響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「うーん、そーだなぁー……正直に感想を言わせてもらうと、辛気臭い」
合奏練習。北宇治の演奏にそう評価したのは、橋本先生だ。
「学校が始まって練習時間が減っているのに、夏休みの頃の音を維持出来てるのは凄いと思う。……けど、あの頃よりみんな堅い!音がガチャガチャで、聴いててキツい!」
「「「はい!」」」
橋本先生の率直な評価に、どこかしら元気の無い声で部員たちは返事を返す。
「もしかして全国だから緊張してるー?皆んな全然面白くなさそうだよ?滝くんみたいに怖い顔して」
「私は怖い顔なんてしませんよ」
「これだから自覚の無い人は困るなぁ」
滝先生と軽めのやり取りをすると、橋本先生は再び目線を部員たちへと向ける。
「色んな学校の子に言ってるけど、僕、実はコンクールってあんまり好きじゃ無い。一生懸命やってるなら、金でも銀でも良いと思ってる。……まあ耳にタコかも知れないけど、"音を楽しむ"と書いて音楽。金だの銀だの意識して、縮こまって堅くてジメジメした演奏になってたら、意味が無い。明るく!楽しく!朗らかに!!はい復唱!!」
「「明るく、楽しく、朗らかに……」」
突然の橋本先生の要求に、困惑気味に部員たちは復唱する。
「ハキっと明るく!!!」
「「「「明るく!楽しく!朗らかに!!」」」」
その返事を聞いて、橋本先生は満足そうに頷く。
「はい。じゃあ気になったらところを順番に言っていくと……まずユーフォ」
「は、はい!」
橋本先生に呼ばれ、黄前が緊張気味に返事を返す。
「全然音聞こえて無かったけどー?……本当に吹いてた?」
「ふ、吹いてました」
「一人だからかも知れないけど、音小さいなぁ。いつもの上手い先輩は?ホラ、赤メガネの」
「あすか先輩は、その……」
「今日は欠席です」
言い淀む黄前に対し、後藤が返事を返す。対して橋本先生は困った様に頭を掻く。
「この大事な時期にー?……まあ良いや。もっとちゃんと鳴らさないと」
「はい!……くしゅん!」
「大丈夫?」
「あい……ずびばぜん…」
くしゃみをしながら黄前は返事を返す。その横にポッカリと空いた席を、滝先生は深刻そうに見つめていた。
「次、木管!」
「「「は、はい!!」」」
次に橋本先生は木管パートに目を向ける。
「一言で言うなら弱い!特にソロパートからの繋ぎ!」
先生がそう言うと、木管パートの面々は一様に苦い顔になる。
「正直、それだとトランペットのソロが霞むよ!せっかく秋川くんが良い演奏してるんだから、それをもっと活かさなきゃ!」
「「「はい!」」」
檄を飛ばす様な橋本先生の注意に木管パートの面々も真剣に返事を返す。
トランペットソロパートから音を繋ぐのは、ファゴットやクラリネットなどの木管パートだ。しかし、音が負けている。
たった一人のトランペット奏者に、5人の木管奏者が音で負けているのだ。木管と金管の違いと言うのもあるが、それでも忍一人の演奏に木管の奏者たちは付いていけて無かった。
「まあ、これくらいかな。細かく言えばもっとあるけど、さっきも言った様に音が堅い!明るく、楽しく、朗らかに!これを忘れない様に!いいね?」
「「「「はい!!」」」」
「それでは、今日の合奏練習はこれまでとします」
「「「「はい!!!」」」」
締めるように滝先生がそう言うと、すぐさま音楽室の片付けが始まる。今日は忍も片付けの当番だ。トランペットをケースにしまい、先を立ち上がろうとすると_______
「ああ、秋川くん。ちょっと良いかな?」
「はい?」
橋本先生に呼び止められた。
「ちょっと話したいんだけど……」
先程の合奏で何か気になるところでもあったのだろうかと、忍は目を丸くする。
「んー、了解です。タッキー、ちょっと片付け頼んでもいい?」
「りょーかい」
滝野に了承を得ると、忍はトランペットケースを持って立ち上がる。
「ありがとう。ちょっと教室から出ようか?」
「?、はい」
何かここで言えない話でもするのだろうか。そんな事を思いながら、忍は橋本先生の後をついて行った。
_______________
「見違えたよ。本当に良い演奏するようになったね」
嬉しそうに、忍の肩をポンポンと叩いて橋本先生はそう言う。先生は忍がスランプから抜け出した後の演奏を今日初めて聴いたのだ。スランプの頃から忍の事を気に掛けて貰っている分、今日の忍の演奏は橋本先生にとっても嬉しい事だった。手放しで褒められて忍も満更でも無さそうな表情になる。
「そ、そうすか?ありがとうございます」
「うん。正直、この前の演奏を聞いてたらもうちょっと長くなりそうかなって思ったんだけどね。ビックリしたよ。久しぶりに北宇治に来たらいつの間にかスランプ抜け出して、おまけにソロパートも変わってるんだからさー」
橋本先生としては正直、こんなに変わるとは思っていなかった。もう一皮も二皮も剥ける素質はあるとは思っていたが、こんな形でソロパートを吹くとは、プロとして見ても想像出来なかったのである。
「……ちょっとは掴んだかい?"自分の音"を」
合宿で橋本先生が言った言葉。楽譜通りのさらにその上。尋ねるように先生がそう言うと、忍は束の間考える素振りをする。
「うーん、……どうですかね。"掴んだ"と言うよりかは、"変わった"って感じですかね?」
「へぇ!具体的に説明出来るかい?」
忍のその答えに、橋本先生も興味津々だ。そして考えが纏まったのか、目線を橋本先生に向ける。
「はい、なんて言うか、"演奏"が変わったと言うよりか、"意識"が変わったって感じです。今までは自分にとってトランペットを吹くって、『楽しまなきゃいけない』ってずっと思ってたんです。つまんなく吹いてたら、意味が無いって」
「ほうほう」
忍の説明に満足そうに橋本先生は頷く。
「スランプになった時は、そりゃもう嫌だったです。全然楽しめないんですもん。……でも、なんて言うんですかね?音楽って、楽しいだけじゃないなって思うようになって……」
「………どう言う事だい?」
忍の話を聞くにつれて、橋本先生の表情も真剣になっていく。まさか、この子………
「……さっきの合奏練習、橋もっさんは明るく、楽しく、朗らかにって言ってたすけど、俺としてはそれ以外も音楽になるんじゃないかと思ったんです。……例えば"悲しい"とか、"怒り"とか」
「………」
橋本先生は、驚きを隠せないでいた。
普通なら、学生のする音楽なんて言ってしまえばたかが知れている。所詮部活だ。そこには生活も掛かってないし、高校生という立場上ここで音楽を辞めても進路なんていくらでもある。
つまり、音楽に自分の全てを捧げる必要性が無いのだ。
だからこそ橋本先生はあの場で部員達に"楽しめ"と念を押した。
高校の部活では、それだけで十分だからだ。
しかし、目の前の少年は違う。
「そう考えると、スランプなんて大した事ないなって思えるようになったんです」
この子はもう既に、音楽に自分の全てを捧げようとしている。自分が感じた喜び、悲しみ、怒り。それを全て音に乗せて、聴き手に伝えようとしている。
そしてそれは、"自分の音"となり得る。
技術よりも大事な、意識の部分。そんなプロとしての絶対条件を、秋川忍と言う男はもう身に付けつつあるのだ。
「………想像以上だよ」
絞り出すように、全身に立つ鳥肌を抑えながら、橋本先生はそう言う。
「うん。良い。凄く良い!高校生でここまで音楽と向き合う子!初めてだよ!!」
そして喜びを爆発させるように、再び忍の肩をガッシリと掴む。
「良かった!本当に良かった!!僕の目に間違いは無かったよ!!やっぱり君は素質がある!!」
「は、橋もっさん、近い……」
熱弁する橋本先生に対し、引き気味に忍はそう返す。するとそれでようやく我に返ったのか、ゆっくりと忍の肩から手を離して自分を落ち着かせるように一つ咳払いをした。
「ご、ごめん。つい興奮しちゃって。……でもほんと凄いよ。高校生でそんな考えが出来る子、今まで見た事なかったから」
「……大袈裟じゃないですか?」
「大袈裟なもんか。……こりゃ滝くんが言ってた以上だね……」
そう言って、橋本先生は感慨深く腕を組む。
やはり彼は高校生レベルではない。寧ろ、下手なプロよりも……そう考え始めると、どうしてもこの子が表舞台に立つところを見てしまいたくなる。
「……合宿の時にも言ったけど、音大の件、考えてくれたかい?」
この子がプロになって、観客に演奏を披露するところを見てみたい。本当に音楽に没頭出来る環境を用意してあげれば、この子はまた更に化ける。橋本先生にはそんな確信があった。
そう尋ねると、今度は忍が腕を組んで考える。
「……音大ですか………」
正直、頭の片隅にはあった。スランプも抜け出し、余裕が出来た時点で自身の進路を考える事も多くなってきている。その上、田中がそれで親とトラブルを起こしているので、否が応でも考えざるを得ないのだ。
忍としては音大に行く事も良いと思っている。しかし、一つ引っ掛かることがあった。
父親は、自分が音大に行く事を良しとしてくれるだろうか?
影響される訳ではないが、ここ最近の田中を見てるからこそ、忍もそう考えるようになっていた。
それに一度は話しておかなければならない事だ。
「………正直、自分は良いと思ってます。……まだ家族と話していないんで、決められませんが」
忍がそう言うと、橋本先生は優しく微笑む。
「……そっか。いや、良かったよ。秋川くんの気持ちが聞けただけでも。悪かったね。長くなって。実は聞きたかったのはこの事なんだ。……また何かあったら気軽に連絡してくれて良いからね」
「はい!ありがとうございます!!」
最後にまた忍の肩を軽く叩いて、橋本先生は帰って行く。
学生全員に言える事でもあるが、忍の頭の中に"進路"と言うワードが、だんだんと大きくなっていた。