響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
コンクールに向けての練習が始まった。まずはパート練。各々譜面に触れて、曲の全体像を掴む。花形であるトランペットは、主旋律を担当する事が多い。
そして、この三日月の舞も、例に漏れず主役はトランペットだった。
「違う違う、ヨッシー。そこでブレスしなかったら、後が息続かないよ?」
音を出していたトランペットパート一年の吉沢秋子に対し、秋川はそう言って演奏を止める。
「は、はい。でも、ここブレス無しでもなんだか行けそうじゃないですか?」
対して吉沢は、首を傾げて秋川にそう返す。
「そう?、じゃあブレス無しでやってみて?出来なかったら今日一日、肺活トレーニングの刑ね?」
「そ、そんなー!」
意地悪な笑みを浮かべてそう言う秋川に、吉沢は困り果てた様な表情になる。
ここはトランペットパートの教室。各々、曲の得意なところや苦手なところを、確かめる様に何度も繰り返して吹いていた。
「はい、じゃあ、24小節から行ってみよー」
「うぅー……はい……スゥーーー……」
_____♪ー♪ー、♪♪ー________
吉沢がこれでもかと言うくらい大きく息を吸うと、勢い良くトランペットの旋律が流れる。しかし、それも最初だけで、後半になるにつれて徐々音が弱くなっていき、最終的にはすかしっ屁の様な音しか出なくなっていた。
「はい、じゃあ肺活トレーニングにご案内ー」
吹き終わった吉沢に対し、いい笑顔でそう宣言する秋川。吉沢はがっくしと肩を落としている。
「あはは、秋川君、あんまり虐めちゃダメだよ?」
そんな2人のやり取りに、中世古が軽く笑ってそう言って来た。
「甘いですよ香織先輩。ヨッシーは経験者。そして俺達は全国を目指してる。全体のレベルアップの為にも、俺は鬼にならねばならないのです……」
仁王立ちになり、しみじみとそう言い放つ秋川。トランペットパートは、彼のこのひょうきんな性格により、かなり雰囲気が良かった。
一人、高坂だけは相変わらず個人練に行っていたが。
「なーに偉そうな事言っちゃってんのよ?アンタだって、まだ完璧じゃないでしょ?」
そんな秋川に突っ掛かる様に、呆れた声で吉川がそう返す。
「吉川だって、出だしのハイトーンしんどそうだったじゃん。あれ、コンクールでやらかしたら恥ずかしいぞー?」
相変わらず小馬鹿にする様に秋川にそう言われ、吉川の顔がみるみる赤くなって行く。
「う、うっさいわね!!じゃあ、アンタがやってみなさいよ!!」
図星を突かれたのか、吉川は少し声を荒げてそう言い返す。一言、「りょーかい」と秋川が言うと、秋川はすぐさま立って姿勢を正し、確かめる様に短く一音出す、
____♪ー♪ー♪、♪ーー♪♪_____
そして出だしのフレーズを、一音も乱す事なく、完璧に吹いてみせた。
「………相変わらず、腹が立つぐらい上手いわね」
心底不服そうな顔で、吐き捨てる様に吉川がそう言う。
「そりゃどうも。もっと褒めて良いよ?」
「一言余計だっつーの!!」
「あでっ!!!」
ドヤ顔でそう返す秋川に対し、吉川のタイキックが炸裂した。
因みに吉沢は、肺活トレーニングを免れていた。
_____________
「よし、そろそろ、片付けしよっか?」
中世古がパートメンバーの面々に向かってそう言うと、一同は一斉に時計を確認する。
時刻は下校時間に近づいており、それまでほぼ休み無しで吹き続けていた。
「あ、じゃあ私、高坂さん呼んでくるよ」
すると、3年の副パートリーダーの笠野が、個人練をしている高坂を呼ぶ役を買ってくれた。
「うん、じゃあよろしくー」
中世古がお願いすると笠野は立ち上がって教室を出て行く。
それを見届けると、各々片付けを開始する。楽譜立ての片付け。譜面の片付け。それぞれに帰る準備をする。
「あれ?、アッキー先輩、ペットの手入れですか?」
すると、トランペットのパーツを取り外していた秋川に対し、吉沢が興味津々にそう聞いて来た。
「ん?、そうだね。毎日の手入れだから、欠かせんのだよ」
「え?、毎日ですか?よく出来ますね……」
毎日と言う言葉を聞いて、吉沢は驚いた顔になった。トランペットは吹奏楽の中では小さめの楽器で手入れも簡単だが、さすがに毎日手入れをするのは中々に骨が折れる。しかし、秋川は神妙な顔になり、人差し指を振った。
「ノンノン、分かってないなーヨッシーは。"みゆき"は毎日構ってあげないと、すぐ拗ねちゃうからねー。だからこうやって、愛を確かめているのだよ」
「みゆき?」
吉沢にとっては聞き慣れない言葉に、首を傾げる。
「秋川君の彼女さんだよー。………今はバラバラにされちゃってるけどね?」
すると、中世古が付け加える様にそう言う。それを聞いて、吉沢の顔がどんどん青ざめていった。
「そ、そ、それって、事件じゃ……!!!」
すぐに警察をと、吉沢はポケットから慌ててスマートフォンを取り出すと……
「んな訳無いでしょ!」
「あてっ!」
吉川が、譜面で吉沢の軽く頭を叩いてツッコミを入れた。
「何?アンタ、自分のトランペットに名前なんて付けてんの?」
そして秋川の方へ向きを変えると、吉川は怪訝な顔でそう聞く。
「もちろん、お陰様で美しさは保っている」
しかし、さも当たり前だと言う風に秋川がそう返した。
「……確かに、汚れも傷も一切無いわね」
そう言って、吉川は秋川のトランペットをまじまじと見つめる。彼女の言う通り、秋川のトランペットは新品かの様に綺麗だった。白金の光沢は鏡の様に輝いていて、パーツを外しても錆などは一切見当たらない。
それは彼が、誰よりも楽器を大切にしている何よりの証拠だった。
「だろ?毎日愛でる事で、みゆきは一層美しくなるのです……」
「うわっ、キモっ」
恍惚な顔でそう言う秋川に対し、吉川は少し引いた顔で一言、ドギツい言葉を返した。
まあこれに関しては、秋川の言葉が悪すぎる。
「うっせ、バーカ」
対して秋川は舌を出し、子供の様な悪口を返す。
「無機物を彼女にしてどーすんのよ?」
「彼女のつもりでって事だよ」
「と言うか、みゆきってネーミングセンス……将来のアンタの子供に同情するわ」
「なんだと!?」
そして、いつものじゃれ合いが始まった。それを見た吉沢は、こっそりと中世古に近づく。
「あのー、香織先輩?」
「ん、何かな?」
秋川と吉川に聞こえない声で、二人は話す。
「あの二人って、なんだか仲良いですよね?なんでですか?」
吉沢がそう聞くと、「うーん」と、中世古は少し考える素振りをする。
「これと言って理由は無いんだけどね?一年生の頃からあの二人ってあんな感じなの。なんだろう?馬が合うってやつなのかな」
「?、なんか、変な関係ですね?」
そんな中世古の曖昧な回答に、吉沢は不思議そうな顔でそう返す。
「あははっ、そうだね。変な関係」
対して中世古も、軽く笑ってそう返した。
「はいはーい、そこのお二人。じゃれあいは良いけど、ちゃんと片付けもしなよ?」
「じゃれあって無いですよ!!」
そして、冷やかす様に中世古がそう言うと、少し顔を赤らめて吉川がすぐさま反論して来た。