山だ! 坑道だ! 黄巾党だ!!
ガチムチマッチョの禿げ登場!
煙プカァ……
狭い通路を、2人の男が疾走する。
片方は禿頭の大男。もう片方は、爬虫類の様に細い瞳を煌めく緋色で彩った男だ。
彼らは走り、移動が一直線にならないよう注意しつつ進んでいく。適度な角を何度も曲がり、放置された岩を飛び越え、後ろから飛んできた矢を跳び込み前転で避ける。
その無駄に息のあった動きは、追う者たちにどよめきを生むほどだった。
途中、見覚えがあるような気がする大中小の3人組を問答無用で蹴り飛ばす。
どうやら彼らは、こちらから押収した武具を運搬していた最中だったらしい。
おかげで、手元に殆どの装備が返ってくると言う幸運な出来事が起こった。
「見ろ、威羅君。どうやら、天は俺たちに付いているようだぞ?」
「なるほど。では、天が付いている戒李殿。後ろで弓引いている莫迦どもを蹴散らしてきてください、1人で」
「わはは。無茶言うなあ、威羅君は。いっそ、君がその大きな身体を生かして盾になってくれてもいいよ?」
ご冗談をと互いに笑って、同時に曲がり角へと転がり込むように跳ぶ。
背後から来るのは、鋭い銀線を虚空に残す凶悪な武器だ。
かすりそうなぐらい近くを通過したそれに嫌な汗を流しつつ、全力疾走で次の曲がり角を目指していく。
段々、今どの辺りを走っているのかわからなくなってきたが。だからといって、止まれば満面の笑顔で両手を広げている『死』が気さくに挨拶してくる事だろう。
はっきり言って、そんなものは願い下げだ。
「このままだと、そのうち追い詰められるの気がしてきたな」
「でしょうね、地形を熟知しているのは向こうですから。趙雲様が到着するのが先か、包囲網が完成するのが先か。賭ですね」
嫌な賭だなあと思う戒李は、左右に伸びる通路の右を選択して跳び込む。同じ様に威羅が続いて、更に矢が通過し。
そこで2人は動きを止めた。
再びの疾走はない。しかし、かといって迎撃をする様な動きがあるわけでもない。
あるのは冷や汗。驚愕と呆然、そこへ呆れを足して絶望のスパイスと共に鍋でコトコト煮たら完成する感情が湧きあがっている。
今、戒李の視界を埋めているのは金銀財宝だった。
「とんでもないところに飛び込みましたね、私達」
「ああ、ホントにな……って、そんな呆けてる余裕なんて無い! 扉だ威羅君!!」
言うのと同時に振り返れば、有ります! 神様ありがとう!! と高揚した声が聞こえてくる。
色々テンション高いなあとも思うが、横文字が通用しないだろうし説明の間も惜しい。
急いで閉めるように指示して、閂(かんぬき)を差しバリケード代わりに盗品を積み上げていく。
立てこもる事への不安を感じつつも、戒李は悪趣味な黄金の像を木製の扉の前に設置。続けて高そうな机も置く。
「うぅむ……ここからどうするか考えてないんだけど、その辺どう思うよ威羅君」
「ぐだぐだ言ってる間に、重りを運ぶの手伝ってくれませんかね!?」
言われなくてもわかってるってと手をひらひら振りつつ、高そうな剣を何本か掴む。簡単に扉が開かないよう、地面に突き刺してうまい具合に噛み合わせる為だ。
まだバリケードが占領していない隙間を埋めるように次々と剣をぶっ刺し、最後の空間へ辿り着いたところで手持ちが足りなくなった。
別に手持ちの刃物を使っても良いが、背後には腐るほど予備があるのだ。
そっちを使わないと損というもの。
振り返りながら、今度はいざ踏み込まれた時用の罠を構築しようとしているらしい威羅に声を投げる。
盗品の中から材料を発掘しようと奮起する彼の右手が、いい感じで宝の山から柄だけが飛び出している剣を支えに握っているのを見つつ。
「威羅君威羅君、ちょっと刃物足りなくなっちゃった。その右手で持ってるのこっちに投げてくれる?」
「さっきから思ってましたけど、あんた結構余裕だなっ!!」
どうやら敬語を使う余裕も無くなってきたらしい威羅は、こちらへ顔を向けることもなく無造作に右手を振った。
それでも殆ど戒李のいる場所へ正確に剣を投擲できるんだから、彼の腕は大したものだと評価できる。
まあ落ち着けよ威羅君と失笑気味に呟きつつ、戒李も無造作に剣をぶっ刺そうと手を振り上げ。
そこで違和感が来た。
ん? と一瞬わからなかった違和感は、手の中にあるものから来ているのだと気付く。
(何だ? このしっくり来過ぎる重みは)
たまたま店頭で手に取って、扱いやすそうだと思う程度の感触ではない。どう考えても、長年使い込んで身体に馴染ませた得物の感覚だ。
あ、ん? と首を捻るような動作で視線を上へ。ジャストミートで受け取り、自らが振り上げている物体の全容を見るために緋色の双眸を動かしていく。
初めに見えたのは短い刀身だ。刃渡りにして40センチほどで、表面に不自然な溝が彫り込まれている。
続いて気付かされるのは、直剣であるくせに片方にしか刃のない造形。
そこに日本の直刀を思わせる細さはない。剣としての重量感と、肉厚な刀身が鈍い光を放っているだけだ。
「おっと……」
これが手に馴染むのも当然。なにせ戒李の探し物だ。
探していた2振りの内、早くも1本が手元に返ってきたのである。
こんなに早く見付かる予想していなかったが、状況的にも嬉しい誤算と言っていいだろう。
あるいは、そういう巡り合わせだったのだろうか。
昔、何度かこの2刀を手放そうと思ったことがある。しかし、捨てても売ってもいつかは手元に戻ってくるのだ。
壊そうと思えなかった優柔不断さも、あるいはこの因縁のせいかもしれない。
そう適当に結論づけて、戒李は手持ちの入れ換えを判断するために視線を巡らせた。
後ろでなに遊んでるんですか? と言いたげな視線を寄こす威羅の事もある。
とりあえず無視するが、あまり時間をかけるのもよろしくないだろう。
(流石に、これ以上装備を増やしても動き回るのに邪魔だろうな)
扉を支える強度と、少しでも身体を軽量化出来るぐらい重いもの。と思考して、一瞬できた答えに逆らうことなく手を伸ばす。
掴むのは、購入してから一度も使っていない手斧。
多少勿体無い気はするが、大鉈に比べて手斧は使い勝手が悪い事を考えると致し方ないだろう。
こういう狭い場所で大振りをすると、手酷いしっぺ返しを食らいそうである。
「威羅君。そこらに鞘とか落ちてないかな? 流石に抜き身で持つのは怖いんだが」
手斧が扉へ噛むよう地面に突き刺し、それと同時でノックが来る。
中の人間に呼びかけるような優しいそれではない。
ドゴッ!! と重い音を響かせるのは、扉の向こう側で大質量の何かが突進している証拠だ。
重音は短い感覚で連打され、その一発一発で耐えきれなくなったバリケードが徐々に崩れていく。
時間の問題かなあ、と悠長に呟く戒李は思う。
通路の横幅から考えて、巨木で扉を叩いているわけではないはずだ。
しかし、それと同時にここは元鉱山。巨木は無理でも、岩石ならその辺りにいくらでも転がっているはず。
助走距離が少なくて威力は足りないようだが、こう連打されたんでは同じ事だ。
手数で力を補われ、扉は着実に悲鳴を上げている。
「どうするんです、戒李殿。ここからの策は」
「そうだな……流石に、こちらの増援が来るのは承知しているはずだし。適当な所で諦めない辺り、あの女頭は徹底抗戦を選んだらしい」
目の前でへし折れ弾ける剣を見て、戒李は顎に手をやり唸ってみせた。まるで、状況をゆっくり観察するかのようにである。
その愚鈍な動作に威羅は焦りを感じ、少しでも時間を稼ぐため扉を押さえに走った。同時に戒李の声が続く。
「彼らはせいぜいが60程度の手勢。俺たちだけに、何十人も向けるほど余裕は無いだろうな」
「それは、扉の向こう側が倒せる人数だと言いたいんで?」
「まあ、普通にいけば大立ち回りに成るだろうが。幾つか酷い仕掛けをすれば、5、6人くらい易い」
凶悪な笑みを作る戒李に、うわあと短い声を漏らすのは威羅の役目だ。