響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
吹奏楽部のイベント当日は、とてつもなく朝が早い。まず楽器を運ぶために学校に来なきゃいけない。
フルートやトランペットなど、小さな楽器は担当だけで持ち運べるが、大きいホルンやパーカスになって来ると、話が違って来る。
「ほら!、タッキー!ファイトー!!」
「いっぱーーつ!!!」
何処ぞのCMで見る様な掛け声をかけて、滝野が自身の背丈の半分はあろうパーカスの楽器を、トラックの荷台に積むために持ち上げる。
早朝から元気な事である。
それを秋川が受け取ると、効率良く、楽器を傷つけない様に考えた配置で置いていく。
こう言う時の力仕事は、男子の宿命と言ったところだろう。
「はーい、チューバお願いしまーす」
すると、チューバを肩に担いだ塚本が、秋川の元へとやって来た。高身長にデカイ楽器を担いでいるので、威圧感が凄い。
「はいー、塚もっさんは頼れるねー。タッキーと違って」
「うるせー!」
塚本からチューバを受け取った秋川が滝野に向かってそう言うと、悲痛なツッコミを滝野は入れた。
「ホルン居ます」
「トランペット、全員揃ってます」
荷物を積み終えると、次は音楽室で各パートリーダーから全員揃っている旨の報告が行われる。
全員いるのが確認されると、今度はバスによる移動が始まる。
「おろ?、なんだ、吉川一人じゃん。香織先輩に振られた?」
バスの席で1人で座っていた吉川に対し、秋川が小馬鹿にする様にそう聞く。
案の定、吉川は梅干しみたいな渋い顔になった。
「……うっさいわね。アンタはどうなのよ?」
「俺もタッキーに振られた。と言うわけで、失礼します」
「あ、ちょっと!」
吉川の返事を聞く前に、秋川は隣の席に座る。相変わらず自由で、距離感が近い。
「……はぁ、もう、好きにすれば?」
そんな秋川に慣れた様に吉川はそう返す。ここ最近はあまりの彼の自由人っぷりに、吉川も突っ込むのが疲れて来ていた。
「はい、こちら点呼オーケーです。運転手さん、出発して下さい」
その後、部長の小笠原から点呼が終わると、バスはサンフェスの会場に向けて走り始める。
「……ねえ、秋川。緊張してる?」
すると、吉川が少し俯き気味で、隣席の秋川にそう尋ねる。声色から、緊張しているのが分かった。
「してる様に見える?」
対して秋川は軽く、いつも通りひょうきんにそう返す。
「……ホント、アンタは相変わらずね。ある意味羨ましいわ」
そんないつも通りの秋川に、吉川は呆れる様に、しかし言葉通り何処か羨ましそうな表情でそう言う。
「ある程度の緊張は、いいと思うよ?でも、し過ぎても駄目だし、しなさ過ぎてもダメ。"本当に出来るのかな?"って言う気持ちと、"俺は絶対にできるんだ"って言う自信が、上手く噛み合った時、最高の演奏が出来ると俺は思うなー」
変わらずひょうきんに、しかし、表情は何処か真剣は顔つきで秋川はそう答える。
その言葉は、彼がソロコンと言う厳しい舞台で戦って来た、経験から来るものだった。
「……そう。じゃあ、アタシはどうなのかな?」
すると、吉川は助けを求める様な声でそう呟く。
「俺には緊張してる様に見える。……うーん、そうだな。今日の晩飯の事でも考えてみれば?」
にこやかに笑って秋川がそう提案すると、吉川も釣られる様に笑った。
「ふふっ、なにそれ?変な慰め方ね?」
「うん、いいねー、その顔の方が、いい演奏が出来ると思うよ?」
緊張でガチガチに固まっていた吉川の指先は、いつの間にか解れていた。
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「おー、洛秋も立華もいますなー」
会場に着くと、両手で双眼鏡の形を作り、その隙間から他校の集団を覗いて秋川がそんな事を呟く。
今はチューニングの時間。それを終えている秋川は、面白がる様にその2校を見合わせている。
「先立華、その次北宇治、そしてその次洛秋。……順番としては最悪だな」
すると、同じくチューニングを終えた滝野が、お手上げと言う風に秋川にそう返す。立華と洛秋は、マーチングの強豪だ。特に『水色の悪魔』と呼ばれる立華の演奏は、全国からこの高校の演奏を観に来る人がいる程の、マーチングの人気校だ。
「いや、寧ろ都合が良い。前に立華、そのあと洛秋って事は、通しで見る人が殆どでしょ?なら、北宇治の演奏も必然的に見られるって事よな?」
「そりゃ、そうだけど……」
北宇治の行進は、その2校の間に挟まる様にプログラムされている。それ即ち、観客が自分達の演奏にも注目をせざるを得ないと言う事だった。
"音楽は、聴き手がいてこそ"
その信念を持つ秋川にとって、この順番は正に天啓とも言うべきものだった。
「じゃあこれは、大大、大チャンスだよ。期待されてないところに一発どデカイ大砲。観客の度肝を抜くには最高の舞台でしょ」
「……そう簡単には言うけど……」
「あれ?、そんな言葉が出るほど、タッキーは練習してなかったの?」
すると、秋川は挑発する様な目つきで滝野に向かってそう言い放つ。
対して滝野は、ハッとした様な表情になった。
「……悪い、今のは無しで」
「ははっ、オーケー。今のは聞かなかった事にしてあげるよ」
そう。今日自分達はこのサンフェスで、"北宇治高校吹奏楽部ここにあり"と、宣戦布告をしに来たのだ。こちらから仕掛ける戦いに、何処に緊張する要素があるのか。
「よし、じゃあ、偵察も終えたし、そろそろ戻るべや?」
「だな」
秋川がそう言うと、滝野も一言それだけ返し、集合場所へと戻って行った。
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『立華高校吹奏楽部の皆さん、準備をお願いします』
出番が近づいて来た。それにつれて、部員の緊張感が高まって行く。
「いっぱい練習したんだから、大丈夫……」
「あの粘着悪魔、もう完璧にできてるって事分からせてやる……!」
自問自答、滝先生への恨み節を連ねる者など、反応は三者三様だ。
「次、立華でしょ?」
「うん、次に一つ挟んで洛秋」
「間に挟まれた高校、可哀想だよなー」
「逆に目立って良いんじゃね?」
外野からは、そんな声が聞こえて来る。北宇治に期待している観客なんて、カケラも居ない。
「うるせーよ……」
誰かが、そんな愚痴を溢した。
『続きまして、立華高校吹奏楽部の皆さんです』
そしてアナウンスが、場内に響き渡る。遂に来る。
_______わああああーーーー!!_________
最初に聞こえたのは、歓声。
「来た……」
そして、段々と聴こえて来る演奏。じわじわと、それでいて威圧的に、私達が王者だと言わんばかりの圧を纏って登場する。
「うわ、上手すぎる……」
「緊張して来た……」
一瞬にして、呑み込まれそうになる。しかし、全くお構い無しに、立華の演奏は場内に響く。
「全く外さない……」
「こりゃ、ウチら悲惨だわ」
「俺、なんか自信なくして来た」
「大丈夫、大丈夫……」
立華の演奏に、北宇治に混乱が起こる。圧倒的。そう言い表しても良いほどのパフォーマンスだ。
そんな混乱を感じ取ったのか、部長の小笠原が声を掛ける。
「ちょっと!?、もう出番だよ?みんなしっか_____」
_____♪ーー♪ー♪ーーー_______
すると、そんな混乱を切り裂く様に、甲高い金管の音が鳴った。トランペットの音だ。
静寂。皆その音の方向に注目する。その音の元は、高坂だった。
「……!、バカ、高坂!なに音出してんのよ!?ここ来たら音出し禁止って言われたでしょ!?」
一瞬遅れて、吉川から注意が入る。しかし、高坂はどこ吹く風。涼しげな顔で、「すみません」と一言だけ言った。
「………やるじゃん」
誰にも聞こえない声でそう呟いたのは、秋川だった。
「ビックリしたねー」
「気が変になるかと思ったよー」
混乱していた面々は、高坂のやらかしに、リラックスしたムードになる。
緊張と緩和。それが、偶然ながらに完成した形となったのだ。
『続きまして。北宇治高校のみなさんです』
すると、場内アナウンスで声が掛かる。
「先生、スタートです!」
1人の生徒が、滝先生に向かってそう促した。対して滝先生は、靴紐を結び直すとゆっくりと立ち上がる。
「……本来、音楽というものは、ライバルに己の実力を見せつける為のものではありません」
口調もゆっくりと、滝先生は部員に語り掛ける。
「ですが、ここにいる多くの他校の生徒や観客は、北宇治の力を未だ知りません」
そして、体の向きを部員の方向へ変え、滝先生は薄く微笑んだ。
「ですから今日は、それを知ってもらう良い機会だと、先生は思います」
そして、片手を開き、薄く微笑むその顔は、挑戦的な笑みへと変わった。
「さあ、北宇治の実力、見せつけて来なさい!!」
滝先生がそう高らかに宣言すると、部員達はいつぶりだろうか、明るい笑顔を見せた。
「「「「はい!!」」」」
北宇治の挑戦が、今始まる。