響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
サンライズフェスティバル。通称、サンフェスは、ここ一帯の吹奏楽部が一同に集まって演奏する、マーチングバンドのイベントだ。
吹奏楽と言っても、ただホールで楽器を吹くだけでは無い。
マーチングと言って、音楽に合わせて行進したり、フォーメーションを組んで演奏をする体系の物も存在する。
コンクールの様な演奏は"聴かせる"側面が強いが、このマーチングは、"魅せる"側面が強いのだ。
「はーい、来週の本番に向けて衣装配るから、順番に取りに来てねー」
そして音楽室では、その本番に着る衣装が配られようとしていた。衣装が入っているであろう段ボールを持ちながら、部長の小笠原が皆に声を掛ける。
「まずは、パーカスから、堺さん」
そして、衣装が次々に配られて行く。
北宇治のマーチング衣装は、青と白を基調としたもので、女子はスカート。男子はパンツタイプのものとなっていた。
「はーい、聞いてー!」
全員に衣装が配り終わると、小笠原が注目を集めさせる。
すると、隣に居た副部長の田中が説明を始めた。
「今日の練習はー、グラウンドが空いているのでー、外でやりまーす!」
身振り手振りと、忙しい仕草をしてそう宣言する田中。外と言う事は、恐らく行進の練習でもするのだろう。
「試着終わったらジャージに着替えて、グラウンド集合で」
「「「「はい!」」」」
田中がそう説明すると、部員から返事が返って来る。
「じゃあ音楽室女子、男子は準備室で着替えて下さい」
そして田中に続く様に小笠原がそう言うと、衣装を持って男子は音楽室から出て行った。
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「おー、やっぱカッコええなー」
準備室。男子に割り当てられた教室では、衣装に着替えた秋川がしみじみと滝野を見てそう漏らす。
「だろ?、ウチの衣装はセンスが良いって他校でも評判だからな。サンフェスじゃあ他校の女子を釘付けよ」
調子に乗った滝野が、鼻高々にそんなビッグマウスを披露する。
「まあ、タッキーは似合ってるって言うより、着せられているって言った方が正しいかもねー」
「なんだと!?」
しかしそんな鼻をへし折るかの様に、秋川が心無い言葉を浴びせる。滝野は雷に打たれた様な顔になっていた。
「似合ってるってのは、この子みたいな事を指すんだよー」
すると秋川は一人の男子生徒の袖を引っ張り、滝野に見せつける様に目の前に立たせる。
「君は一年なのにタッパがあるねー。……えっと、名前は?」
「あ、塚本です。トロンボーンの」
秋川が連れて来たのは、一年のトロンボーン担当の塚本と言う男子生徒だった。彼は180センチに近い高身長と、スラっとした細身のスタイルなので、この衣装がよく映えている。
「それに、衣装で女の子を釣ろうなんて、だからタッキーは彼女ができんのだよ」
「うわーん!!ナックル先輩!!!アッキーがいじめるー!!!」
秋川にボコボコに言われた滝野は、ナックル先輩と皆から呼ばれている、3年のパーカス担当の田邊名来に泣きつく。
対して泣きつかれた田邊は、心底鬱陶しそうに苦笑いしていた。
「まあ、そう落ち込むなタッキー。これから変われば良いじゃないか?」
「……グスっ、それって、今の俺がダメダメって事じゃないっすかぁ……」
妙に勘の良い滝野に、露骨に目線を逸らす田邊。まあ、今の滝野がモテるとは、誰も思っていないだろう。
「まあ、その衣装に負けないくらいの演奏したら、女の子も振り向くんじゃない?」
「……そんなん出来んの、アッキーだけだっつーの」
秋川の提案に、不貞腐れた様な態度で滝野はそう返した。
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「うわー、これって、焼ける?」
グラウンドに集合すると、何処からかそんな恨み節が聞こえて来る。
まだ季節は5月の初めであるが、太陽さんはあまり親切では無い様だ。
そして、パンパンっと、注目を集めさせる様に田中が2回、手を叩く。
「はーい、良いですかー?、今日はまず、楽器を持たずに練習をします。初心者の一年はステップ練習をして下さい。他は全員行進の練習から始めます。足が揃ってないとある意味演奏のミスより目立つので、気合を入れて行く様に」
「「「「はい!」」」」
行進は一歩62.5センチ。これは決められている。演奏をしながらの行進なので、下を見て歩幅を確認する事は出来ない。
つまり、この62.5センチの歩幅の間隔を、まずは体に叩き込まなければならないのだ。
少しでも歩幅がズレると、かなり悪目立ちする。
「あ、吉川ズレてるー」
「わざわざ言わんで良い!!!」
秋川が吉川をおちょくると、すぐさま吉川のツッコミが入る。各々の歩幅の感覚のズレ。これをまずは矯正しないと、マーチングとして成り立たないのだ。
「はいそこ、ライン揃ってないよー!」
「こら、ちゃんと前見て!」
その後も指導係の小笠原と田中から、注意の声がグラウンドに響く。楽器を吹くまでには、まだまだ時間が掛かりそうだ。
「はい、5分休憩ねー!」
しばらくすると、田中の掛け声と共に雀の涙ほどの休憩が取られる。
強い日差しの中、運動不足気味の吹奏楽部員の面々は、少々グロッキーとなっていた。
「あっつー。こりゃ焼けるなー」
そんな事を言いながらジャージの襟をパタパタと仰ぎ、中に風を送る秋川。
「まあ、こんだけ外で行進の練習すんの、初めてだしな。運動部かっつーの」
対して滝野は、タオルで汗を拭きながら秋川に対しそう返した。
「タッキー、日焼け止め持って来た?」
「来ると思うか?」
「悪い、聞かなかったことにしてくれ」
そもそも男子なのであまり日焼けを気にすることもないが、この日差しでは明日に影響しそうだった。
「はい、これ」
すると2人の後ろから声を掛けられ、秋川と滝野は同時に振り向く。
「私の日焼け止め、使って良いよ?」
そこには、自前の日焼け止めを差し出す中世古の姿があった。
「おー、香織先輩。いいんすかー?」
「うん、2人とも、持って来て無いんでしょ?」
そう言って、中世古は薄く微笑む。流石マドンナらしく、その姿に滝野はボーッと見惚れていた。
「流石、エンジェルって言われるだけの事はありますねー」
「もー、それ言ってるの、優子ちゃんだけでしょー?」
対して秋川は、自然体に中世古と会話をしている。少量、クリームを手のひらに付けると、秋川は容器を滝野に差し出した。
「ほら、タッキー」
「え?、あ、いや!!、自分はいいっす!!日焼けには強い方なんで!!」
秋川に声を掛けられて正気に戻った滝野は、背筋をピンと伸ばして軍隊の様な返事をする。
その姿に、中世古も困っように笑った。
「そ、そう?なら良かった」
ガチガチな滝野に対して困惑気味にそう言うと、中世古は秋川から日焼け止めを受け取る。
「どう?、練習。感覚掴めて来たかな?」
すると、中世古がそんな事を聞いて来た。
「そうですねー、去年は殆ど練習しなかったんで、何かと苦労してる感じですかね?……はぁ……愛しの"みゆき"が恋しいです」
「みゆき?」
突然女性の下の名前である言葉が秋川から出て、中世古は首を傾げる。
「俺のトランペットの名前です。この前、高坂さんに『トランペットを彼女の様に扱ってる』って言われたんですよねー。なんでテキトーに名前付けときました」
「あははっ、良いねーそれ、私も付けてみよっかな?」
「お?、そうですねー。……"ユウコ"とかどうですか?吉川が泣いて喜びますよ?」
「もー、先輩をおちょくらないの」
意地悪そうな笑顔で秋川が吉川の下の名前を提案すると、困った様に笑って中世古はそう返す。
「香織せんぱーい!ちょっと来て下さいよー!!」
すると、遠くでその吉川が中世古に対して大きい声で呼んでいるのが確認できた。
「あ、じゃあ、私もう行くね?」
「はい。あ、日焼け止め、ありがとうございました」
去り際、秋川が日焼け止めを貸してくれたことに対し、礼を言う。
「うん、いいよ。後半の練習も頑張ってね」
「先輩もー」
そんなやり取りをすると、一つウィンクをして、中世古は吉川の元へと向かって行った。
「………タッキー。何で空なんか仰いでんの?」
「天使に逢えたことに祝福を……」
秋川の隣では、手を合わせて空を拝んでいる滝野が、よく分からない事を呟いていた。