響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
吹奏楽部に、不穏な空気が流れている。
田中あすかが、部活に現れない。明日はきっと来る。と言う淡い期待を抱きながらも、気が付けば来なくなってから一週間も経過している。
「うん、かなり良くなった。通しでも違和感無いね」
「!!、そうかな?……あー……やっとここまで来た……」
忍から合格点を貰い、加部は満足そうに言葉を漏らす。いつものパート練習。
「なにここで満足してんの?本番は駅ビルコンサートだよ?」
「うっ、そりゃあ、そうだけど……」
忍に確信を突かれ、微妙な表情になる加部。彼女のプラス要素もあってか、トランペットパートは比較的明るい雰囲気で進んでいた。
「香織先輩はどうっすかー?」
「え?、あ、うん。良くなったね?」
「もー、またそれですかー?」
しかし、中世古はまだ何処か気が抜けていた。
心ここに在らず。彼女は優しい性格だ。他人の事を心配できるその性格は、今となっては前に進む為の枷になっている。
田中あすか自身は大丈夫だと周りに言ってはいたが、これだけ事が大きくなると、その言葉すらも怪しくなってくる。居なくなってから気付く、彼女の存在の大きさ。この先の部活は大丈夫なのだろうか?ちゃんと纏まるのだろうか?
そして事態は、最悪の方向へと向かって行く。
「香織先輩!」
慌てた様子で教室に入って来たのは、優子だった。走って来たのか、少し息が乱れている。それを少し整えると、不安げな顔で口を開いた。
「今、下で騒ぎになってるんですけど________」
_____________
「……聞いた?あすか先輩……」
「うん。教頭先生が代理で退部届け受け取ったって……」
その噂は、一瞬で広まった。教頭先生が代理で退部届けを受理し、彼女が部活動から去るのはもう時間の問題だと。
騒ぎになるまではあっという間で、遂にはそれが演奏にまで影響する様になってしまった。
「なんですか、これ」
合奏練習。手を叩いて滝先生が演奏を止める。
いつか聞いた言葉。そこまで演奏の質が下がっているとまでは言わないが、滝先生のその言葉には確かな苛立ちを孕んでいた。
「皆さん、ちゃんと集中してます?」
滝先生が問いかけるも、部員たちは無言を返す。
集中出来ていない理由は明白だ。
「……あの」
「なんですか?」
そんな重苦しい空気の中、手を挙げたのは優子だ。ゆっくり立ち上がると、不安な眼差しを滝先生に向ける。
「あすか先輩の退部届け、教頭先生が代理で受け取ったって言う話は、本当なんですか?」
優子の問いかけに、少し間を置くと、滝先生は表情一つ変えずに口を開く。
「その様な事実はありません。……皆さんはこれからも、そんな噂話一つ出るたびに集中力を切らして、こんな気の抜けた演奏をするつもりですか?」
暗く低い声。表情は変わらないが、先生自身が怒っているのは明白だった。そして、その話を聞きながら忍は少し眉間に皺が寄っている。
「……今日は終わりにして、残りはパート練にしましょう」
このまま合奏練習を続けても無駄だと感じたのか、滝先生は吐き捨てる様にそう言うと、教壇から降りて教室から出て行く。
「先生……!!」
部長の小笠原が、引き留めようとするも、聞く耳を持たず滝先生はそのまま音楽室から消えていった。
「……なんだよ……」
「はあ……最悪……」
滝先生が出て行くと、愚痴を溢すように部員たちから不満の声が上がり始める。雰囲気は、かなり悪い。一人の不安が重なる様に伝播して行き、誰も彼もが演奏に集中出来てない。
「…………」
そんな中、小笠原は自身の楽譜を見つめていた。書いてあるのは、色とりどりにマーカーペンで注意点が書かれ、端には"目指せ全国!"と書かれた、至ってごく普通の楽譜。
「……ちょっとは、部長だってところ見せないとね……」
自分に言い聞かせる様に、誰にも聞こえない声でそう呟くと、小笠原は教壇へと足を運ぶ。
「皆んな、少しだけ時間くれる?」
そして注目させる様に教壇へと上り、皆に聞こえる様に声を掛ける。
「あすかが居なくなって、皆んな不安になるのは当然だと思う。……でも、このままあすかに頼ってたらダメだと思うの。……あすかが居ないだけで不安になって、演奏もダメになって、……部活って、そうじゃ無い」
「……そんなの分かってるよ…」
「でもさ……!」
再び部員たちから文句が文句が上がりそうになるが、それを忍が手で制する。
「……私は、自分よりあすかの方が優秀だと思ってる。……だから、あすかが部長をやれば良いって、ずっと思ってた。……私だけじゃ無い。みんなも、あすかが何でも出来るから頼ってた。……あすかは特別だから、それで良いんだって……」
独白の様な小笠原の言葉を、部員達は黙って聞く。皆、心当たりがあるのだろう。文句を言うものは誰も居ない。
「でもあすかは、特別じゃなかった。私たちが、勝手にあの子を特別にしていた。副部長にパートリーダーにドラムメジャーとか。仕事を完璧にこなすのが当たり前で、あの子が弱みを見せないから、平気なんだろうって思ってた」
俯きながら、過去のことを悔やむ様に小笠原は言葉を続ける。そして少し間を置くと、決意した様に顔を上げて皆んなを見据える。
「今度は私たちがあすかを支える番だと思う。あの子がいつ戻ってきても良い様に」
今度は、自分達が。
今までの恩を、これから返していけば良い。助けてもらう側ではなく、支える側で。
「もちろん、去年のこともあるから、ムカついている人もいると思う。あすか以外、頼りない先輩ばっかって感じてる子も居るかもしれない。……でも、それでも付いてきて欲しい」
小笠原晴香は、北宇治高校吹奏楽部の部長だ。
田中が居なければ、誰がこの部活をまとめ上げるのか。そして教壇から一歩前に進むと、深々と頭を下げる。
「お願い、します」
「……あんまり、舐めないで下さい」
尚も頭を下げ続ける小笠原に対し、そう返したのは優子だった。小笠原はゆっくりと頭を上げる。
「そんな事言われなくても、皆んな付いて行くつもりです!」
まるで当たり前かの様に、優子はそう言い放つ。
「本気なんですよ?」
この一本気な性格こそ、吉川優子だろう。このタイミングでこの台詞が言えるからこそ、彼女だ。
「まあ、アンタの場合、自分の感情に正直過ぎるけどね」
すると、今度はそんなしんみりとした空気をほぐす様に、中川が茶々を入れてきた。
「うっさい!!」
「全く、誰に似たんだか」
そして、中川はその視線を忍に回す。
「だいたいアンタねぇ!こう言う時は」
「あー、はいはい。これだからいい子ちゃんは」
「なにぃー!?」
そして、いつものやり取りも戻ってきた。
その光景は、田中がいた頃と何ら変わらない、北宇治吹奏楽部の日常だった。
__________そして、職員室。
「バリサクソロの件ですね?」
「……はい。私にやらせて下さい……!」