響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
少し、寒くなってきた。
衣替えも終え、過ごし易い気候から上着が必要な時期になってきた。
「ここの繋ぎのところなんだけど……」
「あ、ちょっといい?昨日滝先生に言われたところなんだけど」
その中でも、北宇治高校吹奏楽部の日常は淡々と進んで行く。しかし音楽室の雰囲気はここ数日とは違うものとなっていた。
「________だって」
「え、まじ?」
ちらほらと、何やら話が広まっている。しかしそれは、マイナスなものでは無さそうだ。
「はーい、じゃあ5分したら始めまーす」
すると、部長の小笠原が合奏練習の掛け声をかける。
「あれ?」
そんな中、忍も違和感を感じる。ここ最近黄前の隣に座っていた中川の姿がなかったのだ。
「タッキー、なつきちは?」
忍は横にいた滝野に中川の居場所を聞く。
「あれ?中川から聞いてねーのか?」
「聞くって、何を?」
「そりゃあ____」
_________ガラっ________
すると、音楽室の扉が開かれる。そこに居たのは、
「ごーめん!遅れた!」
ユーフォニアムの楽器を持つ、田中あすかの姿があった。
久しぶりの副部長の登場に、音楽室が湧く。やはり田中はこの吹奏楽部の核だ。そしてゆっくりと忍の方に近づくと、やってやったと言うふうにニタリと笑う。
「ケンカしてきた」
たった一言。しかしその言葉を聞いて、忍も理解をする。
やっと決着が付いたのだろうと。そして忍も同じく意地の悪い笑みを返した。
「……そうですか。遅かったですね」
「はっ、ほんと生意気ねー、キミは」
口の減らない忍に対し、どこかやりにくそうに田中はそう返す。しかし、その表情には全く嫌悪感が無かった。そしてユーフォの席に座り、楽譜を準備する。見慣れた光景。横では黄前が「お帰りなさい」と、言葉を掛けていた。
「皆さんも既に聞いているかも知れませんが、田中さんが無事コンクールに出場できる様になりました」
皆が揃った教室。安堵する様に、滝先生がそう伝える。田中の母親と直接話したのも滝先生だ。戻って来れた嬉しさもひとしおだった。
「結局、みんなに迷惑をかける形になってしまって、本当にすみませんでした。これから本番まで必死で練習して、いい演奏をしたいと思います。……よろしくお願いします」
壇上の田中が、そう言うと深々と頭を下げる。その言葉を聞いて、部員たちもやっと実感が湧いてくる。
やっと、田中あすかが戻ってきたのだ。
そして軽く拍手が湧き起こると、橋下先生が口を開いた。
「なーんか、随分真面目な挨拶だなぁ。性格変わった?」
「そうですね、……ちょっぴり、大人になったのかも」
そんな橋本先生の問い掛けに、ウィンクでそう返す田中。このひょうきんな性格は、相変わらずの様だ。
「演奏は確実に良くなってきましたが、慢心はいけません。決して思い上がらず、最後まで向上心を持って練習に励んで下さい」
「「「「はい!!」」」」
締めるように滝先生がそう言うと、部員達から気持ちの良い返事が返って来る。
「…………」
しかし一人。高坂だけは、どこか浮かない顔をしていた。
_____________
「はい。じゃあ、今日はここまで。残って練習する人は最後に教室の鍵返してね」
「「はい」」
トランペットパートの教室。中世古がそう言うと、メンバーから返事が返ってくる。帰る者は各々片付けを始め、残る者は再度譜面やピストンに目を落とす。忍はここ数日、残る頻度が多い。スランプから抜け出し、出せる音が増えたことによって、やりたい事が増えたが故だった。
そして、忍が残れば優子も続く様に残る。好意を寄せている事もあるが、進化し続ける忍の演奏から少しでも何か盗めないかと思っての事だった。そしてそれは他メンバーにも言えるのか、忍が残れば比例して残る者も多い。
「それでは、失礼します」
「あ、うん。お疲れ様。高坂さん」
しかし、最近はあまり学校に残って練習をしないメンバーが居た。
高坂である。一言残して軽くお辞儀すると、早々と教室から出ていった。
「………最近、高坂さん残らないね」
残っている加部が、そう呟く。つい最近までは高坂は忍と同じく最後の最後まで残る常連だった。どちらが長く残るかで忍と争っていたまである。しかしここ数日は、全体の練習が終われば残らず帰る事がほとんどだった。
「……もしかして、アッキーにソロ取られたからやる気無くしてるとか?」
滝野がそう言うと、忍は微妙な表情に変わった。
「うーん、そんなタマじゃ無いと思うんだけどなー。実際、俺がソロになってもしばらくはずっと残ってたし」
「じゃあ、なんで……」
パートメンバーで色々と考えてみるが、全員思い当たる節は全く無かった。
「麗奈、結構溜め込むタイプですからね。もしかしたら私達の知らないところで何かあったのかも……」
「何かって、何が?」
「それは……家庭の事情とか?」
吉沢が色々と勘繰ってみるが、やはり思い当たる節は全く無い。考えれば考えるほど、高坂の異変は謎が増すばかりだった。
「……変な憶測しないの。もしかしたら大した事ない悩みかもしれないでしょ?ここで無責任に言いたい事言って変な噂でも流れたらどうすんのよ?」
すると、吉川が憶測で語り始めた吉沢と加部を咎める。言われた2人は少しバツの悪そうな顔をしていた。
「そうだね、皆んな心配事もあるだろうけど、とりあえずは見守ってみようか?」
そして、まとめる様に中世古がそう言う。パートリーダーの一言でとりあえずは納得したのか、各々自主練に励むのだった。
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陽も落ち、最終下校時間も過ぎて、ようやく学校からは生徒が居なくなる。そんな中校門を出て下り坂の帰り道を歩いてるのは、忍と優子だ。
「はぁーーっ、今日も疲れたーーっ……」
そう言って優子が一つ背伸びをする。忍と残る際は、一緒に帰るまでがセットになっていた。頻度で言えば、中世古と一緒に帰るよりも多くなって来たと言っていい。本人にはそんな事口が裂けても言えないが。
「ここ最近はずっと残ってるからね。演奏も、……まあ少しはマシになったかな?」
「素直に褒めろ」
「いたっ」
自転車を押しながら歩く忍が、揶揄う様にそう言うと、優子から軽い肩パンチが飛んでくる。相変わらず素直ではない様だ。
「疲れちゃったから、今日もタクシー使うわ」
すると、優子が忍の自転車の荷台を叩いてそんな事を言う。対して忍は少し顰めっ面になった。
「えー?今日も乗せんのー?」
「いいじゃない。駅まで方向同じなんだし」
「……タクシー代は?」
「ツケで」
「払われた事一度もないんだわ」
口では嫌がっているが、表情はその真逆だ。そんな忍を見て優子は遠慮無しに自転車の荷台に腰を掛ける。
「運転手さん、六地蔵駅までお願いします」
嬉しそうにそう言うと、観念したのか忍も自転車に跨る。
「……分かりました。急ぎですか?」
「いいえ、ゆっくりで♪」
そしてご機嫌なお客さまを乗せて、忍は駅までの坂を自転車で下り始めた。この二人乗りにも慣れたもので、優子は楽しそうに荷台の上で足をパタパタさせている。
「お客さまー、空調はいかがですかー?」
「ちょっと寒いでーす」
タクシー運転手の忍がそう聞くと、お客さまの優子はそう返す。自転車はゆっくりゆっくりと、坂を下りていく。まるでその空間をじっくりと楽しむかのように。
「運転手さーん、どうにかならないんですかー?」
「残念ながらこの車は暖房設備が無いのでー」
そんなごっこ遊びをしながら、二人は自分たちだけの世界に入る。
「じゃあ、こうしまーす」
すると、優子は身体を密着させる様に忍の背中に抱きついた。
「………お客さま、そう言う事されては困ります」
いきなりの行動に忍も面を食らう。
「あら、私は暖房を付けただけです。何も問題はないですよ?それに、シートベルトはしないと危ないですからねー」
ニシシと、意地の悪そうな笑い声が聞こえる。表情は見えないが、どうせ馬鹿にした顔をしてるのだろう。身体は密着して、しっかりと腕を回して忍の胸の辺りでホールドしている。こんなにドキドキするシートベルトも無い。
「あ、ちょっと!スピード上げてんじゃないわよ!!」
そんなお客さまの攻めを受けて、少しだけスピードを上げる忍だった。
「ねえ、忍」
「何?」
すると、忍に抱きついたまま優子は忍の名前を呼ぶ。
「……ふふっ、何でもない」
「……そうかよ」
存在を確かめるように、しっかりと温もりを感じるように優子は忍の背中に顔を引っ付ける。心地の良い忍の鼓動を感じながら、駅までの坂を下るのであった。
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「ありがと、忍。またお願いね?」
「へーへー。ご利用ありがとうございました」
六地蔵の駅まで自転車を走らせ、ようやくお客様を降ろす。まだ背中に感触が残ってるのか、忍の頬はほんのりと赤かった。
「やっぱり便利ね。次の部活休みまで毎日使おうかしら?」
「あと2週間もあんじゃん……」
対して優子は相変わらずご機嫌な様だ。これでは精神が持ちそうに無い。
「あ」
すると、部活休みと聞いて忍は思い出した様な表情になる。
「優子、その部活休みの日って、予定空いてる?」
「空いてるけど……何?どっか出かけるの?」
「まあ、そんな感じ。……やっといた方がいい事だからさ、空けといてよ」
少し真剣な表情になる忍に対し、何か感じ取ったのだろう。優子も真剣に頷く。
「分かったわ。空けておく。……因みに何をするの?」
「いや、やる事自体は大した事じゃ無いよ。お墓参り。母さんに挨拶はしたけどお墓の場所教えてなかったからね。凛花も行くけど、いいよな?」
なるほど。そう言う事なら、断る理由は全く無い。
「なんで身内が墓参りに行けないのよ。分かったわ。必ずその日は空けておくから。何時に行くか決まったら教えてちょうだい」
「りょーかい。じゃあ、用件以上。また明日にー」
「じゃ、また明日ー」
そんなやりとりをすると、優子は改札の方へと姿を消して行った。