響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
翌日、名古屋の天気は晴れ。全国大会が行われるホールの外庭では、全国出場校の証である肩リボンが配られる為、各地区の代表校が集まる。右を見れば四国代表の西条女子。左を見れば九州代表の聖良女子と、制服だけでもどこか分かる高校ばかりだ。そしてその中に、もちろん関西代表の北宇治も居る。
「いいねー、明静は。コンクール専用の衣装があって」
「せやろー?伝統の明静ホワイトっちゅうやつや」
待機中、忍は同じ関西の代表校、同じ2年生、同じトランペット奏者、そして従兄弟である篠田と会話をしていた。
格好を見てみると忍はいつもと変わらない北宇治の学ランを着ているのだが、篠田はそれとは違った。白のシャツ、白のジャケットに黒の蝶ネクタイ。下は黒い少しゆとりのあるズボンのスタイルだ。制服もいいがやはりこう言う特別な衣装があると映える。
「来年は
「まあええけど、これでもデメリットあるんやで?」
「え、そうなの?」
篠田の言葉に、忍は首を傾げる。見栄えだけならメリットしか無いのだが。
「予選で落ちたらえらい恥ずい」
「……それは、確かに」
明静ほどの歴史のある強豪校ならブランドが付くが、実績の無い北宇治が専用の衣装を作るとなると、恥をかくリスクも高いと言う事だ。北宇治が強豪校と呼ばれる様になるまでは、あまり現実味のある話では無かった。
「まあ、言うて衣装はオマケよ。本チャンはやっぱ演奏やで」
「分かってるよー。気分の話」
兎にも角にも本番は近い。こうして各校が集まっているのを見ると、イヤでも実感が湧いてくる。
「はーい!リボン配るでー!明静の部員は来て下さーい!!」
すると、明静の部長さんが声を掛ける。先にリボンが支給された様だ。
「ほいなら行くわ。お前も本チャン、トチらん様にな!」
「まさっちもね」
「はっ!いらん心配や!」
そう言い残して、篠田は明静の集団へと向かって行く。やはり快活で気持ちの良い男だった。
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そして、本番直前。
北宇治の部員は、リハーサル室で最後の音合わせをしていた。見てみると全国大会と言う大舞台であるが、部員たちはさほど緊張している様子は無い。県大会や関西大会の様に結果が次に繋がる事がないからだ。そこに精神的に余裕が生まれ、自分の目一杯を出し切れる。ここまで沢山練習して来たと言うプレッシャーもあるが、それが緊張と緩和の良いバランスになっていた。
すると、滝先生は手を挙げて部員たちの演奏を一旦止める。
「はい。これからいよいよ、本番です。私たちは春に全国大会と言う目標を掲げ、ここまでやって来ました。結果を気にするなとは言いません。ですがここまで来たら、まずは悔いのない演奏をする事です」
そう言うと、滝先生は部員を見渡す。
「特に3年生。今日が最後の本番です。この晴れ舞台で、悔いのない演奏をして下さい」
「「「はい!!」」」
このメンバーで演奏するのは、今日で最後だ。それを噛み締める様に、3年生は返事を返す。
「先生、一言いいですか?」
すると、部長の小笠原が手を挙げる。
「もちろんです。どうぞ」
そして立ち上がると、小笠原は全員をよく見渡す。
「ついに本番だよ。私、今日だけはネガティブな事絶対言わない。……私ね、今、心の底からワクワクしてる」
そう言う表情は部長らしく、自信に満ち溢れたものだった。半年前までは何処か頼りなかった少女が、色んなものを乗り越えて成長した証だった。
「いい演奏して、金取って帰ろう!」
「「「「はい!!」」」」
そんな頼り甲斐のある部長の言葉に、部員たちも気持ちの良い返事を返す。
「じゃあ、副部長のあすか」
そして、小笠原は田中にバトンタッチをする。この北宇治高校吹奏楽部の核は、やはり彼女だ。田中も同じく立ち上がり、部員たちを一瞥する。
「えーっと、全国に関して、皆んなに色々と迷惑をかけてしまいました。……こうやってこの場にいられるのは、本当に皆んなのおかげだね。……ありがとう」
その言葉は、何処か本音を隠しがちな掴みどころの無い彼女が、心の底から出したものだった。
「今日はここにいる皆んな北宇治全員で、最高の音楽を作ろう!それで、笑って終われるようにしよう!」
「「「「はい!!」」」」
一通り言いたい事は言い終えたのだろう。その表情は、晴々としたものに見える。
「ご静聴、ありがとうございましたぁ!晴香!」
そしていつもの飄々とした口調に戻り、小笠原にアイコンタクトを送る。
「よーしっ!では皆さん、ご唱和願います!」
小笠原がそう声を掛けると、自身の右拳を握りしめた。倣うように他の部員たちも拳を握りしめる。
「北宇治ファイトー……」
「「「「オーーー!!!!」」」」
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リハーサル室から移動して舞台袖。ここまでくれば、出番は次だ。前の高校の演奏が聴こえる中、部員たちは出番を待つ。各々、最後にピストンを確かめたり、楽譜を読み直したり、あるいは小声で談笑している。しかし、張り詰めた表情の部員は、誰一人として居なかった。
「……………」
そして、それはこの男も同じ。忍はトランペットのピストンを確認しながら、一人柔らかい表情を浮かべていた。
「何一人で笑ってんのよ」
そして、そんな時に声を掛けるのは、やはり彼女だ。優子の問いかけに、忍はゆっくりと顔を彼女の方へと向ける。
「楽しみで、笑いが止まんなくて」
「相変わらずで羨ましい限りだわ」
こんな状況でも、二人の会話は変わらない。お互いの軽口で肩の力が抜ける。
「………遂に来たわね」
「そうだね。観客席も超満員。やっぱり全国ってすごいわ」
音楽は、聴き手がいてこそ。この全国大会と言う舞台は、その最高峰でもある。
「凛花と親父も来れれば良かったんだけどなー」
「やっぱり抽選落ちちゃったか。ウチの両親もダメだったわ」
唯一の不満は、全国の会場に身内が来れない事だった。全国大会のチケットともなると、プレミアが付く程に取りにくくなる。
「まあ、倍率高いからねー」
「やっぱり、家族が来れないのはちょっと残念かな」
そう言って優子は少し残念がる表情を見せる。針の穴を通す程に難しい関西地区を突破しての全国大会。その晴れ舞台で演奏する姿は、やはり家族には見て欲しい。
「まあ、しょうがないねー」
しかし、忍はそこまで残念がってる様子は無かった。
「アンタは、そんな残念じゃ無さそうね」
優子がそう返すと、忍は挑戦的な笑みを浮かべて優子を見やる。
「だって、来年もまた来ればいいでしょ?」
まるでそれが当たり前かの様に、忍はそう言い放つ。この男にとっては、この舞台が終着点では無い。
その言葉を聞いて、優子の肌に軽く鳥肌が立つ。この男は、来年も全国に行けると信じて疑ってないのだ。
「………そうね。それが一番手っ取り早いわ」
そして優子も、覚悟をした様にそう呟く。来年は自分達が3年生。引っ張って行く立場だ。自分達の立ち振る舞いや行動で、全国に行けるか否かが決まる。それを、忍はいの一番に理解していた。
「北宇治、行くよ……!」
すると、小笠原から声が掛かる。遂に舞台に立つ時間が来た。忍も床に置いてた楽譜を拾う。そして最後に優子を見やって微笑んだ。
「来年も来れるって証明するためにも、ここで金賞取らなきゃね」
「………もちろん、当たり前じゃない」
ここでの金賞は、あくまで通過点。忍がそう言うと、優子も強くそう返す。そして舞台に出ると、やはり眩しいくらいにスポットライトに照らされる。その光に、今この時間は自分達が主役なんだと実感する。
『プログラム3番、関西代表、北宇治高等学校』
アナウンスが響く。そして滝先生が演奏の準備が終えたのを確認すると、右手を挙げる。
そしてその手に合わせる様に奏でられる演奏は_____________