響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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幕間:教え子10

 

 翌日、遂にソロコンテスト本選。本日の豊橋の天気は、晴天。この頃梅雨入り前でどこか不機嫌な顔を見せていた空は、今日は真っ青な顔を覗かせていた。

 まだ春の陽気が残っていて、暖かくも着実に夏が近づいて来てると分かる様な、暖かいのか生ぬるいのか微妙な気温。その一角にある一軒家の中では、トランペットとピアノの音が響く。

 

 「……はい、ここまでにしておきましょう」

 

 島野先生がそう言うと、忍もマウスピースから口を離す。本選前の最終リハーサル。その音合わせを、島野先生の自宅で行っていたのだ。

 

 「もう一回!もう一回吹いて!!」

 

 そして、今日は小さなオーディエンスが1人いた。忍はその可愛らしいアンコールに満足そうな笑みを浮かべる。

 

 「もう一回?しょーがないなー、由美ちゃんは。でも、もう行かんといけんのよなー」

 

 「えー!?やだ!!もう一回!!」

 

 駄々を捏ねるこの少女の名は、島野由美。今年で4歳になる、島野先生の一人娘だ。

 

 「わがままはダメよ、由美。秋川くんこれからが本番なんだから」

 

 「やだ!もっとききたい!!」

 

 所謂、イヤイヤ期と言うものだろう。由美ちゃんは忍のズボンの裾をがっしりと掴み、行かせまいと頑固に踏ん張る。母親としての苦労であろうか、島野先生はやれやれといった風に頭を抱えた。

 

 「わー、ありがたいねぇ。由美ちゃん、そんなに俺の演奏が好きなん?」

 

 「うん!好き!」

 

 満面の笑みで、忍の問いかけに由美ちゃんはそう返す。落ち着いた島野先生とは対照的に、随分とお転婆な子の様だ。

 

 「でもさぁ、由美ちゃんが離してくれないと、俺演奏出来なくなっちゃうんだよねー。どうすれば良いと思う?」

 

 「え?あ、……うぅ……」

 

 忍の問いかけに、由美ちゃんはどうしようかとあたふたする。そんな姿を見て、忍は助け舟を出す様に助言をする。

 

 「由美ちゃんが離してくれれば、俺もっとすごい演奏が出来るかもねー」

 

 「も、もっと!?」

 

 「そうそう。もっともっと」

 

 「じゃあ離す!!」

 

 忍に乗せられ、すぐさまズボンから手を離す由美ちゃん。そんなやりとりを、松本先生と島野先生は関心する様に見ていた。

 

 「随分と、子供の扱いに長けてるな」

 

 子供に慣れてる忍の姿が意外だったのか、少し驚いた様に松本先生がそう言う。会話の中でも下手に拒絶せず、理解を示して子供本人に選択肢を委ねる。正に理想的な幼児への接し方だった。

 

 「まあ、妹がいるんで。由美ちゃん、何となく昔の俺の妹に似てるんすよねー」

 

 今でこそしっかり者の凛花であるが、幼少期は御多分に洩れず元気の有り余る子だった様だ。そんな忍の言葉に、島野先生は納得した様に頷く。

 

 「なるほどー。でも、本当上手いねー。私でもここまで由美を落ち着かせれる事、あんまりないもん」

 

 「……わかります。特に最初の子は何をすれば良いか分からないですよね」

 

 子持ちの松本先生には共感する部分があるのだろう。困った様な島野先生の言葉に、同情を返した。

 

 「まあ、慣れと言いますか、あんまり上から押さえつけるとこっちに反撃が来ますからね。子供の頃は凛花に何度痛い目見せられたか……」

 

 凛花との喧嘩の日々を思い出したのか、遠い目でそう呟く忍。どうやら勝率は凛花の方が高かったらしい。

 

 「ねーねー!しのぶはどこで吹くの?」

 

 すると、再度忍のズボンを引っ張り、由美ちゃんがそう聞いてくる。

 

 「そうだねぇ、ここよりもっと大きいところかな?色んな人がいて、皆んなが俺の演奏を聴くんよ?」

 

 忍の返しに、由美ちゃんは更に興奮する。

 

 「すごい!しのぶはゆうめいじんだ!!」

 

 「そうだぞー!ゆうめいじんだぞー!」

 

 「わー!♪」

 

 ………訂正。扱いが上手いと言うよりかは、一緒に遊んでいる様な感じだ。4歳児とテンションが同じである。

 

 

 _____________

 

 

 

 そして、場所は変わって豊橋公会堂の正面エントランス。そこには忍、松本先生、島野先生に続いて、由美ちゃんの姿もあった。

 

 「本当にすみません。由美がワガママを……」

 

 「いえいえ、私も娘が居ますから。今更1人増えたってなんて事無いです」

 

 申し訳なさそうな島野先生に対し、松本先生は優しくそう返す。全ての準備を終え、会場に向かおうとすると、案の定由美ちゃんがホールまで見に行きたいと言い出したのだ。どれだけ言っても聞かなかったのでこちらが折れる形で連れて来て、結果引率の松本先生が面倒を見る形になった。

 

 「それじゃあ、俺たち行きます。由美ちゃんも、ちゃんと俺の演奏見ててよねー」

 

 「うん!ぜったいみる!!」

 

 「おー、こりゃ頑張らんといけんですな」

 

 これでもかと目を光り輝かせている由美ちゃんに対し、忍はひょうきんにそう返す。

 

 「秋川」

 

 そして、松本先生も忍に声を掛ける。

 

 「私からは何もない。お前のやりたい様に、思いっきり楽しんでこい!!」

 

 何とも気持ちのいい激励だ。とやかく言わず本人の実力を信じてるからこその言葉。端的で短い言葉ではあるが、忍にはそれで充分だった。

 

 「はい!一発かましてきます!!」

 

 そんな言葉に、忍もガッツポーズを決めてそう返す。この2人の関係性は、単なる『教師と生徒』と言う枠組みを超えようしていた。

 

 「それでは、由美をお願いします」

 

 そして最後に丁寧に島野さんもお辞儀をすると、2人はホール内へと向かって行く。

 

 「秋川くんもごめんねー?由美に付きあってもらっちゃって」

 

 「いえいえ、防音室に由美ちゃん入れたのは自分ですから」

 

 再度申し訳なさそうにそう言う島野先生に対し、忍は軽く笑ってそう返す。元々は島野先生と忍だけで音合わせをしていたのだが、島野先生が途中席を外した際、防音室の扉の隙間から由美ちゃんが覗いてきたのだ。

 

 『………なにしてるの?』

 

 『………何してると思う?』

 

 最初はそんな会話から始まった。しかし、話してみると精神年齢が近かったおかげか、物の数分で仲良くなっていった。

 

 「本当にびっくりしたよ。帰ってきたら仲良さそうに喋ってるんだもん」

 

 「あははっ、由美ちゃん、人懐っこい性格ですからねー。まあ、それもあって由美ちゃんには感謝してます」

 

 迷惑ばかり掛けていると思ったのだが、忍の意外とも思える発言に、島野先生は目を丸くする。

 

 「そうなの?」

 

 「ええ。だって俺、今全然緊張してないですもん」

 

 そう言う忍の顔は、全く硬さがない。リラックスした様子で、これからの演奏に対する気負いも全くなかった。そして、忍は別れ際の由美ちゃんの顔と、松本先生の顔を浮かべる。

 

 「それに、あんだけ期待されちゃったら、意地でもやる気が出てくるってもんです」

 

 あんなに光り輝いた目で期待されては、是が非でもいい演奏をしたくなるものだ。

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 『プログラム89番、トランペット。北宇治高等学校、秋川忍さん。ジャン・ユボー作曲、トランペットソナタ第一楽章。伴奏者は、島野由佳さんです』

 

 淡白だった予選会とは対照的に、丁寧に演奏者の紹介がなされる。相変わらずステージ上は眩しいし、相変わらず暑いし、相変わらず観客席がよく見える。この中に、松本先生と由美ちゃんもいるのだろう。そう思うと、自然と肩の力が抜ける。そして島野先生にアイコンタクトを送ると、一拍置いて伴奏が始まる。忍は真っ直ぐ観客席を向き、姿勢を正して、トランペットを構える。

 正しい音は、正しい姿勢からだ。

 

 奏でるのは、ユボーのトランペットソナタ。

 

 近代フランス音楽の巨匠、ジャン・ユボーの作曲した、トランペットの為のソナタだ。ゆったりとした4分の3拍子のリズムが流れる。忍がイメージする、ヨーロッパの田舎の風景。その解釈が合っているかは分からない。しかし、納得をさせるだけの演奏が、そこにはあった。

 夕暮れの田舎の草原を、風が吹き抜ける様、軽やかに。しかしその田舎の中にポツンと現れる、教会の様な厳格さを持ち合わせる、深さ、重厚感。その両面を持って、忍はこのトランペットソナタを吹く。

 そしてそれを支えるのは、ピアノの伴奏だ。9小節からのピアノソロ。忍が作り上げた世界観を、より正確に、明確にしていく。

 17小節から再びトランペットが入ると、今度は儚く、名残惜しそうに音を奏でる。まるで夕日が沈んでいく時の物悲しさや黄昏を表現するかの様に。

 それが終われば、中盤。曲調はゆったりとした中に、連符が混ざる様になる。陽も落ちてきて静かに落ち着いてきた風景の中、突如として風が吹く様に。しかし、その中でも柔らかさや落ち着きは失わない。軽やかでありながら、深く、伸びやかに。正に完成されたバランスが、そこにはあった。

 

 「……………」

 

 あれだけ元気だった由美ちゃんが、釘付けになる様に忍の演奏を見つめている。由美ちゃんだけでは無い。松本先生も、聞き惚れる様に忍の演奏に耳を傾けていた。

 そして終盤。曲はまたゆっくりに、色を変え始める。夕暮れに染まったオレンジの光景から、深い夜の始まる合図の紫色が混ざるように。

 ここまで来れば、クライマックス。ピアノのソロで空気を作り、トランペットで僅かながらの連符を重ねる。暗くなって、街の灯りがポツポツと点き始める様に。

 そうして最後は眠るように、静かに演奏を終えて行く。こうして、忍のトランペット演奏は終了した。

 

 

 ____________パチパチパチパチ________

 

 

 

 観客席からは、万来の拍手が送られる。この拍手全てが、自分に向けられているものだ。

 

 「…………っふぅーーーー……」

 

 忍は一つ、それを噛み締めるように息を吐いた。そして後ろを振り向いて島野先生が立ち上がった事を確認すると、観客席に向かってお辞儀をする。そうすると、拍手は一層大きくなった。

 

 

 

 

 

 

 

__________________________

 

 

 

 

 

 

 

 「い゛や゛あ゛あ゛あ゛!!ま゛だじの゛ぶどい゛っじょに゛い゛る゛う゛う゛!!」

 

 夕方。豊橋駅の新幹線改札前で大泣きする少女が一人。周りの目もなんなその。由美ちゃんはまたしても忍のズボンに縋り付いていた。

 

 「もう!由美!!秋川くん帰れないでしょ!もう新幹線来ちゃうから!」

 

 そんな由美ちゃんを見かねて島野先生が叱る。ソロコンテンストも終え、忍と松本先生。そして島野先生と由美ちゃんは見送りにまで来てくれていた。

 

 「や゛だあ゛あ゛あ゛あ゛!!い゛っぢゃっだらもうあ゛え゛な゛い゛い゛い゛」

 

 この一日で随分と懐かれたようで、意地でも離さんとする由美ちゃんに忍は困り顔を浮かべる。

 

 「由美ちゃんや、これじゃあ帰れんぜよ」

 

 「うぅ…グズっ……だから、帰っちゃダメだって……」

 

 「でもなー、ここには俺の家も無いし、明日からまた学校も行かないとだしさー」

 

 「うぅ……じゃあ一生学校行かんくていい」

 

 「随分とファンキーなこと言うね、君」

 

 随分と極端な提案をする由美ちゃんに対し、今度は苦笑いを浮かべる忍。

 

 「ごめんねー、秋川くん。……ほら由美、もう秋川くん行くって」

 

 「いや。行かせん」

 

 島野先生が離すよう促すたび、由美ちゃんはズボンを握る力を強める。懐いてもらえたのはいいが、これでは帰れない。少し忍は考える。何とか由美ちゃんに帰してもらう方法がどこかに無いかと。

 

 「……まだしのぶのトランペットききたい……」

 

 そうか、由美ちゃんは自分の演奏が聴きたいから離れたく無いのか。それを理解すると、忍の中でやる事が決まった。

 

 「じゃあさ、次また会えるために由美ちゃんにプレゼントしてあげる」

 

 「プレゼント……?」

 

 そう言うと、忍は自身のトランペットケースを下ろして開く。そしてその中から取り出したのは、自身のマウスピースだった。

 

 「これはお守り。これを持っていれば、いつだって俺の演奏が聴けるし、いつだって由美ちゃんのそばにいれる、魔法のアイテムだよ」

 

 「……ほんとに?」

 

 「そう。このマウスピースってパーツはね、トランペットの楽器の中でもかなり重要なものなんだ。……それこそ、自分の体と同じくらいね」

 

 そう言って、忍はマウスピースを由美ちゃんにそっと握らせる。

 

 「だから、由美ちゃんはこれを俺だと思って。辛い事があったり悲しい事があったら、このマウスピースを見て。だって、これは俺の一部なんだから」

 

 「これが……しのぶ……」

 

 そう呟いて、由美ちゃんは持っているマウスピースを見つめる。ピカピカで、傷の一つもない、新品と思えるような綺麗なマウスピース。

 

 「……うん、わかった。今はこれでがまんしてあげる」

 

 泣きそうになりながらも、由美ちゃんは気丈にそう答える。どうやら忍の意思は伝わったようだ。

 

 「よし!じゃあ、今日はこれでさよなら!それを持ってたら、いつかどこかで会えるから、絶対に無くさないよーに!」

 

 「ぜ、ぜったいなくさない!!」

 

 忍がそう言うと、大事そうに由美ちゃんはマウスピースを握りしめる。そしてケースを閉まって立ち上がると、忍は島野先生に向かって深くお辞儀をした。

 

 「島野先生。2日間、本当にありがとうございました。今回この結果になったのも、島野先生のおかげです」

 

 「いえ、お礼を言うのはこちらです。秋川くんの演奏、本当に感動しました。まだまだ、私も学ぶことがあるんだなって。由美としても本当にいい出会いとなって……今回秋川くんが担当で、本当に私は幸運でした」

 

 そう言って、島野先生も深々と頭を下げる。そんな光景を、由美ちゃんは不思議そうに、松本先生は満足そうに見ていた。

 

 『まもなく、13番線に、ひかり522号、新大阪行きが到着します』

 

 すると、忍たちの乗る列車のアナウンスが響き、荷物を再度持ち直す。

 

 「それじゃあ、また」

 

 それだけ言うと、忍は改札の中へと入って行く。

 

 

 「しのぶ!!!」

 

 

 すると、由美ちゃんから再度呼び止められる。ゆっくりと振り向くと、さっきまでの泣き顔とは違う、少し成長した少女の顔があった。

 

 

 「アタシ、トランペットやる!!つぎにしのぶと会うときは、絶対にいっしょに吹く!!」

 

 

 決意表明の様な由美ちゃんの言葉に、忍も薄く笑う。

 

 「おっけー!めっちゃ期待してる!!!」

 

 それだけ言うと、今度こそ振り返ることなく、新幹線のホームへと消えていった。

 

 

 

 _________________

 

 

 

 『次は、米原、米原です』

 

 新幹線に乗ってから30分。列車はちょうど名古屋駅を発車したところだった。流れゆく車窓を見つめながら、松本先生は考える。忍がソロコン出たいと言い出してから、色んな経験をした。

 

 「はぁー……なんと言うか、あっという間な一ヶ月だったな……」

 

 そう独り言を呟いて、通路側の席に座っている忍に視線を移す。疲れ果てているのか、静かに寝息を立てていた。

 

 「……本当に、こうしていればただの15歳なのにな……」

 

 忍の寝顔を見つめながら、そんな事を呟く。そして、寝ている事を良いことに、松本先生は愛おしそうな表情に変える。

 

 

 

 「まさか、本当に最優秀賞を取るとはな………」

 

 

 

 いつも叱り、いつも怒っているが、この一ヶ月間で松本先生は忍の良さをこれでもかと言うくらい見てきた。明るく、ひょうきんなところ、子供が好きなところ、なんだかんだいって礼儀はちゃんとしてるところ。

 

 そして音楽にはどこまでも真っ直ぐで、情熱的なところ。

 

 

 「よくやったな、秋川」

 

 

 心からの、松本先生の褒め言葉。しかし眠ってる忍には届かない。

 

 そう、彼女はツンデレなのだ。




幕間のつもりが、本編レベルの文章量になってしまいました……ともかく次回からは本編に戻りますので、よろしくお願いします!!

https://www.youtube.com/watch?v=y9K4AjESRhc

忍がソロコンで吹いた、ユボーのトランペットソナタ、第一楽章のURLです。例によって何か問題がある様でしたら、消去します。
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