ああ、綺麗だなぁと話題を逸らしたところで、今の状況は欠片も好転しなかった。
(仕方ないか……誰かが拾っている事を願って、気長に探すとしよう)
最悪、頑張れば自分でここから下流一体を捜索できるだろう。途方もない時間を対価として支払うことになるが、たったそれだけだ。
仮にも体の一部。近付けば気配くらいは察知できるし、見れば間違えることもない。
時間はたっぷりあるのだから、気長にいくしかないだろう。面倒ではあるが、仕方のないことだ。
いい感じの方針が決まった所で気持ちを切り替える。目下の目的は、柔らかい布団で寝る事と適度な仕事だ。無意味に放り込まれたわけはないのだから、何かしらこの世界でするべきことがあるはず。
さての一言を転機に、とりあえずは近場の街を目指そうと男は小さく頷いてみせた。
「あー、この辺りで街はどこだろう? 適当に流されてきたせいで、ここが何処だか微妙なんだが?」
「それなら近くに街がある。私も行くつもりだったから、陽が昇ったら案内しよう」
「おお、それは助かる」
とりあえずは腹ごしらえだな、と提案した少女が再び小さな壺を差し出して来た。
今度こそ、男に断る理由は無い。その壺を受け取り、封を剥がそうとして――そこで邪魔が入った。
2対4つの眼が向く先で、ガサガサと茂みを揺らす影が3つほど現れる。一瞬、猪の類なら取って食う事も考えたが、残念な事に影は人型だ。
いや、人でも無理をすれば食えるだろうか? と恐ろしい思考に到った男に気付かず、3つの影は口を開く。
「お。明かりが見えたから人がいると思ったが、大当たりだな」
「ホントですね、アニキ」
影は、黄色い頭巾を身に付けた3人組。デカイのと、中くらいのと、ちっちゃいのだ。
だから、思わず男は口にしてしまう。
「実に見事な大中小トリオだな」
無意識に口から漏れた言葉ではあるが、それを聞いた少女は首を傾げた。
眉根を寄せ、何か思案する様に数秒ほど目を瞑って、再び開いた時にはやはり疑念が晴れないような顔をして男を見る。
「とりお? 聞いた事無い言葉だが?」
「ん? ああ、3人組って意味なんだが……どうにも、言語の翻訳具合がよくないな」
最後の言葉は聞こえないように注意しつつ、わざと小さな声で発言する。
意思疎通に必要な術式が、一部停止しているらしい。言語がその世界に対応した言葉へ変換されていないのだ。
誤作動と言う事もないはずだが、どういうことだろう。
多種多様な術式を掛けあわせ、殆んど完璧な言語系術式を構築しているはずなのだが。
あるいは、この世界が術式の範疇から外れている可能性もある。
解明が必要な事項として頭の片隅に記憶し、表情には出さないまま男は意識を外に戻す。
「なるほど、確かに見事な大中小『とりお』だな」
男から説明を聞いて、甚く気に入った様子の少女は便乗した言葉を使う。
既に2人の思考からは、目の前の3人組みなど消え失せた状態だ。正直、まったく脅威に見えないのだから仕方ない。
「お前ら、状況がわかってんのか? まあいい。とりあえず、そこの女と身ぐるみ置いてけや」
アニキと呼ばれた中くらいの男は、腰から剣を引き抜いて突き付ける。
それを眺めるのは、2人分の眼。色合いとしては、ただ面白くもなさそうに眺めていると言うのが正しい状況なのだが。
何の反応も示さない相手に対して、3人組は僅かに増長した。
「さ、さっさと置いてけよ」
「アニキが置いてけっつってんだから、さっさと置いていきやがれ!」
「兄ちゃん、まだ死にたくないだろ? 賢く行動しようぜ」
3人組は、大小中の順番で脅しと思しき言葉を吐き出した。それを聞いても、男は「ああ、大中小の順番で喋って欲しかったな」とか的外れなことを考えているわけで。
むしろ、懸念は誤作動を起こしているのか世界に適応していないのか不明だが、とりあえず不調な術式へと向いているわけである。
出来るなら、すぐにでも本格演算に映りたい男は丁重に。且つ、極力丁寧に言葉を選びつつ言葉を3人組へと放った。
「うん、やめておくべきだな。そちら的には『うはっ、かわいい娘いるじゃん。ラッキー』とか思っているんだろうが。正直、手に負えないと思うぞ?」
手に負えないと言うのは、当然剣を向けられた瞬間から槍に手を掛けている少女のことだ。
少女と3人組を交互に見て、男は思わずため息を吐いた。
つまり、お前らの方が弱いと3人組に言っているのである。
「けけけ! 強がりやがって、膝が震えてんじゃねぇか?」
「げ、げ、げ」
「その辺にしといてやれ、チビ。これ以上はかわいそ――」
一歩。ほんの一歩踏み込もうとしたアニキという男の動きに反応して、刹那の一閃が放たれた。
否。この場合、一撃と言う方が正しいだろう。
放たれたのは陶器の蓋。男の持つ壺の蓋が、踏み込む寸前だったアニキの真横を通過し、背後の木に激突し砕け散る。
軌跡には切れた男の頬と、陶器でありながら僅かに木肌を抉った跡という2つの戦果が残っていた。
「寄るな。言っている意味がわかるな? わかったら、手持ちの武器を置いてさっさと失せろ」
次に来るのは殺気だ。それは粘着質で、邪悪と例えるに相応しい不快感を孕んでいる。
発信源の男は左手の壺を脇へ置き、立ち上がるのと同時に上着の中の刃物を取り出した。
それは、よく手入れされたナイフだ。手持ちの武器として、普段から携帯しているただの刃物だが。月明かりを照り返して鈍い輝きを宿せば、十分な迫力を生みだす道具にもなる。
「…………」
立ち上がった男は、一言で表すなら不気味。
まるで、人では無い様な存在感を辺りへ撒き散らしている。
ただ立っている姿は、まるでバケモノ。
何故、こんな場所へと迷い込んでしまったのかという違和感だけが込み上げてくる。
居てはいけないソレが、3人組を視た。
目が合うより早く、微妙に視線を逸らす男たち。それが、どれほど戦闘において危険な行為か知っていてもそうせざるを得ない。
続く行動は、僅かな後退。反射的に、足が後ろへと下がっていた。
3人組の行動を数秒観察した男は、頷き一つで言葉を発する。
「5秒待とう。川に飛び込んで流れてくでも、森の中を逆走するでもいいから速く消えてくれ」
言葉の終わりと同時に、男は速いテンポで数字を数えだす。
その速いテンポに焦ったのは3人組だ。逃げ出せる最後のタイミングが今だと判断した彼らは、何故か定番な「今回は見逃してやるっ!!」とかいう捨て台詞と共に森の中を逆走していった。
面白味に欠けるなあと呟く男は、彼らが見えなくなったのを確認してから、逃走際に投げ捨てられた武器の数々へ視線を向ける。
「無駄にナマクラだな」
確認しなくても、それらは見ただけでわかるほどの鈍らだ。
彼らも金が無いのだろうとは思うが、こちらだって金が必要な状態だ。襲撃は向こうが先なのだから、迷惑料として拝借しておく。
無いよりはマシ、というやつだ。最悪、鉄としてなら売れるだろう。
剣にナイフに槍。種類だけならバラエティ豊かなガラクタを、拾い集める男の背に声をかけるのは少女だった。
3人組と同様、僅かに硬直していた少女は短く息を吐いてから言葉を紡ぐ。
「借りが出来たな」
はて? と男は首を傾げる。
貸しなどいつ作ったのだろうか、と言うのが本人の意思なのだ。だが、おそらくはさっきの流れで借りを作った、と少女は思ったのだろう。
一瞬の硬直。そのうちに思考を纏めて、結論を出す。
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