響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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勇気

 

 パート練習の教室には、いつも通りトランペットの音が聞こえる。

 皆、それぞれの"課題"に向けて必死に演奏を重ねる。"課題'と言うのは今、正に自分の目の前に立ちはだかる"壁"だ。

 その壁に立ち向かうために、北宇治高校吹奏楽部トランペットパートの面々は必死にマウスピースに口を付けている。

 

 「……どう?」

 

 神妙な面持ちで加部がそう聞くと、忍は満足そうにニコリと笑った。

 

 「かなり良くなった。でも最後の部分がまだ甘いかな?息がしんどくなるにつれて安定感が無くなってる」

 

 相変わらず、忍の評価に忖度は無い。良いところは褒めるが、悪いところは具体的にダメ出しをする。

 

 「……分かった。もう一度やってみる」

 

 真剣な面持ちで加部がそう言うと、再びマウスピースに口を付ける。

 以前までの加部なら忍の今の言葉に折れていただろう。しかし、今の彼女にはそこから"どう克服しようか"と言うマインドが加わった。

 何かに"立ち向かう"と言う勇気が加わった。

 その覚悟だけで、加部の演奏はみるみる良くなっていく。言うなればがむしゃらと言う状態に近いのかも知れないが、燻っていた加部にとっては良い薬になっているのだろう。今、目の前の自分が演奏する楽譜に必死で食らいついているから、余計な事を考える暇も無い。

 

 「………どう?」

 

 「うん、さっきより良くなった。でもまだ_____」

 

 こんな調子で、駅ビルコンサートまでの日は近づいて行く。

 

 

 

 __________

 

 

 

 放課後、ある日の楽器室。そこには、おさげに髪を纏めた少女が深刻そうな面持ちで楽譜を見ていた。ページを捲るたびに、その表情はなんとも言えない複雑な表情に変わっていく。そこに、一人の男子部員が入って来た。

 

 「あれ、部長じゃないっすか」

 

 楽器室に入った忍が、その楽譜を持っている少女、部長の小笠原に話し掛ける。小笠原は一瞬驚いたが、入ってきたのが忍だと分かるとホッとしたように一息ついた。

 

 「なんだ、アッキーか。……珍しいね?楽器室に来るなんて」

 

 忍は自前のトランペットを持っているので、楽器室に来る事は殆ど無い。小笠原の問いかけに対し忍は困ったように、しかし少し喜色も混ざったような笑みを浮かべる。

 

 「加部っちがやる気出したんでね。ちょっとご協力をと思って」

 

 そう言って、忍は棚の奥を弄り始める。それを見て、小笠原も困ったような笑みを浮かべた。

 

 「聞いたよ、話。加部さん、1stやる気になったんだってね?」

 

 「ちょっと荒療治でしたけどね」

 

 小笠原の問いかけに、嬉しそうな声色で忍はそう返す。

 あれだけ自信が無かった加部が、今日の合奏練習では人が変わったように生き生きとしていたのを小笠原も見ている。そして、その経緯も彼女の耳に入っていた。

 小笠原は持っていた楽譜を少し強く握り締める。自信が無いのは、彼女も同じ。

 

 

 「……実はさ、私も滝先生に言われたソロの件、やるかどうか迷ってんだ」

 

 

 独白する様に、小笠原がそう呟く。今回の駅ビルコンサート、小笠原も滝先生からソロパートをやらないかと打診されていたのだ。それを聞いて、忍の動きが一瞬固まった。

 

 「……やれば良いじゃないすか。部長が本当にやりたいのなら」

 

 「……そうなんだけどね。なんか引っかかると言うか……私がやって良いのかなって……」

 

 弱気な小笠原の発言に対し、忍は軽くため息をついた。 

 

 「それを決めるのは部長ですよ。やる理由があればやれば良いし、やらない理由が無ければやんなきゃいい。部長がそうやって迷ってるって事は、どっかでやる理由を掴めそうなんですよね?……なら、それに素直になる以外は無いと思うっすよ」

 

 「理由……」

 

 小笠原は考える。自分の目の前にある楽譜を見据えながら。

 

 

 「………アッキーは、あすかの事どう思う?」

 

 「は?」

 

 すると、小笠原からそんな言葉が出てきた。予期していなかった言葉に忍は呆けた表情を浮かべている。

 

 「……これ、あすかの楽譜」

 

 すると、小笠原が忍に持っていた楽譜を渡した。

 

 「なんでここに……」

 

 「……たぶん、家に置いとけないんだろうね。……さっき見つけたの」

 

 小笠原の話を聞きながら、忍は楽譜のページを捲る。そこには他の部員となんら変わらない、どこが重要とマーカーで色付けされたごく普通の楽譜だった。そしてそのページの端に書かれている、『目指せ全国』と言う文字。

 

 「……私、思ってた。あすかは私達と違うところを歩いてるんだって。……あすかは、特別なんだって………」

 

 なんだか後悔する様に、そう呟く小笠原。

 

 「……別に、俺はそんなこと思った事無いですけどね」

 

 対して忍は、田中への印象を素直に答える。

 

 「……そうなの?」

 

 「ええ。正直、俺あすか先輩とあんまり話した事無いですもん。パートも学年も違うし。だからちょっと分からないな。とは思いますけど、俺が持つあすか先輩の印象って、そんなもんです」

 

 「…………」

 

 正直過ぎる忍の発言に、小笠原は黙ってしまう。しかし構わず忍は言葉を続ける。

 

 「……でも、部長は違うんすよね?」

 

 その問いかけに、小笠原は深く考える。彼女にとって、田中あすかとは。

 正直、どうして田中が部長にならなかったのかと思った事など、何度もある。能力は高いくせに、自分の本音を絶対に曝け出さず、のらりくらりと。しかし本質を見抜いているような、抜け目のない少女。

 だからこそ、『田中あすかは自分達とは違って特別だ』と思い込んでいた。

 

 「……うん。でも、ちょっとあすかの事誤解してたかも」

 

 しかし、この楽譜からはそれが感じられない。思い浮かぶのはごく普通に音楽に真剣に取り組み、ごく普通に全国を目指す一人の少女だ。

 

 「……そうですか」

 

 決意のこもった小笠原の言葉に、満足そうに忍はそう返す。

 

 「うん。だから、ちょっと見せたい。あすかに頼らなくても大丈夫だよって。いつ帰って来ても大丈夫だよって」

 

 「ほー、さすが部長」

 

 「もー、おちょくらないの!」

 

 小馬鹿にする様にそう言う忍に対し、困った様に笑って小笠原はツッコミを返す。そして再び決意のこもった表情を浮かべて、窓の外に顔を向けた。

 

 

 「……少しは、部長っぽいところ見せないとね」

 

 

 

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