響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「どうなると思う?」
「あすか先輩の事?」
その日が来た。昼休み、2年3組の教室でそんな会話をするのは、いつものこの2人。
「ああ。黄前さん、上手くやってくれるかなあ」
「さあね。なる様になるんじゃない?」
憂うように滝野がそう言うも、対照的に忍はあっさりと返す。
今日は黄前が田中の家に勉強しに行く日。吹奏楽部の面々は、何処か期待している。
黄前久美子が、この状況をどうにかしてくれるだろうと。
「黄前ちゃんに全部任せるってのが、俺には気に入らないけどねぇ」
だからこそ、忍はこの状況をあまり良く思っていなかった。聞けば傘木や鎧塚も黄前に伝言を頼んだと聞く。黄前が田中を説得してくれると思っているのか、彼女が田中の家で勉強会をやると噂が広まるに連れて皆、変な期待を黄前に掛けているこの奇妙な空気が忍は少し気に入らなかった。
「……でも、アッキーだって分かってるだろ?今の状況じゃ、黄前さんしか居ないって」
「分かんないね。決めるのはあすか先輩だし。そもそも黄前ちゃんにどうこうして貰おうってのがお門違い。……ってか、なんでタッキーは黄前ちゃんにそんな期待してんの?」
尚も不機嫌そうな顔で、忍は滝野にそう尋ねる。
「……何怒ってんだよ。……そりゃあ、コンクールだとあすか先輩に吹いてもらった方がいいから……」
「まあ、そうなんだけどさ。でもそれで黄前ちゃんに変なプレッシャー掛けるのは違うでしょ?」
「……そりゃ、そうだけど……」
突き刺すような忍の言葉に、滝野も困り果てた様な顔になる。
「一年に皆んなよってたかって、『あすか先輩をお願いねー』って、そんな雰囲気がスゲー嫌」
「……そんな言い方無いだろ……」
皆、意図的に黄前にプレッシャーを掛けている訳ではない。
それは忍も分かっている。だからこそ、行き場の無い怒りの様なものが湧いていた。
「あーもー、イライラする。ちょっとあすか先輩に会ってくる」
その苛立ちをどうにかしようと、こんな事になった張本人の田中に会いに行こうと、忍は席を立つ。
「ちょ、ちょっと待てアッキー!今じゃ無くていいだろ!」
足早に教室を出て行こうとする忍の袖を、滝野が慌てて掴んだ。
「とりあえず今日は黄前さんが行くんだから、お前が茶々を入れる様な事すんなって」
「………じゃあ、俺のこのイライラはどうすればいいわけ?」
止められた忍は不機嫌真っ逆様だ。
「今日の部活で思う存分ぶつけていいから」
宥める様に滝野がそう返す。
本当にこの自由人は、手綱を持つ人間が居ないとすぐ暴走する。
_____________
「あれ、香織先輩は?」
そして部活動。パート練習の準備をしながら、忍は隣にいる優子にそう聞く。
「黄前さんのところ。なんでもあすか先輩に会いに行く前にアドバイスだって」
同じく楽譜台の調整をしながら優子はそう返す。
「黄前ちゃんに何をアドバイスすんの?」
「そりゃあ、………なんだろ?あすか先輩の好みとか?」
中世古が黄前にどんなアドバイスをしているのか、優子にも見当が付かない。
「好みって、なんの?」
「好きな男のタイプとか?」
「あすか先輩がそれ言うわけないと思うんだけど」
「……確かに」
田中あすかと言う少女は、分からない部分が多過ぎる。
その中で、黄前は、どうアプローチをかけるのか。中世古も何とかしようとしているのは分かるが、心を開かない彼女の牙城をどうこじ開けるのか、見当もつかなかった。
「お待たせー」
そんな話をしてると、中世古が戻って来た。
「どうでしたか?黄前さん」
少し心配そうに優子はそう聞く。
「うん、一応菓子折りを渡しといたよ。幸富堂の栗まんじゅう」
「そうですか。……それで、あすか先輩は……」
「実はね、あすかと少し話したんだ」
すると、中世古から意外な言葉が出て来た。
その言葉に、パートメンバーは一様に中世古に注目する。
「な、何を……?」
「そんな大した話じゃ無いよ。部活の近況とか、テスト勉強の話とか、そんな感じ」
「そうですか……」
少し、重い空気が流れる。
やっぱり、黄前に賭けるしか無いのか。
「……本当は、私が何とかしないとなんだけどね」
「そ、そんな事ないです!香織先輩は頑張ってます!」
落ち込む中世古に対し、慌てて優子がフォローを入れる。
「……ありがと、優子ちゃん。……よし!じゃあ心機一転!練習しよっか?」
「「「はい!」」」
自分に言い聞かせる様に、中世古はそう言う。
「…………」
そんな中、忍はただ考え込む様に楽譜を見つめていた。
_____________
「どうなったんだろーな?」
「……さあね。なる様になったんじゃない?」
翌日。朝のHR。やはり話題は田中の様で、滝野の問いかけに対し忍は前と同じ様な返事を返す。
「相変わらず冷めてるな。……興味無いの?」
「下らないとは思ってるよ」
「……辛辣だな」
下らないとは、何に対してなのか。
勉強会に対してなのか、それとも田中あすかに対してなのか、その母親に対してなのか。
忍自身もそんな心のモヤモヤの正体が分からなかった。
「……まあ、何にせよ今週末まで。テスト期間終わってもあすか先輩が部活に来なかったら……」
「…………」
最悪の結末。
しかもそれは、田中あすかが望んだ形では無い。
それがわかっている故に、皆歯痒い思いをしているのだ。
_____________
「ただいまー」
家に帰り、難しい顔をして忍は靴を脱ぐ。
帰宅途中も心のモヤモヤは晴れることなく、終始顰めっ面で忍は帰っていた。
「はぁー……」
家に帰ると、大きく一つため息を吐く。そのままリビングに向かうと、何やら話し声が聞こえた。
『じゃあ、ここにハンコでいいのか?』
『うん。願書はまだまだ先だろうから、また言うね?』
声からするに、父親と凛花だ。忍も気になってリビングのドアに手を掛けようとすると、先に向こうからドアが開いた。
「ありゃ?兄ちゃん?おかえり。ずいぶん早かったね?」
ドアを開けたのは、凛花だった。
「だだいま。テスト期間だよ。今週末までは帰ってくるの早くなるよ」
「あ、そっか。北宇治、今がテスト期間だったもんね。……今回は勉強しないと、兄ちゃんヤバいんじゃないー?」
「うっせ」
揶揄う様にそう言う凛花に対し、少し顰めっ面になって吐き捨てる様に忍は返す。
「お前だって大丈夫なのかよ、受験勉強」
「へーきへーき。兄ちゃんでも入れる北宇治だよ?私はちゃんと対策しているのだ」
胸を張って自信満々にそう言う凛花。しかも何だかいつも以上に機嫌が良い。
「随分と機嫌がよろしい様で。親父となんの話してたの?」
親父と何かいい話でもしてたのだろうか?
「あ、進路希望の紙にハンコ押して貰ってたの。これ」
そう言って、凛花は進路希望の調査書を見せてくる。
第一希望のところには北宇治高校。その他は空欄だった。
「他の欄空欄だけど……親父に突っ込まれなかったの?」
「全然。むしろおとーさんノリノリだったよ?『そんくらいの気持ちがあるなら大丈夫だー』って」
なるほど。凛花の機嫌が良いのはこの為だったか。子供2人を持つ父親としてそれはどうかとも思うが、忍は困った様に笑った。
「親父は相変わらずだな」
自由と言うか、放任と言うか。
忍は自身の2年前を思い出す。確か自分もあの時、進路希望を親父に伝えた時に2つ返事を貰った。
「……おかえり。忍」
すると長話が過ぎたのか、親父の方から声を掛けられる。
「ただいま。今週末まで帰るの早いから」
「分かった」
短くそれだけやり取りをすると、忍はリビングの中に入って行く。
「ああ、丁度良かった。忍、そこ座りなさい」
すると、親父からリビングの席に座る様促される。
何の話をされるのか察したのか、少し、忍の心臓が跳ねた。そして対面する様に互いに座る。食事の時も同じ位置なのだが、今日は雰囲気が全く違う。
そして、親父は淡々とその口を開いた。
「お前、高校卒業したらどうするんだ?」