響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「ここって……」
「どうぞ、上がってください」
島野さんに連れて来られた場所は、大きめの一軒家。表札に島野と書かれているので、彼女の自宅なのだろう。駅から近くてこの規模の一軒家。どうやら経済力は高いらしい。
「お邪魔しまーす」
「失礼します」
島野さんに促され、忍と松本先生も中に入る。そして入ってすぐの玄関右側の扉を島野さんが開けると、普通の一般家庭では見慣れない光景が広がっていた。
「防音室……」
忍がポツリと呟く。室内にはグランドピアノが1台。加えてギターやら楽器のケースが数種類ある。中に入ると防音室らしく、少し耳鳴りが聞こえてきた。音を出すには最高の環境だ。
「いいなー。家の中に防音室あって」
ここでなら四六時中吹いたって周りに迷惑にならない。羨ましそうに忍がそう言うと、島野さんは薄く笑った。
「ふふっ、ここでピアノ教室もやってるんですよ。このソロコンが開催される時はこうやって音合わせの為に貸し出しもしてるんです」
「へぇー、なるほどー。……じゃあ、島野先生って言った方がいいですね!」
朗らかに笑って忍がそう言うと、島野さん、もとい島野先生は嬉しそうに微笑む。この人懐っこさは万人に受ける様だ。
「うん。そうだね。私としてもそっちの方が馴染み易いかな」
「じゃあ改めてよろしくお願いします!島野先生!」
「よろしくね、秋川くん。早速だけど、準備しよっか?」
「うぃっす!」
そんなやり取りをして、忍は肩に背負っていたトランペットケースを下ろす。白金のトランペットを丁寧に取り出し、ペーパーで余分な埃が付いてないかチェックをする。そして一通りピストンを確認すると、マウスピースを取り出して2、3度試しに音を出し、ゆっくりとトランペット本体に装着する。最後に再度トランペットを照明に当て、埃や汚れが無いかをチェックする。
「………なるほど……」
その一連の動作を見て、感心する様に島野先生は呟いた。
「……何か、気になる事でも?」
そんな島野先生に対し、松本先生が小声で尋ねる。
「いえ。彼、多分ですけどいい演奏しますね。準備も怠らず、楽器も丁寧に扱ってます。……本当に大事にしてるんですね。あのトランペット」
今までソロコンに出る子達を色々見て来たが、忍の所作は今まで見て来たどの演奏者よりも楽器を丁寧に扱っている様に、島野先生には見えた。
「……そうですね。部活でも人一倍、手入れを欠かしてませんから」
やはり出来る人は見るところを見ている。このやり取りだけでも、伴奏をこの人に頼んだのは間違いでは無かったなと松本先生は感じていた。
「……なら、精一杯お手伝いしてあげましょう。秋川くん!早速だけど、合わせる前に君の演奏だけを聴かせてもらえるかな?」
「りょーかいっす。頭から終わりまで全部でいいですか?」
「うん、お願いします」
「うぃっす」
島野先生の提案に返事を返すと、忍はマウスピースには口を付け、チューニングを始める。綺麗で伸びやかな音だ。そして一度深呼吸をする。
「……それじゃ、いきます」
それだけ言って姿勢を正し、メロディを奏で始めた。
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「ふぅ、終わりました」
ソロコンの曲を吹き終わり、ホッと一息つく様に忍はトランペットを下げる。演奏中、島野先生はずっと楽譜の方を見ていた。そこから時折忍の方を見ては頷いたり、何やら楽譜にメモの様なものを残しているのも確認出来た。
「ありがとうございます。……うん、大体分かったかな?最後に何点か質問いいかな?」
「はい。どうぞ」
そして目線を楽譜から忍に向けると、まっすぐ忍を見据えて島野先生は質問する。
「秋川くん、君はこのトランペットソナタを吹く時、どんなイメージで吹いてる?」
島野先生の質問に忍は少し考える。練習中からずっと頭の中で思い描いていた事だ。あとは言語化するだけ。
「そうですねぇ、なんと言いますか、風景で言ったら夕暮れに小高い丘の上から吹いてる感じですかね?周りには誰も居なくて、時折肌寒い風が吹いて、見える景色は……そうすね、日本じゃなくてヨーロッパのどこか田舎みたいな、夕空と畑が延々と続いてるような感じです」
「ほうほう……」
忍の具体的な説明に頷きながら、島野さんはメモを続ける。そしてボールペンを一つカチリと音を鳴らすと、満足そうに視線を忍ぶに移した。
「うん、ここまでイメージがハッキリしてるとこっちもやり易いね。もっと質問しようと思ったけど、今ので私も大体イメージが掴めたかな?」
この質問は、いつもソロコンの伴奏を担当する時に島野先生が行なっている事でもあった。確かに主役はソロコンに挑戦する演奏者だが、伴奏者が居ないと曲としては成り立たない。重要なのは演奏者のイメージや曲への解釈を理解し、合わせる事。そこが連携が取れていなければ、曲としては破綻してしまう。
これは数々ソロコン演奏者を相手にして来た島野先生が、1番重要視している部分だった。そして今までの情報を頭の中でまとめ上げたのか、先生はポンっと軽く手を叩く。
「よし。技術的には私からは何も言うことはありません。あとは秋川くんの世界に私が合わせるだけです。それじゃあ、伴奏入れてみよっか?」
「はい!よろしくお願いします!」
初対面で鼻を伸ばしていた姿はどこへやら。いつの間にか忍も真剣に返事を返していた。
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「はい。いいんじゃないかな?私としてはバッチリだと思うんだけど……」
演奏を終え、島野先生は満足そうにそう言う。演奏はスムーズに進み、息も忍と合っていた。……いや、先生が合わせてくれたと言った方が良いだろうか?今日初めて会った相手なのに、違和感なく演奏をさせる。伴奏者としての経験値は相当なものだった。
「…………」
「秋川くん?」
そして、それを身に沁みて実感しているのは、何よりも忍自身だった。欲しいところで欲しい音が来て、演奏にも気持ちが乗る。正に縁の下の力持ち。どこか自分の力だけでとたかを括っていた忍だが、この音合わせで意識が一変した。
「……すごいっすね。こんな手応え初めてです。島野先生って、魔法使いか何かですか?」
「もー、褒めすぎだよー。……もしかして秋川くんって、色んな子にこう言うこと言ってたりする?」
「ち、違うっすよ!本当に何て言うか、すごい演奏しやすくて……とにかく凄かったです!」
揶揄う様にそう言う島野先生に対し、慌てて忍はそう返す。あまり言い訳にはなっていないが。
「ふふっ、ありがと。……本当は1日かけて擦り合わせ出来れば良いんだけど、もう時間もあまり無いからこの辺にしとこっか?」
そう言って、島野先生は時計を指差す。時刻は13時を回ろうとしているところだった。予選会の開始は14時からなので、そろそろ会場に向かわないといけない。
「そうだな。秋川、そろそろ準備しろ」
「うぃーっす」
「返事はハイだ!馬鹿者!」
松本先生には相変わらずの忍に対し、またもカミナリが落ちる。そして島野先生の方を向き、再度松本先生は頭を下げた。
「島野先生もありがとうございました。改めて2日間、よろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ。………秋川くん、いい子ですね」
トランペットの手入れをしている忍に聞こえない様、島野先生は小声でそう言う。どうやらこの短時間で島野先生は随分と忍の事を気に入った様だ。
「……もうちょっと、大人になってくれればこちらも楽なんですがね」
松本先生はそう返すが、表情はやれやれと言ったもので、嫌悪感は全くなかった。手の掛かる子ほど、可愛く見えてくるものなのだろう。
「……うーん、私は、今の秋川くんでもいいと思いますけどねー。カワイイですし」
「付き合ったら疲れますよ。本当に……」
これは生徒と教師という立場だからこそだろう。毎度毎度その自由すぎる言動には、松本先生も頭を悩ましている。しかし、島野先生にとっては教え子でも無いので、一歩引いた視線から見れる。
「……ふふっ。ですが、その大人になった時がちょっと心配ですねー」
「どう言う事です?」
島野先生の発言の意図が分からず、松本先生は首を傾げる。そして楽しそうに視線を忍に移した。
「いや、大人になったら、色んな人からモテそうだなーって思って」
元来の真っ直ぐさに加え、大人の落ち着きが出ればかなり魅力的になると島野先生は踏んでいた。この短時間で忍の内面まで見抜くとはあっぱれである。それ程によく人を見れる人なのだろう。観念した様に松本先生は苦笑いを見せる。
「……島野先生は、男を見る目もあるんですね」
「どうも。ありがとうございます♪」
兎にも角にも、終始楽しそうな島野先生だった。