凱旋門賞の1週間前。
俺とエルは誰もいないターフに立っていた。
「…いいか、エル。
今からお前に教えるのは大逃げだ。
…ただの逃げじゃねーぞ」
「大逃げ…、スズカさんみたいに走れ…ってことデスカ?」
俺はエルの言葉に同意する。
いつものエルの戦術である先行・差しはあのバ群に埋もれることを考えたらあまりしたくはない。
追い込みでもいいのだが、俺がサポートにいることを考えて対策してきてる可能性が高い。
…そこで、大逃げだ。エルは逃げはしたことがない。情報も少ないだろう。
「そうだな、ブロワイエに勝つなら最低ラインが1000通過が58秒切るぐらいだと思ってる。
参考までに天秋のスズカの1000通過が57秒4な」
俺はエルに向けてそう話していく。
ブロワイエのレース映像や直接見た限りだが、勝つためにはあのスズカ並み…とまでは行かないがそれに準ずるタイムは必須になってくる。
それぐらい、アイツは強い。
「エル。この前のサンクルーやフォワ賞は『逃げになった』けど、今回は『作戦としての逃げ』だ。
大逃げは後ろを気にしたら負けだ、前だけを見ろ」
ちなみに俺はジャージに着替えており、走る準備で来ている。
「エル、今からやっていくことはただ一つ。
…後ろから追い込む、俺に追いつかれるな」
「ハンターさんに…」
エルの言葉に俺は続けていく。
「そうだ。俺に追い抜かれた時点で負けだと思ってくれ。
俺に負けるようじゃ、ブロワイエには勝てねえよ。
…それじゃ、行くぞエル!」
「ハイ!」
その日から、俺とエルの猛特訓が始まった。
◇ ◇ ◇
エルは予定通り、6,7バ身と離していっている。
スタートも出遅れてなかったし、順調だろう。
…他のウマ娘の反応を見てもここまで逃げることは想定してなかったっぽいしな。
1000のタイムは57秒8、予定通り良い感じのペースである。
…そしてエルはロンシャンの名物と言ってもいい、フォルスストレートを走り切り、ホームストレートに入ってくる。
後ろからはブロワイエが追い詰めてきている。
差も2,3バ身ぐらいに詰まってきていた。
…ここからが勝負だぞ。
エルのペースは落ち始め、ブロワイエもそれに負けじと加速してくる。
…流石は地元のスター、ブロワイエだ。
スタンドからブロワイエへの声援が大きくなっている。
…少しエルのペースも落ちたか。
差も1.5バ身ぐらいに詰まってきていた。
…でも、エルなら行ける。
エルはそれができるウマ娘だと俺は知っているからだ。
「…世界最強のウマ娘になるんだろ、エルコンドルパサー!」
俺はエルに向けてそう叫んだ。
…俺の声が届いたのか、エルのペースが落ちなくなった。
ブロワイエは1バ身ぐらい後ろにいる。
…だが、エルにはもうそのリードで十分だった。
エルはまるで俺のように、右手を天に突き刺してゴール板を通過した。