響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「聞いたよ、アッキー。ソロコン出るんだってね?」
松本先生にソロコンの申請を頼んでから数日後、部活前の楽器の準備中に話しかけて来たのは、傘木だった。
「もう聞いたの?かさみーは耳が早いですなぁ」
誰にも言っていなかったのにどこから情報が漏れたのか。トランペットに埃がないか確かめながら、忍は驚いた表情を見せる。
「女子の情報網を舐めちゃいけないよー?でも、なんでこの時期にソロコン?」
傘木は首を傾げてそう質問する。
基本的にソロコンはアンサンブルコンテストと被り、年度末に行うことが多い。この時期にやるには些か時期は過ぎているのだが。
「だって暇だもん。ちょうど何かやってないかなーってネット漁ってたら、見つけた」
「暇だったって……もうすぐサンフェスも始まるのに」
困った様子で傘木はそう返す。吹奏楽部としてのイベントはもう5月から始まるのだが……しかし忍はそれを一蹴するかのように鼻で笑った。
「今の感じだと、どーせまともに練習やらないでしょ?じゃあ自分の為に吹いた方がお得じゃん」
なんとも直接的な物言いに、傘木の顔が引き攣る。
この頃の忍は自身の音にしか興味がなかった。最初こそは合奏をしていたが、当時の北宇治のレベルと音に対する姿勢に、早々に見切りを付けていたのである。
それが巡り巡って、結果"あの様な事件"に発展してしまうのだが。
「……私は、まだ諦めたくないかな」
しかし忍と相対するこの少女は、こんな状況でもこの部活に希望を抱いていた。
「先輩達にももっと声を掛ければ、真面目になってくれると思うの」
「……そうだったらいいね」
熱く語る傘木に対し、冷めた態度で忍はそう返す。
もうこの頃から3年生と1年生の溝は出来始めていた。忍としてはこのような下らない事に巻き込まれるのは勘弁願いたい。
だからこそソロコンに出て、今の部活と一線を引きたかったのだ。
「……まあ、今はその話はいいや。そう言えばソロコンの曲って、向こうが決めるの?」
重い空気になるのを嫌ったのか、傘木は話をソロコンに戻す。
「向こうって?」
「いや、コンクールだと課題曲とかあるじゃん?ソロコンもそう言うのあるのかなーって」
「ああ。いや、基本は自分で決められるよ?俺好みの曲でね」
「へー。因みに何を吹くのか決めたの?」
続けて傘木がそう聞くと、忍は自信満々に胸を張る。
「もちろん。今回は自信ありでございます」
「おー。じゃあさ、一回聴かせてよ!」
興味津々に傘木がそう言うと、同時に音楽室の扉が開かれて、当時の部長が入って来た。
「はーい。じゃあ、今日は……パート練でいっか?各自自由に練習するよーに」
「「「「はーい」」」」
練習内容も曖昧なら、返事もバラバラ。それが去年の北宇治高校吹奏楽部だ。
「だってさ。聞いてもらうのはまた今度って事で。じゃあ、自分外で練習してくるわ」
「…………」
慣れたように楽譜台と楽器を持って出て行く忍とは対照的に、傘木はその表情に影を落とした。
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「んー……まだちょっと違うなぁ……」
一曲吹き終えて、自身の演奏に苦い表情を見せる忍。
校舎に響く楽器の音は疎に聞こえてくるのみで、その聞こえて来る音もそれぞれ何の曲を吹いているのか、バラバラだった。
「もうちょっと溜めたほうが……いや、それとも流すように吹いた方が良くなるんじゃ……」
そんな中でも忍は自分の音に没頭していた。自身の演奏に、あーでも無いこうでも無いと独り言を口にする。
「何ずっと独り言いってんのよ?」
すると、隣から話しかけられた。特徴的な高い声。忍はゆっくりその方向へ顔を向けると、目に入ったのは今と変わらない、大きなリボンを付けた明るい髪の少女。
「良いだろ別に。吹けてはいるんだけどちょっと違和感あってさー。吉川聞いてくんない?」
その少女、優子に向かって忍はそんな提案をする。
「別にいいわよ?アタシで参考になるか分かんないけど」
「確かに」
「一言余計だっつーの!」
「あいでっ!!」
忍の余計な一言に、優子の蹴りが忍の尻を直撃する。
どうやらもうこの頃からこんな感じの距離感の様だ。
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「……どう?」
「どうって言われても……腕は腹立つくらいには上手いけど、アンタからしたら何か違うんでしょ?」
忍の演奏を演奏を聴き終え、そんな評価を下す優子。
「えー」
そんなありきたりな感想に、不満げな表情を浮かべる忍。
正直、素人目には何が違うのかが分からないと言うのが優子の本音だった。しかし、素人目にも分かったことはある。
「と言うか、結構ゆったりした曲なのね?」
「そうだけど、何で?」
「いや、ソロコンとかの単独演奏って、すごく音程が高いとか、超絶技巧とか、そんなイメージあったから」
確かにそっちの方が目立つだろう。しかし忍は少し呆れたような表情で小馬鹿にするように首を振った。
「分かってないなー、吉川は」
「……うっさいわねぇ。何が分かってないってのよ?」
勿体ぶる忍に対して、心底鬱陶しそうな表情に変わる優子。
「確かにソロコンで超絶技巧やる人は多いけど、それだけが音楽だけじゃないでしょ?そこを逆手にとって、こう言う曲を当てれば印象に残るべや?」
忍の言い分に少し納得の表情を見せる優子。
「なるほど、そういう意図があるのね?」
「いや?完全に俺の好みで選んだだけ」
「さっきの説明はなんだったのよ……」
少しでも信じた自分がバカらしい。案の定優子の顔には渋柿の如く眉間にシワが寄っている。対して忍はそんな優子の表情を見てか、ケラケラと楽しそうに笑っていた。まるでイタズラ好きな子供の相手をしている感覚だ。
「いやぁ、いい気分転換になった。これならもっといい演奏出来そうだわ」
「はぁ……そうですか。それはよろしい事で」
もうこの自由人を相手にするのが面倒くさくなってきたのか、優子の返事は適当になっていくばかりだった。
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「お疲れ様です。松本先生。本日は見廻りですか?」
「ええ。今日は用務員さんがお休みなので、臨時でです」
日も暮れた職員室。社会科の山田先生と松本先生はそんなやりとりをしている。本来なら下校後の巡回は別で雇っている用務員さんが行うのだが、今日は体調不良と言う事で、代わりに松本先生が行う事になっていた。
「気をつけて下さいね。夜の校舎はかなり不気味なので」
脅かしに来ているのか、意味深な笑みを浮かべる山田先生。対して松本先生の眉間にはシワが寄る。
「……冗談でもそう言うのはやめて下さい。山田先生」
「ははっ、失敬失敬。なあに、どれもこれも単なる噂話ですから。理科室の模型が動いたり、誰もいない音楽室からピアノの音が「だからやめて下さいって!」
完全に脅かしに来ている山田先生に対し、キッと松本先生は睨め付ける。しかしそれで大人しくなったようで、山田先生はそそくさと「お疲れ様でしたー」と言葉を残して職員室から出て行った。
「……ふぅ、山田先生は、ああ言うところがあるのがな……」
独り言を残し、出て行った山田先生に続いて松本先生も巡回を開始する。
誰もいない校舎
真っ暗な廊下
光と言えば、緑色の奇しい非常口案内のみ
コツ、コツ、と嫌というほど耳に響く自分の足音。
松本先生も何度かこの巡回をした事があるが、やはり慣れはしなかった。
そして、A棟の巡回を終え、B棟に向かう渡り廊下を歩いている時だった。
___________プッ______プーッ_______
何か、音が聞こえる。
誰もいないはずの校舎から、音が聞こえる。
『誰もいない音楽室から、ピアノの音が______』
「………」
言葉には出さないが、松本先生は背中に確かな寒気を感じていた。
誰かいる
確実に
しかし、彼女の性格上、このまま引き返す選択肢は無かった。
「………ふぅーー……」
自身を落ち着かせるためか大きく深呼吸をすると、再び歩き出す。
渡り廊下を進む度に、その音は大きくなっていく。
間違いない。この先にいる。
「………ん?」
音が大きくになるにつれて、何の音だか分かるようになって来た。一つだけの音。乾いた、甲高い音が特徴的な金管楽器の音。
もう少し進むと、光が漏れている教室が確認出来た。
B棟の端、松本先生にも馴染みのある教室。
ゆっくりと近付いて、恐る恐る松本先生はドアの隙間から様子を伺う。
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音楽室の中では忍がただ1人、真剣な表情でトランペットを吹いていた。