響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
教室の空気が段々と重くなって行く。
パートメンバーの反応としては、無言。皆加部にどの様に声を掛けて良いのか分からなかった。
「………そっか」
初めに口を開いたのは、忍だった。全員やりにくそうに口を紡ぐ中、忍は違和感を感じるぐらいいつも通りだ。
「……やっぱ、自信ない?」
一つ、忍が優しくそう聞くと、加部は黙って頷く。
「や、やっぱり、私なんかじゃ役不足だし。……それに、アッキーとかが吹いた方が、盛り上がるでしょ?」
「友恵……」
無理やり貼り付けた様な笑みを浮かべて、独白する様に加部はそう言う。優子もどう声を掛けていいのか分からないようだった。
対して忍は困った様に後頭部を掻く仕草をした。
「うーん、役不足とかは正直どうでもいいんだけどねぇ……」
「だって……」
加部は忍と目を合わせない。それは申し訳なさからか、自信の無さからか。
______違う。これ以上見透かされるのが怖いのだ。
「別に、加部っちがそれで納得するならいいんだけどさぁ」
「……してるよ」
「そうは思えないけど?」
「………」
再び無言になる加部。間違いない。
これは絶対に見透かしている。しかし、詰め将棋の様に忍は言葉を続ける。
「加部っちの中で、音楽って何?」
「……え?」
あまりにも抽象的な質問に、呆けた表情を見せる加部。
「いや、言い方変える。加部っちは今トランペット吹いてて、楽しい?」
「………分かんない」
もう、何も分からない。
最初は楽しかったのだろう。だから吹奏楽部に入ったんだし。しかし、最近は……
「俺はね、音楽って楽しい事だけじゃないと思ってるんだよね」
そんな加部の心を見透かした様に、忍は言葉を続ける。
「だって吹けなきゃ楽しくないもん。思い通りに吹けなきゃフラストレーション溜まるし。……じゃあ、楽しく吹くためにはどうすりゃいいと思う?」
「…………」
分かってる。そんな事。
でも、それが出来るのは一握りの人間だけだ。加部はそのメンタリティを持ち合わせていない。
「……正直に言っちゃうけど、今の加部っちの"役不足"って言葉、俺には逃げてる様にしか聞こえないよ」
そんな彼女の葛藤を踏み躙るかの様な一言。
遂に加部は耐え切れなくなってしまった。
「友恵!!!」
優子の静止も聞かず、ガタンっと勢い良く席を立って教室から出て行く加部。
追いつけないと悟った優子は、振り返って思い切り忍の事を睨み、詰め寄る。
「アンタねぇ!!言い方ってもんがあるでしょうが!!!」
「ちょっと優子ちゃん……!!」
胸倉を掴んで凄む優子に対し、中世古が止めようとする。しかし忍は臆する事なく真っ直ぐと優子を見据える。
「なんだよ」
「……っ!!」
詰め寄る言葉が見つからない。
それほどに忍の言葉は正論で的を得ていたのだ。でも、正論だけではどうにもならない事を優子は知っている。そんなもどかしい気持ちをなんとか抑えながら、ゆっくりと掴んでいた胸倉を離す。
「………アンタとは後で話すわ。とりあえず探してくる……!」
先ずは加部だ。彼女の後を追う様に優子も教室から出て行った。
___________________
ああ、ダメだ。
完全に見透かされた。
逃げたい。逃げたい。逃げたい。
分かっていた。滝先生に言われた事も、さっきアッキーに言われた事も、耳が痛いくらいには分かる。
それを受け入れると、どうしようもなく涙が止まらなくなった。
あんなに直接言わなくてもいいじゃん。
やっぱり憧れるだけで良かった。やっぱり私なんかが出しゃばるんじゃなかった。
こうして現実を突きつけられると、本当に辛い。技術なんかじゃない。実力云々の話ではない。
私は、ただ臆病なだけなのだ。
_____________
パート練の教室には、何とも言えない重苦しい空気が流れる。
しかし、誰も忍を責めようとは思っていなかった。忍の言う事はごもっともだ。
でも、誰も加部を責めようとも思わない。何かに立ち向かう、何かを乗り越えようとする勇気と言うのは、相当な覚悟が必要だとメンバーも知っている。
そうでなければ、全国大会出場という目標は達成できないから。
「………ごめんね、私がもっとちゃんとしてれば……」
そして一番責任を感じているのは、このパートのリーダーである彼女だろう。後悔するように中世古が呟く。
「………別に、香織先輩のせいじゃないすよ」
軽いため息を吐いて、忍はそう返す。
「ただ、ああでも言わないと、加部っちが気付かないんじゃないかと思って」
後頭部を手で掻きながら、忍はそう続ける。
「……気付かない?」
忍のその言葉に、滝野が反応する。
「うん。だって加部っち……」
忍が加部に1stを吹かせたがる理由。それは、ただの同情でやらせようとしてる訳ではない。
「つまんなさそうに吹いてたんだもん」
ただ加部が、つまんなさそうに吹いてたから。
それが忍にはどうも納得がいかなかかった。ただの惰性で音楽に向き合おうとしている加部を、どうしても受け入れられなかったのだ。
その言葉に皆息を呑む中、忍は言葉を続ける。
「本当につまんなくなったら辞めればいいじゃん?でも、加部っちは辞めてない。……吹っ切れてないんだろーね。このまま辞める自分と、諦めきれない自分がせめぎ合って、本当は何をしたいのか見失っちゃってる」
だからこそ忍は加部を1stにした。
秋川忍と言う男は、単純明快な男だ。良いと思えば良いと言うし、悪いと思えば悪いとハッキリ言う。だからこそ_______
「俺にはそれが、なんか気持ち悪くて嫌だっただけだから」
今の加部の現状を、どうにかしたいと思っている。
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「もう!何で私の周りって厄介な奴ばっかなのよ……!!」
廊下をズカズカと歩きながら、悪態をブツブツ口にして優子は加部を探す。
この前の鎧塚、前回の忍、そして今回の加部。どうも人探しに縁のある体質のようだ。
「ほんっと馬鹿なんだから……!!」
本当に頭に来る。何故優子がこんなにもイラついているのか。先程の忍のキツすぎる物言いもそうだが、それよりもムカつくのは……
「深く考えずに楽しくやんなさいよ……!!」
どっちつかずの加部に苛ついているのだ。
音楽をやる上でどっちが上手いとか、どっちが下手とか。
確かにそれも大事だが、そこに固執して自分を見失っているのが今の加部だ。そんな彼女に優子はもどかしさを感じている。
優子自身だって、自分を見失いかけた事がある。上手くなりたいと思いすぎて、高坂や忍を恨んだ事さえある。誰しもが高みに登れる訳ではない。違いは、それに立ち向かえる勇気があるかどうか。
「私でもメンバーに入れるんだから……!!」
形は違えど、加部の気持ちは優子には痛いほど分かるのだ。
__________
「………いた」
校舎裏。陽も当たらず、少し薄暗い隅っこに加部は居た。優子がそう声を漏らすと、聞こえていたのか加部の肩がピクンと跳ねる。
「……友恵、練習行こ?」
端的に。優しく優子が問いかけるも、拒否をするように加部は首を横に振る。
「……あのバカには後でキツく言っとくから」
先程の忍の発言で傷ついているのだろうと、慰めるように優子はそういうも、また加部は首を横に振る。
「……違うの。アッキーは悪くないよ」
加部のその発言に、優子は困惑の表情を浮かべる。そこまで分かってるなら、言いようはある。
「……友恵は、忍や高坂みたいに自分に"才能"が無いから、やりたく無いの?」
尚も優しく、優子は問いかける。
「……違う。……怖いだけ」
遂に出た、加部の本音。
全てはここに詰まっている。才能の無さに折れた訳では無い。
「演奏するのが、怖い。皆んなが私の演奏を聴くのが、怖い。アッキーと達比べられるのが、怖い……怖くて、しょうがないっ……!」
震え声になりながら、加部は独白する。
怖くて辞めたい。逃げ出したい。
でも、ほんの僅か。心の奥底にある。彼女の願望が足掻いている。
「こんなんなら、"吹きたい"って思うんじゃなかったっ………!!」
私も、あの舞台で。
覚悟も無いのに、そんな高望みをしてしまったから。
その中途半端さが、加部の中での後悔をどんどん大きくなってしまったのだ。
「………私は、友恵にこのままでいて欲しく無い」
しかし、吉川優子はそれを絶対に良しとしない。
「………え?」
決意のこもった優子の言葉に、加部は顔を上げた。
すると、柔らかい笑みを浮かべて優子は言葉を続ける。
「……私ね、上手く無いの。分かるでしょ?高坂や忍と比べたら、私の実力なんか全然だって」
「…………」
優子の言葉に、加部は黙って耳を傾ける。
「……でも、それを理由にして辞めるのはもっと嫌。あいつらに敵わないと思っても、私は足掻きたいの。……こういう気持ちって、バカだと思う?」
優子の問いかけに、加部はゆっくりと首を横に振る。
「……ううん、凄いと思う。……でも、私には、できない事だから……」
「出来ない事無いよ。……自己満足かも知れないけど、私は何かに挑戦したって証が欲しいんだろうね。自分の好きな楽器で思いっきり挑んで、玉砕してもそれで良いって思ってる」
思い出すように、優子は言葉を続ける。
……分からない。どうして、そこに恐怖心が生まれないのか。
「なんで優子は、それを怖いと思わないの?」
救いを求めるように、加部はそう聞く。
「怖いと思うわよ」
「じゃあなんで……」
やっぱり分からない。じゃあどうして、苦しむと分かっていてその道に進んで行くのか。
「でも、それ以上に、そこで何もしなかったら後悔するって思ってるから」
息が詰まる。
優子のその言葉で、気付かされた。
"今"から逃げる事は、おそらく簡単な事なんだろう。"辞める"って自分の口から言えば良いだけだ。しかし、そこから得られるものなんて一つもない。残るとすれば、『何故あの時向かい合わなかったのだろう』という後悔だけだ。
それを忍も、中世古も。
そして優子も理解している。
「だから、友恵にはもうちょっと頑張って欲しいかな?」
加部には、そんな思いをして欲しくないから。今、辛い事から逃げれば、後でもっと辛い思いをするから。それを優子は分かっているのだ。
言いたい事は伝わった。それを理解すると、加部の目から涙が出てくる。
「うぅ……ぐずっ………出来るかなぁ……?」
「うん、出来るよ」
泣き出した加部に対し、優子は優しく肩に手を添える。
そもそも、吉川は加部がこの大きな壁をのりこえると、確信していた。何故なら______
「じゃなきゃ、アンタと友達なんかやってないわよ」
吉川優子と言う女性は、義理堅いからだ。