響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「では皆さん、合奏は今日を含めて、予定表の◎の日に重点的に行います。よろしいですね?」
「「「はい!」」」
「では、今日はこれで終わります」
「「「ありがとうございました!」」」
滝先生がそう締めると、音楽室の片付けが始まる。
新しく配られた予定表。そこには、全国大会に向けた練習とは別の、いつもとは違う項目が追加されていた。
9月の最終土曜日。そこには、『駅ビルコンサート』と言う文字が記されている。
すると、付け加える様に部長の小笠原が口を開いた。
「当日は京都駅の吹き抜けになっている広場で演奏します。あと、まだ秘密ですが、実は駅ビルコンサートには、聖良女子と明静工科も出場します」
その二つの高校の名前が出ると、少し教室内が響めいた。
「うっわ、聖良」
「嘘ー?」
明静工科は言わずもがなだが、聖良女子も関西の強豪だ。その光景を見て、滝先生はポンと一つ手を叩く。
「良い演奏をする高校が2校も来るのです。全国大会も大事ですが、こう言う集まって演奏をする機会も大切です。ただ演奏するのではなく、他の高校がどう言う音を奏でているのか。勉強になるでしょう。そう言う意味でも、このイベントは重要だと、私は思いますよ」
滝先生がそう言うと、部員達は納得した様に頷く。
他の高校はどの様にして今の音を作り上げたのか?それは良い刺激になると滝先生は考えているのだ。
「……なるほど。駅ビルかぁ……」
それに対し、忍は楽しそうにそう呟く。
駅ビル。しかも関西の大動脈である京都駅で演奏をすると言う事は、かなりの人も来るはずだ。
『音楽は、聴き手が居てこそ』と言う信念を持つ忍にとって、このイベントに心が躍らないはずも無かった。
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「言うなれば、『ウェルカム・トゥ・ザ・京都』だね」
そしてトランペットのパート練習。楽譜を確認しながら楽しそうに忍はそう言う。
「まあ確かに、京都は観光客多いからなぁ。選曲も妥当って感じだしな」
それに対し、忍の意見に同調する様に滝野がそう返す。
「そー!そー!学園祭で吹いた『宝島』でも良いけど、やっぱ滝先生のセンスは光っておりますなー」
満足そうにウンウンと頷いて忍はそう言う。この浮かれ様を見る限り、忍としては今回の駅ビルコンサートで奏でる曲を随分と"気に入っている"様だ。
「何呑気なこと言ってんのよ?学園祭とは違う曲をやるって事は、その分練習しなきゃでしょーが」
そんな上機嫌な忍にすぐさま優子のツッコミが入った。
「まーそーだけど。でも、この曲だったら観光客は絶対ウチの演奏聞くでしょー?」
「そりゃそうだけど……」
「じゃあ、良い演奏をしないとね」
尚も上機嫌な忍に対し、今度は中世古がにこやかにそう言って来た。
「それに全国大会もあるんだから、そっちにも集中しないとダメだよ?」
「そりゃ分かってますってー」
続けての諭す様な中世古の言葉に、上機嫌で忍は返す。
「それに、今回は秘策があるんですよ」
すると何か企んでいるのか、ニヤリと笑顔を見せる忍。
「秘策?」
メンバーは忍が何をやろうとしてるのか分からず、一様に首を傾げる。
そして忍はその目線をある1人の少女の方へと移した。
「今回の駅ビルコンサートの1st、加部っちにやってもらおうと思って」
忍がそう言うと、一瞬教室内が静かになる。
「……え?、それって……?」
その言葉に反応したのは、当事者の加部だった。案の定顔が引き攣り、声も震えている。
「そのまんま。加部っちが主旋律のリードをするんだよん」
「えーーー!?!?!?」
そして忍が言った意味をようやく飲み込めたのか、加部は心底驚いた様な叫び声を上げた。
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「えっと……ここの部分って……」
「ああ、そこは連符だね。盛り上がる様に音階を上げて行くから、最初はピアノで段々と強くしてった方がいいかな?」
「か、簡単に言わないでよー……」
次の日、同じくパート練習では、楽譜と睨めっこをしている加部の姿があった。その横では忍がアドバイスを送っている。
加部を1stに据えると言う忍の計画は、あれよあれよと言う間に進んで行った。当事者の加部は『私なんかがー』と全力で断っていたが、それが逆に忍に火をつける事になってしまったのか、勢いに押されて流される様に、その話は決まってしまった。
「そうだね、ここは決めて音を出すって意識じゃなくて、流れで出す感じで良いんじゃないかな?ほら、友恵ちゃんも音出しの時にやるでしょ?音階を順番に奏でるやつ」
そして忍に続く様にアドバイスをしたのは、中世古だ。
実は加部が1stに決まったのは、パートリーダーである彼女が忍の案に賛成した事も大きかった。
北宇治吹奏楽部随一の人格者である人間に推されたとなれば、加部も断る訳にはいかない。
結果加部を1stに推したこの2人が、主に面倒を見ていると言う構図だ。
「うぅ……分かりました……」
しかし、加部はこの状況にかなり萎縮している様だ。
無理もない。彼女はこのパートのエースでも、ましてやコンクールメンバーでも無い。
そんな彼女が抱く感情は、『やっぱり私なんかが』と言うネガティブなものだ。
そんな気持ちのまま演奏したとて、良い音が出るはずもない。
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忍と中世古にアドバイスを貰った部分を吹こうとするも、中々繋がらない。
技術不足もあるが、それ以上に何か遠慮をしている様な、自信が全く感じられない演奏だった。
「………やっぱり私……」
マウスピースから口を離し、シュンと項垂れながらポツリとそんな言葉を溢す加部。
それを見て、"やっぱりな"と言う風に忍は真剣な表情になった。
「分かった。取り敢えず、今日はこの辺にしとこっか?」
優しくそう言ったのは、中世古だった。それに俯きながらもコクリと頷くと、加部はゆっくりと席を立つ。
「……わ、私、合奏練習の準備があるんで……ちょっと行ってきますね!」
そしてそれだけ言い残すと、逃げる様に加部はパート練習の教室から出て行く。
その光景を見て、忍は困った様に軽くため息を吐いた。
「………分からないわ」
そして今までの状況を見ていた優子が、ようやく口を開く。
「何が?」
対して忍はゆっくりと振り返り、優子に顔を向ける。
「友恵を1stにした事よ。今までずっとサポート役だったのに、いきなりこんな大役、荷が重すぎるでしょ?」
確かに優子の言う事は一理も百理もある。そもそもこう言う考えに至るのが普通だ。
今忍と中世古がやっている事は、加部に無駄にプレッシャーを与えている事に他ならない。
すると、忍は少し表情を険しくした。
「確かに優子の言う通りだね。……でも、あのままじゃ俺はダメだと思ったんだよね」
「……何がよ?」
真剣な表情でそう言う忍に対し、優子も表情が強張る。
「優子は、最近の加部っち見てどう思う?」
すると、今度は逆に忍の方から質問が飛んで来た。優子は少し面を食らうが、一瞬考える仕草を見せて口を開く。
「……頑張ってると思うわよ。コンクールメンバーじゃ無いけど、その分サポート役では頑張って___「俺は、それがダメだと思うんだよね」
すると、強い口調で忍は優子の言葉を遮る。流石の優子も息を呑んでしまった。
「いや、サポートでフォローしてくれるのは嬉しいんだけどね」
「………何が言いたいのよ?」
吉川は一層表情を険しくする。どうしてわざわざ忍が加部を1stで演奏させたがるのか。それは、次に出た彼の言葉で知ることとなる。
「最近の加部っちって、サポート役で満足してると思わない?」
図星を突かれたような、そんな表情を見せる優子。
人間というのは、慣れる生き物だ。それは誰に対しても同じ。現に去年は緩み切っていた部活も、滝先生が来て練習が厳しくなった。最初こそは文句も出たが、今では文句を言う人間なんて1人とて居ない。
それは、この環境に徐々に部員達が慣れていったからだ。
その環境に長く身を置けば、人間は適応する。それは部活動という小さなコミュニティでも同じ。
それを踏まえて、今の加部はどうだろうか?
オーディションがあったのは、4ヶ月も前の話。それまでは、加部もコンクールメンバーに入ろうと必死に練習を積み重ねていた。しかし結果は落選。そこから加部はチームもなかと言うサポート役に回る。
何度も言うが人と言うのは、慣れる生き物だ。サポート役として4ヶ月。その間、彼女の中でどのような心境の変化があったのだろうか?
「……はぁ………そのままで、良かったのになぁ……」
誰もいない廊下の隅。現実逃避をするように、加部がポツリと呟く。
そう。いつしか彼女は、『サポート役のままでいいや』と思うようになってしまったのだ。
「………………」
言葉を失う優子。確かに違和感はあった。最近の加部は、何をするにも遠慮がちだった。合奏練習やパート練習でも率先して準備などをしてくれるのだが、それに反比例する様にトランペットを吹いている姿はあまり見なくなった。
今まで抱いていたその違和感は、忍の言葉でピッタリとパズルのピースが嵌るように、優子の心の中にスッと入った。
「まあ、それが理由かな?……別に技術が云々って言う話じゃなくて、このままじゃ加部ちゃんがペットを吹きたがらなくなるんじゃないかなーって思ったんだよね」
少し困った様な表情を浮かべて、忍はそう言い放つ。そして、この違和感に気付いたのは、ここのパートリーダーも同じだった。
「そうだね。私も、秋川くんの言う通りだと思う。……確かにコンクールは実力勝負だけど、今回はイベントでしょ?ちょっと厳しいかなとは思うけど、友恵ちゃんにはここで満足して欲しくは無いから……」
「香織先輩………」
中世古にもそう言われて、優子は少し考える。
確かに、サポートで満足するのであれば、それはそれで良いのだろう。しかし、楽器を吹くと言うこの部活において、本当に加部はそれで満足するのだろうか?
「……分かりました。そう言うことなら、私も協力します」
同じパート。同じ学年。同じ性別。私にしかできない事もあるはずだと、優子は中世古と忍を見据える。
確かにただのお節介かも知れないが、2人の言葉を聞いて優子もこのままではダメだと言うのが分かってきたのだろう。
「まあ、そこまで大きな問題じゃないとは思うんだけどねー」
すると、いつも通りの飄々とした笑みを浮かべて、忍はそう言う。
確かに1部員の問題であるし、言い方はキツいが加部はコンクールメンバーでも無い。しかし、ただ放っておけないと言う理由で、忍は加部を1stに添えたのだ。そこまで大きい問題とはならないだろう。
_______しかし、問題というのは、時に連鎖して起こるものである。
ガラッ!!と、教室の扉が勢い良く開かれる。そこには、ここまで走って来たのであろう、吉沢の姿があった。急いで来たのか、かなり息が切れている。
「ど、どうしたの?秋子ちゃん?」
何やら切羽詰まった様子の吉沢に対し、心配そうに中世古がそう聞く。
「はぁ、はぁ……香織先輩っ……!」
そして、吉沢は不安に染まったその表情を、中世古へと向ける。
「あすか先輩が……!!」
その問題は、北宇治を揺るがすのには充分過ぎるものだった。