中身入りロボット、魔法少女の騎士になる。   作:ダイコンハム・レンコーン

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今回も戦闘回だったので流れが切れない様になるはやで投稿しときます。
※今回は掲示板要素ありません。


風の中に光る

 曇天の下、業火の中、1騎と1人は睨み合う。

 

「誰だ、貴様は」

()にも分からない」

 

 短く言葉を交わすと、機械仕掛けの騎士、リッターは大剣の様にも見えるランスを脇構えに握りそのまま直進する。

 

「無策で突撃など……」

 

 やや緩慢な動きで迫る騎士を青髪の女、ホワイトは鼻で笑い、銀の雨粒を降らせる。この銀の雨は女の魔法の一つだ。天蓋の無い今現在、これを回避するのはかなりの難度だろう。

 

「……『颶風(シュツルム)』」

 

 ──が、その後の展開は彼女が思い描く物とは全く異なっていた。

 

 リッターは跳ねた、否、()()()。地面に向いていたランスの切先から颶風を放ち、飛んだのだ。

 

 だがそれだけならばホワイトにもやり様はあった。空中に足場など無いのだから、むしろ撃ち落とすには好都合と銀の雨を向ける。

 

 しかし──

 

「『颶風(シュツルム)』」

 

 リッターは空中でランスの切先の向きを変えると青と緑の光の軌跡を残して真横へ飛んでいく。まるでUFOの様に不可解な軌道で。彼に向けられた銀の雨は虚しく宙を切る。

 

「なっ?!」

 

 対する彼女の表情には翳りが射した。更に驚くべきはここからだった。

 

 ホワイトは迷わずその移動する先へ銀の雨を降らせようとするが、リッターは切先の向きを空中で素早く変える。

 

「『颶風(シュツルム)』、『颶風(シュツルム)』、『颶風(シュツルム)』」

 

 その動きはまるで蜻蛉がホバリングしながら平行移動する様に。サーコートに風を孕ませ、自在に空を泳ぐリッターの姿がそこにはあった。

 

颶風(シュツルム)』はただ風を起こす技でしかなく、それはノゾミの『雷霆(ブリッツ)』と立場が類似した魔法である。しかしリッターはこれを外付けのジェットの様に扱っている。

 

 が、それを人がやろうとすれば間違いなく地面に激突するか壁のシミにでもなるのが関の山だろう。リッターの各部センサーによる空間把握と高速の情報処理能力が成せる技だ。

 

「ちょこざいな……ッ!」

 

 絶えず魔法を使用し、彼女を中心に周囲を飛び回るリッター。

 

 痺れを切らし、周囲の雨を寄り集め大技を繰り出そうとするホワイト。

 

 回避ばかりならば、避けられない物を出せば良い。そう考えたホワイトだったが、そのせいで僅かに銀の雨の弾幕が薄まった。

 

 隙と呼ぶには残酷な微かな緩み。しかし機械とは常にして理論上可能を可能にして来た存在なのだから、その前にはあまりにも大きな失点だった。

 

「ッ?!」

 

 ──リッターはその銀の雨を掻い潜り、ホワイトの真っ向へ躍り出る。

 

 勢いを付けるための魔法の行使はたった一度。その直進運動の中でリッターは空中で何度も姿勢を変え、まるでスパイ映画のワンシーンの如く射線の群れをすり抜けたのだ。しかしそれは関節の動きといいスピードといい常人の動きとは程遠く、どこか生理的嫌悪を呼び起こす動きだった。

 

「気色悪いぞ貴様ッ!」

 

 魔王軍の幹部と言えどもこれには苦虫を噛み潰した様な表情をする。

 

 想定外の動きを見せられたホワイトだったが、しかし頭の中は冷静を保っていた。このままではリッターの奇襲も魔法によって生み出される水の膜に防がれてしまうだろう。

 

 退くか攻めるか、コンマ数秒以下の世界に潜り込んだ彼は迷わず答えを選び取る。

 

「『颶風(シュツルム)』」

 

 放つのは先程から多用する風の魔法。リッターは切先を背後に向けている。彼は更に加速し攻撃をねじ込むつもりだろうか。

 

 またもや──否。彼は詠唱すると同時にランスから()()()()()

 

 リッターと言う特大のウェイトを失ったランスは、戦闘機から切り離されたロケットの如くリッター自身の加速も乗せ、先程とは比べ物にならない速度で飛翔する。

 

 ──そこから放たれるのは、まさに弾丸の様な一撃だ。

 

「かはッ……!?」

 

 防御は間に合わない。ランスの柄頭は過たず彼女の腹を打ち抜いていた。

胃の中から全ての空気が吐き出されそうになる彼女は玄関口だった物を砕いてそのまま遥か真後ろ──雑木林の方へ吹き飛んで行く。ランスは反動でリッターの方に返って来た。

 

「……」

 

 訪れる僅かな静寂は雨音と風の音が掻き消していく。

 

 リッターは半壊した屋敷を見ながら考える。彼はある会話の内容を思い出す。

 

 

 

 ──爆発に巻き込まれる直前の黒い髪の少女を掻っ攫う様に助けた直後の事。リッターと黒髪の少女は会話を交わしていた。

 

「助けてくれてありがとうございます。えっと、魔法使い……ですよね?」

「……まあ、そうなるな」

「赤い髪の魔法使いと知り合いだったり?」

「赤い、髪……? レッド……すまない、知り合いではない筈だ。いや、それよりも……()が人伝に聞いた話だと、ここには車椅子の少女が居た筈だ。君は見なかったか?」

「…………あ、はい! 見ましたはい! 今ぼ……()が安全な所に避難させてますから! 大丈夫です!」

「そうか、良かった」

「あの、その少女さんに聞いた話なんですけど、屋敷にヒト型ロボットが居るそうで、そのロボットを置いて来てしまったのを不安に思っていて──」

「……それなら問題は無い。()()()()()()()()俺が安全な場所に運んでいる、事が終わればそちらに送ろう」

「そっかあ……良かった」

「君はその少女と安全な場所に隠れていてくれ。俺が終わらせてくる」

「はい、分かりました」

 

 ──そうして会話を終え、リッターはホワイトの前に飛び出したのだ。

 

 

 

 リッターは後ろ髪を引かれる様な思いに晒されながらも決断する。

 

(彼女達の安全の確保にはやはり……)

 

 リッターは無言でホワイトが吹き飛んで行った方向へ歩みを進める。構えは解かず、一歩一歩と。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 屋敷の敷地の外、ホワイトを追い雑木林に囲まれた林道に足を踏み入れたリッターは周囲を確認する。雨の雑木林を徘徊する姿は青く輝くスリットも相まり、まるで鎧姿の幽鬼にも見えた。

 

 周りには木々がそう遠くない感覚で並んでいる。視界はそれ程良いとは言えない環境だ。

 

「折れた枝……向こうか」

 

 しかし、ホワイトを捜索するのはリッターにとってそう難しい事ではなかった。頭の中に一定のイメージ、つまりは条件を設定すればその条件に合致する対象を自動的に捕捉できる。今回は折れた枝、足跡、土や木に着いた擦過痕、と言った風に。

 

 ノゾミがコレを知ったのならば「もうプレデターじゃん」と言っていた事だろう。

 

 実際、今の趨勢はそれを物語っていた。

 

 屋敷を吹き飛ばしたホワイトが油断せず、もう一度大規模な魔法の準備をしていれば結果も変わったかもしれないが、それこそもはや机上の空論でしかない。

 

 そして驕った者の末路と言えばいつの世も変わらない。

 

「死んではいない、か」

 

 一際大きな木の根本で干された布団の様な体勢をしてホワイトは気を失っていた。

 

「バイタルサインは──各値エラー? まさか」

 

 しかし、彼女に触れて容体を確認した所、生存を表すあらゆる値がエラーを示していた。それはつまり、コレが生命体でない事を意味している。

 

 ならば何か──ブービートラップだ。

 

「『颶風(シュツルム)』!」

 

 嫌な予感を覚えたリッターは咄嗟に魔法を使って退避しようとする。

 

 だが──遅かった。

 

 先程まで彼女の姿を取っていた物が水になり、そうして生まれた水の塊は一気に収縮し破滅的な光へ変貌を遂げる。

 

 更に、リッターが離れる前に半球状の水の膜がリッターと光を閉じ込める。

 

「『やがて全ては無に帰すだろう──災禍の嚆矢(ヴォルテックス・アロー)』」

 

 そして、木の上を伝い現れたホワイトがリッターを見下ろし詠唱を終える。

 

「これで──幕引きだ」

「────!」

 

 

 

 そして──夜の森に眩い閃光が華開いた。

 

 

 

 直前、リッターは何かを詠唱していたが、間に合わなかったのだろう。

 

 その場には焼け野原があるだけだ。もはやチリ一つ残っていない。

 

「……お姉ちゃんのこんな醜態、妹達には見せられんな」

 

 太い枝に腰掛けたホワイトは、冷や汗を流しながら一息つく……が、ここで彼女は違和感に気付いた。

 

 ──高々この程度の熱で跡形もなくあの鎧が焼失するのか、と。

 

 それに思い至る瞬間、周囲を取り囲む環境音の中に異質な音色が混じって聞こえて来た。

 

 ギュィィィン! ──モーター音に似た、甲高く疾走感のある音。それこそ、()の様な。

 

「──()()()!?」

 

 音の真下にある地面が、突如隆起する。

 

「『旋風(ヴィルベルヴィント)』、『颶風(シュツルム)』!」

 

 そして生まれた小山は、緑色の光を発して弾け飛んだ。

 

 ここに騎士──依然健在。やや煤を被ったリッターがその中から飛び出す。スリットから溢れる青光がまるで流星の様な軌跡を描き空へ昇って行く。

 

「魔法の()()()()か……!」

 

 ホワイトはいよいよ余裕を見せる事も出来なくなっていた。その原因は、リッターが握るランスの切先と柄頭にそれぞれ灯った魔法陣の光だ。

 

 ──リッターが突き出すランスの切先では渦を巻くつむじ風が土塊を掻き回している。そして柄頭からは、颶風を噴き出している。

 

 ──イメージを元に殆どの魔法は発動されるが、そのイメージを複数同時に、かつ鮮明に描くとなると途端に難度は上がる。左手と右手で別の事をする様に、脳を二つに分ける様な所業だ。しかしリッターはロボットと言うその特殊な身体故にマルチタスクを行うのに不自由しない。制御端末が複数あればその分だけイメージを描くと言う並行処理が可能になる。

 

 ──彼は爆発が起きる直前、変身直後に記憶エリアの中に勝手に増やされた『mahou.txt』と言うふざけた名前のファイルに刻まれた魔法を新たに行使した。

 

 ──名付けて『旋風(ヴィルベルヴィント)』、つむじ風を生み出す魔法だ。それを地面を掘るドリルとして使い、推進力を得る為に『颶風(シュツルム)』を並行で行使し、地中を掘り進み半球状の水の膜の()を掘り抜いたのだ。

 

「ちぃっ!」

 

 ホワイトは背中に背負った弓に手を掛けようとするが、それよりもリッターが彼女が立つ木の枝に到達する方が速い。

 

 彼女は地面の水溜りを鞭の様な形に仕立て、リッターの脚を止めようとする。だが追いつかない。

 

 ならばと同時に用意した銀の雨を降らせるが、今のリッターには回転運動により全ての障害を蹴散らす風のドリルがある。真っ向から迫る銀の雨は弾かれてしまった。

 

「この世界の魔法使いは化け物か……ッ!」

 

 もはやホワイトに取れる行動は無い。……とはリッターは思っていなかった。

 

 彼の中にある魂が、目の前の相手が諦めた目をしていないと気付いていたからだ。

 

 

 

「これで……」──だからこそ、彼はここで終わらせようとした。

 

 

 

「……撤退せざるを得ないか」──だからこそ、彼女はここで終わらせなかった。

 

 

 

 リッターの間合いに迫る次の瞬間、彼女は水になって弾け飛んだ。

 

「何!?」

 

 リッターの手は虚しく空を切り、そのまま着地する。

 

 暫く周囲を見渡すが動きは……ない。

 

 ランスの切先は向ける先を失い、地面を突いた。

 

「……やられた」

 

 ──降り止まぬ雨の中、水と消えた彼女の痕跡はもはやどこにも無かった。

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

 ようやく嵐も明け始めた朝方、人の居ない住宅街を歩く1人の姿があった。

 

「く……まさかここまで追い込まれるとは」

 

 リッターから辛くも逃げ延びたホワイトの姿だ。だが、その姿は変わり果てていた。

 

 180cmは超えていた背丈は、100cm程になり、低かった声はより高く、怜悧な顔付きには幼さが過分に添加され、すっかり柔和な顔になっていた。どう言う訳か、背中に背負った弓と純白のドレスはその身のサイズに合わせて小さくなっている。

 

 彼女の身に何が起きたのか。彼女はその身を水に変えたは良いものの、その力と身体の殆どを失ってしまったのだ。

 

 カーブミラーに映る自分の姿を見て、彼女はほぞを噛む。

 

「……力を取り戻すまで暫く時間が必要か」

 

 彼女は先の戦いを振り返る。

 

 軍服の様な格好をした黒髪の少女と、恐るべき力を有した銀の騎士。

 

「小娘はまだ良い。しかしアレは何だ。獣ならまだ良い、だがアレは……兵器そのものではないか。死を恐れぬ騎士、魔法使いとやらはあの様に恐ろしい存在を擁していたのか」

 

 路肩の塀を小さな手で叩き苛立ちをぶつける。それは単に敗走した事に対する事だけではない。

 

「しかも……まさか我らの前に立ちはだかる存在が、他ならぬ騎士とはな」

 

 彼女達姉妹は、魔王軍では死の騎士と呼ばれる特殊な幹部級の存在であった。

 

 今回もまた、魔王から命を受け先兵として姉妹でこの世界に降り立ち、人間社会に溶け込みながら様々な調査を行っていた。しかし、彼女達にとって、初めてとなる未来世界での暮らしは途方もなく困難なものだった。

 

 これまで過去、現在と暮らして来た彼女達は基本的に肉体労働を食い扶持に生きていた。だがこの世界では単純な肉体労働のほぼ全てが機械に置き換わり、働き口は殆ど無い状態にあった。

 働ける年齢にあった年長の姉妹らは見目の美しさで接客業のアルバイトに就き、必死に働いた。少ない金で土地を買ってトタン張りの家も建てた。

 魔法を使えば楽も出来ただろうが、この世界は昼夜を問わずロボットなどのパトロールや潜伏する魔法使いの目があり、気付かれない為にはとにかく普通に暮らす必要があった。彼女達は臥薪嘗胆の日々を過ごした。

 

 そのおかげで調査も遅々として進まず、幾ら働いても普段のズレた言動から妹達には距離を取られ、うだつの上がらない日々が続く中、突如として降りて来た魔王からの陽動命令とそれに託けた妹からのお願いと言う好感度アップ&鬱憤を晴らすチャンスにホワイトは沸いた。「この瞬間を待っていたんだ」と言わんばかりに。

 

「折角ペイルにも協力してもらって嵐を起こしたと言うのに……」

 

 その結果は、この幼女姿(ザマ)だ。

 

 妹の願いを叶える事もなくおめおめと敗走した事、アルバイトに行けなくなってしまった事、そして騎士の二文字を背負う者が他の騎士に負けたと言う事。彼女にとってこの敗北は単純な敗北とは比べ物にならない重さだった。

 

「ぐっ……覚えていろ、銀色の騎士!」

 

 恨み骨髄、今ここに因縁は生まれた。

 

 彼女は声高に叫ぶ、いつか来る再戦の時に備えて。

 

 それまでの食い扶持は──未定だ。




Q、リッターの戦い方どっかで見た事ある気がする。
A、多分色んな奴が混じってます。ジャンル問わず。

誤字報告ありがたや。

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