響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「金管の予選会は地区ごとに分かれて行います。まずは関西、東海地区に分かれて各県毎に順番で演奏。全ての演奏が終えたら17時前後に結果発表となります」
関係者から大会内容の説明がなされる。場所は豊橋公会堂。様々なコンサートやイベントで使われる、歴史のあるホールだ。説明がなされているホール内の観客席では、演奏者と伴奏者が一同に集められている。引率の松本先生は席を外していた。周りを見てみると同年代の少年少女がいて、緊張してる者、伴奏者と打ち合わせをしてる者、楽譜とにらめっこしている者など様々だ。
すると、忍の目にある光景が目に入った。
「……友達同士で伴奏とかも頼むんだ……」
座席の一角、同じ制服を来た女子生徒二人が談笑している。見る限り一人は演奏者で、もう一人は伴奏者なのだろう。
「学校にピアノが弾ける子とかが居たらその子に頼む事も多いかもね。やっぱり気の知れた人の方が息が合ったりするから」
付け加える様に、隣に座っていた島野先生がそう言う。
「秋川くんはピアノやってる友達は居ないの?」
続けてそう聞くと、忍の表情は微妙なものに変わった。
「うーん、昔やってたって奴なら同じパートに居ますけどね。……ただ、気が強くて合わないと言うか……」
「ふぅん。その子って、女の子?」
「ええ。本当に何でもかんでも突っかかって来るんですよ。『きちっとしろ』だとか、『席の片付けはちゃんとしろ』だとか、そんなもん言われなくても分かってるってんです。この前一緒に二重奏した時だって______」
くどくどと、その生徒に対しての文句が湯水の様に忍の口から出てくる。そんな話を聞いて、島野先生は少し微笑んだ。
「へぇー。随分とその子の事知ってるんだね?」
揶揄う様にそう言うと、忍は少し視線を逸らして恥ずかしそうな仕草をする。こうも相手の文句が出てくると言うことは、一緒に居る時間が長いと言っている様なものだった。
「……そんなんじゃ無いです。まあ、そう言う事なんで、そいつと組んで演奏するなんて、天地がひっくり返っても無いですわ」
「あははっ、一緒に二重奏はしたことあるのに、変なの」
「それとこれとは話が違うんですー」
尚も揶揄う島野先生に対し、忍は口を尖らせてそう返す。
……なるほど、どうやら恋愛においては少し素直になれない性格なのかも知れないなと、ここでも島野先生の観察眼が光る。
「まあ、そう言う選択肢もあるって事だよ。次にソロコン出る時は、考えてもいいんじゃない?」
「ふん、俺は島野先生がいいです」
「あら、嬉し♪」
生徒と先生というよりは、歳の離れた姉弟のような会話をしている。そんな奇妙なやりとりをしながら、出番まで待つのであった。
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♪ー♪ーー、♪♪♪〜〜〜♪〜〜…………
そして予選会。関西のブロックは兵庫、大阪、京都、奈良、和歌山の順に進んで行き、今は大阪の最終演奏者が演奏をしていた。
次は京都。忍の順番は、京都の4番目だ。
「はい。結構です。ありがとうございました。大阪はこれにて終了になります。続いて京都です……まずはナンバー86番、私立立華高校、山辺文さん」
淡々と、予選会は進んでいく。東海、関西地区の限定的なコンテストなれど、やはりソロコンに出るだけあって各々のレベルは高い。技巧的な高難易度の選曲をする生徒もいれば、忍の選曲と似たゆったりとした曲を奏でる生徒。中にはエンタメ性を強く、最近流行ったポップスの曲を奏でる生徒もいた。
「…………」
そんな中、忍は舞台袖でピストンの指運を確認している。やはり表情は硬く、ピストンを動かす指もどこか無理矢理自分を落ち着かせる様なものだった。
「緊張、してる?」
察しの良い島野先生はすぐさま忍の緊張に気付く。
「はい。してます」
対して忍は素直に答える。今まで集団の中でしか演奏をしてこなかったが、今回初めて舞台上で一人で吹くのだ。それ即ち、自分のミスをフォローしてくれる人は、誰一人として居ない。正に誤魔化しの利かない一発勝負。齢15歳の少年が背負うには、あまりにも大きいプレッシャーだ。
「そっか。じゃあ、それはいい事だね」
「え?」
しかし島野先生から出て来た言葉は、意外なものだった。忍も目を丸くしている。
「だって、そんなに緊張してるって事は、それだけ練習して来たって事でしょ?ここで緊張するなって方が無理な話」
今後未来で忍が駅ビルコンサートの前に加部に言い放つ事となる言葉。その言葉は、元々は島野先生が放ったものだった。
「……私はね?緊張と自信は表裏一体だと思ってるの。練習をすれば確かに自信が付く。でも、その分不安になる。『こんなに練習したのにミスしちゃったらどうしよう』って。……でもね?そこを克服できてこそ、見えるものがあると思うの」
「…………」
島野先生の諭す様な言葉を、忍は黙って聞く。そして薄く笑って、心の中に直接染み込ませていく様に、島野先生は問い掛ける。
「秋川くんは、それを克服した先に何があるか、見てみたい?」
ドキリと、心臓が跳ねた。
想像するのは、自分が最高の演奏をして、万雷の拍手を受ける光景。
そんなもの、考えるだけでワクワクする。
「……はい!もちろんです!」
満面の笑みで忍は返事を返す。
「うん、良い顔になった!やっぱり男の子は堂々としてないと!」
この島野由佳と言う女性、どうやら人をやる気に出させる能力にも長けているらしい。
「北宇治さーん、出番でーす」
すると、係員から声がかかり、気合いを入れ直す様に両手で自身の頬をパンと叩く。
「すぅーーー……ふぅーーーーー……よしっ!」
そして一つ深呼吸をし、舞台袖から出て行った。一歩一歩、踏みしめる様に忍は舞台の中央へと向かう。舞台上は相変わらず暑く、目が眩むほどに眩しい。
「はい。北宇治高校、ナンバー89番、秋川忍さんですね。制限時間は5分以内、演奏がスタートしてからの計測となります。……それでは、どうぞ」
係員がそう言うと、忍は再びピストンを確かめ、振り返ってグランドピアノの前に座る島野先生を見やる。そして二人して頷くと、島野先生が伴奏から入り、忍がトランペットを構える。
正しい音は、正しい姿勢からだ。
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演奏は、あっという間だった様に感じる。やれる事は、やった気がする。音も綺麗だったし、思い通りの演奏が出来た。あとは、結果を待つのみ。予選会を通過すれば、明日の本戦に臨める。
「あー……緊張するな……」
「なんでまつもっさんの方が緊張してるんすか……」
時刻は17時。この時間は全ての関係者が観客席に集まって結果を聞く。その中でも1番緊張しているのは、演奏してない松本先生だった。
「ふふっ、多分大丈夫ですよ。技術的には問題無いですし、私としてもかなり手応えがありました」
対して島野先生は随分と落ち着いている。予選会には確信があるのだろう。そして、気になるのは演奏者本人の手応えだ。
「秋川くんとしては、どうかな?」
島野先生がそう聞くと、忍は首を傾げる。
「うーん、……正直よく分かんないっす。良い演奏は出来たと思ってますが、今の自分の実力が予選会に通用したのかは、何とも」
手応えはあった。だが、自分の演奏がこのソロコンでどの程度のレベルにいるのか、計りかねていた。
『それでは、予選会通過者の発表をいたします』
すると、ホール内にアナウンスが響く。遂に結果が出るようだ。
『発表は番号でいたします。呼ばれた方は残って下さい。明日の本選の抽選を行います』
淡々と壇上の係員は説明する。今回のエントリー人数は300人程、その中で本戦に出れるのは、40名だ。忍の番号は89番。そして係員が手に持っている紙に目を落とすと、番号が読み上げられる。
『1番、9番、17番………』
読み上げられる番号が上がっていく度、緊張感が増す。読み上げられた演奏者は歓喜の声を上げていた。
『30番、48番、64番_______』
番号が近づいてくる。そして_____
『73番________"89番"_______』
ホールに響く、その番号。聞き間違いではない。確かに、係員は今____
「……通った………」
ぽつりと、忍は呟く。確かに今、自分の番号が読み上げられた。初めてのソロコンテスト。忍は、本戦に出場する。まだ実感が沸かないのか、忍は呆けた表情をしている。すると、頭を掴まれる感覚と共に突然忍の視界が下に向いた。
「うわ!?」
「やったな!秋川!!本戦だぞ!!本当によくやった!!!」
松本先生が少し乱雑に忍の頭を撫でてきたのだ。本人よりも喜んでいる。
「ま、まつもっさん、はしゃぎ過ぎ……」
忍としても喜ばしい事なのだが、普段軍曹先生とも呼ばれている松本先生が柄にもなくはしゃいでるので、逆に忍の方が冷静になってしまった。
「おめでとう、秋川くん」
そして松本先生とは逆の隣に座っていた島野先生からも、祝福の声が掛けられる。
「明日も、よろしくね?」
"明日もよろしく"
そうだ。予選会を突破したから明日も伴奏で島野先生にお世話になるのだ。その言葉で、ようやく忍の中にも実感が湧いてくる。
「〜〜〜〜〜っ!!!」
言葉には出さない。しかし、噛み締めるように、席の中で忍はガッツポーズをした。
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「それじゃあ、明日は7時半にロビーに集合だ。それからまた島野先生の家に行って、音合わせをしてから、ホールに向かう。……寝坊はするなよ?」
「りょーかいっす。松もっさん」
「松本先生だ。馬鹿者」
いつものやりとりをして、忍はホテルの自室に入って行く。
時刻はもう19時。今日一日で、何とも濃い体験をした。
「はぁ〜〜〜………疲れたぁ〜〜………」
一人きりになった事で、緊張の糸も解れたのだろう。そのままベッドに身を預け、仰向けになる忍。すると、自信のポケットから携帯の通知音が響く。今日一日、ほとんど携帯を見ていない。取り出して画面を確認すると、何人かからSNSの通知が来ていて、ほとんどがソロコンの結果の事を聞いてきていた。
中世古、滝野、小笠原。各々通知が来ている事を確認すると、やはり忍の目に付いたのは、一人の少女の通知。
『どうだった?』
簡潔に、一言だけ。吉川優子のメッセージは、素っ気ないものだった。しかし、その様なメッセージでも忍は自然と口角を釣り上げる。
そしてベッドから身を起こすと、バッグの中を漁り、一枚の用紙を出す。それは、予選会の結果が書かれた紙だった。忍は自分の番号と名前がしっかり写る様、写真を撮る。
そして楽しそうに、その写真と共に、絵文字のピースサインを送るのだった。