中身入りロボット、魔法少女の騎士になる。   作:ダイコンハム・レンコーン

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前回の続きをあらかじめ用意していた筈なのに気に入らない所を直したら全く別の話になってた件。

※今回は掲示板要素アリ(小)

追記:ID追加してみた。


嵐の中で瞬いて

 人とロボットの狭間に生きる今の俺は意識を絞る事で1秒を120の()()に割って観測する事が出来る。

 

 偶然だった。部屋が停電した拍子に俺の意識は極度の集中状態に入り、スローモーションの様に世界を見ていた。その中で電動車椅子に座るノゾミの背後の窓に、妙に輝く一滴の雨粒が見えていた。

 

 ──それが窓に突き刺さり、貫通する瞬間も。

 

 あまりに突拍子もない光景に俺は困惑した。

 

 それは銀色の雨粒。窓を貫きノゾミの方へ向かっていく。

 

 ──狙撃。

 

 俺のそう多くはない語彙で表現するとすれば、()()は狙撃だった。

 

 しかし幾ら状況を認識しても身体が動かなければ意味がない。ロボットの身体とは言え、僅かなラグが存在する。そして物理的な距離も。

 

 だが、念じれば届く。俺は車椅子に視線を向けた。

 

 俺が動いても届かないのなら、電動車椅子を()()動かす。

 

「うわっ?!」

 

 ノゾミは突然の事に驚いていたが、話す余裕はない。

 

 俺の世代のロボットは身体の制御に無線通信を利用している。多機能なロボットの全てを物理的な接続で制御する事は非効率的だからだ。その恩恵として無線通信に対応する端末はワイヤレスで動かす事も可能だ。

 

 独りでに動いた車椅子は銀の雨粒を見事に回避し、華麗にターンを決めてドアのそばに立つ俺の背後へ回り込む。

 

 だが俺は全く安心出来なかった。

 

 外れた銀の雨粒が落ちた赤い絨毯には、黒い弾痕の様な痕が残っていた。貫通までは行かずとも、かなりの威力があった事に間違いはない。

 

 もしアレがノゾミの頭に当たっていたら……想像するだけでも心が寒くなる。

 

 するとノゾミが痕を見つめぽつりと何かを言った。深慮する様に顎に手を当てて。

 

「……もしかして」

「何か言いましたか、ノゾミ」

「いや、何でもない!」

「そうですか」

 

 ……何か隠している? 俺はノゾミの態度が気になり始めたが、状況がそれを許さなかった。新たな銀の雨粒がこちらへ向かって飛んで来たからだ。

 

 俺は部屋の中央に置かれた幅広のテーブルを持ち上げ、盾にする。

 

 同時に無数の弾丸じみた雨粒がテーブル目掛け、篠突く雨の様に打ち込まれた。

 

「やはり尋常ならざる威力」

「このままじゃ不味いよ。リッター、部屋から出よう」

「了解しました」

 

 即席のチームワークだ。俺が盾になりノゾミが背後のドアを開く。黙って前を向いていても各部に取り付けられた衝突回避用のセンサーによって『気配』としてその動きを理解出来る。

 

「右よし、左よし、行けるよリッター」

「行きましょう」

 

 ノゾミが車椅子を操作し部屋から出て行ったのを感知し俺もテーブルを窓へ投げ込み部屋を出る。

 

 俺が部屋から脱出しノゾミがドアを閉じると、屋敷の中を激しい雨と風の音が満たしていく。さっきまでの喧騒が嘘の様に。

 

 ──まだ気を抜くな。

 

 しかし16年前の、戦場に生きた過去の俺がそう言っていた。誰かが言うには「死神は身構えていない時に来る」だったか。

 

 あの雨粒が何か分からないが、少なくともノゾミへの害意を感じる軌道だった。少なくとも窓際に居るべきではない。外に出るのもアレを仕向けたスナイパーが居るのなら得策ではない。

 

「ノゾミ、私が必ず護りますからね」

 

 もしもの時は──

 

「…………リッター、顔貸して」

「どうしましたか、何か」

 

 するとノゾミは突然そんな事を言い出した。俺は妙に神妙な顔をしたノゾミに首を傾げながらも、膝を立て顔を寄せる。

 

「先に言わせて。ごめん、リッター」

「な」

 

 ノゾミは俺の首に手を回し、抱きついてくる。

 

 ──同時に俺の視界は暗闇に落ち、全ての音と感覚が消えた。

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

 機械のメンテナンスをする時は電源を完全に落とす必要がある。電源を入れたまま内部に触れようとすれば感電のリスクがあるからだ。当たり前だけどそれはロボットも同じ。

 

 僕はそれを利用しリッターをシャットダウンした。

 

 リッターの電源ボタンはうなじのカバーに隠された中にある。メンテナンスする時に必ず触る場所だから、直接見なくても触れられたのはそのおかげだった。

 

 目の前で倒れ伏すリッターを見て一切罪悪を感じないかと言われたら勿論感じる、でもこれしか方法は無かった。僕を襲った正体不明の襲撃は多分、魔の付く誰かの仕業だろうから。そうと断定出来る証拠はないけど、僕にはそれ以上に警戒しないといけない()()()があった。

 

 もしこれが僕の想像通りなら、これは『魔法』の絡む事態になる。となればこれにリッターが深入りするのはリュウコちゃんから聞いた魔法使いのルールに触れてしまう、そしたら例え僕が手を下さなくてもリッターが他の魔法使いの手によって破壊される可能性がある。

 

 そんな可能性を排除しきれない以上、リッターを止める選択肢以外の考えは無かった。それにリッターを止めるチャンスもここしかなかったから僕は行動を起こした。もし脅威となる存在と遭遇してしまえば、リッターは僕を守ろうとして手が届かない距離まで飛び出して行ってしまうだろうから。

 

 ……さあ、気を取り直そう。

 

 館に満ちる環境音の中に、破壊的な音が混じる。玄関口からだ。『コ』の字状になっているこの屋敷で僕の部屋は丁度『コ』の2画目の始まり、2階廊下の突き当たりにある。対して玄関口は1画目の縦線部分の真ん中辺り、1階エントランスホールにあるから、直接何が起きたかを見る術はない。ただ派手な事をしてくれたのは確かだろう。

 

 何やら()()()()が来たらしい。こんな雨の中、まったくご苦労様だよ。

 

「リュウコちゃーん! ……さすがに居ないか」

 

 何となくリュウコちゃんを呼んではみたものの、反応は無し。もしこれが僕を狙った暗殺の類いなら、そりゃ周りの魔法使いが来れなくなる様に手は打ってるよねえ。

 

 仕方なく僕は玄関口に面したエントランスホールへ向かう中でスマホの電源を入れる。左上に主張する圏外の二文字にはガックリと来たが、まだやりようはある。

 

 でも僕には転生者だけどチート能力なんて無いし……覚えたての付け焼き刃でどうなるとは思わない。目的は勿論リュウコちゃんが事態に気付くまでの時間稼ぎだ。

 

 ……まさか、僕の魔法少女デビューがこんな所で来るとはね。

 

 彼女が言うには変身魔法は決まった詠唱が各属性に存在するらしい。今日中に使えるなんてタイミング良過ぎない? 運命の悪戯ってレベルじゃないよ。

 

 でもまあ、助かったかな。

 

『──荘厳に、静粛に、敢然に』

 

 頭の中に並べた詠唱の文句を諳んじる。

 

『──遥かの空に響きし号令よ』

 

 すると、温かな黄光が魔法陣を通して僕を包み込んでいく。

 

『──今一度の奇跡を齎せ』

 

 不謹慎だけど、僕は今、ワクワクしてる。

 

『──メタモルフォーゼ(変身)

 

 叫びと同時に、全ての音を消し去る雷鳴が遥か彼方へ轟いた。

 

 

 

「……これで、終わり?」

 

 気付けば、僕の姿は変わっていた。先程まで身に付けていた服は豪奢な黄色と白のインバネスコートに変わり、下は白のハーフパンツに黄色のグラデーションが効いたガーターベルトとハイソックス、靴は白のブーツだ。頭の上には金のラインが入った白の略帽まであるけど、何故か頭は軽い。でもこれじゃあ魔法少女と言うより軍服少女じゃないか。

 

 厨二心はくすぐられるが、ミリオタでもないのに見栄えの良さに心惹かれてドイツの軍服や兵器を調べていた学生時代の黒歴史が形を成している様で思わず地団駄を踏みたくなった。

 

 そしたら……足が上がってた。

 

「足が……動く」

 

 掲げた足を見て目が点になりそうだった。世界を塗り替える力は伊達じゃないらしい。久しぶりに動かす足の感覚は新鮮過ぎてもはや違和感すら覚えた。

 

 それに変身をしてからと言うもの、頭の中は妙に落ち着き冴え渡っている。まだ変身魔法しか使っていないのに、他の魔法も使える様な気がした。ある種の全能感がある。少し怖いくらいに。

 

「じゃあ……『武装召喚(フォァラドゥンク)』」

 

 にやけそうになる顔を抑えて、少し格好を付けて魔法に名前を付けて呼ぶ。ドイツ語の響きの良さに取り憑かれている僕のネーミングは基本的にドイツ語基準だ。

 

「杖、じゃなくて銃かこれ」

 

 出てきたのは杖、に似た白地に稲の様な金の装飾がされたライフル銃。これまたドイツのKar98kに似たやつだ。……もしかしてこれ、僕の中身を反映してるとかじゃないよね。歩く黒歴史みたいじゃんそれ。

 

 はぁ〜やだやだ、僕だって好きでこんな格好になったんじゃ……

 

「──貴様は何者だ」

 

 そうしていると、突然に僕以外の声がエントランスホールの方から響いて来た。例のお客さんだろう。

 

「あれ、もう来たの? あっちゃあ、せっかくエントランスホールの2階からお客さんを見下ろす強キャラムーブやりたかったのに」

「訳の分からない事を……魔法使いとは皆気狂いばかりなのか?」

 

 僕の目の前に立っていたのは、純白のドレスを纏うボーイッシュな短めの青髪をした女だった。背中には大きな弓を背負っている。

 

 今日は綺麗な人によく会う日だ、って言っても二人目だけど。それにただ綺麗なだけなら良かったけど……あれはパンピーの目じゃない。僕のよりもずっと深い蒼を湛えた目は据わっていた。罵倒のキレも凄まじい。僕より狂った奴らなら頭の中(掲示板)に一杯居るんだけどねえ。

 

「でも不法侵入者に言われたら堪んないね。居直り強盗もびっくりだ」

 

 まあ、僕を見て魔法使いと言ってたのとか色々怪しいし、何だったら9割方この人が今回の事件の犯人だろうって思ってるけど……まだ確たる証拠が無い以上、今の僕は不法侵入を咎める以外の事はしない方が良いだろう。

 

「ふん、貴様が何を言おうと勝手だが、一つ聞いておく」

「何? スリーサイズなら教えてあげるけど。パンツの柄はダメだよ」

「……魔法使いとは無駄口を挟まなければならない人種なのだな」

 

 どうやらお相手もこれ以上時間を使ってくれなさそうだ。リュウコちゃん、まだかなあ。

 

「これ以上の戯言は必要無い。貴様、金髪碧眼の女はどこに隠した」

「……うん?」

 

 と思えば目の前の女は毅然とした態度でそんな事を言う。

 

 えっ、それ僕だよね? 新手のボケ? そんな事を思いつつも、自分の髪を手繰り、よく見てみた。

 

 そこにあったのは、濡烏色のさらさらとした短めの髪。道理で頭が軽いと思った……って停電のせいで気付かなかったよ何だこれ。もしかして塗り替えるって身体的特徴まで変わるのこれ?!

 

 なるほど、だから、ね。客観的に見ればショートボブ黒髪だし歩けるし軍服みたいな格好してるし、今の僕を平井ノゾミって認識出来る人、居ないのか。とんだジャンル詐欺だ。

 

 でもこれ、上手く使えないかな。

 

「居場所を教えたら何かくれたりする? メアドとかさ」

「命は助けてやる」

「嘘吐いたら?」

「無論殺す」

 

 はい詰み。真顔でそう言ってのける彼女を見て、決定的に話し合いがポシャったのを感じた。もう修正不可能だ。僕がそのお探しの人なんだから、バラしてもバラさなくてもロクな目にあわないだろうし。逃げ道無し、ノーかいいえか無理かで選べって事か、こんなアルゴリズム考えた世界のプログラマーはどこのどいつだよ。

 

 はあ、でもここに来て明確に命を脅かす宣言をして来たらもう躊躇っちゃダメだよね。痛いのは嫌だから先手は僕で! 

 

「じゃあ交渉決裂って事だね、それじゃ失敬」

 

 銃を両手に構えて引き金を引く。

 

 するとコンクリートに鞭打つ様な音と共に雷が銃口から疾る。異様な光景だけどこの姿になってからは何となく分かってた、いや()()()()()。威力は致死って程ではないけど当たれば凄く痛いヤツだ。例えるならテーザーガン。

 

 だけど、それが彼女に届く事はなかった。()に廊下に張られていたシャボン状の膜に雷が散らされてしまったから。

 

 魔法かなアレ? なら完全無詠唱って事だよね。なんてロマンの無い人なんだ。

 

「ふん、愚かな」

 

 膜の向こうに仁王立つ彼女は余裕そうな顔をしていた。……まだその身で受け止められて無傷、とかじゃないだけマシか。

 

「喰らえ」

 

 女が前に手を翳すと膜は弾け、弾けた膜はまるで割れた風船ガムみたいに廊下の天井、壁、床の四方に底の浅い水面となって張り付き広がっていく。まるで浜辺に打ち寄せる波の様に。

 

 でもお話してる時間でやっと足の感覚を思い出して来た。今の僕にはもう車椅子は必要ない。それに加え僕は嫌な予感がしていた。

 

 銃把を逆手に握り変え、杖の様に金色の銃床を波に向ける。

 

 頭の中には波を蹴散らす閃光の姿をイメージする。

 

 そしてそのイメージで今ある世界を()()()()()

 

「打ち砕け、『雷霆(ブリッツ)』ッ!」

 

 その姿は杖を構えるクラシックな魔法使いが如く。銃床の先からぐるりと一筆書きに円を描く様に黄色の魔法陣が浮き上がり、雷が放たれる。

 

 停電し暗闇に閉ざされた廊下を嘶く雷光が照らし出す。稲妻は空中で分かれ四方の壁を這い迫り来る波と互いを打ち消しあった。なるほど、魔法同士が真っ向からぶつかり合うと打ち消すんだ。

 

 これなら行けるかも……は負けフラグだ。即座に銃把を順手に握り直してアイン(1)ツヴァイ(2)ドライ(3)と引き金を引く。変身後に頭の中に勝手に入ってきた知識で知ってはいたけど、ボルトアクションは()()飾りらしい。ロマンがあるやらないのやら。

 

「力だけはある様だな」

 

 銃口から放たれた稲妻は水切りめいて廊下を跳ねながら彼女の元へ殺到する。

 

 しかし今度は防御が間に合わないと判断したのか、飛び退いて後方へと下がり、次は横っ飛びで僕の視界から消えた。エントランスホールへ戻って行ったのだろう。狭い廊下より、広い玄関口って事かな。

 

 僕は勿論追う。まだ彼女の力量を測りかねているけど、さっきみたいに屋敷ごと水で覆われたり沈まされたらたまったものじゃない。それにここには電源を切ったリッターも居る。

 

 最終防衛ラインは僕だ。その事実に気付いてしまうと足が竦みそうになる。あ〜もう、ダメだな。心の中で茶化そうとしても、まだ怖いや。ピリリと肌を刺す彼女の殺意を受けて、僕の中身のどっかが怯えてるんじゃないだろうか。

 

「おいおいしっかりしろよ僕。これでも前世は大人まで生きて来たんだろ?」

 

 思い出せ、僕は今リッターを自分の都合で危機に晒してるんだ。貫き通せない覚悟なんてただの我が儘なんだから。

 

 ──やれる、やれるさ。

 

 頬を叩く。なんとか自分を鼓舞し、意を決してエントランスホールに面する開けた2階廊下へ足を踏み入れる。

 

 するとそこには、壊れた一階の玄関口の前で仁王立ちする女の姿があった。

 

 彼女の足元には、けして浅くはない水面が広がっていた。一階はもはや浸水しているのではなかろうか。

 

「他人の家水浸しにしちゃってまあ、悪い人だね」

「これから誰も居なくなる家だ、構う事もないだろう」

「気が早いって、『武装召喚(フォァラドゥンク)』」

 

 2丁目の銃を虚空に開いた魔法陣から呼び出し、空いていた片手に取る。ただ引き金を引くだけで撃てるのなら、2丁あれば二倍の火力だ。

 

「──沈め!」

 

 彼女がドレスを翻しながら手を振るうと、水面が盛り上がり、まるで鞭の様に伸びてこっち目掛けて薙ぎ払って来る。

 

 でも多分これは陽動、本命は──

 

「──窓か!」

 

 水の鞭をしゃがんで避ければエントランスホールに面した玄関口方面の窓から銀の雨粒が迫ってくる。

 

 両手に握る銃を回し、銀の雨粒を叩き落とし受け流す。変身する前の自分なら想像も出来ない凄技だけど、不思議と今の僕なら出来るって自信があった。

 

「多いなぁ、もう!」

 

 絶え間なく降り注ぐ銀の雨粒に足を止めて防御に回らざるを得ない。これが狙いか。視界の奥には、何やら水面から水を巻き上げ、巨大な水の塊を作っている彼女の姿。ならこっちはこっちでやらせて貰おう。

 

「『迅雷(べシュロイニグング)』ッ」

 

 両手両足を黄色の魔法陣がすり抜ける。新たな魔法、その効果は加速だ。任意の電気信号を()()四肢に発生させる事で動作のラグを限りなくゼロに出来る。見てから回避だって出来る。

 

 最低限の回避で避けられる物は避け、出来ない物は銃1()()で捌く。そしたら1丁空きが生まれるからこれで、撃つ! 

 

 雷撃は巨大な水玉に幾度も当たり、その巨体を削り取っていく。

 

 ──行けるかも、そう思った時だった。慢心は敗北の元だと言うのに。

 

「あ、れ?」

 

 がくり、と足から力が抜ける。

 

 見れば、太腿から血が噴き出していた。

 

 ……やらかした。車椅子生活が長かったせいで足元への注意が疎かになってた。めちゃくちゃ痛い、それ以上に不味い。

 

 そこから徐々に彼女の方へ形勢は傾いていく。体勢が崩されたせいで銃を回すのが難しくなって来た。両手に持った銃2丁で防御するスタイルに戻すしかない。ダメ元で魔法を放っても銀の雨は降り止まない。ジリジリと削られていく。

 

「終わりだ」

 

 女は、掲げた手を振り下ろした。まるで処刑人が斧を振り下ろす様に、一切の躊躇なく。その姿は、純白のドレスも相まって妙に様になっていた。ああ、こんな時に何考えてるんだか。

 

『──断絶せし海』

 

 これまで彼女は一切の詠唱を行っていない。その彼女が初めて詠唱をする。ロマンなんて考えはそこに無いだろう、あるとすればそれはある程度の()()()()()()が必要な高位の魔法に違いない。

 

『──剪定せし炎』

 

 エントランスホールにはち切れんばかりに膨らんでいた水玉が、一気に収縮し、暴力的な熱と光を放つ。核融合とか言わないソレ? 

 

「『雷霆(ブリッツ)』ッ!」

 

 何とか今も降り続ける銀の雨を防御しつつ、微かな隙の中魔法を打ち込む。……しかし、光は消えてくれない。それだけの()()の強さがあの光にはあった。純粋な力負けだ。

 

『──隠蔽せし地』

 

 次は彼女を狙ってみたが、またあの水の膜が現れ防がれてしまう。攻守共に完璧だ。こっちなんて防御に銃本体を使わなきゃいけないって言うのに。

 

『──忘却せし空』

 

 僕の中には、暗闇の海の様に見えない恐怖が渦を巻いていた。

 

 嗚呼、思い出してしまった。

 

 かつての、死の体験を。

 

 

 

『やがて全ては無に帰すだろう──災禍の嚆矢(ヴォルテックス・アロー)

 

 

 

 僕の心は、恐怖の渦に流されて行く。

 

「助けて、リッター」

 

 どの口が言うのか──僕の意識は、目も眩む光の中に呑み込まれた。

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

 ……何も見えない、何も聞こえない。

 

 俺は未だに暗闇の中に閉じ込められていた。

 

 体感ではもう30分以上は経っている気がする。

 

 一刻一刻と焦りと不安が積もっていく。ただ今は、ノゾミの安否が不安で仕方なかった。

 

 上下左右も分からない中で彷徨い歩く、いや、歩けているのかすら分からない。ただ俺は何もせずにはいられなかった。

 

 こんな時は、無性に自分自身を回顧したくなってしまう。

 

 ──ノゾミ。

 

 思えば初めてあの子と会った時、俺の魂はまだ戦場から帰っていなかった。世話役を願い出たのも、これまで取りこぼして来た命への償いの様な物だった。それでもあの頃の俺には救いに思えた。

 

 ヘリの音を聞けば身体が反応するし、サイレン音を聞くとありもしない銃を探した。戦場が俺の居場所だったんじゃないか、そんな事を思う日もあった。

 

 そんな俺を見て車椅子に座る幼いノゾミは目も合わせず冷笑気味に独り言ちていた。振り返ればその頃のノゾミの言葉は皆、相手の居ない独り言だった筈だ。

 

『ずっと空を見てさ、何やってるんだか』

 

 そう、最初の頃、俺はあの子の話し相手にもなれていなかった。俺はそれでも良かったんだ。ただ、()()を守れれば良いと、本気でそう思っていた。

 

 でも、あの子にミルクをやったり、寝かしつけたり、一緒に遊んだりする度にその認識は変わっていった。

 

『……僕はか弱い美少女だからね、守ってくれる騎士が必要なんだよ。だから、君の名前はこれからリッターだ。よろしくね、リッター』

 

 悪戯な笑みであの子がそう言ってくれた時、俺は内心でどこまで喜んだか分からない。

 

 あの子が俺の居場所を作ってくれた。戦場に居た俺の魂を日常に連れ戻してくれた。

 

 そしてその言葉はノゾミを贖罪のための道具に見ていた俺の存在にも気付かさせてくれた。涙も出ないのに何かが込み上げていた。謝りたくても謝らない、それが俺のケジメだった。ロボットにしか見られていない俺が勝手に謝って1人満足するのは逃げだと思ったから。

 

 その償いって訳じゃない、でも何もせずにはいられない。あの子の為に出来る事があるのならなんだってやってやるって。俺は改めてノゾミの親になる覚悟を決めたんだ。

 

 俺は()()()を守りたい。ロボットでも兵士としてでもなく、ただ俺と言う個人の思いで。

 

 ──だから、だから何だって良い、神でも悪魔でも構わない。今、この時もノゾミは危機に晒されているかもしれない。誰か力を貸してくれ。

 

 

 

334:冷たくなった名無し ID:yE+bAc334

 な阪関無。

 

335:335 ID:It5GHDD+G

 ──掲示板? いつの間にここに? 

 

336:冷たくなった名無し ID:dTP12PHpg

 >>335

 いつの間に、ってさっきからめちゃくちゃ熱く語ってたやん。

 

337:冷たくなった名無し ID:wlmliyNAM

 >>336

 付け足すとこっちが恥ずかしくなるレヴェルでな。

 

338:335 ID:It5GHDD+G

 っ! ならば聞いてくれ、俺は娘を助けたい。誰か力を貸してくれないか!? 

 

339:冷たくなった名無し ID:1VyXVE17S

 ……無理やろなあ。

 

340:冷たくなった名無し ID:gxjeOLNtF

 >>338

 殆ど別世界に居る上に石ころwithマンモスの骨みたいなのが殆どの過疎スレの民に頼む話ちゃうな。

 

341:335 ID:It5GHDD+G

 ……そうか、すまない。無理を言った。

 

342:冷たくなった名無し ID:1VyXVE17S

 >>341

 でもな、こんな時にどうにかなる方法ならあるで。

 

343:335 ID:It5GHDD+G

 >>342

 本当か? 教えてくれ、頼む、俺はあの子を守りたいんだ。

 

344:冷たくなった名無し ID:yFWTb2dRc

 >>342

 これは不安につけ込む詐欺師の手口

 

345:冷たくなった名無し ID:1VyXVE17S

 >>343

 念じればええんや。

 

346:335 ID:It5GHDD+G

 念じる? 

 

347:冷たくなった名無し ID:yFWTb2dRc

 >>345

 い つ も の

 

348:冷たくなった名無し ID:7EICyXY/n

 >>345が石ころになった結果色々悟った結果がこれだよ! 

 

349:冷たくなった名無し ID:1VyXVE17S

 末路みたいな言い方やめい。

 

 ま、ここの連中は殆どが文字通り手も足も出ない、と言うか無い連中やろ? でもワイらは確かにここに居る。単なる石ころでもどこの馬の骨とも知れん奴らやない。想いだって確かに魂と共に在る。

 

 なら念じられる筈や。何も出来へん時こそ想いの丈も強なって奇跡を起こせるんや。それが人間の魂ってヤツの力や。

 

 過疎スレやけどな、ワイらはそれで何度も"祭り"を起こしたんやで? 

 

350:冷たくなった名無し ID:0W7+XdGmi

 >>345

 どう見ても根性論だけど、実際にそうなってるのがなんか癪に触る。

 

351:冷たくなった名無し ID:fOHmMhrEZ

 隕石に偶然火山の噴火ぶち当てて恐竜絶滅ルート回避したif世界大好きな地球ニキとかおるしな。

 

352:冷たくなった名無し ID:AVH26cl8n

『空を自由に飛びてえなあ』とか言ってた>>349が渡鳥に掴まれて世界一周実況したのとか。

 

353:冷たくなった名無し ID:BUFUdeBlw

 >>351

 あの後の地球ニキ元気玉風に人類の意識結び付けて聖龍召喚に成功したとか言ってたよな。ifと言うか次元狂ってない? 

 

354:冷たくなった名無し ID:1VyXVE17S

 ともかく、何も出来へんからって考えるのをやめたら身体あってもただの石ころ同然やで? 無機物転生者として落第点やろそんなん。意識一つで奇跡の一つや二つ起こしてみいや。

 

355:冷たくなった名無し ID:VtDJH/k5o

 一理ある? 

 

356:冷たくなった名無し ID:eFiRoDNuw

 >>354

 ノリで言ってるだけやろ

 

357:冷たくなった名無し ID:DI6Fw2twp

 でも分かんなくもない。

 

358:冷たくなった名無し ID:rarara666

 >>357

 ら抜き警察だ。手を上げろ! 

 

359:冷たくなった名無し ID:Gi2zrjis0

 >>358

 コイツ絶対『ら』に転生した奴だろ。

 

360:335 ID:It5GHDD+G

 ……そうか。分かった、やってみよう。皆、助言感謝する。

 

361:冷たくなった名無し ID:OmnmM/qMb

 335って思ったより熱血? 後チョロい? 

 

362:冷たくなった名無し ID:DiHV4dKtH

 思ってても言わないお約束。

 

363:賢者の石ころ ID:1VyXVE17S

 >>360

 精々頑張れや、小僧。傍観者にしかなれんけど、ワイはお前の望みが成就するのを応援しとるで。

 

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 

 ──念じる。

 

 俺には今、奇跡が必要だ。ノゾミを守れるだけの奇跡が。

 

 暗闇の中で、念じ続ける。

 

 涓滴(けんてき)岩を穿つ。どれほどの無理難題だろうと叶うまで努力すれば、いつかは実を結ぶんだ。

 

 俺はただのロボットじゃないだろう。

 

 俺はかつて人間だった魂だ。

 

 掲示板の彼らが言うには動く身体に転生出来たのは奇跡的な事らしい。

 

 もう奇跡が起きたからそれで良いなんて清貧な性格をしてるつもりはない。一度があるのなら次だって起きる筈だ、起こせる筈なんだ。

 

 だから、念じる。

 

「俺に、ノゾミを守れる力を──!」

 

 振り絞る様に吐き出した声に答えたのは──

 

 

 

System Reboot(システム再起動)

 

 

 

 ──他ならぬ機械()の声だった。

 

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 

「ここは」

 

 虚無な視界が開けた時、目の前にあったのは赤い絨毯の上で待ち構える様にこちらを向いていたノゾミの電動車椅子だった。

 

 しかし、その座にノゾミの姿はなく、代わりの様に今日会ったミドリと言う少女がくれた黒と赤の杖が置いてある。無意識の内に俺は車椅子を操っていたのか? 

 

 導かれる様にその杖に触れると、次の瞬間黒と赤が剥がれ落ち、中から光り輝く銀色の地肌と銅色の線が現れた。それはまるで雪原の枯れ木の様な意匠に見える。

 

 すると、頭の中に無数の情報が入ってきた。

 

 魔法、魔法使い、魔王、魔物、別世界……その多くは、まるでファンタジーにでも出てきそうな文言ばかりだ。だが、今までに起きた事象の辻褄を合わせる事は出来た。ノゾミは狙われていたのだ、魔王と言う悉く非現実的な存在に。

 

 そう思い至った時、廊下の奥から無数の窓が割れる音がした。

 

 ──誰かが戦っている。俺の直感はそう言っていた。

 

 すると俺はまるでそうするのが自然だと言う風に握った杖を突き出し、空中に銀色の円を描いていた。握り拳程の大きさのそれは、中に幾何学の紋様を映しながら広がり、やがては俺の身体がすっぽりと収まる程の紋様付きの円、まさに魔法陣の様に姿を変える。

 

「進むしか、ない」

 

 俺は廊下に浮かぶその円の中へ飛び込む様に走り出した。

 

 そしてその円を潜り抜けると──噴き出す暴風と共に俺の姿は変わっていた。

 

 廊下に備えられた鏡に見えた俺の姿は、白いロボットの姿ではなく、赤いサーコートをはためかせる銀色の西洋甲冑を着込んだ騎士の様な姿になっていた。赤い尻尾の様な飾りの付いた兜の様な頭部に開いた覗き穴(スリット)からは微かに青白い光が漏れている。これが辛うじてロボットが中に居る証明となっていた。

 

 そして先程まで握っていた銀色の杖は、2m程はあろうかと言う銀色のソードランス──大剣を十字に組み合わせた馬上槍──の様な姿に変わっていた。

 

「こんな事に気を取られている場合じゃない」

 

 俺はハッと気を取り直し、廊下を進む。

 

 そして曲がり角を抜けた時。その直線上に白と黄色の衣装に身を包み、膝を突き脚から血を流す短い黒髪の少女が見えた。

 

「……っ!」

 

()()()()()()()()()()が、俺は何故かあの少女を救わなければならないと確信していた。

 

「『颶風(シュツルム)』ッ」

 

 俺はランスの切先を背後に向け、咄嗟にそう唱える。

 

 するとランスの先から魔法陣が飛び出し、ジェットの様に激しい風を生む。その反動で俺は前に加速していく。その速さは正に颶風の如く。

 

 だが、向かう先は不気味な白い輝きに満ちていた。それでも俺は少女目掛けて迷わずに飛んでいく。

 

 ──間に合え、間に合え! 間に合え!!

 

 念じれば力になる。俺は片手を精一杯に伸ばした。

 

「──て。──ッター」

 

 

 

 ──目の眩む様な閃光と高まる爆音の中、俺は確かに少女の手を握った。

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

「ふん。これで終わりか、呆気のないものだな」

 

 降り頻る雨の中、濡れた青い髪を掻き上げる女が1人、爆炎と黒煙に沈む天蓋を失った瓦礫の山──かつてエントランスホールだった場所に佇んでいた。

 

 彼女の名は、鞍馬(くらま)アオ。またの名をホワイト。

 

 水の魔法を使う魔王軍幹部の1人だ。

 

「しかし、ブラックに連れて来てと言われた金髪碧眼車椅子の少女とやらは結局見つからず、か。チッ、折角我ら姉妹の仲を深めるチャンスだと言うのに!」

 

 彼女は全て終わったと確信し、今後の予定を考えていた。既に頭の中には何よりも愛しい存在に埋め尽くされている。

 

「そう言えば生死については聞いていなかったな。『丁重に連れて来て』とは言っていたが……綺麗な死体にして連れて来いと言う意味で間違ってはいないだろう。そうなればブラックもきっと喜ぶ筈だ」

 

 取らぬ狸のなんとやら。彼女は頭の中で妹達から頼られ、愛される展望を描いていた。実際の所は全員に距離を取られているとも知らず。

 

 それは机上の空論と呼べるだろう。そして得てして計画性の無い青写真と言う物はたった一つのズレで瓦解する。

 

 例えば、高く積み上げられた積み木の様に──

 

 

 

「『颶風(シュツルム)』」……業火を吹き飛ばし、ただ1人の為の騎士が乱入を果たす。その銀色は燃え盛る炎を映し取り、まるでその身に憤怒そのものを宿している様だった。

 

 

 

 ──たった一つの存在が全てを崩す事もある、と言う事だ。




やっと変身。

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