噛斬(かみきり)演舞   作:焼きポテト

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      その3

 追跡部隊の選抜は趙雲殿に任せるとしてと前置きした戒李は、全体へと視線を巡らせ。同時に、見える範囲全ての兵が視線を逸らす。

 ん? と首を傾げながらもう一巡させる視線から逃げるように、兵士たちの視線がウェーブで逸らされていく。

 続くのは、ひそひそと囁かれる声で。

 

「さっきはああ言ったけど、ちょっとなぁ……」

「ああ。むしろ、捕まったら殺されるだろ」

「とりあえず、趙雲様が指揮してくれるならなんでも」

「ってか、なんでアイツは趙雲様と親しげ? 死ねばいいのに」

 

 などの声が聞こえてくる。

 中にはわざと聞こえるように言っているものもあるようで、主な内容は妬み嫉みの陰口だ。

 領主に直接面会した趙雲は、何かしらの売り込みで人望をキャッチしたのだろうが。如何せん、戒李はそれに同行していない。

 周りから見れば、趙雲の連れだったからという理由だけで現れたぽっと出の新参者も同義。

 そんな位置の戒李が、ここまで重宝されれば不満も出る。

 

「現金な奴らだよ、全く。まあ、いいが……では、俺も言葉を尽くすとしようか」

 

 真横へ戒李が腕を振る動作に連動して、黒いコートの袖が乾いた音を響かせた。

 音に注目して兵士達のざわめきが沈静化し、タイミングを計っていた戒李の声が響く。

 

「俺が賊に捕まり、下手をすると殺されるだろう姿を見たい者はいるか? 付いて来れば特等席で見られるぞ。素晴らしく憂さ晴らしに成ること受け合いのやつがな」

 

 反応は沈黙で来た。それも、驚愕の沈黙だ。

 自分が死ぬ瞬間を見せてやるから来い。などと、いったい何処の気違いが言っているのか。

 莫迦にも程がある。

 しかし、驚きで静止している周囲へ、獰猛な笑みを送る戒李は更に言葉を続け。

 

「危険を感じるなら、賊に襲撃された瞬間に逃げてもかまわん。あとは適当に距離をとって、観察でもしていれば結果が出るだろうさ」

 

 どうだ? と問う先、兵士達が今度は気まずさから視線を逸らした。

 それもそうだろう。

 こんな事を言われた後で、名乗り出られるわけもない。

 

「俺と一緒に来る奴は、名乗り出てくれ。ん? どうだ?」

 

 どうだとはなんだ。そんな戸惑いの視線が交わされ、沈黙がどよめきに変わりつつある。

 兵士のくせにメンタル弱いな、と戒李が肩を竦め。

 しかし不意に、1人の男が列を掻き分けて現れた。

 陽に焼けた、褐色の肌をした男だ。

 歴戦、と言うには少しばかり迫力に欠ける。だが、間違いなく強者であろう男。

 肩幅が広く、そこらの兵士よりも体格は圧倒的に大きい。

 しかし、彼がただの筋肉だるまと言うわけでもなく。必要な筋肉だけで武装された身を持って、それはなお巨躯と言い表せるものだ。

 ここまでくると、もはや才能だなと戒李は思う。

 身体的に恵まれた、勝ち組というやつである。

 

「私が、同行しましょう」

 

 禿頭の大男は身体の大きさに似合わない柔らかな口調で喋り、手を差し伸べてくる。

 握手かと理解した戒李は、突き出された右手を左手で掴み。ほぼ同時に、右の拳が大男の顔面を狙う。

 ズパンッ!! と快音一つで直撃した拳には、手応えがあった。

 打撃し、鼻の骨をへし折るはずだった拳が受け止められた感触が。

 

「うん。お前さんなら、そうそう死なないな」

 

 自分の手より一回りは大きな手のひらへ拳を埋めつつ、戒李は拳で押し込もうと力を入れる。が、大男はぴくりとも動かない。

 逆ににこりと柔和な笑みを見せたかと思えば、同時に戒李の身体が宙を舞う。

 投げられたのか、と理解したのが1秒後。姿勢制御に両腕を開き、コートへ空気を受け止めさせる動作に入ったのが更に1秒後。

 投げられた状態から、身体の上下を入れ替え。且つ、手近な木の枝でワンクッション入れてから着地したのが更に3秒後。

 合計5秒を使用して、戒李の身体は地に足を付ける。

 正面、大男はこちらを見ていて。

 

(武器を構えはしない、か……)

 

 面白いなと思い、くっと喉から笑みが漏れた。

 同じ様に大男も柔和な笑みを見せて。

 

「面白いですなぁ、アナタは」

 

 大男の言葉に答えたのは笑いの声。

 はという音を6回は続け、今度こそ差し出された右手を右手で取る。

 

「ああ、面白いとも。お前も大概だがな?」

 

 さあてと前置きし、連れて行く奴が決まったぞ? と趙雲に報告しようと振り返った先。

 固まる一般兵と、眉間に皺を寄せた趙雲がいる。

 

「随分と楽しそうだな」

 

 不満と呆れを綯い交ぜにした様な声に、戒李の「アルェ?」という間抜けな声が応え。

 だが、それ以上趙雲の言葉が続くことはなく。彼女の号令一つで準備が始まる。

 おやおやなどと声を漏らす大男へ半目を向けて黙らせた後、自分達も準備をするために動き出す。

 付き人っぽい格好になってきますと側を離れる大男を見送り、戒李も偽装荷物の中に自分の武器を紛れ込ませた。

 この世界がちょっとだけ楽しく成ってきた。

 だが、それとは別の意味で趙雲殿のことどうしよ、とか呟きつつ進む彼の足は無駄に軽やかだ。

 

 

 ギシギシと軋む荷台を押しつつ登山中。

 当然、道とわかる程度の舗装しかしていない道は険しい。

 どれ程かと聞かれれば、兵士達の好意で満載された荷物の重さで進みにくいぐらいには険しい。

 先頭で嘶く馬も、どこか不満げな声をあげているようだ。

 売られた喧嘩は買うぞ? と内心で言葉を吐く戒李の横。

 こちらと同じように荷台を押す大男がいる。

 陽に焼けた褐色の肌にうっすら汗を浮かべ。テカった禿頭は陽光を絶賛乱反射なわけで、正直な感想は眼に痛いだが。

 実際、付き人役が彼でなかったら賊に捕まる前からへばっていた自信がある。

 まあつまり、そんなうんざりする量が積載されているのだ。

 

「肉体労働派じゃないんだがな、俺は」

 

 呟くような一言に反応してくれる存在は、今ここに1人しかいない。

 顔を半分ほどこちらへ向けて、柔和に笑む大男は。

 

「では、賊との交渉の際。その実力を見せていただきたいですな」

 

 嫌みか? とも思ったが、おそらくは本心なのだろう。

 その証拠に、こちらの手にかかる重量が少しばかり減る。おそらく、彼が押す力を強めたからだ。

 有り難い事だが、これでは自分が怠けているようにしか見えないのも事実。戒李も吐息一つで荷台を押す力を強める。

 そういえばと前置きして、世間話でも続行しようとした戒李の声が不意に止まった。

 言葉が来ると軽く構えていた大男は、急な無音に首を傾げる。

 顔の半分を振り向けるが、その視界に入るのは眉間に皺を寄せる戒李の姿だけ。

 まさか賊の気配でも感じたのか? と周囲を注意深く探ってみるが、特別そういう気配も感じられない。

 なら、いったい何なのか。そういう意味の言葉を投げ掛ければ、最初に短い唸りが返った。

 更にたっぷり5秒の間を空け。

 

「お前さん。名前、なんだっけ?」

「……………………は?」

 

 だから、名前と若干気まずそうに言う戒李へ、大男は盛大な吐息を送る。

 出発の際に言った名を忘れるとは、なんて男だという思考が過ぎり。同時に笑いが漏れ。噛み殺すような失笑は、いつのまにか「は」の連続音を紡ぐ。

 忘れたと言うのなら、もう一度名乗ろう。いや、忘れたと言われる度に、何度でも名乗ろうと大男は思う。

 よくわからないが、この男は面白いと思えるのだ。

 彼が、今後義勇兵を募ると言うなら付いて行こうと思うし。単純に旅をすると言うなら同行しようとも思う。

 留まり、自分のところの領主様に取り入ろうとするなら率先して部下の位置に名乗り出るつもりだ。

 少なからず、この『楽しい』と感じられる意志がなくなるまでは。

 ニッと口元に笑みを作り、正面を見ながら大男は口を開く。

 紡がれる音は、自らの名で。

 

「姓は郭、名は瑛。字は秦夷(かくえい しんい)、真名は威羅(いら)です。この先、暫くは行動を共にします。ですから、こんな所で――」

 

 終わらないで下さいね? と続くはずだった言葉は、戒李が急に止まったことで停止した。

 一気に重みの増えた荷車を支えたまま背後へ振り向けば、そこに剣で脅され両手を上げている戒李がいる。

 苦笑いで威羅を見る戒李は、肩を竦め。

 

「生憎と俺に真名はないが、よろしく頼むよ威羅君。いろいろと長い付き合いになりそうだ」

 

 あ、この人に付いて来たの失敗だったかもと、威羅が後悔した瞬間だった。

 

 

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