響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
あの吹奏楽部が、変わりつつある。
それは、今年入学した一年である、高坂麗奈も感じ取っていた。
まず、意識が変わった。"どうせ頑張っても"から、"頑張ればもしかして"へと。少なくとも、やる前から諦めている人間は居なくなったと思う。
あの先生、滝先生のおかげだ。
実は高坂がこの高校に入学した理由は、滝先生が今春にこの学校に赴任すると知っていたからであった。
彼の指導を受けたいから。
そんな理由で、弱小校と呼ばれる北宇治高校に入学した。弱小校とは聞いていたが、予想以上のレベルの低さに、高坂はなるべく表には出さない様にしていたが、少々疲弊していた。
そんな時、"あの音"を聴いた。
高坂麗奈は、生粋のトランペッターだ。負けず嫌い、目立ちたがり屋、気の太さ。花形であるこの楽器を演奏するにあたっての性格は、バッチリと言える。
自分が一番。自分は"特別"。そんな事に固執する様な少女だった。
「……あれ?、秋川先輩?」
部活が終わると、電車通学の高坂は京阪の宇治駅で降り、そのまま宇治橋を渡る。今日も西日が照りつける中、その橋を渡っていると、遠目に河川敷で突っ立っている秋川の姿が見えた。
今日、部活動に復帰したと言う、2年の先輩だ。
秋川はどうしてか部員から人気の様で、トランペットパートはおろか、他パートの先輩達からも「おかえり」やら「何してたの?」やら色んな人たちに声を掛けられていた。
そして高坂も、そんな秋川に少しながら興味を持っていた。
その理由は、やはりソロコンの最優秀賞受賞者と言う点が大きいだろう。
偶に聴こえて来ていたあの上手すぎるトランペットの演奏が、彼のものだとは分かっていたが、そんな巨大な実績を持ってるなんて高坂も思っていなかった。
ソロコンの最優秀賞受賞なんて高すぎる壁。そんな壁を乗り越えた人が、どういう人なのか。
それとは別に、彼には何か別のものを持ってる気がした。
しばらく河川敷で立っていた秋川を見てると、彼はおもむろに持っていたトランペットケースを開け、マウスピースの確認を始める。
そして、そのままチューニング。彼のトランペットは、金色と言うよりかは白金に近い色で、形は高坂と同じ、スタンダードなB♭管トランペットだ。
姿勢を正し、目線を真っ直ぐに。正しい音は、正しい姿勢からだ。
そして、トランペット特有の切り裂く様な甲高い音が、宇治川に響き渡る。
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やはり綺麗だ。チューニングの音を出しただけで実力が分かるなんて嘘かと思うかもしれないが、彼のロングトーンは、正に別格。
ブレもムラも一切無い、お手本中のお手本の様な美しい音だった。
そして、チューニングを終えて一拍置くと、そのまま演奏に入った。
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「………ふぅ……」
演奏を終え、満足げに一息つく秋川。彼はこの河川敷で、よくトランペットを吹く。川なので大きい音を出しても近所迷惑にはならないし、ランニングをするおじさんや、犬の散歩をしているおばさんがオーディエンスとして居る。
部屋の中で籠って吹くのも悪くは無いが、秋川はこうして外で吹く方が好きだった。
"音楽は、聴き手がいてこそ"
それが、秋川忍の信念。
なので人の営みがある外で吹く事は、秋川にとって自然な事でもあった。
彼は、その河川敷に来る全ての人たちを振り向かせるつもりで、トランペットを吹く。
負けず嫌いで、目立ちたがり屋で、河川敷でも平気で吹けるくらいに気が図太い。
今日の客は、自分の演奏を聴いてどう思ったのだろうか?
そんな事を考えながら、秋川は演奏後の手入れをする。
「……もう終わりですか?」
すると、秋川の背後からそんな声を掛けられた。偶にお爺さんやお婆さんから「上手いねー」と声を掛けられる事はあったが、それにしては声が若いなと秋川は感じ、ゆっくり声の主の方へ振り向く。
「おー、……君は……」
そこには宇治橋から秋川の元まで来た、高坂の姿があった。
「今日はバタバタしててあんま話せなかったねー。君、いつも屋上で海兵隊吹いてた子でしょ?」
屋上で毎日個人練をしていた事を当てられて、少し驚いた表情になる高坂。
「はい、一年の高坂です。聴いてたんですか?」
「うん、上手い子が居るなーって。今の2年、3年じゃあそこまで吹ける人は居ないから、多分新入生だろうなって思ったんだよねー」
ケラケラと笑って、そう返す秋川。言ってる事は中々に失礼だが、事実だったので仕方がない。
「高坂さん、だっけ?今俺、ここで一曲吹いてたんだけど、聴いてた?」
すると、続けて秋川が高坂にそんな事を聞く。
「ええ、今日は"ムーンライト・セレナーデ"でしたね」
「お、良く知ってんじゃーん!で、どうだった?」
この様に演奏した後に感想を聞くのは、彼のクセでもあった。"音楽は聴き手がいてこそ"と言う考えが、ここにも出ているのだ。
「……上手かったです」
素直に、しかし何処か言いにくそうに高坂は一言、それだけ言う。
彼女は生粋のトランペッター。もちろんプライドも高い。自分より上手い相手を褒めるのは、なんだか負けた気がするのだ。
しかし、それを補って秋川には"上手い"と言わせるほどの演奏技術があった。
「おー、そりゃ嬉しいですなー」
いつもの様にのんびりとした声で、楽器の手入れをしながら嬉しそうにそう返す秋川。彼の手元を見てみると、丁寧に優しくトランペットに傷や埃が無いか確かめている。
それだけでも、彼がその楽器を大切にして居る事が分かった。
「……恋人にするみたいな手付きですね」
そんな秋川を見て、ポツリとそんな事を呟く高坂。対して秋川は突然の高坂の発言に目を丸くした。
「……それって、トランペットが彼女って事?」
そして、嬉しそうに微笑んでそう返す秋川。
「はい、……嫌ですか?」
「ううん、寧ろ光栄だねぇ」
言葉通り誇らしげに、大きく胸を張って秋川はそう言う。トランペットが彼女。中々良いでは無いか。
「名前を付けるとしたら、"みゆき"かな?」
「へぇー、何でですか?」
「好きな歌手の名前」
ほぼ初対面とは思えない様な、自然なやり取り。秋川が人気な理由は、ここにあった。いつでも自然体に、嘘偽りなく話す。言葉の節々から本心と分かる発言。それが相手にも伝わり、話しているとなんとも心地が良いのだ。
「……よし、じゃあ、俺は帰ろっかな?、高坂さんはここで吹いてくの?」
楽器の手入れを終えた秋川がトランペットをケースに仕舞うと、立ち上がって高坂に対しそう聞く。
「いえ、私もそろそろ帰ろうかと思います」
「そっか、じゃあ。またね」
そして、それだけ言うと高坂の横を通り過ぎて、秋川は河川敷に停めていた自転車にまたがり、颯爽とその場を後にする。
「……不思議な人だな……」
河川敷に風が吹く中、ポツリと、高坂はそんな事を呟いた。