響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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最後の

 

 京都の宇治から約3時間程。北宇治高校吹奏楽部員たちを乗せたバスは、名古屋に到着する。降りてみると10月の後半らしく、乾燥し始めた空気と少しばかりの冷たい風が頬を撫でる。そんな過ごしやすさを感じながら、部員たちは準備を始める。

 

 「はーい。それでは、楽器運搬の係の人はこちらに来て下さーい」

 

 部長の小笠原の声も、よく聞こえる。その中でテキパキと動く部員たちは、堂々としている。つい数ヶ月前までは見なかった光景。意識が変わり、行動が変わり、結果が変わった。

 

 「リハーサルは15時までとなります。時間を1秒も無駄にせず、明日の全国大会に臨みましょう」

 

 「「「はい!!!」」」

 

 滝先生の問い掛けに、部員たちは気合の入った返事を返す。今までは府大会銅賞が定位置だった北宇治高校吹奏楽部。それが今や、全国大会の前日を迎えていた。

 

 

 

 _____________

 

 

 

 「はいー、滝野UNOって言ってないー」

 

 「ちょ、千円先輩!タンマタンマ!」

 

 その夜。名古屋市内のホテルの一室では、男子部員どもが集まってカードゲームをしていた。千円先輩と残念なあだ名を付けられている3年の野口がそう言うと、ミスをした滝野が慌ててそう返す。

 男子組は部員が少ない故、部屋は1年から3年まで全て一緒だ。各々見てみると滝野や野口の様にカードゲームで遊んでる者もいれば、後藤の様にイヤホンで音楽を聴いたり、塚本や滝川の様にテレビをボーッと見たりと、各々リラックスしている様子だ。しかしその中に、いつも目立つ男の姿が無かった。

 

 「はいー、もう消灯するぞー。全員揃ってるかー?」

 男子組のリーダー的存在である3年の田邊がそう言う。

 

 「あれ?アッキー先輩は?」

 

 「さっきトイレ行くって言ったっきり、帰って来てないな」

 

 塚本がそう言うと、後藤がそう返す。いつもはこう言う場では率先してふざけるのが忍なのだが、今日はその場にすら居なかった。すると、滝野がハッとした様な表情を浮かべる。

 

 「……もしかして、吉川?」

 

 滝野の発言に、男どもの中に緊張が走る。本番前日、ナーバスなところに男女2人きり。何も起きない筈はなく____

 

 「だな。それ以外考えらんねぇ。帰ったら尋問だ」

 

 知らぬところで、男子からの嫉妬を買う忍だった。

 

 

 

 消灯時間も過ぎ、ホテル内は先程の賑やかさとは一変、夜の静けさになる。あれ程忍を尋問すると息巻いてた男子部員たちも、すっかり布団の中で眠っていた。しかし、その中に忍の姿は無い。

 

 「…………」

 

 彼は、ホテルのロビーに居た。ソファに座り、耳にはイヤホンを付けて、何やら楽譜のスコアを真剣に見ている。そして、意外にも1人だった。ロビーの電気は消灯しており少し薄暗いが、代わりに自販機の灯りが忍の横顔を照らしている。

 

 「………あれ、秋川くん?」

 

 そんな忍に気付く少女が1人。人の気配を察知した忍がその方向に顔を向けると、そこには中世古の姿があった。忍はイヤホンを外して薄く微笑む。

 

 「こんばんはっす、香織先輩。寝れないんすか?」

 

 「こんばんは。ちょっと喉乾いちゃって。自販機に来たら秋川くん居たから、ちょっとびっくりしちゃった」

 

 そう言って中世古は自販機の前に立つ。小銭を入れて自分の飲み物を買うと、忍の方に振り返った。

 

 「秋川くんは、なに飲む?」

 

 中世古の言葉に忍は一瞬驚いた表情を見せるも、すぐにいつもの飄々とした顔に戻る。

 

 「いいんですか?流石エンジェル。お言葉に甘えて」

 

 「もー、おちょくらないの。……ちょうど良いから、少しお話ししようかと思って」

 

 「……お話し?」

 

 話す内容など見当も付かないと、忍は首を傾げる。

 

 「いいから、早く選んじゃって」

 

 対して中世古の方はなにやら有無を言わせぬ雰囲気だ。いつもとは違う先輩の感じに少し戸惑いながらも、忍は自販機でオレンジジュースのボタンを押す。そして中世古と隣同士でソファーに座った。少しの沈黙の後、会話を切り出したのは中世古の方だった。

 

 「最近、秋川くんずっと優子ちゃんと一緒だったからね。こうやって2人きりになる事が無かったから」

 

 「先輩は、俺と2人きりになりたかったんですか?」

 

 揶揄う様に忍がそう言うと、中世古は少し考える仕草をして、どこか蠱惑的な表情を忍に向けた。

 

 

 「そうだね。……ちょっと、嫉妬しちゃったかも」

 

 

 そんな中世古に、忍は一瞬言葉に詰まる。

 

 「……どう言う事です?」

 

 「優子ちゃん取られちゃったから」

 

 「あぁ、そっち……」

 

 そっちの方かと、忍は安心したのか、残念がるのかよく分からないため息を吐く。忍はから仕掛けたのだが、綺麗なカウンターを喰らった。こう言うのは中世古の方が一枚も二枚も上手らしい。

 

 「お話しって言うか、ちゃんとお礼が言いたくて。練習とかで忙しかったから、タイミングが無くてね」

 

 「お礼?」

 

 そう言うと中世古は忍の方に正面を向いて、深々と頭を下げた。

 

 

 「……再オーディションの件、本当にありがとう。おかげで私も悔いが残らない演奏が出来たよ」

 

 

 中世古がずっと忍に伝えたかった事。それは、感謝の言葉だった。それを伝えると、中世古はゆっくりと頭を上げる。

 

 「後で優子ちゃんから聞いたの。高坂さんとの再オーディション、秋川くんから滝先生に提案してくれたんだね?」

 

 「……別に、そんな大した事はしてないっすよ」

 

 少し気恥ずかしそうに、忍はそれだけ返す。

 

 「私からしたら大した事だよ。……あの時、秋川くん私に言ってくれたよね?『香織先輩は納得してますか?』って」

 

 いつしか、個人練をしていた時に忍から言われた言葉。

 

 「その一言で、吹っ切れたの。"敵わないと思っても、また全力でやってみよう"って」

 

 その言葉は、中世古にとってとてつもなく大きなものだったのだ。しかし、忍自身にその意識は全く無かった。

 

 「それは、香織先輩が決めた事です。俺が感謝される様な事じゃ無いですよ」

 

 「秋川くんならそう言うと思った。だから、これは私が勝手に感謝してるだけ。最後の最後に言えてよかった」

 

 優しい彼女が、最後に忍に伝えたかった事。言い切ったその表情は本当に晴れ晴れとしたものだった。

 

 「……ところで、それは何かな?」

 

 すると、中世古は忍が持っていた楽譜を指差す。先ほどから中世古の視界には入っていたのだが、コンクールのスコアとは違うものだった。

 

 

 「あぁ、これですか?次のソロコンの楽譜です」

 

 

 忍がロビーでずっと一人でいた理由。それは、次のソロコンの曲を聴いていたからだった。

 

 「……やっぱ秋川くんはすごいね。もう次の事を考えてるんだ」

 

 明日は全国大会の本番だと言うのに、こんな余裕があるものかと、中世古は感心する。

 

 「……まあ、寝れないからってのもありますけどね。コンクールの曲は寝れる気がしないので」

 

 「あはは、そうだね」

 

 しかし、どうやら気を紛らす為だったらしい。どこか掴みどころの無い様で、蓋を開けてみるとただの素直な少年。2年見てきても忍の本質は変わらないんだろうと、中世古は安心した様に微笑んだ。

 

 「明日、がんばろうね」

 

 「はい。香織先輩も」

 

 短く、それだけ言葉を交わす。そして忍は大きく背伸びをすると、立ち上がって中世古に笑顔を向ける。

 

 「香織先輩のおかげで、良く眠れそうです」

 

 「もう、相変わらず調子いいんだから」

 

 ひょうきんにそう言う忍に対し、少し困った様な笑顔で中世古はそう返す。

 

 「事実ですよん。……そうですね。これで最後なので俺からも一つ」

 

 そう言うと、忍は中世古の正面に向き、先程の彼女と同じく深々と頭を下げた。

 そして次に忍が発する言葉に、中世古香織の心が揺れ動く。

 

 

 「香織先輩が先輩で本当に良かったです。2年間、お世話になりました」

 

 

心からの言葉なのは、すぐに理解できた。彼は、本音が出る時はわかりやすい。それは2年間付き合って来たから分かる。そんな本心をこんな形で言われてしまっては、嬉しくならない筈がない。

 

 

 「………こちらこそ、ありがとね」

 

 

 なんとか、なんとか平静を装えた。込み上げるものを必死に押さえ込んで、なんとか言えた。ここで感情を出しては、先輩としてダメだ。この感情は、抑えとかなければいけない。彼が頭を下げてくれたのは、幸運だったかもしれない。

 

 だって、今の私の顔が見られなくて済むから。

 

 

 

 「ジュース、ありがとうございました」

 

 数秒後、そう言って忍は頭を上げる。そこにはいつもと変わらず柔らかく微笑む中世古の姿があった。

 

 「ううん、どうって事ないよ」

 

 「それじゃあ、おやすみなさい」

 

 「うん、おやすみー」

 

 そんなやりとりをして、忍はロビーから離れる。そして姿が見えなくなったのを確認すると、中世古は一つ軽くため息をついた。

 

 

 

 「………はあ。やっぱり、優子ちゃんが羨ましいなぁ………」

 

 

 

 ポツリと、消え入りそうな声でそう言うと、中世古は先ほど買った缶ジュースを一気に飲み干した。まるで、その言葉を飲み込む様に。

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