噛斬(かみきり)演舞   作:焼きポテト

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      その3

 答えは、いやいやという声で出た。

 

「むしろ、俺は彼らを救ったつもりだったが? 借りも何も、あったものではないと思われる」

「何を言う。この趙子龍(ちょうしりゅう)、受けた借りは返さねば気が済まん」

「いや、だから俺が貸したのはむしろあの莫迦共――ん? ちょい待ち。今、趙子龍って言っちゃった?」

 

 ピタリと男の思考が停止する。

 聞きたくない言葉を耳にして、半ば錯乱し始めそうな脳内の均衡を保とうとした結果だ。

 だが、その停止も無意味だろう。少女が胸を張り、堂々と名乗る事によって再起動せざる得ない状況下となる。

 

「如何にも。姓は趙(ちょう)、名は雲(うん)。字は子龍(しりゅう)と言う」

(くっ、聞き間違いであって欲しかった。と言うか、三国志かっ?! 道理で、さっきの3人組は黄色い頭巾を付けていたわけだっ!!)

 

 黄巾賊。あるいは黄巾党。

 彼らとの初遭遇が、あれだけアッサリでいいのかも疑問だが。

 むしろ蜀の五虎大将軍が一人、趙雲が女だったことにビックリである。というか、史実では男だったはずなのだが。

 

「あぁ……なんか、マズイ所に来ちゃった感が拭えないな」

「ん? 何か言ったか?」

「いや、こっちの話だ。気にしないでくれ。そう言えば名乗っていなかったが、俺の姓は峯(ほう)、名は匽(えん)。字は戎李(かいり)だ。よろしく、趙雲殿」

「ああ、よろしく頼む。峯匽殿」

 

 趙雲に聞こえないよう吐息を漏らし、戒李は再び空へと視線を向けた。

 今度は、星よりも強く光る月が視界へ入ってくる。

 ああ、綺麗だなぁとか現実逃避しつつ、このまま趙雲について行くと色々巻き込まれるかもしれないと密かに思う。

 とりあえず、殺し殺されは面倒だから御免だ。

 もし三国志の世界だというのなら、戦争へも駆り出される可能性もあるが。それもできればパスしたい。

 んーと微妙に唸って、正面から視線が来ている事に気付いた。空から地上へ、視界を戻す。

 こんな場所で視線を感じる。などという話になれば、目の前にいる趙雲以外に居るはずもない。

 案の定、その視線は彼女の物であり、熱烈なそれは戒李の左手へと注がれていた。

 

「あー、申し訳ない。蓋を壊してしまった」

 

 戒李の左手にあるのは小さな壺。先程、3人組へ向けて投げてしまった蓋の本体である。

 おそらくは、それを怒っているんだろうと思う彼の謝罪に、しかし趙雲は光の速さで答えを返す。

 いや、問題ないと言う脊髄反射の声に続くのは、まるで何かの台本でも読んでいるかの様な棒読みの言葉だ。

 

「蓋が無くては、この先保存は難しいだろうな。街も近い事だし、今日はそれ全てを食べきっても問題あるまい。ああ、そうだ。そうだとも。問題あるはずがない」

 

 まくしたてられる言葉に軽く首を捻りつつ、戒李の視線は壺の中へと向く。

 中身は、どうやらメンマらしい。

 壺漬けという事なのだろうが。普通のメンマと違って、味付け用のタレの匂いまでが壺の中から漂ってきている。

 ゴクリ、と生唾を飲む音が正面からした。

 

「あー……これは、趙雲殿の食料だ。順番で言うと、そちらが先。という事でどうかな?」

 

 何!? と心底驚いた様な声を出した趙雲は、ホントか? ホントにいいのだな?? と疑い半分の視線で戒李を見る。

 頷く彼が左手を前に出せば、刹那の迷いを経て彼女の手が壺を受け取った。

 ガッチリとホールドした壺の中から、箸でメンマを摘まみだし一口。同時に、顔が至福の物へと変化していく。

 表情が豊かなのはどちらなのかと呟く戒李の声も遠く、趙雲は一心不乱にメンマを食す。

 

(と言うか、メンマが主食ってのはどうなんだろう?)

 

 炭水化物とか必要だろと思わなくもないが、そこは敢えて口にしない。下手に刺激して、至福の時間を邪魔するのも可哀想だ。

 そう判断して、戒李は再三に渡り空へと視線を向ける。

 今度は何が見えるのかと思う期待は、しかし月を雲に隠された事で萎えてしまう。

 僅かにでも月が顔を出していれば、風流な景色に見えたかもしれない。だが、完全に隠してしまうのは駄目だ。駄目すぎる。

 正面には、しばらく帰って来ないだろう趙雲。頭上には、雲で覆い隠された空。

 

「服。乾かすか」

 

 呟く戒李の言葉は、どこに辿り着く事もなく霧散した。

 月に叢雲、趙雲にメンマか。そう彼が思ってしまうのも、やむないことである。

 後に、交代で見張りをしつつ朝まで野宿が決定し。且つ、ジャンケンに負けた戎李は交代時間がくるまで今の状況――趙雲が女という事実――を悩み続ける事になるわけだが。

 そこへ「実は他の武将も女かもしれない」と言う、喜ぶべきか悩むべきか微妙な案件が追加されるのは、その更に後の話だ。

 因みに、それら全ての疑問へ対して出された答えは「ああ、うん。まあ、世間には色んな世界があるし。そういう事もあるかもね」という。もう半ば諦めにも近いものだったりするのは余談である。

 出来る事なら、男であって欲しいな。そういう思いがそこに込められているのは、戒李にとって当然の願いだった。

 




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