響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
前回投稿から半年以上、遅れて申し訳ねっす
リビングがしんと静まり返る。
真面目な話だ。重苦しくはないがそれでも緊張感ぎ張り詰めるような沈黙。
忍は、まだ悩んでいるのだろうか?
「まだ決まってないか?」
そんな忍の心を察してか、遠慮がちに忍の父はそう聞いてくる。
父親として自由で奔放と言う一面もあるが、忍と凛花の全く気に掛けていない訳ではない。
そこのバランスを取るのが上手いのが、この秋川修介(あきかわしゅうすけ)と言う男だった。
「……いや、決まってないとかじゃないけど……」
忍は言いにくそうにそう返す。
悩んでいるわけではない。
あとは親父に言うだけだ。
自分の将来を。
一つ、勇気を持って。覚悟を決めて。
そして一つ唾を飲み込むと、忍はゆっくりと口を開いた。
「親父。俺、音大に行きたい」
しっかりと自分の父親を見据え、ハッキリと忍は言い放つ。
少しの沈黙。
しかし、忍にとっては長すぎる様に感じる。どんな言葉が飛び出るのだろうか?反対されるのか?何故音大に行くのかと深掘りされるのだろうか?考えれば考えるほどネガティブな思考になって行く。
対して修介さんは腕を組んで少し考える様な素振りを見せる。
「………」
そしてようやくと言うべきか、視線を忍に向けてゆっくりと口を開いた。
「そうか、分かった。何処の音大だ?」
「………え?」
随分とあっさりとした返答をする修介さんに対し、忍は呆けたような声を返す。こんなにもすんなりと通っていいものだろうか?
「まだ決まってないのか?」
しかし目の前の親父は飄々としている。まるでその回答を予測していたかのように。
「い、いや、そうじゃなくて。……親父は反対しないの?」
「何が?」
「いや、俺が音大に行く事に」
普通の大学に進学するよりも、音楽大学に行く方がはるかに学費が掛かる。忍だって馬鹿では無い。橋本先生に音大を勧められてから、学費の事に関しても自分である程度調べた。
だからこそ、父親がそれを許してくれるのか。そこが忍の中で引っ掛かっていたのだ。
そんな不安げな忍に対し、修介さんはそんな事かと軽く笑う。
「子供がいらん心配するな。お前の人生なんだから、お前が好きにしろ」
またもやあっさりと。こんなにもスッと通るものかと、忍は唖然とする。
「……いいんだ」
「……なんだよ、音大行きたくないのかよ」
少し困惑気味の忍に対し、修介さんも怪訝な表情を返す。
なんだか微妙な空気だ。
「いや、そうじゃなくて、……正直、もっと反対されるものかと。金も掛かるし」
忍がそこまで言うと、ようやく修介さんは合点が行ったかのような表情を見せた。
「……確かに、お前のお陰でウチの家計は圧迫されるかもなぁ」
小馬鹿にする様にそう言うと、忍もバツの悪そうな顔になる。
「……じゃあ、なんで音大行って良いんだよ?」
拗ねる様な忍の問い掛けに、修介さんは満足そうな笑みを浮かべた。
「お前が行きたいからだろ?何年お前の父親やってると思ってんだ」
「………はっ、なにそれ」
激励なのか冷やかしなのか、よく分からない事を言う修介さんに対し、忍は半笑いを返す。
「お金の心配なんざ10年早いよ。俺は普段のお前を見て"音大に行かせてもいいな"って思ったからこう言ってんだよ。齧れる内は親の脛齧ってろ」
照れ隠しなのか、すこし捻くれた言い方で修介さんはそう言い放つ。
その言葉は、秋川修介と言う男が父親としてずっと忍を見てきた事への裏返しであった。普段から忍が何をしているか。何に取り組んでいるかを見ているからこそ、息子が音大へ行くことに理解を示しているのだ。
胸の中につっかえていたものが、やっと取れたような気がした。
今の忍を表すとすれば、この言葉が適切だろう。
こうもあっさり行くとは思わなかったが、それでも父親が自分の事を見てくれていたと言う事実に、無意識に忍の表情が綻ぶ。
「………ありがとう。親父」
その言葉は、自然と忍の口から出ていた。真っ直ぐ立ち上がり、修介さんに向かって深々と頭を下げる。
「何処の音大行くかは早めに決めておけよ?色々と準備もあるから」
「……うん。わかった」
短く、そんなやり取りだけを交わす。
やっぱり、同じだった。
北宇治を受験する時も、部活を一度辞めた時も、秋川修介と言う男は一つ返事で良いと言った。今回の大学もそうだ。寧ろ高校より金の掛かる筈なのに、生活が圧迫されるかもしれないのに、まるで忍の事を見透かしたように修介さんは音大に行く事を否定しなかった。
"常に子供の意志が第一"
この考え方こそが、秋川修介の芯にあるのだろう。
そしてその意思を汲み取れるほど、普段から自分の子供が何を考え、どうしたいかを見ていると言う事だ。
「じゃあ、話終わり。今日は晩飯外にするか」
すると、真剣な雰囲気から一転、ひょうきんに修介さんはそう言う。
「?、なんで?」
秋川家では普段あまり外食はしない。するとすれば誕生日などの何か特別な事がある時のみだ。
忍がそう聞くと、修介さんはニコリと笑う。
「だって、凛花とお前の進路が決まったんだろ?こう言う時は贅沢しなきゃ」
「………ハッ、まだ決まった訳じゃないのに」
もう受かった気でいる修介さんに対し、軽く笑ってツッコミを入れる忍。……本当にこの父親はなんと言うか、自由奔放と言うか、テキトーと言うか。
しかし如何様にも心地が良い。
放置し過ぎず、干渉し過ぎない。
理想的な親と言うのはこう言う事を言うのだろうか?口には絶対に出さないが、そんな事を思う忍だった。
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深夜、誰もいないリビングは少し広すぎる様にも感じる。凛花も忍ももうすっかり寝ている中、修介さんはまだ起きていた。久々に外食に行き、少しお酒を入れたのか、頬が僅かながら赤くなっている。
今日は2人の進路を聞いた。自分達の子供が自身で未来を考え、親である自分に打ち明けてくれた事は、父親である修介さんにとっては何よりも嬉しい事だった。
しかし、それと同時に寂しさも込み上げる。
自分で進路を決めて行くと言うのは、大人になって行くと言う事だ。そして大人になれば、当然ここからも巣立って行く。
いつも3人で食事を取るこの場所は、いつの間にか一人ぼっちになって行くのだろう。
そう考えると、修介さんの足取りは自然と居間の一角に向かって行った。そして仏壇の前に座り、懐かしむような、それでいて寂しい様な顔を浮かべながら、線香に火を付ける。
「………音大、行きたいってさ」
独り言の様に、修介さんは呟く。
慣れた手つきで線香を立てると、仏壇の前で手を合わせた。
「凛花は北宇治。……2人とも音楽やってると、お金が掛かって仕方ないよ」
そんな言葉とは裏腹に、修介さんは嬉しそうな表情を浮かべる。
「……お前から見て、俺はちゃんと父親できてるかな?」
そして仏壇の写真を見つめながら、返ってくる筈もない返事を期待するかの様に独り言を呟いた。
「………もうちょっと頑張んなきゃなー」
それは決意表明だろうか。最後にそれだけ言うと、修介さんは立ち上がってリビングを後にした。