響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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北宇治の自由人
その男、トランペッター


 

 「サッカー部どうー!?」

 

 「美術部で自分の才能を開花させませんかー!?」

 

 4月の初め、春の陽気麗かな放課後。風物詩とも言うべきか、桜の花びらと共に、各部は新入生を必死に取り込もうと、あちらこちらで声を張り上げる。

 それはここ、京都府立北宇治高校も例外では無い。春先にしか見れない貴重なイベント。そんな光景を、面白がる様に見つめる男子生徒が居た。

 

 「おー、やってるやってる」

 

 ぴっしりと真新しい制服に身を包んだ、新入生がごった返す中庭を屋上から一人、双眼鏡を覗いて、その光景を見つめている。

 

 「お、野球部は新入生ゲットか?……あ、美術部がフラれた」

 

 側から見れば奇行者か不審者にしか見えないその男の名は、秋川忍(あきかわしのぶ)と言った。

 身長177センチ、体重62キロ。細身の身体に、整っていると言える顔立ち。そして、毛先に天然パーマの混じった黒髪。

 彼は、北宇治高校の2年生だ。

 何故彼がこんな事をしているのかと言うと、特に理由は無い。ただ面白そうと思ったから、わざわざ家から双眼鏡を持ち出し、こうやって文字通り高みの見物をしている訳である。

 

 「それで……懐かしの吹奏楽部様は……」

 

 そんな独り言を呟きながら、秋川は双眼鏡を左右に揺らす。何度か視線を動かして目に着いたのは、校門の前。一番人が来るであろう目立つ場所に、その集団は居た。

 

 「おー、場所は悪くない。……多分、あすか先輩の提案だろうなー」

 

 太陽の光が反射して金管やら木管やらの楽器がキラキラと輝いている。北宇治高校吹奏楽部である。

 

 「気合いはいってんねー。今年は何人入るかな?」

 

 そんな事を言いながら、秋川は双眼鏡の倍率を上げる。すると、黒いストレートの髪を腰まで伸ばした女性が、指揮棒を振り始めた。

 それと同時に、吹奏楽の演奏が秋川の耳にまで届く。

 

 

 「ははっ、相変わらずひでぇや」

 

 

 遠くから聞いても分かるほどのひどい演奏。一言、それだけ言うと、秋川は視線を別の場所に移した。

 

 

 ___________

 

 

 「おっすタッキー、何人入った?」

 

 新学期が始まって2週間。朝、学校に来ると秋川はとある男子生徒に話し掛けた。

 

 「おっすアッキー。今年は二十二人。まあ、去年より少ないな」

 

 秋川の問いかけに、タッキーと呼ばれた男子生徒はそう返す。この男子生徒の名は、滝野純一。秋川と同じクラスで仲がいい男子の1人だ。

 彼は吹奏楽部員。ここでの何人入ったと言う話は、吹奏楽部に入部した人数の事を指している。

 

 「へぇ、結構入ったじゃん。こりゃ、吹奏楽部も安泰ですなー」

 

 秋川がそう言ってケラケラと笑うと、滝野は困った様に苦笑いになった。

 

 「……それが、そうも行かないっぽいんだよなぁ……」

 

 そして、困ったと言う風な言葉を返す滝野。

 

 「何?、"また"問題でも起きた?」

 

 そんな違和感を感じ取った秋川は、興味津々にそんな事を聞く。またと言う言葉に滝野は一瞬反応したが、いつも通りに戻った。

 

 「……問題というか、新しい顧問が結構な人でな……」

 

 「あれ?、新しい顧問て、松もっさんに決まったんじゃないの?」

 

 「松本先生は今まで通り副顧問だよ。新しく赴任して来た先生が顧問になったんだ。ホラ、全校集会で挨拶してただろ?"滝"って人」

 

 「ああ、確かに全校集会に居た様な……」

 

 秋川は全校集会で件の顧問が挨拶していた事を思い出す。確かフルネームは"滝昇"と言った筈だ。語呂が良く、面白い名前だったので秋川の記憶の片隅に残っていた。

 

 「あの人が顧問になったんだ。噂を聞くと優しいそうじゃん?」

 

 全校集会では遠すぎて顔ははっきり見えなかったが、若くて顔も良いとの評判だ。女子ばかりの吹奏楽部の顧問となれば、人気が出そうなものだが。

 対して、滝野は渋い顔になった。

 

 「……アッキーは話した事ないからそう言うんだよ。……ある意味あの先生のお陰で、本気で全国大会出場目指す事になったんだし」

 

 「へぇ、良いじゃん。目指せば?」

 

 深刻そうにそう言う滝野に対し、秋川はあっけらかんと返す。そんな秋川に、さらに困った様な表情を滝野は浮かべた。

 

 「お前なぁ、そんな部活じゃ無い事ぐらい知ってるだろ?アッキーだって去年までは吹奏楽部に居たんだし」

 

 「まぁ、そうだけど。……じゃあ何?、その滝センセーが無理矢理その目標を決めたわけ?」

 

 「そ、それは……」

 

 秋川の問いかけに、滝野はどこか口籠る。いきなり来た新しい顧問に一方的にそんな目標を定められたとしたら、滝野がここまで口籠る事は無い筈だ。と言うか、もしそうだとしたらいきなり環境が変わった事から部内で反発が起きて、先生自身も居場所が無くなる筈である。

 

 「まあ、良いや。とにかく、大変な様で同情するよー」

 

 しかし、そんな事はどうでも良いのか、ケラケラと笑って秋川は続けてそう言い放った。

 

 「……ホント、お前は自由人だな」

 そんな他人事の様な秋川に対し、一つため息をついて滝野はそう返した。

 

 

 __________

 

 

 秋川忍は、去年までは北宇治高校吹奏楽部に所属していた。担当楽器は、トランペット。面白くて目立つからと言う理由で、5つの頃からずっとその楽器を吹いている。

 始めたキッカケは単純。母親が近所の市民楽団でトランペットを吹いていたからだ。

 トランペットに限らないが楽器の上手さと言うのは、経験がモノを言う。5歳の頃から10年以上練習して来た秋川の実力は、残酷ではあるが中、高から始めた人間とは比べ物にならないくらいレベルが高かった。

 が、そんな秋川には、致命的な問題があった。

 

 「お、タッキー。そのウインナー美味そうじゃん。俺の唐揚げと交換しようや」

 

 「……返事する前に取るのやめてくんない?」

 

 昼休み、滝野の弁当からウインナーを勝手に取る秋川。

 

 そう。この男、かなりの自由人なのである。

 

 協調性という言葉とは一切無縁なその性格は、チームプレイの側面が強い吹奏楽において、彼を悪い目で見る人間も多かった。

 個人練が多く、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。そして、偶にやる全体練習にフラッと顔を出す。

 しかし、実力は突出している。実際、彼の実力は強豪校で1st、それどころかソロパートを張れるくらいの力量だ。

 だが、彼は"家から一番近いから"と言う、しょうもない理由で吹奏楽弱小校であるこの学校を選んだ。それが運の尽きだったのだろう。あまりにも実力の差がある事が、上級生からの嫉妬対象となった。

 

 そして"ある事件"を境に、秋川忍は吹奏楽部を退部したのだ。

 

 「あ、今年のソロコンどうしよ?」

 

 しかし、トランペットを吹くのを辞めたわけでは無い。近所の市民楽団で偶に吹いてるし、今もこの様に数ヶ月後に始まる楽器のソロコンテストに応募しようとしている。

 去年は部活に所属してたから学校からエントリー出来たが、今は退部している。すると、個人でのエントリーになるのだろうか?

 滝野のウインナーを盗んだ事はもう忘れたのか、秋川はそんな事を呟く。

 

 「お、今年も出んのか?」

 

 滝野も興味津々なのか、そんな事を聞く。

 

 「もちろん。でも、もう退部しちゃったからなー。そうすると個人でのエントリーになんのかな?」

 

 「そんなん俺に聞かれても分かんねーよ。放課後に松本先生に聞いてみれば?」

 

 確かに、滝野の言う通りそれが一番手っ取り早い。去年も手続きなどは松本先生にやってもらった記憶が秋川にあった。

 

 「そうね、帰り際に松もっさんに聞いてみるわ」

 

 恐らく個人でエントリーしろと言われるであろうが、一応ダメ元で秋川は聞いてみる事にした。

 

 

 ___________

 

 

 

 「失礼しまーす」

 

 放課後、職員室の扉を2度叩き、秋川は扉を開ける。

 

 「2年3組の秋川です。松本先生はいらっしゃいますか?」

 

 続けてそう言って、秋川は職員室の周りを見回す。しかし、それらしき人影は見当たらなかった。

 

 「いないよー」

 

 中に居た先生からそんな事を言われ、なんだハズレかと、秋川は「分かりましたー」と一つ頭を下げ、職員室を後にしようとする。

 

 

 「松本先生は今、外出されています。要件があれば私が聞きますよ?」

 

 

 すると、秋川の背後から男の人の声が聞こえた。

 そのままゆっくり振り返ると、身長の高い、眼鏡をかけた若いイケメンの先生がそこに居た。

 伝えてくれるのならば都合が良いと、秋川は要件をその先生に話す。

 

 「じゃあ、伝えてくれますかね?秋川がソロコンについて聞きたい事があると言ってたって」

 

 「ソロコン?」

 

 秋川の口から"ソロコン"と言う言葉を聞くと、若い先生は即座に反応した。

 確かに聴き慣れない言葉ではある。

 

 「はい、もう吹奏楽部を退部したので、ソロコンテストは個人でエントリーした方がいいのかを教えて欲しくて」

 

 続けて秋川がそう言うと、若い先生は少し考える素振りをした。

 

 「……なるほど、分かりました。でしたら、私が少し調べてみますね」

 

 そして、薄く微笑んで若い先生はそう言う。

 

 「え?、そんな、悪いですよ?」

 

 秋川としてはこの先生がどんな人か知らないが、そこまでやってもらう義理も無いので、遠慮がちに断る。

 

 

 「いえ、良いですよ。これも私の仕事ですから」

 

 「仕事って……」

 

 何か察した様子で秋川はそう呟く。

 ソロコンについての調べ物が仕事。それはつまり……

 

 「……ああ、申し遅れましたね。私、この春から北宇治に赴任となりました、滝と言います。吹奏楽部の顧問も兼任してますので、そう言う調べものも私の仕事です」

 

 

 思い出したかの様に自己紹介をし、滝と名乗った先生は、淡々とそう述べる。

 対して秋川は……

 

 

 「…………わお……」

 

 

 思ってもいなかった出会いに、そんな返事しか返せなかった。

 

 

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