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〇
10分後
「……」
「……」
リビングはお通夜状態だった。
原因は簡単。スーパーお金持ちのお嬢様へのずいぶんと手荒な挨拶である。
おかんは
ふと
「にぃに」
「なんだ」
「ごめんなさい」
ずいぶん素直に
「……パイ投げはお前の発案か?」
「はい」
「……」
「……」
「後でちゃんと
「はい」
「……」
「……」
「にぃにとみゃーこ先輩、緊張するだろうなって思って……にぃににぶつければ緊張ほぐれるかなって」
「そうか」
こいつなりに配慮あってのことか。
「あ、みゃーこ先輩出てきた」
どうやら
「そういえば、
「私の着てないのでみゃーこ先輩に似合いそうなのあったからそれを着てもらうつもり」
「それもあるが、
「パイ投げ用のパイだからそこらへんもたぶん大丈夫だと思います、はい」
「はぁ……」
おかんもリビングに戻ってきてこの話は中断になる。
そして
「この度は大変申し訳ありませんでした!」
「この度は大変申し訳ありませんでした!」
「あの……お顔を上げていたただいても……」
「うっす。無理っす……」
「同じく……」
パイを食らった
「こ、この度は娘がとんだご迷惑をお掛けし大変申し訳なく存じます」
「は……はい」
おかんがいつになく真剣な声色で
「此度の一件は私の監督責任をひどく痛感しております。娘の責任は私の責任です。私の責任としてどうか……。つきましてはどうか寛大なご処分を……」
「いえ、そこまで深刻に受け止めていただかなくても……」
「我が家は
ん?何でこの家の話になるんだ?
「ローンも……あと20年ばかし残っておりまして……」
ん?ん?
「どうか、この家だけは奪わないでください…それ以外の身なら斬りますので」
「え……?」
「待て待て待て」
「何よ
「なんで、この家がとられる、みたいな流れになってんだよ。コロナグループは地上げ屋じゃないんだぞ」
いかん、おかんのやつビビりすぎてる。
……ここは
「しないよな、
「……コロナグループの事業の中に不動産部門もあるからそういう可能性も無くは無いかな……」
「あ……コロナ不動産!?」
そういえばありました、聞いたことありますわ。え、うち、地上げされるの?
「あっでも、こんなことで怒ったりなんかしないです。ちょっと……いや……すごく驚きましたけど…」
だよな、しないよな!
「でも……ふふふ」
ん?
「……どうした、
「だって……どんな挨拶しようかってずっと悩んでたのに……パイ投げ……ははは」
「……
「ふふふ……いいですよ、許します。お顔を上げてください」
「ほ、本当ですか……」
おかんが心底安心したって顔して
「だから、ちゃんと自己紹介させてください」
そう言って
「こんにちは、
「本日はその、ご子息との交際についてご報告させていただくために参りました。お母様にはお夕飯代を出していただき、誠にありがとうございます。あ、えと、何かと至らぬ身ではありますが、す、末永くよろしくお願いいたします」
「……は、はい。こんな息子でよければ、こちらこそよろしくお願いいたします」
気が付けば緊張は消えていた。
道中であんなに緊張してたのが嘘みたいだ。
「ありがとな
「……?にぃやん何か言った?」
「いや、何でもないよ」
やはりオーバーロードしなくてよかった。俺も彼女を実家に招待するというこのイベントを謳歌しよう。
こういうハプニングも含めて人生なのだから。
〇
そして改めて
そして。
「あの、
雰囲気がリセットされた場でおかんが放った第一声があまりにもぶっちゃけすぎて笑ってしまった。
「何がおかしいのよ、
「まあ、確かに。会った当初は住んでる世界そのものが違うな~って思ってたんだけど」
「もう、
「……っ」
とっさに目をそらす。
「どうしたの、
「いや、何でもない」
やばい、にやけ顔が止まらない。
「悶えておられる」
「それで、どんな経緯で仲良くなったの?」
「えっと……私は祖父が経営する喫茶店『ナインボール』で社会勉強も兼ねてアルバイトをしているのですが、その時に店員と客として出会いました」
「うんうん」
「それで、2年生になった時、メビウスフェスで、コスプレしまして…」
「あ~沙月ちゃんのとこでやってたやつね、でもなんでコスプレ?」
「みゃーこ先輩がスポンサー代表として尻拭いに立候補したんですよ」
「あぁ……」
そういうことに興味がないであろうおかんでさえ察してしまっている。それくらい
「その時に、
「フォローって?」
「えっと……地震が起きて、大勢のカメラマンさんが避難してくれなかったところを間に入って助けてもらったんです」
「へぇ~、やるじゃん
「大したことはしてないよ」
「まあ、あの時のにいやんはちょっ~とかっこよかったよね」
「で、それからそれから?」
「……」
「……」
ここからが俺たちにとっては肝要なのだが、さすがにアーティファクト騒動のことを言うわけにはいかない。必要になったのはアーティファクト騒動を踏襲したカバーストーリーだ。
「俺と
「ちなみに私もチームの一員です」
「へ~、どんな?」
「メビウスリングのファンクラブ」
「ん?あんた別にあれのファンでもなかった気がするけど」
「あぁ、ファンじゃない。元々は、
「研究部?」
「
意味不明な物でもちゃんと理由付けができれば納得してしまうのが人間というものだ。
「あれが一応、
「まあね」
「あのめちゃくちゃなアニメが一体どれほど
「まあ……分からなくはない……」
「……」
「いや分からないわねぇ」
バッサリ斬られた。
「町内会の催し物でさ、数日にわたって見せられたことあるんだけど本当に意味不明、あれほど時間の有用性を感じられた体験はなかったわぁ」
「……ごめんなさい」
「あ、
まあ言いたいことはすごくわかる。あれを研究したいかと問われれば俺でもNOである。が…。
「俺のきっかけはさ逆なんだよ」
「逆?」
「『アニメから
「ええ」
「それを見せてもらう機会があってさ、それをもとにアニメが作られたって聞いたらどんなものか気にならないか?」
沙月ちゃんの『世界の眼』によれば、俺と
「なるほどねぇ、それで逆説的にアニメにも興味をもって研究したくなった……と」
「そうそう」
「……解せないわねぇ」
「何が?」
「あんたらしくない」
「……」
「アンタがそう言う事柄に興味をもって研究したくなった、ってのは分かった」
「でもあんたってさ、人とつるむことを嫌うタイプでしょ、
「……俺と
「5人。大体、学校の班行動と同規模だけど別の学校の子もいるんでしょ、となれば学校の外で集まったりすることが中心になる。私の知ってるアンタなら間違いなく嫌がると思うんだけど。そもそもさ、なんで
「……さすがにおかんは騙せないか」
「当たり前よ、何年アンタの母親やってると思ってるの」
……さすがに母である。その辺りには違和感を覚えるか。
「わかったよ、おかん」
だけど問題ない。なぜなら。
これはカバーストーリーのカバーストーリーだからだ。
「
「おかん、ここまでは建前だ」
「建前?」
「少し考えてみてくれ」
俺は
「
「こんな、かわいい子が、協力を求めてきたら、男なら間違いなく『うん』と答えるだろ!」
「あんたまさか、チームを組んだ理由って」
「そう」
「下心か!」
「その通り!」
建前の向こうには真実がある。俺は一切ウソをついてない。下心で
これでカバーストーリーを守ったまま真実を述べたことになる。真のカバーストーリーの完成だ。
「
「大丈夫です、というのも私も
「お、おう」
「いろいろあって私たちは研究を進め、先陣を切って私にはとてもできない発想や努力で私を導いてくれたんです。そんな
「それからはクラスメイトによって二人っきりにされてお互いの気持ちをさらけ出しあい。無事ゴールイン。これが俺と
「ふ~ん、要するに下心に任せて研究を続けたらお嬢様のお眼鏡にかかったと」
「まあそういうことだな」
「納得していただけましたか?」
「う~ん一応。筋は通っているから~」
「まぁ良しとしますか」
納得してくれたみたいで一安心。
と思ったのだが。
おかんは俺にだけ聞こえるような声でつぶやいた。
「あんた、まだなんか隠してるでしょう」
ビクリと背筋に悪寒が走る。
「いや、別に」
「まあ、アンタが話しにくいって言うなら別に話さなくていいわよ」
「息子が過程はどうあれ彼女を連れてきた。その事実を上回る喜びはなかなかないんだから」
おかんはそれ以上追及する気はなさそうだ。
ふぅ。最大の難関を乗り切った。
〇
おかんが、昼食を作りにキッチンに向かったころ
だが。
「いや、ここは私に作らせてちょうだい。新海家の味ってのを
「わかりました……」
「その代わり、夕食は一緒に買い物に行きましょう?買い物上手だとか、私よりうまいとか聞いてるからハンバーグで白黒つけようじゃないの」
「は、はい!」
そして……。
「できたわよ~、運んでちょうだい」
「お、できたってさ」
ちょうどよく昼食が完成したようだ。
〇
その後、昼食を済ませた後は狭い我が家を案内したり引き続き、
「いや~
「いえいえ、これも節約術の一環ですので」
おかんと
「いや~、ほんとに仲いいですな~あの二人。嫁姑問題も起こらなさそうで旦那としては気が楽じゃないですか?」
「よせよ、照れるじゃないか」
「こいつ、もうみゃーこ先輩の旦那になったつもりかよ」
「当たり前だ」
「うわぁ」
そんなこんなで日は傾き、玄関が開く音がした。
おとんの帰宅だ。
よし、第二ラウンド始めっか。
〇
「
そしておとんにもおかんにしたのと同じような自己紹介をする。
「不束者ですが、どうかよろしくお願いします!」
「……」
「おい、どうしたんだよおとん」
おとんが動かない。
「……
と思ったらちゃんと動き出した。何だったんだ。
「は、はい。よろしくお願いします」
「
一通り最低限の挨拶が済んだところでキッチンのおかんから声がかかる。
「は~い、あ、で、でも……」
みやこがどうしようかといった様子だ。
「あ~、
「う、うん」
「ああ、大丈夫大丈夫。夕食の支度の方が優先だ。話すだけならその時にできるからね」
「だってさ。
「あ、はい、ではお言葉に甘えて……」
そう言って
「
「何?」
応じるとおとんはぎこちなく振り返った。
「一体どこのアイドルグループのセンターを引っ張ってきたんだ」
「……」
「この前の焼肉の時にも言っただろ……アイドルグループのセンターばりの美貌を持ったクラスメイトだよ」
「いや、だからってあれほどとは……。絶対、誇張が入ってるものだと……社会の荒波で鍛えられた切り替え術がなかったら、挨拶すら危うかった……」
ああ、最初に固まってたのはそういう……。
「俺が嘘なんてついてなかったって分かってくれたか?」
「ああ……いや、まだレンタルという線が……」
「だからレンタルじゃね~よ!」
まったく……。おとんのやつホントに大丈夫か……?
〇
そんなこんなで夕食になった。おかんと
「今日はパーティだからプチビュッフェ形式にしたの。私から見て右半分が私、左半分が
「へぇ~よくこれだけのものを」
「あくまでプチだからね、半分は総菜とお寿司」
それでも十分にごちそうである。そして最後にメインディッシュである。それぞれのハンバーグが姿を現した。
「よし、それじゃあ食べ比べと行きましょうか」
「いえ~い」
「ぱちぱちぱち」
夕食が完成、運ばれてきた料理に思わずのどが鳴る。
「まずは私から、新海家伝統のハンバーグ、召し上がれ」
別に伝統ってほど頻繁に作ってるわけじゃないと思うが…。まあいいか。
「いただきます」
全員が手を合わせて食に感謝を込める。
「さて……あむ」
食べた。
「何というか……」
うん。
「……普通だな」
「なんかもっと言い方ないの?」
「でも、何だろうな、えっと、すごい安心する味?」
「なんで疑問形なのよ」
「え~、あれだ、心の奥が暖かくなるような。懐かしい感じ」
あれはいつだったか。小学生のころ、原因は……何だっただろう……。
……。
……。
……。
「……」
「……
「……いや、この味でなんか思い出すかなって思ったんだが」
うん。
「びっくりするぐらい、なんも思い出さねえ!」
「なんでよ、そこはおふくろの味補正で回想シーン入るところでしょうが」
回想シーン言うな!
「うむうむ、やっぱり、お母さんの味は一味違うねぇ」
「父さんもやっぱりこの味が一番だ」
……
「……あ、おいしい、でもそれだけじゃない」
ふと
「……どうした、
「あら…
「い、いえ、そうではなく!とても美味しいです。ただ……」
「この味は…私には真似できないなぁ……って」
「まあ、どうして?」
「…お母様の料理は、
「はは、当たり前じゃない、私は
「……」
「さてさて、次は
「は、はい」
「おふくろの味VSみゃーこ先輩。レディーファィ!」
「いただきます」
1分後
「食べ比べとのことだったので、なるべくオーソドックスなデミグラスソースを使った王道な味付けにしてみました」
「はぁ~めっちゃ旨、おふくろの味ではないけど、単純に美味い!」
「ほ~う、こんなに肉汁が中にチーズが入っているだと」
「やっぱり、
「そ、そう、ならよかった」
「……あぁ負けた。完全敗北だわ」
リビングのそばで真っ白になっているおかんを見つけた。
「えっと、お母様の料理もその……とても美味しかったです」
「勝者であっても気づかいを忘れないみゃーこ先輩であった」
「いや、気づかいとかじゃなくて……」
「
「は、はい」
いつの間にかおかんが復活していた。いや、復活はしてないか。座ったまま、
「おふくろの味を自分は出せないって言ってたけど当然じゃない、あなたはまだただの高校生なんだから」
「は、はい」
「おふくろの味は自然と生み出されるものよ」
「おふくろの味は自然と家族の舌に馴染んじゃうからそれが普通と感じるようになる。だから簡単には感謝されないのよね……」
「そういうものなのでしょうか」
「あなたもお母さんになればわかるわよ」
「おか……えっ」
「あら、ちょっと早かったかしら。新海家の味、教えて欲しいなら言ってちょうだい。どれだけ役に立つか分からないけれど」
「は、はい。よろしくお願いします!」
〇
夕食も一段落して、自然と会話が弾み始める。
「そういえば、
「あ……勉強?」
学生の本文は勉強だ。そして、人生の中でも指折りの大事な時期があと1年後に迫っている。
「大学受験かぁ」
「そうだ、お前の第一志望は最寄りの
「ああ、うん」
「
「どうだ、いけそうか?」
「……正直、今のままじゃきつい」
「確か先日の模試はD判定だったか……」
そう、D判定である、E判定じゃないだけかなり頑張った方ではあるのだが……。
「確か、あれだよね。
「確かにお父様からも、
「じゃあ、にぃに。なおさら頑張らないとじゃん」
「そうだな……」
受験の話になって気が少し落ち込む。
「あ~、ところで
「あ、私も同じです。
「ほ~、もしかして
「
「それは頼もしいな、もしかして
「ああ、
俺と
「目標が同じというのはとてもいいことだが、今のままじゃ
「そうなんだよな~」
「もう少し勉強時間は増やせないのか?」
「う~ん」
「ほいほい、にいやんに提案です」
「発言を許す」
「とりあえずさ、量が増やせないなら質を増やしましょう。みんなで勉強会しましょう、勉強会!みゃーこ先輩と二人きりじゃなくてさ」
「ん~結城や香坂先輩を巻き込んでってことか?」
「それとあたしも、人数増えた方が緊張感も結束力も高まるっしょ」
「でも、結城はともかく香坂先輩はリアルに受験中だろ邪魔にならないか?」
「……香坂先輩だったら食いつくと思いますよ」
「……まあ、ありだな。後でみんなに呼び掛けておくか」
「それと、みゃーこ先輩とにいにが二人きりで勉強するのはなるべく禁止ね。そういう時は私が加わります」
「なんでだよ……」
「だってお前ら二人きりだとイチャイチャしまくって勉強にならんだろうが!」
「……」
「……」
反論……しようとしたが……。
〇
『ここは……この公式が当てはまるから……ん?……もう……
『え、近い?あ……勉強しないと』
『もう我慢できない?しょうがないなぁ……』
『あ、
『する…?』
〇
「……」
できない。色々と心当たりがありすぎる。
「あ……そうだね……」
「というわけで、二人ともよろしくて?」
「はい……」
「はい……」
「ふふ、気づかないうちに友達が増えたみたいだな
「……まあな、最近はこういうのも悪くないって思えるようになったよ」
「そうか、まあ引き続きがんばれ、彼女さんと同じ大学に行けるようにな!」
「ああ」
するとおかんが後片付けが終わったようで戻ってきた。
「ああ、終わった終わった」
「あ、お疲れさまでした」
「ありがとう、
「あ~、私は好きでやってますので」
「そう?でも、やってるのが当たり前だ、なんて周囲に思わせたらだめよ。家事は主婦の労働なんだから」
「は……はい」
「感謝しろとは言わないけどさ、なんかこうさ、もうちょっとお礼を言われてもいいとは
思わない?」
「
「俺はいつもおかんには感謝してるよ。母の日なんか特にな」
「嘘つけ」
まあウソだが。
母の日、父の日の忘れやすさは異常である。そして今年もアーティファクトの一件で流されてしまう不憫な日だった。
〇
「あの、
「はい、
「ふぅ~ん……」
何かを考えこむようなそぶりを見せるおかん。珍しいな。
「質問なんだけど」
「は、はい」
「あなたは
「え?」
「夕食の時、あなたは
「は、はい」
「おふくろの味って母親の味じゃない。そこは私の場所よ。その座まで奪っちゃおうと企んじゃうなんて」
「それってちょっと欲張りじゃない?」
「あっ……」
「別にそういう性格であることは問題ではないのだけれど。あれもこれも欲しがっちゃうとね、最終的に自分が何になりたかったのか忘れちゃうと思うのよね」
「お、おいおかん、一体何を……」
「
いつもは聞かないようなはっきりした拒絶。
「にぃに、少し黙ってた方がいいみたいですぜ」
……
「だから、はっきりしてもらいたいの。あなたは
「わ……私は」
「いいのよ、まだそこまで言い切れる関係ではないかもしれないし、親である私が言うのもなんだけどあんな息子だし……もしかしたらすぐ別れるかもしれない」
ひどいな。
「……ッ別れません!」
……!
次回とりあえず完結。
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