響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「あすかの家に?」
「はい。今週末、ユーフォの黄前さんが勉強しに行くらしいんで、何か香織先輩からアドバイスがあればなと」
話しているのは中世古と滝野。パート練習後、珍しく妙に真剣な顔つきで滝野から話しかけられたので何事かと思ったが、その話す内容も意外なものだった。
「うーん、私も何回か行ったきりだったけど……そっかぁ……黄前さん、あすかにお勉強誘われたんだもんね」
どこか悲しいような、それでいて諦めるような何とも言えない表情で中世古は呟く。まるで『どうして自分は蚊帳の外なんだろうか』と言わんばかりに。
「と言うか、滝野くんってあすかと仲良かったっけ?」
しかしそれよりも、何故滝野が田中にそこまで気を掛けるのかが中世古にとっては不思議だった。学年も違く他パートの先輩なのでほとんど接点は無い筈だ。
「え?ああ、いや。ちょっと中川に頼まれまして……」
「中川さん?」
これまた意外な名前が出て来て、更に首を傾げる中世古。対して滝野は少し言いにくそうに口を開いた。
「えっと、なんて言うか中川って今、立場的にも辛い状況じゃないすか?……別に協力ってわけじゃ無いすけど、何か出来ることがあればなー。とか思って」
少し目線を逸らして恥ずかしそうにそう言うと、納得したように中世古は薄く微笑む。なるほど。田中の為じゃ無くて中川の為だったか。
「……そっか。滝野くんって、優しいんだね?」
「べ、別にそう言うんじゃ無いっすよ!今回だって中川に頼まれたからで……」
「あはは、恥ずかしがらなくてもいいよ」
噂は中世古の耳にも入っている。文化祭以降、滝野と中川で話す事が多くなっているとか、ここ最近中川の居残り練習に付き合ってあげているとか。
滝野だって同じパートの後輩だ。彼女の性格的に、見過ごすと言う選択肢は無い。
「……そっかあ、じゃあ、ちょっとは協力しないとね?」
「!、ありがとうございます!」
中世古の返事に、深々と頭を下げる滝野。
「……それに、私もこのままじゃ納得出来ないし」
確かに滝野の為でもあるが、中世古としてはそれ以上にこのまま田中を放っておけないと言うのが本心だった。
「それはそれとして……」
すると、中世古の笑みが揶揄うような表情に変わる。それを見て滝野の中に嫌な予感が走った。
「いつの間に、中川さんとそんな仲良くなったのかなあ?」
どうやら中世古も他の女子高生と同じく、色恋沙汰には目がないらしい。その後は尋問のように根掘り葉掘り質問攻めを受ける滝野だった
。
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「はぁ………」
屋上でため息をつく女子が一人。
黄前久美子は悩んでいた。田中あすか直々にお勉強回に誘われたのである。それも田中の実家で、名指しに。
元々黄前自身も田中が何を考えているのか掴みきれないところがあったのだが、今回は本当に分からない。
「あすか先輩はなんで……」
何故誘われたのか?目的はなんなんだろうか?そもそもなんで私なのだろうか?同学年で仲のいい部長や香織先輩の方が良いんじゃないだろうか?
考えれば考えるほど分からないと言うのが、黄前の今の気持ちだった。
「コラ一年!!サボるな!!!」
「は!、はうぇい!!!」
突然怒鳴られ、反射的に返事を返してしまう黄前。慌てて声の方向へ顔を向けると、ニヤついた顔を浮かべた忍がそこに居た。どうやら確信犯らしい。
「もー、アッキー先輩ですかー……驚かさないで下さいよー……」
そんな忍に対し、少し呆れたような声色で黄前は文句を垂れる。
「だってホントにサボってたんだもん。あとで滝先生にチクろーっと」
「そ、それはちょっとー……」
揶揄うような忍の言葉に黄前はバツの悪そうな表情を浮かべる。ただでさえ田中の件でゴタゴタしているのに、練習でも身が入っていないと知れたら何を言われるかたまったもんじゃ無い。
「まあ冗談冗談。俺もパート練偶にサボる事あるし」
「人の事言えないじゃないですかぁ……」
本当に自由人と言うか、自分のペースで話す人だ。思った事がそのまま口から出る人なんだろう。どこかの本音を絶対見せない先輩とは正に真逆の存在。ここまで対極な人間が存在するものかと、黄前は少し吹き出してしまった。
「おう、今度は笑い始めたでこの後輩」
「ふふっ。いや、なんか、全然違うなって」
「?、何が?」
尚も笑う黄前に対し、更に首を傾げる忍。
「あすか先輩とアッキー先輩を比べると、ホントに真逆なんだなーって」
「そうなの?」
「ええ、そうなんです」
今でこそ本音を見せない田中に苦労しているが、真逆でも相当苦労するだろう。すぐ口から本音が出るこの男を制御しないといけないのだ。吉川の苦労も計り知れないものである。
「あーあ。あすか先輩も、もっとアッキー先輩みたいに素直だと良いんだけどなぁ……」
しかし、黄前にとっては今この素直さが羨ましくもあった。ここまで素直になってくれれば、もっとやりようもあるのにと。
「褒めてる?それ?」
「ええ。もちろんです。アッキー先輩は素直で良い子ですよー」
「なんかバカにしてるよねぇ」
やっぱり、この人と喋ると不思議な感覚になる。
黄前久美子はあまり本音を表に出さない性格だ。そこは田中と似ているところでもある。
しかし、目の前の先輩はそれをこじ開けて来る。
ひょうきんな性格がそうさせるのだろうか?
……いや、ちがう。本人が本音全開でこちらにぶつかって来るので、こっちもそう言う雰囲気になってしまうのだろう。
「アッキー先輩は、何であすか先輩は私の事誘ったと思います?」
しかし、ここで黄前は本音を出さない。探るように、忍にそう聞く。
「勉強会に?」
「はい」
黄前はジッと忍を見やる。本音がポロポロと出るこの人は、どんな答えを出すのだろうか?そんな興味本位も黄前の中にはあった。そして少し考えた後、忍はゆっくりと口を開く。
「正直、俺あすか先輩と仲良くないからね。あんまり分かんないってのが答えになるかな?」
やっぱり、そう返って来た。なら、聞き方を変えてみよう。
「そうですか。なら、今のあすか先輩の立場が優子先輩だったら、どうします?」
黄前の問いかけに、忍は心底驚いたような表情を見せる。
「……あ、すみません!!今のは忘れていただけると……!!」
失言と思ったのか、慌てて黄前は今のを無かった事にしようとする。対して忍は、心底嬉しそうに大きく笑った。
「あっはははは!!やっぱり黄前ちゃんって面白いねー!!」
「え、えぇ……?」
黄前としては絶対に怒られると思っていたので、肩透かしを喰らった様な形になる。
そしてひとしきり笑ったあと、忍は黄前の目をハッキリと見据えた。
「アイツって、本音を隠すのが苦手なタイプじゃん?すぐ顔に出るしさあ」
「あ、あはは。そうですね……」
心底楽しそうな忍に対し、苦笑いで黄前は返す。
「もしアイツがあすか先輩と同じ状況になったら、アイツ多分親と大喧嘩でもするんじゃない?その上で俺はどんどん喧嘩しろって言うかな?」
「そんな吹っ掛ける様な事……」
あまりにも斜め上な忍の回答に、黄前は更に表情を困らせる。
「するよ。まずは本音を聞き出して、優子がそれで辞めるって言えば辞めても良いと思うし。続けるって言えば絶対に続けさせる」
強い言葉で、忍はそう言い切る。あまりにも強い覚悟を感じたのか、黄前の方が息を呑んでしまった。
そして、先程の質問のお返しとばかりに、忍は黄前に聞く。
「黄前ちゃんは、あすか先輩の"本音"を聞いた?」
「……まだです」
「そっか。じゃあ、黄前ちゃんの"本音"は?あすか先輩にどうなって欲しいの?」
「…………」
言葉を返せない。確かにあすか先輩の本音は聞き出せていない。
しかしそれ以前に、まだ自分の本音をあすか先輩にはまだ………
「忍ーー!!!」
すると、屋上の出入り口から声が聞こえた。二人してその方向へ振り向く。
「何してんの!!パートの合わせやるわよ!!!」
少し怒り気味の優子が、あいも変わらず不機嫌そうな顔で手を振っていた。
「ごめんごめん!すぐ行くから!!……じゃあ黄前ちゃん。そう言う事で」
それだけ言うと、忍は優子の方へと足を進める。
「あ、あの!アッキー先輩!!」
去り際、黄前が忍を呼び止める。
「何?」
「あ、あの!ありがとうございました!!」
そう言って、黄前は深々と頭を下げる。
「はいよ。どういたしまして。じゃあ、頑張ってね?勉強会」
一言。忍はそれだけ返すと、優子と一緒に校舎内へと戻って行った。