響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「松本先生って、ピアノ弾けたんすね」
「昔習ってただけだ。基本的な事しか出来ないぞ」
伴奏用の楽譜をペラペラとめくり、素っ気なく松本先生はそう返す。
そして何度か確かめる様に音を出すと、忍へと視線を送った。
「やるぞ。お前のタイミングで良い」
短く、たったそれだけ。
もっと打ち合わせとかやるべきなのだろうが、松本先生にとっては言葉よりも併せて演奏させた方が早いと感じたのだろう。
そして、それは忍も同じだった。楽しそうに、何より嬉しそうに微笑む。
「はい。じゃあ、行きます」
マウスピースに埃が付いてないかを確かめ、集中するように目を閉じると、一つ深呼吸をする。
そしてゆっくりと目を開けると同時に、背筋を伸ばしてトランペットを真っ直ぐ向ける。
正しい音は、正しい姿勢からだ。
_______♪_♪_♪___♪______
奏でるのは、ユボーのトランペットソナタ。
数あるソロコン曲の中でもオーソドックスな曲だ。
ゆったりとしたメロディーの中に、情景を込める。忍らしいと言えばいいだろうか?
懐かしさと郷愁と覚える様な、心に訴えかけてくるような音色。
それに併せて、松本先生の伴奏も響く。
_______弾きやすい。本当に弾きやすい。
伴奏をするなんて本当に久しぶりの事だったのだが、この目の前のトランペットを吹いている少年と合わせると、それを感じさせない。
本当に不思議な子だ。普段はフラフラしていて協調性の欠片も無い癖に、こんな時だけ真逆なことをする。
あったかくて、優しくて、寄り添う様な演奏。
この演奏こそが彼、秋川忍の本質なのだろう。それが心の中にスッと入ってくると、松本先生も自然と口角が上がった。
_____________
「_________ふぅ……」
演奏を終え、しばらくしてから忍は一息つく。
少しの余韻が残っているのは、音楽室に夕陽が差しているからだろうか?2人しかいない音楽室がやけに広く感じるからだろうか?
それとも、演奏が良かったからだろうか?
「………うん、……うん!」
手応えを感じているのか、納得する様に何度も頷く忍。
そしてその満面の笑みを松本先生に向け、親指を立てた。
「何か掴んだようだな」
教え子がこうして成長して行くのを見るのは、やはり教師冥利に尽きる。普段の険しい表情を崩し、柔らかい笑みを忍に向けていた。
「いやー、最っ高でした。どうでした?俺の演奏?」
そしていつもの様に忍は感想を聞く。
「どうだかな。私はそこまで音の良し悪しが分かる方では無いが……」
そう言って、松本先生は少し考える素振りをする。何やら言葉を選んでいるようだ。しかし性格的に、素直に松本先生が褒める事は無い。
そう。彼女はツンデレなのだ。
「なんと言うか、お前らしかったな」
「へへっ、あざーす!!」
褒め言葉としては微妙ながらも、それに対して忍は満足そうな笑みを浮かべた。
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松本先生との練習は、毎日の様に続いた。
放課後になれば、1人で練習をする忍のところにいつものように現れ、練習に付き合う。
しかし、指導をする訳ではない。偶に忍が感想を聞くこともあるが、それに対しても松本先生から特別な指導をする事は無かった。『良かった』『いいじゃないか?』等の言葉は送れど、その言葉の中に具体的なアドバイスは無い。ただ、忍の練習に付き合っているだけ。
"先生と生徒"と言う立場としては、微妙な関係である。
そして伴奏が加わった事により、忍の演奏は日に日に研ぎ澄まされて行った。自分の持つイメージが伴奏が加わった事により忍の中で描きやすくなった事が大きい。
全ては順調。しかしそんな時こそ、問題と言うものは起こる。
「秋川、ちょっといい?」
昼休み。深刻そうな表情で忍に話しかけたのは、優子だった。
「何?」
別クラスである吉川がここまで来るのも珍しいと、忍は目を丸くする。
「ちょっと来て。ここじゃ話せない」
そしてその険しい表情を崩さず、端的にそれだけ伝える。
「う、うん。いいけど……」
何やら只事では無い雰囲気を忍も感じ取った様だ。言われるがまま、優子に付いて行った。
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連れてこられたのは、校舎の裏。
人が来ない場所としてはありきたりな場所だが、やはりそのイメージ通り人影は見当たらない。
入念にキョロキョロと辺りを見まわし、誰もいない事を確認すると、優子は本題に入る。
「………単刀直入に言うわ。アンタ、今の立場がヤバくなってるって理解してる?」
「………なんの話?」
本当に何の話だろうか?
立場が悪くなっている。______誰が?誰にとって?
全く理解してない忍の様子を見て、優子は頭を抱える。
「やっぱり。その様子じゃ何も分かってないようね」
「いきなり何の話だよ?立場が悪くなってるって、俺が?」
「そうよ」
そう言われても、益々分からない。
自分自身、何か嫌われるような事でもしただろうか?必死に思い出そうとするも、忍には何も心当たりが無かった。
「………アンタ、最近松本先生と放課後ソロコンの練習してるでしょ?」
「してるけど、それが?」
「それがマズイのよ」
「……もっと分かんないんだけど」
松本先生が忍のソロコンの練習に付き合う事の何が悪いのだろうか?理由を聞いても、やはり忍には思い当たる節が全く無い。
それを見て優子は更に深刻な表情に変え、忍を見据える。
「……最近、松本先生が秋川を"贔屓"してるって、噂が流れてんのよ」
「………は?」
直ぐには、理解出来なかった。
贔屓している。誰が?
松本先生が?
俺を?
「………何それ?」
忍から出て来た言葉は、怒りを通り越して呆れ果てていた。
つまりは、松本先生の指導を個別に受けている忍が贔屓されていると、部外者が邪推して来たのだ。
普段なんの努力もしない、部外者が。
「…………そんな顔しないの。アタシだってこんな噂が流れてんのに虫唾が走ってんのよ」
忍の表情を見て何かを察した優子が、諭すようにそう言う。
普段の忍の努力を見ている人間からすれば、まずそんな思考に至らない。即ち噂を真に受けている連中は、忍の事を何も見ていないことになる。
そしてそれ程に、今の北宇治吹奏楽部が堕落している証拠でもあった。
「……俺はそもそもあの人達に興味無いからいいんだけど、なんでまつもっさんがそんな事言われなきゃいけないの?」
そして忍の怒りは自分では無く、松本先生にその矛先が向いている事に対してだった。普段から音楽に心血を注いでいるのであれば、まだ言い分も分かる。しかし、そうでない外野からそんな事を言われては、忍の心も落ち着かなかった。
「気持ちは分かるわ。でも落ち着いて。今アンタが問題起こしたら、ソロコンどころじゃ無くなるでしょ?」
「………じゃあ、どうしろってんだよ」
忍としては今すぐにでも噂の出所をつまみ出して問い正したい気分だ。しかし、それをするには些か噂が出回り過ぎている。
怒りに染まった忍の問い掛けに対し、優子は覚悟を決めた様に忍を見据える。
「アタシがなんとかする。アンタはソロコンに集中しなさい」
どうやら吉川優子の一本気な性格は、この頃から健在らしい。