中身入りロボット、魔法少女の騎士になる。 作:ダイコンハム・レンコーン
「……ご迷惑をお掛けし、申し訳ありません」
「謝るべきはこちらです。普通の人であればこうはならなかった筈、私が長話をしてしまったのに加え太陽光線を反射する白の塗装だったが故に……」
「いや、そこはお互い様で良いんじゃない?」
「ええ、そうですね」
「ですが、私の所為で彼女は命の危険に……」
「じゃあ救命活動したからリッターはプラマイゼロで無罪! 終わり、閉廷! って事で」
病気のキズナちゃんをベッドに、その脇に僕とリッターが座っている。
幸いにも発見が早かったおかげでキズナちゃんは無事に目を覚ました。前後の記憶はやや
僕は特に何もしていないけど、これでキズナちゃんがリッターに対しての好感度を上げてくれると嬉しいかな。
因みに隣で丸椅子に腰掛けるリッターはさっきまでロボットなのにキズナちゃんの顔を覗き込んでは立ったり座ったり落ち着かない様子で眠るキズナちゃんの様子を見ていた。僕が風邪を引いた時もあんな感じだったんだよなあ。懐かしい。
「その、医者を呼んでくれませんか? もう仕事に戻らないと……」
と、ノスタルジーに浸っているとキズナちゃんはこんな事を言い出した。どこか社畜感の漂う台詞にまたもやかつての世界へのノスタルジーを感じる。この世界じゃ単純肉体労働はロボットの役目だし、そうじゃない仕事も技術の進歩でどんどん効率化されている。今やブラックなんて言葉は社長職くらいにしか当て嵌まらないとかなんとか……実情は知らないけどね。
「ダメだよキズナちゃん? 僕達だって君がいつ倒れても大丈夫って訳じゃないんだからさ。それに検査したら結構ヤバめの栄養不足だってお医者さんに言われてたよ〜? 今どき珍しいってさ」
当然僕はその言葉に釘を指す。無理してやった仕事に意味は無い。仮にその殆どがロボットが動いているのを監視するだけの仕事だとしてもね。
「枯草さん、貴女は何故──」
恐らく、彼女の栄養状態についての質問をしようとしたのだろう。リッターがそう言い掛けた所で勢いよく病室のドアが開く音がした。
瞬間、リッターは丸椅子を弾く勢いで立ち上がり、僕とドアの間に入る。
「キズナちゃん! 大事はありませんの!?」
だが現れたのは、胸が巨大戦艦……! じゃなかった。濃紺の髪を二次元お嬢様キャラにありがちなドリルヘアーにして肩に掛けているベージュの縦セーターを着た女の子の姿。
「チエさん!? 何故わざわざ……」
……いや、やっぱりおっぱいデカくない? ベージュの縦セーターを着てる所為で余計に破壊力が上がってるんだけどおっぱい。車椅子に座ってる所為で良い感じに南半球のラインが見えて視線が釘付けに……卑劣な技だ。
いや! 違う! そうじゃない!
今のキズナちゃんの反応的に、このチエちゃんと言う女の子は彼女の知り合いらしい。それの方が重要だった。リッターもそう理解して倒した丸椅子に謝る様に頭を下げながら元に戻していた。……なんで頭下げたんだろ。
「キズナちゃん! 無事で何よりでしたわ!」
「チエさん、病室ではお静かに」
「はっ、わたくしとした事が、とんだはしたない真似を……」
幸いにもこの病室には他の患者さんは居なかったが、チエちゃんと呼ばれる女の子は、顔を赤らめてシュンとなりながら空いている椅子に座る。
僕とリッターは新しく来た彼女に話を聞くべきかと目を合わせていると、それを察してか彼女の方から話し始めた。
「急に失礼してごめんなさい。わたくしは……」
「チエさんは、私の友達です」
何やら言い淀んでいた彼女の言葉を継ぐ様にキズナちゃんはそう言った。
それが
「キズナちゃん、この方々は……」
「私を助けてくれた方達です。仕事の依頼者でもありまして、こちらの女性の方が
「お仕事の……なるほど、理解致しましたわ」
短く会話をすると濃紺の髪の彼女は顔を此方に向ける。
……ただその目があった瞬間、何か胸騒ぎがした。
「……似ている」
リッターが隣で小さく言葉を溢す。何が似ているのか、聞く必要はなかった。
彼女は、自らの胸に手を当てる。
そんなポーズが様になっているのは間違いなくチエちゃんがやんごとなき身分な訳で……
「初めまして、ノゾミさん──わたくしの名前は
……胸騒ぎは、確信へと変わった。
──『雑賀』
そんな苗字で金持ちのヤツなんて数える程しか居ないだろう。
「チエちゃん、君のお父さんってあの雑賀オハラさんだよね?」
「ええ。もしかして、わたくしのお父様のお知り合いですの?」
「ん、いや、偶々知ってた名前と同じだったからさ」
隣のリッターは「やはり……」と、僕の方を見て肩を落としながら言っていた。でも僕は分かっている、リッターは悪くない。僕の事を慮ってそれを隠していたのは分かってたから。
彼女の言葉通りならば、きっと彼女はちゃんとした妻との間に生まれた子である可能性が高い、だって雑賀を名乗れているんだから。
いや、まさかここに来て昼ドラ展開は無いでしょうよ。今まで魔法使いとかファンタジー……多分ファンタジーで来てたじゃん。始まりから既に不義の子スタートだった? ……うん、そうだね。
それでも、苛立ちはまるで無い。これがもし僕が真っ新な状態で生まれていたのなら、自分を捨てた父親の娘って分かったら恨み言の一つでもぶつけるんだろうけど、今の僕の執着はそんな父親より本当の親同然に育てて来てくれたリッターにある。
そして僕の目の前にはたゆんと揺れる胸部装甲がある。
こんなエッ……可愛い女の子に八つ当たりなんてしようと思えるはずもない。
「……じゃあリッター、僕達はお邪魔になるし帰ろうか」
「その方が宜しいですね」
でもこの状況は宜しくない。だって今まで隠されてた不義の子と本妻の子が会っちゃう状況なんて不味いに決まってる。
この場面をあまり他の人に見られるのはダメだ。僕らは文字通り彼女にとっての邪魔になりかねない存在だ、下手したら消されるんじゃないのこれ。
それに僕、ここ最近生きてる人と会って話す事が増えて、若干キャパオーバーしてる部分もあるからね、少しでもクールダウンの時間が欲しいんだよ。最近行ける様になった掲示板もそうだけど、どんな事を言っても受け入れてくれるのが分かってる関係に慣れてしまった所為で、前世より人とコミュニケーションを取るのが下手になってるのもキャパオーバーの原因かな。初めて知ったよ、コミュニケーション能力も使わなければ衰えるって。
「リッター、外に誰か居る?」
念の為聞いておく。
「今は誰も居ない様です」
「そう、なら帰ろうか、リッター」
そして僕達は病室を後にする。
ただその時、僕はふと思った。枯草キズナ、僕はあまりにも彼女について知っている事が少ない、と。
そもそも魔法使いのルールと僕の主義はあまりにもズレている。同じ魔法使いならば敵対する可能性を考えてあらかじめ調べておくべきだろう。勿論、魔王の手が世界に伸びている状況だから僕としては内ゲバなんてしたくはない、でも心配だからね、仕方ないよね。
「枯草……調べてみようかな」
そう言えば、生まれ変わってから初めてヒトに興味を持った気がする。……ん? リュウコちゃんは、ヒト……だよね? あれ? 何で僕こんな事思ったんだろう。まあ、いいか。
──後日、仕事に復帰したキズナちゃんから、チエちゃんが魔法使いであり、『トライスター』の一員である事を聞かされた僕は「ああ、やっぱりね」と思うのだった。
──✳︎──
「キズナちゃん、やはりこの前のオファー、受けては下さらないのね」
「……はい、私はまだ、お父さんが愛してた世界から離れたくないんです」
2人だけになった病室で少女達は、神妙な顔で言葉を交わした。
一方は土方、一方は大企業の令嬢。一見接点の無い2人を繋ぐ物は以外にも魔法使いだけではない。
濃紺の髪の少女、雑賀チエは、どこからともなく取り出したメイド服を広げて浮かない顔をする。
「きっと似合いますのに」
「……色の入ったメガネを掛けたメイドさんは、ダメだと思いますよ」
「キズナちゃんの意思はよく分かりましたわ。空いている枠には
メガネを掛けた毛先だけが金色の黒髪の少女、枯草キズナはやや引いた様子で揺れるメイド服を見ていた。
そのメイド服に派手さはなく、リッターが身に付けていたクラシックな見た目をしている。それだけではない、これは彼女の身体の寸法にぴたりと合わせられた一着だ。チエは彼女を雇おうとしていたのだ。
メイド服を見ていた彼女は頭の中で"そうなった時"の事を考える。
枯草キズナは弱冠18歳ながら仕事人間である。もしそうなれば文句も言わず働くのだろう。チエは饒舌なほうの人間だ、彼女自身はそうでもないが、話し相手くらいにはなれるだろう。
(でも、それで良いのでしょうか)
しかし、どこかがズレている。漠然とした不安感に、彼女は"そうなる事"が出来ずにいた。
すると突然チエは立ち上がり、ベッドに詰め寄る。
「……キズナちゃん、それならせめて食べ物を送る事くらいは許してくださいませ」
「それも遠慮させていただきます」
有無を言わせない覇気を帯びた彼女の言葉に淀みの無い即答をキズナは返す。それこそ、硬い意志を持って。
チエはキズナがまともに栄養を取れる状況にない事を知っていた。それが彼女の父親が亡くなってから、収入がほぼ皆無になっている事に起因しているのも。
「私は……そんな正しくない事、みっともない事は出来ません」
「っ! 友達に頼る事がみっともない訳ありませんわっ、……よ」
病院の中故に、静かに強く、そうチエは言う。そこに憐憫は無くただ情熱が篭っていた。
その情熱の根本は彼女にとっての誇りだ。
『ノブレス・オブリージュ』──高貴なる者には義務が伴うと言う言葉、これこそが彼女の原動力であり、果たすべき誇りであり、彼女が魔法使いになった理由でもある。
「他者を慮る事が『義務』ならば、友達を助ける事は『当たり前』ですわ。料理が出来ないのでしたらわたくしが手作りで……」
「料理……そうだ、謝らないと」
料理、その言葉に途端に反応を見せたキズナは、ベッドから飛び起きようとする。が、それはチエに肩を掴まれ止められた。今の彼女には、チエを退かせる程の力も無い。
「ど、どうしましたの?」
「私はリッターさんに悪い事をしてしまったんです。だから謝らないと」
焦りを帯びたキズナの表情に、ただ困惑するチエ。彼女から見ると、熱にやられた火照りが残っているのかキズナの様子はおかしな物に思えていた。
「待ってくださいまし。キズナちゃんが彼女に、何をしたんですの?」
「リッターさんが作ってくれた昼食を食べれなくしてしまったんです」
つらつらと、そう流れ出た言葉に彼女は
だがそれは目の前に居るチエも同じであり、先にそれを口にしたのもチエだった。
「確かノゾミさんが連れ立っていたロボットがリッターと言うお名前でしたのよね?
──なら、その相手はノゾミさんではございませんの?」
その言葉を聞いて、やっと彼女は自身の中の変化に気付いた。
自身が、
(なんで、私は……)
ロボットは道具だ。そこに意思は無く、ただ主となる人間の命令を遵守し、それ以外の行動は予め工場でプログラムされた命令通りに動く、それだけの電気人形でしかない。
そう、今までの彼女なら思っていた筈だ。
もし、その常識が違っていたのなら。世界はひっくり返ってしまうだろう。
「どうしましたのキズナちゃん? 顔色が悪いですわよ? わたくし、何か気に障る事でも……」
「ごめん、なさい、チエさん。1人にさせてくれませんか」
チエの言葉を遮る様に飛び出した一言。彼女はそれを受け止め、黙って病室から出て行った。
これで、彼女はベッドに独りだ。
(分からない、私は、彼女を、アレを何だと思っているのか)
白い金属の肌に温かみはない、青い瞳に動きはない、でもその中に心はないと言い切れない。
ノゾミの事を語るリッターの姿を見た今の彼女は、そう考えていた。
(少なくとも私が仕事に使っているロボットはただのロボット、その筈です。でもあのロボットは何かが違っていました)
近代社会の歪み、ノゾミと出会った時、彼女はそう言った。だがその歪みが別の形をしていたならどうか。地球に人間以外の知的存在が生まれる事は無い、そんなありふれた考えが思い上がりだと言うのなら。
(でもその何かが分からない。魂や心の存在の証明など浅学の私には到底不可能……なら、私がすべき事は知る事ですね。あの存在がどんな存在なのかを実際に触れる事で掴む、自分自身の感覚で)
壊す事も殺す事も悪い事だ。それは彼女の身を取り巻くあらゆるルールに決まった事だ。
だが、そのどちらもルールによって正当化される場合がある。彼女が身を置く魔法使いと言う立場ならば、魔法に関する事を知ったロボットや機械を破壊する事、生きとし生けるものと世界を守る為に魔物を殺す事と言う風に。
前者はそうしたロボットや機械が世界に混乱を齎しかねないと、世界を守ると言う正しさを理由に、後者は人類を脅かす魔王とそれに連なる存在から人類を守ると言う正しさを理由にして。
彼女は常に正しくあろうとし、そう生きて来た。彼女は誰よりも自分を信用していなかった。だからルールに身を預けていた。それはある種の思考停止にも似た考えだ。
──だが今の彼女は、僅かに違った。
リッターが単純なモノとしての括りに収まらない存在で、それにモノとしての扱いをするのなら、それは正しくないと彼女は言うだろう。今は身の内に閉じ込められた自分自身が定める心のルール、謂わば倫理がそう言うのだ。
(ロボットに生まれた魂──もしそれが真実だったなら。かつて破壊して来たロボットの中にも居た可能性が示された時、私は壊れるかも知れない。でもそれは仕方ない事です。私が悪い事をしたのですから)
だが彼女にとってそれは"生き方"と呼べる程軽い物ではない。正しさとは、彼女にとって"
正しさこそが今の命を担保するのだと、彼女は信じて疑っていない。正しさを超える罪過を負った時、ヒトは死ぬのだと。
(正しく生きなければ、意味はない。間違ったのならそれ相応の償いを)
そうして彼女は、リッターと言う不条理の渦に飛び込む決意を固めるのだった。
見た目TS黄猿、考え方赤犬の魔法少女(?)
誤字報告ありがたや。