響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「おっす、アッキー」
「おすー、タッキー」
秋晴れの朝。いつものやりとりをして、忍は教室に入る。
今はテスト期間なので、朝練は無しだ。先に席に座っていた滝野は、英語の単語帳の様な物を開いていた。
「熱心ですなー。タッキーは」
テスト勉強だろう。忍は他人事の様にそう言う。
「前回が悲惨だったからな。アッキーも今回はやばいんじゃないか?」
「そーねー。地歴、古文は良いとして、やばいのは数学かな?」
「相変わらず苦手なのはとことん苦手なんだな」
苦笑いを浮かべ、困った様に滝野はそう言う。
忍の性格上、苦手な科目と得意な科目がとことん分かれる。と、言うよりかは、好きじゃない科目に興味が持てないのだ。
「もう2年の後期に入ったからな。そろそろ勉強しないと」
続けてそう言うと、滝野は再び英単語帳に目線を落とす。
学生の本分は勉強。それに当てはまるかの様に、皆勉強している。
「タッキーは将来大学行くの?」
すると、何となしに忍がそんな質問をした。
「まだ決まってねーよ」
英単語帳から視線を逸らさず、滝野はそう答える。
「ふーん。そっか」
悪い事ではない。勉強をして成績が上がれば、学校から評価される。進学にも有利になる。
しかし、そこに目的はあるのだろうか?
「……俺は、アッキーみたいに何をやりたいとか、あんま決まってないからさ」
そんな忍の心を見透かした様に、滝野はそう言う。
「……じゃあ、なんで勉強するの?」
「分かんね。でも、何もしないよりかはマシだと思ってさ。もしかしたら、将来役に立つかもじゃん?」
「……そう言うもんかねー?」
恐らく、忍の様に将来やりたい事が決まっている方が珍しいのだろう。大学に行けばその分野専門の勉強をする事が殆どだ。
高校と言うのは、その"目的"を見つけるための場所とでも言えば良いだろうか。
目的を見つけられない滝野が悪いと言うわけではない。
ただ、忍が目的を見つけるのが早かっただけだ。
「……俺も、勉強しよー」
独り言の様にそう言うと、忍は滝野と同じく参考書を開くのだった。
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「あ゛ー、思いっきり吹きたい」
「もう限界来てんじゃねーかよ」
時間は昼休み。秋川忍にとって、トランペットが吹けないと言うのは呼吸をやめろと言っている様なものだ。
テスト期間に忍がこうなる事は滝野も分かってはいたが、やはりその惨状を見ると苦笑いも出て来る。
「もー無理。吹いてくる」
「先生にバレたらどうなるか分からんよ?」
「いいし。俺じゃないって言い張るし」
この様な事を言い出す辺り、どうやら限界の様だ。駄々を捏ねる子供の様な忍に対し、更に困り顔を浮かべる滝野。
「そんなワガママ言われても……別にアッキーがそうしたいならいいけどよぉ、赤点とかやめろよ?大会出れなくなんだから」
「善処する」
本当に分かっているのだろうか?
捨て台詞の様にそう言い捨てると、忍は教室から出て行った。
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「ふぅー、スッキリした」
校舎裏。ある程度吹き、満足そうに呟く忍。いつも通りトランペットの手入れをして、校舎内へと戻る。
忍にとっては1日1回はトランペットを吹かないと落ち着かない体質になってしまっている。タバコの様なものだ。ニコチン中毒ならぬ、金管中毒とも言えばいいだろうか。
「あ」
そして廊下を歩いてると、見慣れた人物が目に入った。
今騒動の渦中にいる、張本人。
「ちわっす。あすか先輩」
「やほー。テスト期間にまで吹くなんて、相変わらずだねー」
いつも通り、田中はなんとも無いように、飄々と挨拶を返す。
「もう中毒ですわ。吹かないと気が落ち着きませんぜ」
ニコリと、満面の笑みを浮かべて忍は言い切った。普通なら気を使うところなのだが、忍にその考えは一切ない。
そんな彼を見て、田中は困った様に笑った。
「ホントに、君は相変わらずだねー」
呆れよりも、羨望が混ざった様なその言葉。しかし今は心配してくれるよりも、遠慮無しにぶつかってくれる事の方が田中にとってはありがたかった。
「ん?」
すると、忍が田中の顔を見てある違和感に気付く。
「あすか先輩、なんか目が赤いっすよ?」
忍がそう言うと、田中はまずったと言う風に片手で目を隠す。
「………そう言うのは、気づいても言わないの」
「……わかりました。すみません」
何かあったのだろう。しかし忍はそれ以上は詮索しなかった。彼もそこまでデリカシーが無い訳ではない。
「それじゃあ、失礼しやす」
最後に一言だけ残すと、田中の横を通って教室に戻ろうとする。
「ねぇ」
しかし、それをさせまいと田中は忍を引き留めた。
「なんです?」
忍は振り返り田中を見やる。対して田中は振り返らず、少し俯き気味で言葉を綴る。
「アッキーは将来、考えてる?」
「はい。音大に行きます」
即答。忍のその言葉に、田中の肩がピクリと跳ねた。
「ふーん、そうなんだ。……じゃあさ」
そこまで言うと、田中はゆっくりと振り返り、何かを見定める様に忍をジッと見つめる。
「親に反対されても行きたい?」
嘘は許さないと言った、そんな思いが込められた目線。忍は少し考える。
父親は一つ返事で良いと言ってくれた。しかし、もし反対されたら、自分はどうしただろうか?自分の意見を押し通しただろうか?それとも、親父の言葉に従っただろうか?
少しの沈黙。すると、田中はいつもの飄々とした笑みを浮かべた。
「ごーめん!イジワルな質問だったね。今の言葉は忘れて」
それだけ言い残すと、田中は自分の教室に戻ろうとする。
「反発は、しなかったと思います」
しかし、そんな田中を戻さんとばかりに忍は呟く様にそう言い放った。
田中にとっては意外な返答だったのか、目を丸くしている。
「ただ、ケンカにはなったでしょうね」
そして付け加える様に、そう続けた。
「?、ケンカになるなら反発してんじゃ無いの?」
「んー、どうやって言えば良いんですかね?……」
言葉としては矛盾している。最悪音大に行かなくて良いと思っているのに、親とは言い争う。そこにどんな意図があるのか、田中には分からない。
「……あすか先輩は、なんで香織先輩がもう一度オーディションをやりたいって言ったと思います?」
すると、今度は忍から逆に質問して来た。予想外の問いかけに田中は少々面を喰らう。
「そりゃ、最後だから吹きたかったんじゃ無いの?」
いつもの様に、他人事の様に田中はそう返す。
「てか、なんでそこで香織が出てくるのよ?」
「いや、今のあすか先輩となんか似てる様な気がして」
「はぁ?なにそれ?」
ますます分からない。そもそも中世古の件は個人的な問題で、今回の田中の件は対外的な問題だ。共通点なんてありもしない。しかし、忍はそれを見透かした様に、口を開く。
「だって、どっちも納得して無いじゃないですか」
忍のその言葉は、地雷だったのか、いつも飄々としてる田中のその顔に、皺が寄る。
「……知った様な口きかないでもらえるかな?」
普段の彼女からは想像も付かない様な、突き刺す声。
「じゃあ、納得してます?」
「納得とか、そう言う事じゃないよ。話を逸らさないで。アタシはなんで親とケンカをするのか聞きたいの」
依然として棘のある物言いだが、それに怯む事なく忍は真っ直ぐと田中を見据える。
「納得したいからです。……正直、音大に行けなくてもしょうがないとは思えます。学費も掛かるし、トランペットなんてどこでも吹けますから。ただ、行けないってそれだけ言われても自分は納得しません。だから親父にケンカ腰で詰め寄るでしょうね。『なんで音大に行っちゃダメなんだ』って」
やっぱり、分からない。何故分かってて自ら話が拗れる様な事をするのか。田中あすかは、賢い人間だ。立ち回りも一流。選択肢を間違うなんてあり得ない。そんな状況だったら、自分ならあっさり引くのに。
「……そこにケンカをする必要はあるの?」
どうして、そんな事をするのか。
「あります。だってそうじゃ無いと、"本音"は伝わりませんから」
少し、無言の時間が流れる。少し俯く田中のその姿は、何かを思い出している様だった。
「今のあすか先輩は、本音ですか?」
心を、突き刺された様な感覚。
今の田中を表すとすれば、これが当てはまるだろう。
「……あー!!もう!!!」
そして柄にも無く、ガシガシとその綺麗な髪を掻き乱す様に頭をかく。
「ほんっっとうに生意気。さっきの1年といい、アンタといい……」
ぶつくさと、独り言の様にそう言う田中。その姿は取り繕っている様には一切見えない。しかしその表情は、何か憑き物が取れた様に晴れ晴れとしたものだった。
「来年からアッキーの顔を見なくて良いと思うと、清々するねー」
笑みを浮かべて、皮肉っぽくそう言う田中。
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
そんな田中に対し、忍も得意げにそう返した。
「気分が晴れたよ。じゃ」
そう言って、田中は再度教室に戻ろうとする。
「あ、あすか先輩。最後に」
すると、またまた忍が呼び止めた。
「なに?また説教?」
「違いますって。……えっとですね……」
忍の様子を見る限り言おうか言わまいか、悩んでいる様だ。しかし一つ深呼吸をすると、意を決した様に口を開いた。
「……ちょっとおかしいと思いかもしんないすけど、今のあすか先輩、ほんの少しだけ羨ましくもあるんすよね」
「はぁ?なんで?」
「……俺、母親と喧嘩した事無いんですよ。もう随分と小さい時に死んじゃって、だから……」
そこまで言うと、再び忍は深呼吸をした。
「変に思うかもしんないっすけど、ケンカが出来て羨ましいなーって」
その感覚は、幼い時期に母親を亡くしたからこそのものだろう。そして、田中もこの感覚を知っていた。
だって一番に認められたいと願う相手は、今では会話もままならない状況なのだから。
「……ほんと、生意気」
最後、萎れる様にそう言うと、今度こそ田中は教室へと戻って行った。