今日は後編です。
〇
「さてどうする、4時過ぎだから、次が最後になると思うけど」
「だったら、
「屋上?確か……」
「うん、スケートリンク」
〇
「お~、屋上ってこうなってるんだな」
「きれい……」
屋上の入口を通り抜けた俺たちが見たのは中央に置かれた小さくないスケートリンク、その入口へ導くように並べられたクリスマス模様に飾りつけられた木々。そして、スケートリンクの脇の少し小高い所に一際大きなクリスマスツリーが設置されていた。
「北欧の池のほとりって感じだな」
「あ、先に言われた」
「同じこと考えたのか」
「だね」
笑う。なんてことない意見の一致。それが尊くて、面白くて。
「やるかぁ、スケート」
「うん」
並んで、木々の中を通り抜ける。建物の中から外に出た影響か、肌寒くて、つい
「あ、
「え」
「帰る時のお楽しみ、でしょ」
「あ、あぁ」
「それに、スケートするときは手袋をつけるのが義務みたいだし」
看板に書かれた注意書きを見ながら、俺たちは手袋を装着した。
「いらっしゃいませ、お二人様ですか」
「はい」
「でしたら、カップル割が適用できますが」
「あ、はい、それで」
「スケート靴はこの先のブースにございますので合ったサイズをお選びください」
「ありがとうございます」
「カップル割だって、
「俺たちカップルなんだから当然だな、おまけに安くなる」
「ふふ、そうだね、安く済むのもいいんだけど、
「……」
やっぱり
「どうしたの、
「いや、さっさと滑ろう」
「うん」
〇
各々のスケート靴を装着し、がっちりと固定された足首に違和感を感じながら、俺たちはリンクに降り立った。
「お~」
「わっ、わっ」
「
リンクに降りて早々体勢を崩しかける
「っあ、
「どういたしまして、やっぱ滑るな~」
「スケートだものね」
二人で手を取り合いながら壁に近寄る。
「とりあえず、慣らすために壁に掴まりながら滑るか」
「うん」
そんな感じで二人で練習。
「知ってる?私たちが滑ってるこのリンクは氷じゃないんだよ」
「へぇ、普通に滑れてるけど、何で出来てるんだ?」
「特殊な樹脂を使ってるんだって。普通のスケートリンクは氷が解けないように発電機が必要だったり、大量の水と二酸化炭素を放出したり、色々とコストがかさむんだけど」
「へぇ~……っわっと!」
まだ慣れずにバランスを崩して手をつく。そして理解する。
「あ~、確かに氷じゃないな」
「樹脂でできたパネルを基礎工事した場所に組み合わせるだけだから、場所も選ばない。そしてエコで何よりお金が節約できる」
「
「それも、あるけど、……わ、わ、わ……」
話に夢中になっているとまたしても
少し遠い。間に合うか?
「か、かけるく!」
「みや……!」
ドンッと
「いつつ、
「だいじょう……ぶ」
俺たちは少し沈黙した。
今の体勢は俺が
「……」
「……」
「……こうやって転んでもあまり痛くないのも特徴だよ」
「あ、あぁ」
先に口を開いたのは
確かに痛くない。割と派手にすっ転んだのだがな。
「怪我してないならいいんだ、とりあえず……」
そう言って立ち上がろうとした。
「えいっ」
同時に
「あったかい」
「み、みやこ?」
「今日のデート、ずっと一緒にいたけど、あんまり
「……そうだな」
思い出す。違和感が氷解する。今日集まった時は結構なスキンシップをしていたが、移動してからは手すら満足につないでいない。正確には初っ端に失敗した。それがずっと引っかかってたんだ。
思えば、
本当はこうやって……。
「後のお楽しみだなんて言ったけど私自身、ずっと、こうしていたかった」
「……」
無言で
自分の心臓がバクバクしている音しか聞こえなかった。
「彼女のやりたいことが分かってやれなかったなんて彼氏失格だな」
「わ、私が先に拒んだから、
「だとしても、俺が先に気を利かすべきだったんだ」
「恋人なんだから気を利かす必要なんてないんだよ」
そうだろうか、分からない。
「悪かったと思ってるなら、これからは離さないでね」
「あぁ、約束する」
「嬉しい。でもとりあえず……」
「ものすごく見られてるから」
「……あぁ、いい加減立ち上がろうか」
そう言って
その後も滑って、転んで、立ち上がって。
それを繰り返すだけで楽しかった。
その間、
空が暗くなり始めた。
〇
いい加減滑りすぎて足が痛くなり、時間は5時30分過ぎ、頃合いだ。
「
「うん、分かった」
スケートリンクから引き上げ、恋しくなった、普通の靴とご対面。
スケート靴を脱ぐのに少し時間がかかり元の靴に戻れた時の達成感はひとしおだった。
「あ~、地に足がついてるって感じがする。足首が解放された~」
「スケート靴じゃ足首ガチガチだもんね」
そうして、受付を出て屋上の中央部まで戻ってきた。
「どうする、そろそろ帰らないといけない時間だけど」
「じゃあ、最後にしたいことがある」
「なんだ?」
「あそこ」
「いこ」
「あ、お、おい」
そして大きな木の前まで連れてきた。
「ここのツリーになんかあるのか」
「うん、
「ん?あ、ああ」
「えっと5時53分だから少し待ってね」
「?」
そうして少しの間沈黙が続く。
「5時59分45秒、よし。
「……あぁ」
そして。
「……ん、む」
キスした。
俺も反射的に身を少しかがめ、
「ん、ちゅ……む、ぁ、ちゅ……」
そうしてキスしてまもなく。
その木を含む、屋上の木々が一斉にライトアップされた。
「ん、ぁ……」
名残惜しく唇を離す。
「メリークリスマス、
「……これが、やりたかったのか」
「うん、事前に調べた情報に『屋上のライトアップ中にステージの木の前でキスをしたカップルは永遠に結ばれるという噂がある』って書いてたから」
「そうか」
……。
ん?
「なあ、
「え、忘れちゃった。〇itterってことは覚えてるけど」
「
「……あ」
気づいたか。
「そんな、オープンした一週間程度で噂が付くと思うか?」
「……ということは?」
「十中八九、でまかせだな」
「うそぉ」
「そんなにやりたかったのか?」
「
ロマンチックか、確かにそうだ。思えば絶好の機会じゃないか、この状況。
よし、なら……。
「まあそう、気を落とすなよ。これから本当になるかもしれないし」
「これから?」
「そう、これから、俺たちがここに噂、いや、伝説を打ち立てるんだ」
その艶やかな唇、うるんだ眼。すべてが俺を掻き立てる。
「あ……かけるく、ん……」
俺は再度
「ん、あ、ちゅ……む、ぁ、は、ぁ」
息を吸う間もなく、
「ん、ん、は、む、ん、かけ、るくんぁ」
「ん、ん~、むぁ、ん、んあ、ま、って、ん」
互いに空気が不足してきただろうか、俺の頭もぼうっとする。
「ぁ、ちゅ、ん、ん、ぁん、む~」
さすがに苦しそうだったから唇を離した。
「ぷ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、か、ける、くん……はぁ、はぁ」
「はぁ、はぁ、なんだ?」
「情熱的すぎ……」
文句はその一言だけだった。
「こんな、キス、何度もされたら、壊れちゃう、よ」
「それは困るな、今度から気を付けるよ」
「気を、付けてね」
「メリークリスマス、
「……メリークリスマス、
あらためて、聖夜の夜を俺たちは祝福し合った。
〇
「クリスマスの思い出になったか?」
「……うん、なった」
よかった。なら。
……。
「やべ」
「うん、……え?」
気配はしていた。俺たちはこの屋上で一番目立つ場所でライトアップされているのだ。
だったら必然的に俺たちは目立つわけで。
「……いっぱい人いるね」
「さっきのキスは多くの人たちに見られていたわけだ」
何回目だこの展開。
「……」
恥ずかしさからか
本当に可愛いな俺の彼女は。
だったら彼氏として他のやつに
なら。
「撤収するぞ」
「え、かけるく、あ!」
返事を待たずに手を取って早急にこの場を離脱する。
外野から驚くような声が聞こえたが気にすることはない。
「
「急に出てきて、急に消えた方がかっこいいだろ!」
「え、あ!伝説!」
「そういうこと!」
「もう、
笑いながら、二人で屋上の入口まで走る。我ながらキスでテンションを上げすぎたか、らしくないことを言った気がする。
だけど、この時の俺たちは知る由もなかった。急に現れ、情熱的にキスし、嵐のように消えたカップル、それは少なくない人に目撃された。
それはグランドオープンしたばかりの『グランシティ
公式サイトにも取り上げられ、件の木の下に二人がちょうど座れるベンチが一つだけ設置された。通称恋人ベンチである。
俺たちは別にそこに座っていたわけではないのだが、伝説とはかくも正確に伝わるものではないのだからそんなものだろう。
『ライトアップ時にそのベンチに座っていたカップルは結ばれる』という形に落ち着き。
かくして俺たちは伝説となった。
〇
帰る前に小物屋に寄って、忘れずにショットグラスを購入した俺たちは帰宅の途についた。
店を出て、また寒さを感じるようになる。
「あ、
そう言って
「寒いだろ」
そう言いながら、俺も左の手袋を外す。
「
「だな、
「うん」
手を握る。互いに絡めて繋ぐ恋人繋ぎ。
歩く。ふたりで。
寒いけど温かい。内側からじんわりとほてっていくのがわかる。
「……」
「……」
お互い、無言。
えっと、何かないか……。
あ、そうだ。
「これから帰ってクリスマスパーティーって話だけど」
「うん」
「
「私のクリスマス?」
「あぁ、大きなパーティーとかやってそうなイメージ」
「う~ん、新年会はやるけどクリスマスは普通だと思うよ」
「たとえば?」
「家族みんなでごちそうを囲んでワイワイするの」
「ああ、それから?」
「チキンはじっくり味をつけてトースターで焼きます」
「おぉ、本格的」
「クリスマスのごちそうだから、こだわってます」
「うんうん」
「あと、サンタさんも来るよ」
「あぁ……サンタさん来るのか」
「
「来ないな……ちょっと悲しい事件があって」
「悲しい事件……?」
「あぁ、聞いてくれるか」
「私が聞いていいの?」
「聞いてくれ」
「うん」
俺は話す、あの事件の顛末を。
「小学生の低学年のころはな普通にサンタを信じていられたんだ」
「うん」
「だが、4年生ぐらいの時、その、本当にいるのかって論争がクラスで始まったんだ」
「あ~、あったね私のところでも」
「で、いる派、いない派で大喧嘩がおこってクラスが分裂するんだ。で、いるかどうか、確かめて白黒つけようって流れになった」
「ちなみに
「俺はいる派だった。で、寝ているふりをして待ち構えたんだ、その時を」
「うん……!」
「ベッドに毛布をくるんで入れて潜って寝ているように見せかけたんだ。で、タンスの陰に隠れて様子をうかがった」
「……」
「で、扉が開いて誰かが入ってくるのが見えた、だからサンタかどうか確かめようとした」
「うん!」
「……そしたら、『お兄ちゃん何してるの?』って天が話しかけてきた」
「……天ちゃん?」
「ああ、それでプレゼントを置こうとした影は急いで出ていった。それで俺は……キレた」
「あぁ……」
そう、サンタの正体を見定めようとしたその時、天に話しかけられたせいで失敗したのだ。
「その時は我を忘れてなあ、すげえ声出した気がする。それで、天が大泣き、両親も『何、天を泣かせてるんだ、お兄ちゃんでしょう!』とかそんな感じになって叱られた」
空を仰ぎ見る。
「そして、その年以降、俺にサンタは来なくなりましたとさ」
「うん……確かに悲しい事件だね」
まぁ悲しい事件という割には、ちょっと仰々しかったか。
「で、この話には続きがある」
「続き?」
「サンタと思しき人物が現れたのは11時30分くらいだった。だけど、おとんたちは12時に置きに行く予定だったと言ってたんだ」
「……うん?」
「で、俺が見た人影はサンタの格好をして髭が生えてたように見えたんだ」
「おひげが……あれ、サンタのコスプレ?」
「いや、そんなものは用意してなかったとおとんたちは言ってた」
「……」
「……」
「え」
「じゃ、じゃあ、その時、本当にサンタさんがいたかもしれないの?」
「分からん、7年も前の話だから記憶も曖昧でさ、本当に俺の勘違いである説の方が濃いと思う」
「そ、そっか……」
「……もしかしたら、俺は見てはいけないものを見たのかもしれん」
「まさか!」
「……でも」
「ん」
「そうだとしたら、私たちが知っている以上に世界は謎に満ちているのかもね」
「……かもな、別の世界があるんだサンタの世界なんてのもあるかもな」
笑う。あり得ないなんてことはない。
俺たちはそれを知っている。
アーティファクトがある、別の世界がある、神様がいる、なら、サンタだっていてもおかしくない。
そんな、日常の会話から無限の可能性まで広がっていく。
俺たちは一体どこまでいけるのだろうか。
「
「なに?
「俺、
「え?」
「分かったんだ、俺の強み、誇れるところ」
「……聞かせて」
「絶対に諦めない」
「……」
これが企業の面接だったら鼻で笑われるかもしれないが、俺にはそれしかない。
オーバーロードを使うイーリスと与一と俺は戦い、成す術なく追いつめられても、みんなを、失っても。
俺は諦めなかった。
別の枝の俺の話だが、間違いなく『俺』は絶対に諦めなかった。
だからこそイーリス打倒が成し遂げられた。
その実感があるからこそ、自信をもって言うことができる。
スケートと同じだ。
滑って、転んで、笑って、立ち上がる。その繰り返しが『俺』だったんだ。
そうやって前に進んでいったんだ。
「
「そうやって、一人で、頑張ってたもんね……」
「一人じゃないさ、
その手を握り返す。
「手、暖かいね」
この温もりのためなら、俺はなんだってやれる気がする。
この手を離さない。
たとえ吹雪に見舞われても、転んでも、切り開いていこうじゃないか。
二人で歩こう、俺たちの道を。
この聖夜の夜が終わっても、ずっと……。
「ああ、いつまでも、こうしていたい」
「離さないでね、絶対」
その声に応えるように、俺は
暗い闇の中でも希望を見つけたから。
果てしない贖罪を繰り返しながらも前に進もう。
いつまでも……。
都とクリスマスデート、完結です。
クリスマスを記念してデート回を書こうと思い立った結果こうなりました。
次の回はどうなるかまだ未定ですが、とりあえず今回が書けて良かったです。
また次の作品でお会いしましょう。
それではみなさんよいお年を。