、困惑を持って見守る者、見定めを持って注視する者。様々な思いはあれど、全ては音を失ったように動かない。

 射抜く様な緋色の瞳は、闇を抱えてくすんだ色合いをしている。

 真っ直ぐに視線を返してくる御遣いの眼を、眩しいなと評価しながら毒噛を床に突き立て。

 続く動きで、催促の言葉を放つ。

 

「応えろよ、正義の味方」

 

 まるで、子供を脅している様な気分に戒李は内心で息を吐く。

 実際、静かに恫喝しているのには違いない。これも、深く考えると厄介そうなので考えるのを早々に止めてしまう。

 わざわざ、男のために気を遣ってやる事もない。

 両手を突き立てた剣の柄の上で組み、仁王立ちの体制で待つこと10秒。斯くして、答えは来た。

 俺は……と始まった言葉に、決意のような意志を感じる。

 

「俺は、きっと愚か者だろうけど。それでも、この街の皆を救いたいと思ってる」

「全部助けられるとでも? 無茶言うな。戦おうが降伏しようが逃げようが、どこかで被害は出る。そういう考えすら出ないなら、今のうちにやめておけ」

「なら、少しでも多くの人を――」

「おいおい、頼むからあまりチープな言葉を吐かないでくれ正義の味方。まず、失う事を覚悟しろ。それから、悲しめない事も覚悟しろ。そして、その先にある何かを疑わない覚悟も必要だな。これが最低条件だ」

 

 戒李の言葉に、御遣いは答えない。否、答えられない。

 正義感だけで何とかなるほど、この時代は甘くないんだ御遣い殿と諭す言葉にも無言が返ってくる。

 食いしばる歯から軋みの音が漏れ、全力で握られた拳は白くなっていた。

 悔しいのだろう。だが、その悔しさだけで人を救うことなど叶うはずもない。

 能力も、知力も、権力も、軍事力も。挙げていてはキリがないほど、彼には足りないものだらけだ。

 

「そうか。俺がこの世界に来たのは、たぶんお前のせいだな」

 

 突き立てた毒噛を引き抜き、切っ先を唸らせる勢いで御遣いに突きつける。

 一度は去った脅威に晒されて、彼の顔はやや引きつり気味だ。

 それでも、なんとか目は逸らさずに戒李を見据えている。

 

「かつての俺はできなかった。だからこそ、お前と言う存在の対極として。きっと、お前の敵として俺はここにいる」

 

 失うかもしれない覚悟と、そして得られるかもしれない覚悟を。

 輝かしい未来だけを夢想することなんて、敵として許すわけにはいかない。

 

「腹を括れ、俺の敵。そうすれば、初回サービスで今回だけ協力してやる」

 

 息を飲むような音がした。

 それが誰の物かはわからないが、未だに空間は凍結している。

 動けるのは僅かに2名。向かい合う戒李と御遣いだけだ。

 2度、3度と何かを言い掛けては止めた彼を、くすんだ緋色は逃がさず見据える。

 揺るがぬ意志を示すように、毒噛の切っ先はぴたりと止まって動かない。

 

「……わかった。腹を括る」

「まあ、言葉ではなんとでも言える。お前の行動を見て判断するとしよう」

 

 吐息。

 疲れた、と言わんばかりに深い息を戒李が吐き出す。毒噛も、いつの間にか腰に収められていた。

 肩から力を抜いて脱力する姿に、最早先程までの雰囲気はない。

 関羽を挑発していた態度も、御遣いに恫喝とも取れる問いを放った姿勢も。既に虚空の彼方へ霧散し、気怠げにしている男が1人残るだけだ。

 ああと思い出したように呟かれる言葉も、どこか面倒くさいそうなニュアンスが含まれている。

 

「最初にも言った通り、うちの莫迦どもは素人同然でな。この戦には参加させない。出るのはここにいる3人だけだが、威羅君は元軍人だし、十分だろう?」

 

 問いながらも、戒李は答えを許さない。言外に、これ以上の譲歩はしないと匂わせている。

 少し待って特に反論が出ないのを確認すると、彼はすぐに動き出した。

 拠点を移す伝言のため、璃撥の名前を軽く呼ぶ。

 ついでに武器不足だというので、帰りに倉庫になっている馬車も持ってくるよう指示した。

 これから、ここらは戦場になる場所である。非戦闘員を、その近くでぶらつかせるのは危険でしかない。

 ならば危険地帯からは放し、別の場所で合流するのがいいだろう。

 とりあえず集合場所を洛陽に設定し、引き続き蘭芳に指揮も移譲しておく。あとはいくつかの決め事を言い含め、早馬よろしく璃撥を送り出した。

 続いて、威羅にも戦いの準備をするよう指示を出す。

 この街に、どれくらい正規兵が残っているのか確認しなくてはならない。

 伝令や分隊長の役を、その辺の素人にやらせればきっと悲惨な事になるだろう。ここだけは経験のある者を選抜する必要がある。

 頭数が残っているのかという懸念はあるものの、足りない場合はどうにかするしかない。

 人員の確認が終われば、次に不安なのは勇姿で集まった街の人間たちだ。

 自分たちの街が危機に晒されているからと立ち上がってくれた彼らも、蓋を開ければ所詮は一般人でしかない。

 急に戦場へ立たせれば、どうなるかは火を見るより明らかだろう。

 せめて、殺し合いの基本だけでも教えられれば御の字だ。

 欲を言うなら3人1組の連携をしてほしいが、流石にそこまでの期待は酷というものだ。いざ殺すとなった時に、身が竦まなければ十分である。

 指示を聞いた威羅が、酒屋から急ぎ足で出て行くのを見届けながら。

 

(足りないだろうなあ)

 

 このくらいで状況が好転するなら、最初から街は壊滅しなかっただろうと戒李は思う。

 生き残るためには、更なる行動が必要だ。

 仲間への連絡は璃撥に、人員関係は威羅にそれぞれ任せてある。

 なら、と戒李は残っている物資の確認に動き出す。

 食料に武具や防具、矢避けの盾もあると嬉しい。馬の頭数と、操れる人材は威羅に選抜させるのがいいだろうか。

 ぶつぶつと必要な物を口の中で呟く戒李に、怪訝な表情なのは関羽だ。

 先ほどまでの態度を、未だに警戒しているのだろう。

 

「俺は基本的に兵士だから、策を練るのは得意じゃない。その辺を任せたいが、良いんだよな? 御遣い殿」

「ああ、大丈夫だ」

 

 力強い返事が、逆に不安を煽るのは偏見があるからだろう。

 たぶん大丈夫と自分に言い聞かせながら、戒李も作業のために酒屋を出る。

 考えるのは『久しぶり』の戦争についてだ。

 敵の方が大規模なのは、おそらく確定事項だろう。となれば、今からでも用意できて確実に敵の戦力を削ぐ罠や道具が必要なる。

 そんなに都合のいいものがとも思うが、不利を引っ繰り返すには考えるしかない。

 機動力の事も考えると、運搬がしやすい物が最善だ。

 

「さて、これで戦略が『皆で力を合わせれば』とか『一騎当千の気持ちで挑めば』とかだったら敵前逃亡も視野に入れるか」

 

 流石に無いとは思うが。

 出来る限り、彼らの戦略の幅を広げてやった方がいいのは事実だ。

 軽く頷き、瓦礫の中にも使えそうなものが無いか探しつつ、戒李は頭を回し続けて歩き出す。

 




この話は、ちょこっと原文が残ってたんで手直しして肉付けして水マシマシのお届けなのですが。
いつごろ書いたのか、ちょっと思い出すのが怖いくらい中二病してる。

そのうち主人公が突拍子もなくモテはじめたら、私はプロットを書いた当時の私を怨みます(真顔

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