響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「はい。下校時刻までには返してね」
「……ありがとうございます」
部活終了後。机の片付けも終わり、部員たちが帰り始めたタイミングでいつも通り忍は部長から音楽室の鍵を受け取る。慣れたやりとりだが、忍は違和感を感じていた。
なんだか、部活での居心地が悪い。
忍は普段から自分の音以外に興味を示さない。だからこそ周りの目などは気にしていなかったのだが、先日優子からの話を聞いてから否が応でも周りの反応を気にする様になってしまった。
鍵を受け取った瞬間、帰り際の何人かの部員から視線を感じる。
忍に取ってはそれがどうしようもなく気持ち悪く、なるべくその視線を意識しないように、苛立ちを抑えるように置いてあった自身のトランペットを握る。
「あ、あのぅ……」
すると、1人の少女から話しかけられた。今よりもずっと気弱そうな雰囲気の、髪を二つ結びに纏めたおさげの少女。
「どうしたんすか?小笠原先輩」
まだ部長と呼ばれる前。2年生の小笠原に、忍も返事を返す。なんだか罪悪感を感じているのか、これから話す事を戸惑っているかのような、しどろもどろとした態度だ。
「え、えっとね?私だけの意見じゃ無いんだけどね?ちょっと言わなきゃいけないって感じったったから……」
「?」
具体的な話の内容が見えて来ず、忍は疑問符を浮かべる。そして申し訳なさそうな表情のまま、小笠原は重い口を開いた。
「……自主練するのは構わないけど、皆んなが帰りきらない中で吹き始めるのはやめて欲しいって……」
「……どう言う事ですか?」
聞いたことのないような、重く、冷たく低い声。見たこともない忍の姿に「ひぃっ」と怯えたような声が小笠原から出た。完全に萎縮してしまった小笠原は次に何を言うべきか分からず、オロオロとし始める。
「こーらっ!先輩を脅かさないの!」
「いたっ!」
すると、忍の後頭部が軽く叩かれる。咄嗟に振り返ると、楽譜を棒状に丸めて困ったように笑う田中の姿があった。どうやら持っていた楽譜で忍の頭を叩いたらしい。
「あすか先輩……」
忍は不機嫌な態度を崩そうともせず田中にそれだけ返す。そんな忍を見て、田中はさらに困ったような笑みを浮かべた。
「君は本当に態度に出やすいねー。なに?今の発言、本当に晴香がそう思って言ってると?」
「違うんですか?」
イライラの募る忍は、棘のある口調で返す。
「喧嘩腰で来ないの。本当に思ってんならあんな言い淀んだりしないでしょー?……それに、本当にそう思っててもこの子に直接言う度胸なんてアタシは無いと思うけどねー」
「あ、あははは……」
田中の核心的な言葉に小笠原は引き攣った苦笑いしか返せない。と、言うことは、今の小笠原の発言は彼女の本意では無い事になる。
「あれー!?先輩方、まだここに居らしたんですかー!?」
すると突然、田中が音楽室の入り口にワザとらしく声を張り上げた。
その瞬間、ガタンッ!と大きな音が鳴ると、今度は慌てたように遠ざかる複数の足音が音が聞こえた。それを聞いて田中はあからさまに舌打ちを打つ。
「ったく、こんな事に後輩使うなってーの」
吐き捨てるように、田中は悪態をついた。
ここで忍も理解する。あの3年生の連中が、間接的に文句を言ってきた訳だ。
小笠原晴香と言う、都合の良い後輩を身代わりにして。
「…………」
その事実に、忍の眉間にさらにシワが寄る。
「こらこら。また顔に出てるよー?」
「……だって……」
諭すような田中の言葉に、忍は不貞腐れるような態度を取る。
「気持ちは少し分かるけどね?でも、気にしたってしょうがないでしょ?ここで君が動いても、逆効果になるだけだとアタシは思うけどなー?」
「………他人を巻き込んでるのが気に入らないんです」
それでも納得の行かない忍は、絞り出すように言葉を紡ぐ。
自身に直接文句を言うならばどうって事はないが、件の松本先生と同じくこうして関係の無い人を巻き込んでいる事が、忍にとっては許せなかった。
「だったら普段の立ち振る舞いから気を付けなさい。何度も言うけど君は顔に出やすいからね。特に女の子はそう言うところ、見てるから」
「……分かりました」
諭すような口調から一変、釘を刺すような田中の言葉に、忍も大人しくそれだけ返す。しかし、やはり表情はどこか納得が行って無かった。
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「はぁ〜〜………」
「今日はやけにため息が多いな。何かあったのか?」
その後、いつも通り松本先生とソロコンの練習をするも、先ほどの一件を忍は引き摺ったままだった。対して松本先生はいつもと変わらず忍と接している。様子を見る限り忍を贔屓していると言う噂は、まだ松本先生の耳に届いていないのだろう。
「なんか、複雑って感じです。人間関係って、めんどくさい事ばっかで」
噂の件に触れはしないが、それとなしに忍は愚痴をこぼす。
普段から見ない忍の姿に、松本先生は目を丸くする。底抜けに明るい子だと思っていたが、どうやら普通の事で悩みもするらしい。そう思うと、無意識に松本先生の口角が緩んだ。
「なんだ?学生の頃からそんな事言ってると、社会に出た時大変だぞ?」
「うっわ、脅すような事言わないで下さいよー」
なんだか楽しそうな松本先生に対し、困った表情で忍はそう返す。
1人の教え子に対し、松本先生は考える。忍の身に何が起こったのかは知る由も無いが、ここは教師として、___いや、"大人"として伝える事がある。
「私はな、人間の真価は困難にぶつかった時に出るものだと思っている」
「え?」
松本先生が何を言おうとしてるのか分からず、忍は首を傾げる。
「何か嫌な事に触れた時、もしくは触れてしまった時、逃げてしまえば楽だろう。しかし私はそれが出来んタイプでな。このまま逃げるくらいならとことん向かってやろうと言う気持ちになるんだ」
「………」
松本先生の言葉に、忍は黙って耳を傾ける。
「……恐らく、私の考えは時代遅れの根性論なんだろう。だからそれを生徒にも強要するつもりも無い。……お前にもな」
ここで一つ呼吸を整えると、松本先生は真っ直ぐに忍を見据えた。
「これは、私の勝手な期待だ。お前には、それを乗り越える力があると思っている。だからこうして練習にも付き合ってるんだ」
真っ直ぐな松本先生の言葉に、忍の心が揺さぶられる。
「なんで、松本先生はそこまで俺に期待してくれるんですか?」
しかし、これだけは聞きたい。どうして松本先生は、自分にそんな期待を掛けてくれるのか。
「……自分からソロコンに出たいと言う生徒は、初めてだったんだ。私が何年もここで副顧問をやっていて、初めてな。それに、お前はこの部活で誰よりも吹いている」
「……そうすか」
忍は素っ気ない返事を返すがその反面、飛び上がりそうになるほど嬉しかった。今までやってきた事をちゃんと見てくれている人が、ここにも存在したと言う事実に。
「……だから、お前は私にとって"特別"だよ」
その言葉は、教師としては失格なのだろう。噂の通り、忍の事を贔屓してる事になる。
しかし、ただの温情や好みだけで出た言葉では無い事は忍にも分かった。
「………話は終わりだ、どうだ?練習続けるか?」
「!、もちろんっす!!」
松本先生の問い掛けに今日1番の返事を返し、その後はいつも通りにソロコンの練習を続けた。