響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
田中あすかが、部活を辞めるかも知れない。
事件は、職員室で起こった。
田中の母親が、部活を辞めさせる様、滝先生に詰め寄ったのだ。
部活動というものは、本人の意思でやるものだ。しかし学生の本分は勉強。そんな常套句は誰でも知っているだろう。
でもそれだけでは、勉学だけでは人として成長し得ない。だからこそ部活動というものがある。一集団の中で、他人の考えに触れ、自分の考えを出し、そこから社会的な部分を構築して行く。
吹奏楽だけでは無い。野球、サッカー、美術部やその他。皆、そこに自分の意志で居るからこそ、部活動というものは成立する。
だとすると部活動を辞めるかは、本人の意志で決めるものなのだ。
しかし、今回の田中の件は少々違う。
そこに入る、『親』という存在。
「あすか、ここで辞めると言いなさい」
普通なら、すぐさま『嫌だ』と言うだろう。しかし、田中は沈黙する。何処に彼女の意志があるのか、分からない。
「………お母さん、私、部活辞めたく____」
_______パンっと、職員室に引っ叩いた音が鳴り響く。
「……なんで…………」
躾。我が子を愛するからこそ、手も出すしそれを正そうとする。
しかし、愛情と言うのは、時に行き過ぎると大きく歪む。
「なんで私の言う事が聞けないの!!!」
厄介なのは、その歪みに本人が気付いていない事だ。
_______________
噂は一瞬にして広まった。
あれだけの騒ぎになれば、それも致し方ないだろう。しかしそれよりも、北宇治吹奏楽部の『核』とも言える存在が抜けるかも知れないと言う事実の方が、部員達の不安を煽っていた。
「……ど、どうかな?」
「うーん、ちょっとまだぎこちないかなー?形にはなって来てるけど」
しかし、その中でも部活動は淡々と進む。昨日と同じく、忍は加部の演奏を指導していた。相変わらず自信無さげな演奏だ。
まずはこの内気な演奏をどうにかしないとと、忍も考えを巡らせてるところだ。
「香織先輩はどう思いますー?」
「………え?あ、何かな?」
忍の振りにボーッとしていたのか、少し遅れて中世古が反応する。
「何って、加部っちの演奏すよ」
「ああ、うん。……そうだね。秋川くんの言う通りかな……」
忍の問いかけに対し、当たり障りのない事を言う中世古。やはり明らかに気が散っていた様だ。
「んー、もっと練習やなー」
「うぅ……」
忍がそう言うと、更にしょぼくれる加部。この自信の無さを変えないと先には進めないだろう。忍は腕を組んで「うーん……」と唸る。
「あーー!!!」
すると、今度は個人練をしていた優子から叫び声が上がる。何か忘れてたと言う様な表情をしていた。
「時間!!合奏練習!!!」
そしてビシッと教室内の時計を指差す。
その時間は、もうとっくに合奏練習の時間を過ぎていた。
「!!、ごめん!!私が……!!!」
ハッとした表情を見せ、すぐさま謝る中世古。
こう言う時間の管理は、パートリーダーの仕事でもある。しかしそれも忘れると言う事は……
「と、とにかく!すぐ向かいましょう!!」
しかしそれよりも、今は合奏練習に早く合流しなければ。優子がそう言うと、皆んなしてアセアセと移動を始めた。
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「ゴメン!!私が時間を見てなかってせいで……」
部活が終了すると、すぐさま中世古がパートメンバーに頭を下げる。それを見た吉川があたふたとしながら慰め始めた。
「い、いいんですよ香織先輩。……それより滝先生ですよ!!一回遅れたぐらいでネチネチネチネチと……」
「時間に遅れたんで、当たり前かと」
「アンタも気付かなかったでしょうが!!」
なんだかイライラした様な高坂の直接的な物言いに、すぐさま優子が噛み付く。まあ、苛ついているのは別の原因なのだが。
「とにかく、今日はホントごめん!明日からはちゃんと気を引き締めるから!」
「か、香織先輩……」
尚も頭を下げる中世古に、言葉を詰まらせる優子。
そんな重たい空気が流れそうになる前に動いたのは、忍だった。
「まー、ともあれ。明日からまた頑張りましょうって事すよね?香織先輩?」
「……うん。ちょっと頼りないかもだけど、よろしくね?」
助け舟を出す様に忍がそう言うとようやく頭を上げ、少し申し訳なさそうな笑みを浮かべて中世古はそう返す。
そんな中世古を、優子は心配そうな目で見ていた。
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「やっぱ、あすか先輩かな?」
「そーだろーねー」
帰り道。少し暗めの声で優子がそう言うと、いつも通りに忍がそう返す。
やっぱり今日の中世古は少し様子がおかしかった。合奏練習の遅刻もそうだが、その合奏練習でも滝先生に注意される場面が目立った。
理由は、言わずもがなだろう。田中あすかだ。
しかし、様子がおかしかったのは中世古だけでは無かった。
「香織先輩だけじゃなくて他の部員もちょっとナーバスになってんじゃない?今日の合奏練習だってどこか気が抜けてたしね。それでか今日高坂さん少し機嫌悪かったし」
「……少しは人のことも考えなさいっての……」
さっきの高坂の態度を思い出したのか、顔を顰める優子。しかし、部員の大半がそうなってしまうほど、田中あすかと言う存在はこの部で大きいものなのだ。
「……やっぱ、辞めるのかな?」
続けて、暗い表情を濃くして優子はそう続ける。普通に、田中の意志で辞めるのならば、ここまで部に動揺は広がらなかっただろう。
「分かんない。それを決めるのはあすか先輩だし」
「でも、あんだけ言ってくるなんて……」
しかし、今回は事情が違う。
家族が介入して来たのだ。本来なら首を突っ込まないのが道理だ。だがそれを破ってまで、田中の母親は部活を辞めさせようとしている。それなりの理由があるのか、それとも心配しているのか、あるいは別の理由があるのか。いずれにせよ、今回の事件は特殊で異質だ。
「……進路とかもそうだけど、俺は親父にそう言うの一切口を挟まれたこと無いんだよね」
「……そうなの?」
すると、少し遠くを見つめる様な表情で、忍は語り始める。
「うん。『お前この先どうすんの?』とかは聞かれるけど、それを喋って反対された事は一度も無いよ。……高校受験の時も、部活を一回辞めた時も」
「…………」
そんな忍の話を、優子は黙って聞く。
「多分、お母さんが死んでからそう言う事を色々考える様になったんだと思う。……だって一人で俺たちを育てなきゃいけないんだもん」
「……それなら、余計心配すると思うけど……」
優子の言う通り、それならば余計に子供に執着するのではないだろうか?
だってそれは、自分が愛した人が居なくなり、唯一残された心の拠り所なのだから。
「まーそーなんだけどさ。でも多分、親父は俺たちの事を"愛する子供"じゃなくて"一人の人間"として見てくれてるんだと思う」
自分の子供に対して、どう接するか。
それは、親としての永遠のテーマみたいなものだ。もちろん自分の子供に無関心であれば、その子供がまともに育つはずもない。
しかし逆もまた、問題が生じる。"愛情"が過ぎれば、今度はそこに"執着"が生まれる。"執着"が過ぎれば、それは子供を縛り付ける事になりかねない。
今の田中あすかの様に。
「…………どっちの方が正しいのかな?」
「………さあね」
そう。親子と言うものは、この微妙なバランスで成り立っているからこそ、第三者が介入する余地が無いのだ。