響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
進路
進む路と書いて、進路。
自身が大きくなるにつれて、どの様に生きて行くか。それを決めるための意思表示とも言えば良いだろうか。
自分の意思で決めるそれは、多いに学生を悩ませる。年端も行かない17.18の少年少女が、初めて人生の岐路に立たされる。やりたい事。成し遂げたい事。それが無かったとしても、漠然と描く自分の未来。
そんな未知の不安と戦うのが、進路だ。悩んで悩んで悩み抜いて、ようやく自分の中で決める。自分の意思で決める。どれが正解だなんて、誰も分からない。
そんな普遍的な悩みを、秋川忍も持っている。
『本日の京都の天気は………』
秋川家。リビングに設置されたテレビには、天気のニュースが流れている。それと同時に聞こえてくるのは、鍋が沸騰する音。朝御飯の味噌汁を作っているのだろう。しかし、なぜか包丁の音は聞こえない。
すると、ガチャリとリビングのドアが開く。
「……ふぁ〜………眠っ………」
大きなあくびをして入ってきたのは、凛花だ。まだ開け切ってない目をキッチンの方へ向ける。
「おはよー……兄ちゃん……」
「………」
「……?」
挨拶するも、返事は返ってこない。寝ぼけ眼を指で擦ってもう一度キッチンの方へ目を向ける。すると、沸騰し切った味噌汁が鍋から溢れていた。それを見て凛花の目が一気に覚める。
「ちょ、ちょっと兄ちゃん!!火、火!!」
「………え?あ、ああー!!!」
凛花の焦った声にようやく反応し、慌てて忍は火を止める。
「なにボーッとしてんの!火事になったらどーすんの!」
「ああ、うん。ごめん」
説教する凛花に対して生返事を返す忍。料理の途中でボーッとしていた様だ。
「ごめんて……まあいいや。料理中は気をつけてよー?」
「分かってるよ」
返事を返すも、どこか気が別の方向に行っている。今日の忍は、朝からそんな感じだった。
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「………忍」
「…………」
「忍!!」
「え?、あ、はい!!」
そしてそれは部活の時間までにも影響していた。優子が何度か声を掛けると、ようやく返事を返す。
「ボーッとしすぎ。合奏練習行くよって言ってんじゃない」
「あー、うん。そっか。そうだったね」
返ってくるのはまたもや生返事。そんな忍に対し、察したように優子は一つため息を付く。
「………はぁ……また何か悩んでるんでしょ?」
見透かしたように優子がそう言うと、図星を突かれた忍は少し眉間に皺を寄せる。しかしそのリアクションで十分だったのか、察した表情で優子は薄く笑った。
「部活、終わったら暇でしょ?一緒に帰るわよ」
こう言う時の忍は何か考えてるか、悩んでる時だ。それを彼女も分かっているのだろう。
優子の言葉に、忍は「うん」と素直に頷く。ここで意地を張っても無意味だし、それに忍の中ではこの悩みは優子にも話しておきたいものだった。
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「なんか、いっつもこの公園来てるね」
「そうね。何かと縁があるのかしら?」
そして場所は、いつもの公園。茶化すように忍がそう言うと、優子は感慨深くそう返す。
思い返せばここの公園ではいろんな事があった。忍が優子の事を引っ叩いた時に仲直りした時。優子の中世古への執着を断ち切った時。スランプ中に忍が本心を吐露した時。
そして初めて2人が口付けを交わした時。
決めている訳ではないが、何かと大事な話をする時はここへ来ている。そんな出来事があったからこそなのか、これから進路の話をすると言うのに忍の心はあまり重くはなかった。
いつもの公園、いつものベンチに座り、心を落ち着かせる。
そして、考えが纏まったのか、忍はゆっくりと口を開いた。
「………優子はさ、進路の事考えた事ある?」
今回は直接的に、本題に入るようだ。対して優子は、以外そうな表情を見せる。秋川忍と言う男は、良くも悪くも思ったら一直線な人間だ。
だから、進路に関しても悩まず自分が思ったように進むものだと優子も思っていた。
しかしそれと同時に、妙な嬉しさを覚える。
「……アンタも、進路で悩むのね?」
ちょっと遠い場所に居ると思っていた、自身の想い人。
そんな彼も、私たちと同じような悩みを抱えているんだなと。嬉しい感情が表情に出ていたのか、忍の眉間に少しばかり皺がよる。
「………悩んじゃ悪いかよ?」
「いや、少し安心した」
「安心て……」
人の悩みを聞いて安心とは何事か。
しかし、言ってみるとどうも気分がスッキリとした。忍の中にあった心のモヤモヤがスーッと晴れていく。
「橋もっさんにさ、音大勧められたんだ。良い先生がいるって」
するりと、自然に忍は相談する。それを聞いて、優子は少し驚いた表情を見せた。
「へぇ、凄いじゃない。この時期にもうお誘いなんて」
「うん。それで、優子はどう思う?」
「どう思うって……」
忍からのなんとも抽象的な質問。
『どう思う』と聞いてくるあたり、忍にも分からないのだろう。進路なんて、自分で決める事だ。それは吉川優子とて理解している。多分、忍の中では心はもう決まっているのだろう。それでも人間というのは不安になる生き物だ。
ならしてやれる事は、ほんのちょっと背中を押してあげるだけ。
ひとしきり考えた後、優子はゆっくりと口を開いた。
「私は、スゴいと思う。……正直、自分の中では答えなんて出てるんでしょ?」
またも見透かした様に、優子はそう言う。それを聞いて、安心した様に忍は微笑んだ。
そう。秋川忍が唯一弱音を吐ける人物は、吉川優子だけなのである。
「……さすが優子。……そうだね。でも、ちょっと臆病になってるのかも」
心の中では決まっている。しかし、それでも先の見えない未来というものに恐怖を感じる事は、必然と言える。その中で、自分で選んで決めるのが"進路"だ。
それを聞いて一瞬不安げな表情を浮かべるも、すぐさま優子は柔らかい笑みを浮かべた。
答えなんて、決まっている。
「私は、どんな道を選ぼうが構わないと思う。音大に行っても良いし、フツーの大学に行っても良いし、そのまま就職したって構わないわ。アンタが決めた事なら、私はそれだけで納得するわよ」
優しく、問いかける様に。優子は忍の手を握ってそう言う。
単純。人生なんて、行き当たりばったり。予測してそれの通りに行った人生の、どこに面白さがあるのか。まずは自分のやりたい事に全力で向き合って、全力でぶつかる。
そしてそのエネルギーは、若い内にしか得られない。
「……そっか、そうだよね。うん。安心した」
嬉しそうに、納得した様に頷いて、噛み締める様にそう返す忍。
終わってみれば大した悩みじゃ無かったんだなと、そんな気分だ。そして吹っ切れた様に立ち上がって背伸びをする。
「ん〜〜!!よし!!帰る!!!」
「あ、ちょっと!!」
そう言っていきなり走り出した忍の後を、優子は慌てて追いかける。
「ふぅーーーーー↑↑」
走る途中でジャンプしたり奇声を上げながら、忍は走る。周りの人達に怪しい視線を向けられるが、今はそんな事はどうだっていい。
「MAXパゥワアアアアーーーーー!!!!!」
そう叫びながら走り去って行く変人の表情は、エネルギーに満ちていた。