55話
…数年前。ロンシャンレース場。
俺は気持ちを高めていた。
「…絶対、勝つ…!」
ここに来たのは俺一人。沖野さんも学園に残っている。
…それに今回の俺はぶっつけ本番だ。
フランスでのレースには全く出ていない。
こっちの芝の感覚もイマイチだ。
…だから俺はここを芝じゃなくダートと思うことにした。芝の走り方だと間違いなく無理である。
そうしていると、誰かが俺に声をかけてきた。
「…アンタ、初めて見るわね。どこから来たの?」
こいつは確か…、ルーヴルだったか。確かフランス最強のウマ娘って言われてたはずだ。
「…俺はシンボリハンター。日本のウマ娘だよ」
俺がそう聞くと、ルーヴルはこう返してきた。
「私はルーヴル。日本から来ておいてアレだけど、今日は引き立て役よろしくね」
「…そうか」
俺がそう話して、どこかに行こうとするとルーヴルは俺を止めてきた。
「ちょっと、もしかして勝つつもりでいるの?
日本ってあのアジアの端にある島国よね?
日本のウマ娘なんかがここで勝てるわけないでしょ。
今からでも遅くないから、恥ずかしくなる前に日本に帰ったらどう?」
…へえ、言ってくれるね。
俺をけなしてくるだけなら流そうと思ったんだが、日本全体をけなすなら言っておかないとな。
「…なあ、ルーヴルだったか?」
「…ん、なによ?」
ルーヴルを止めた俺は彼女にこう言い放つ。
「…La victoire est à moi!」
「…!?」
『La victoire est à moi!』、日本語に訳すと「勝利は私のものだ!」である。
これをレース前に言うということはその相手に「調子にのんな!」と相手を挑発している…ということ。
言葉を出すのに戸惑うルーヴルを横目に、俺はゲートへと向かった。
◇ ◇ ◇
ファンファーレが鳴り響き、ゲートに俺を含めたウマ娘達が続々と入っていく。
最高潮に盛り上がっていたスタンドは一気に静まりかえってスタートを今か今かと待つ。
…そして。
ガタンッ!
今、ゲートが開かれて凱旋門賞がスタートした。
…俺はいつもよりペースを落として、最後方に位置取る。
俺が調べたデータだと、日本に比べてヨーロッパのレースはゆっくりとスタートする。
恐らくは芝の違いによるものだろうか。
ここではスピードよりパワーが重視されると言った方がいいだろう。
…そのため、俺が普段のペースで走れば間違いなく中団に巻き込まれて動こうにも動けない状態になる。
そうなるぐらいなら、ペースを落としてでも巻き込まれないようにすると言うのが俺の考えだ。
先頭にいるウマ娘も俺の射程内にいる。
…ただ、ペースが遅い分、いつもより仕掛けるのは結構早めないとな。
そう思いながら、俺は第3コーナーに差し掛かる。
「…持ってくれよ、俺の脚ッ!」
俺は足のギアを最大にして一気に加速していく。
下り坂というのもあり、他のウマ娘のペースも上がるが、俺はそれ以上のペースで外側から追い抜いていく。
最後の直線に入るぐらいの所で俺は先頭にいたルーブルに並んだ。
「アンタなんかに、負けるわけには行かないのよっ!」
ルーヴルはそう言いながらペースを上げていく。
「それは俺も同じだっての!」
俺もそれにつられるようにしてペースをさらに上げる。
…俺はもう、この凱旋門賞でトゥインクルからは身を引くと決めていた。
この脚が壊れようがどうなろうが構わねえ!
最後の残り100m、俺はさらに加速し、ルーヴルの前に出た。
「うそ…!?」
ルーヴルがそう呟く声が聞こえてきた。
俺はそのまま加速していく。
ゴール板を通過すると同時に、俺は右人差し指を大きく天に突きさした。