響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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幕間:教え子7

 

 「忘れ物は無いな?」

 

 「うっす。ペットもパジャマも歯ブラシも整髪剤もオッケーでっす」

 

 3週間は、あっという間に過ぎた。今日は遂に豊橋に発つ日。松本先生の問い掛けに、忍は元気良く返事を返す。

 場所は京都駅のコンコース。これから新幹線に乗って会場の豊橋に向かうところだった。

 

 「頑張ってね!アッキー!」

 

 その中には、見知った顔も居る。まずは傘木が激励の言葉をくれた。わざわざ宇治から京都駅まで見送りに来てくれたのだ。

 

 「頑張ってね。緊張したら深呼吸だよ?」

 

 もう1人は中世古。

 

 「まあ、アッキーのやりたい様に演奏すれば良いんじゃね?」

 

 もう1人は滝野。

 

 「しっかりしなさい!アタシ達が練習に付き合ってあげたんだから、中途半端な結果じゃ許さないわよ!」

 

 そして、優子の姿もあった。各々忍に激励の言葉を掛ける。声は掛けないが、見送りには小笠原と鎧塚の姿もあった。皆、放課後の個人練習で顔を合わせた事のある面子だ。

 唯一の不穏は、その中に3年生が1人も居ない事だろうか。

 

 『次の電車は、9時33分発、ひかり644号、東京行きです』

 

 そして、忍達の乗る列車のアナウンスがされる。

 

 「じゃあ、行ってくるにー」

 

 軽く手を振って忍がそう言うと、松本先生と共に改札の方向へと歩みを進めた。

 

 

 

 _____________

 

 

 

 「駅に着いたら、伴奏者と顔合わせをする。そこから音合わせをやって、会場に向かう。いいな?」

 

 「りょーかいです」

 

 新幹線の車内、松本先生と忍は今後の流れの打ち合わせをしている。松本先生の説明に、忍は自身の演奏する曲の楽譜をを見ながら返事を返していた。真剣に、集中して楽譜を見つめている。準備はした。やる事は全てやってきたと言って良いだろう。その中で、最後の最後まで忍は集中力を高めている。

 

 「秋川、まだ会場にも着いてないぞ。少しは肩の力を抜いたらどうだ?」

 

 しかし、気負い過ぎている。まだ豊橋に着いてもいないと言うのに、忍の表情は少し硬かった。

 

 「え?そう見えます?」

 

 ハッとした忍はなんともない様に、軽く笑って松本先生にそう返す。しかし、先生にはお見通しの様で

 

 「……緊張、してるか?」

 

 優しく、柔らかい口調で忍に問いかける。松本先生は教師としてのキャリアが長い。経験上、ある程度生徒の表情で感情を読み取れるのだ。対して、忍は観念した様に薄く笑った。

 

 「……正直、してます。ソロコンは初めててますから。やる事はやってきました。けど、やっぱり不安すね」

 

 笑ってはいるが、その表情には少し陰が見え隠れしている。

 

 「……そうか」

 

 そんな忍を見て、松本先生はこれまでの出来事を振り返る。練習に付き合ったここ一ヶ月。

 少し、彼の事が分かった気がする。

 普段はおちゃらけて下らない言動も多いが、誰よりも音楽には真摯だし、誰よりも音を楽しんでいる。そして、この様に大舞台でも緊張をする。普通の、ありふれた15歳の少年。

 どこか彼は特別だと思っていたが、彼も高校生、まだまだ雛鳥なのだと、松本先生は腑に落ちる。

 ならば、アドバイスできる事はいくらでもある。

 

 「秋川。この前、お前は特別だと言ったのを覚えてるか?」

 

 「……はい。覚えてます」

 

 「……今でもそれは変わらない。お前はこの北宇治で、誰よりも音楽に真剣に取り組んでいる。……証拠に、今お前の周りには人が付いて来ているだろう?」

 

 松本先生も、忍の音楽に対する姿勢で部活が変わり始めている事を実感していた。ここ数年、落ちぶれるばかりの吹部が、たった1人の少年によって少しながら意識が変化している。しかし、忍にはその意識は全くなかった。

 

 「……みんな、自発的にやってるだけですよ」

 

 「それを言えるのが特別なんだ。お前にとってはいつも通りの事をしたつもりなんだろう。でもな、実際に行動に起こせるのはほんのひと握りなんだよ」

 

 長い教師生活をしていても、忍のような子に出会ったのは松本先生も数えるほどしかない。それは忍自身も気付いていない才能とも言うべきであろうか。吹奏楽やトランペットだけでない。純粋な、好きな事に対しての才能。

 

 

 「だから、もっと自信を持て。今お前がやってる事は、もっと誇って良いし、もっと自慢しても良いんだ。そう思うと、これからやる事なんてちっぽけに思えるだろう?」

 

 

 そう、松本先生にとっては、どのソロコンで最優秀賞を取るよりも、今忍が向き合っているこの状況こそが、何よりも難しく、何よりも価値のある事だと信じている。だからこそ、こんな事で緊張しては勿体無いと思ってるのだ。

 

 「………なんか、全部見透かされてる感じですわ」

 

 教師としての経験か、それとも積み重ねて来た経験からか、松本先生の言葉は忍の心の中にストンと落ちる。

 

 「当たり前だ。何年教師をやってると思ってる」

 

 軽く笑って松本先生はそう返す。当たり前の話ではあるが、人生の経験値は忍よりも1枚も2枚も上手だった。

 

 

____________________

 

 

 

 「やって来ましたぜ……豊橋……」

 

 駅舎から出て、仁王立ちでそんな事を呟く忍。これからの自分はまさに挑戦者。舐められないように、善良なる豊橋市民に対し威嚇をするような堂々とした仁王立ちだ。しかし、駅前広場のど真ん中でそんな事をすれば目立たない訳もなく_____

 

 「早速目立つ事をするな!馬鹿者!」

 

 案の定松本先生から叱られた。いそいそと忍は仁王立ちを止める。

 

 「全く、緊張してるのやらしてないのやら……ともかくお前は学校の代表として来てるんだ!恥ずかしい行動はするな!」

 

 「うぃっす」

 

 「はいと返事をしろ!馬鹿者!」

 

 しかし松本先生の説教は忍の耳を右から左にそのまま流れている様で、反省の色は全くと言っていいほどなかった。

 

 「あのー、もしかして北宇治の方ですか?」

 

 すると2人の背後から女性の声が聞こえる。2人して同時に振り返ると、柔和な雰囲気の大人な女性がそこに居た。

 

 「ああ、すみません!お恥ずかしいところを……!」

 

 松本先生はその女性が誰なのか察したのか、慌てて頭を下げる。しかし忍の頭には未だに疑問符が浮かんでいた。

 

 「ちわっす。それで、おねーさん誰ですか?」

 

 「こら馬鹿者!これからお世話になる人に無礼を働くな!」

 

 「お世話になるって、それじゃあ……」

 

 ここまで聞いて、ようやく忍も察する。そうか、この人が……

 

 

 「ふふっ、こんにちは。秋川くんの伴奏を務めさせていただく、島野由佳(しまのゆか)と申します」

 

 

 礼儀良く挨拶を述べると、島野と名乗った女性は上品にお辞儀をした。それを見て慌てて忍も挨拶を返す。

 

 「こ、こちらこそよろしくお願いします!北宇治高校1年!秋川忍です!」

 

 意外も意外。松本先生から伴奏者が来てくれる事は忍も把握していたが、こんなにも美人さんだとは思ってなかった。これでは演奏以外に別のところで緊張してしまう。

 雰囲気で言うなら、中世古をもっと落ち着かせて大人にして髪をミドルロングまで伸ばした女性。詰まるところパーフェクト包容力お姉さんだ。あとおっぱい大きい。

 

 「よろしくお願いします。引率で来ました、松本智恵美です」

 

 続いて松本先生も島野さんに挨拶をする。そして付け加える様に松本先生は説明を続ける。

 

 「これから2日間お世話になる人だ。他にも伴奏者が居ないソロコン奏者の伴奏を担当していて、場数も踏んでる。お前も安心して演奏出来るだろう。くれぐれも失礼の無い様に……秋川、聞いてるのか?」

 

 「え?あ、はい。聞いてますよ。島野先生には彼氏がいるかどうかって話ですよね?」

 

 「早速失礼な事を言うな!この馬鹿者!!」

 

 何の話も聞いてなかった忍に対し、すぐさま松本先生からカミナリが落ちる。仕方ないじゃん。おっぱい大きいんだし。するとそんな光景を見て島野さんは軽く吹き出した。

 

 「あははっ!何だか面白い子ですねー。緊張でガチガチの子はこれまでいっぱい見て来ましたけど、秋川くんみたいな子は初めてですよー」

 

 どうやら忍の事を気に入ったようで、島野さんは朗らかに笑ってそう言う。

 

 「本当にすみません。少しデリカシーの無い子ですが、悪い子では無いので……」

 

 「いえいえ、私としても秋川くんみたいなタイプはやり易いので。これからの2日間、楽しく過ごせそうです」

 

 申し訳なさそうにそう言う松本先生に対し、言葉通り島野さんは楽しげにそう返す。

 

 「それでは、音合わせをしに行きましょうか。ここから歩いて5分程のところなので、歩いていきましょう」

 

 「よろしくお願いします」

 

 「よ、よろしくお願いします!」

 

 島野さんの提案に、松本先生と忍も再度挨拶を返す。

 

 「あ、あと秋川くんに一つ」

 

 「な、なんでしょう?」

 

 すると、思い出した様に島野さんは忍に目線を向ける。

 

 

 「私、結婚して子供も居ますよ」

 

 

 どうやら忍の淡い期待は、儚くも散っていったようだ。




おっぱい大きいもんな、仕方ないよな
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