響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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手紙

 

 季節は12月中旬。

 窓の外を見ると、すっかりと冬の色を見せている。数ヶ月前は青々と茂っていた中庭のイチョウの木は、今では葉を落として物悲しげな姿を見せていた。宇治はあまり雪は降らないが、それでも盆地であるが故に冷え込みは厳しくなる。生徒を見ればマフラーや手袋を着けている者も多い。

 活発だった運動部の音は、冬の寒さからか夏に比べれば随分と大人しくなった様に思える。その中でも、音楽室から聴こえてくる音はその熱を持って、冬枯れの宇治を些細ながらに暖めてくれる様に思えた。

 

 聴こえる音は、二つ。

 

 乾いたトランペットの音と、それを包み込む様なピアノの音。

 

 「………どう?」

 

 「いい感じ。だけどもっともっと良くなるかも」

 

 ソロコンに挑む忍と優子は、現在1次審査である音源審査の録画を行っていた。基本コンテスト系は舞台での一発勝負な事が多いが、この音源審査は録画、もしくは録音したテープを提出する形で審査が行われる。

 つまり、自分達の納得が行くまで何度も演奏のやり直しが出来るのだ。

 

 「あー!?またやり直しー?もう何回やってんのよー!」

 

 「だってまだいい音じゃないもん。こんなんじゃ“みゆき”だって満足しないよ。なー、みゆきー?」

 

 「………それ、キショいから辞めなさいよ」

 

 そしてこの秋川忍と言う男は、とことん音にこだわる。自身の愛するトランペットに頬ずりをする変態に対し、優子は呆れた様にそう返す。

 数日前から録画ありでの演奏をしているが、彼の中ではまだまだ理想の演奏には程遠いようで、試行錯誤を繰り返しながらのここ数日間だった。

 

 「とりあえず、録画した演奏見てみんべ」

 

 「そうね」

 

 そう言って2人して先程の演奏録画を確認する。相変わらず互いの頬が引っ付きそうで距離感が近い。

 

 「あ、ここ。もう少し緩急付けた方が自然かも」

 

 「緩急って、どんな感じ?」

 

 「んー、こう、タタタっターラーラータター。みたいな感じ」

 

 しかしそんな事を気にする暇も無く、2人は演奏に集中している。それ程に本気である証拠だ。

 

 「分かったわ。じゃあそこだけ一回合わせてみよっか?」

 

 「うん」

 

 2人して演奏する時は、この様に会話、演奏、会話と繰り返す事が多い。演奏して、何が違うのか、何が合っているのかの共有。そしてそれを実践。当たり前の事の様に思えるが、これが出来るだけでも演奏の質は格段に上がる。

 

 「今のめっちゃいい感じ。伴奏も合ってたね」

 

 そしてそれは、優子のピアノ技術の向上にも影響を与えていた。ただひたすらに弾き続けるのでは無く、忍の意見を聞きながら何が違うのかを考えながら弾く。元々基礎的な部分はある程度出来ていたので、この練習法は彼女にとってドンピシャだった。

 

 「じゃあ今のところ意識的に、最初から通すわよ」

 

 「あい。優子のタイミングで」

 

 もう一度頭からと、優子は伴奏を始める。その表情は真剣そのもの。音源審査の期限まではあと2週間程だが、不思議と優子の中に焦りは無い。何故なら演奏技術の向上を一番実感しているのは、紛れもなく優子自身だからだ。

 

 

 ________________________

 

 

 

 「おい、2人とも。そろそろ閉めるぞ」

 

 音楽室。声のした方に優子と忍が顔を向けると、入り口で鍵を持った松本先生が居た。窓の外を見るともう日も暮れていて、学校に残っている部員はこの2人だけの様だった。

 

 「最近はずっとこの時間まで残ってるな。根は詰め過ぎてないか?」

 

 「俺は問題無いです。優子は?」

 

 「私も大丈夫です」

 

 2人して良い返事をする姿に、松本先生も柔らかい笑みを浮かべた。そして目線を優子の方へと向ける。

 

 「吉川、伴奏の方は上手く行っているか?」

 

 「はい!松本先生に言ってもらったところ、やってみたら上手く出来ました!」

 

 松本先生の問いかけに、優子は嬉しそうにそう返す。彼女のピアノ技術の向上は、松本先生の助力によるものも大きかった。

 

 「そうか。ただ秋川(コイツ)(いささ)かデリカシーが無いからな。何か嫌な事があったら私に相談するんだぞ?」

 

 「あははっ!大丈夫です!私の方でシバいとくんで!」

 

 「信用無いなー」

 

 松本先生の冗談に対し、優子も大きく笑ってそう返す。この自由人の相手をする気苦労を共感できるからから、二人はソロコンの練習を通して随分と仲良くなっていた。2対1の構造になり忍は少しやりにくそうにしている。

 

 

 「そう言えば秋川。島野先生から手紙が来ていたぞ」

 

 

 すると、松本先生は忍の方に顔を向けそう言う。島野先生と言う言葉を聞いて、忍の表情が一気に明るくなった。

 

 「マジっすか!?それで、島野先生はなんて?」

 

 島野先生は去年のソロコンでお世話になった伴奏の先生だ。この時の経験は忍にとっても大きな物で、かなり島野先生を信頼していた。

 

 「まあ、ソロコンに出ると私から手紙を出したんだがな。“本選に出たら必ず見に行きます”だそうだ」

 

 そう言って松本先生は一枚の手紙を差し出す。写真も同封されていて、そこにはロングの髪を纏めた美人さんと、トランペットを持った顔立ちが少し似た5歳ほどの少女が笑顔で写っていた。

 

 「その人が、島野先生?うっわ、凄い美人さん」

 

 優子も興味津々にその写真を見る。去年会った時と変わらず、その美貌は健在の様だった。

 

 「隣の小っちゃい子はその先生の子なの?」

 

 「そうだよ。由美ちゃんって言ってねー。うわー、由美ちゃん、本当にトランペット始めてくれたんだー」

 

 そして何より忍にとって嬉しかったのが、島野先生の娘である由美ちゃんがトランペットを始めてくれた事だった。大事そうに楽器を抱える少女の姿に、忍も自然と笑みが溢れる。

 手紙の文字を見てみると、応援の言葉や近況などが綴られていた。

 

 "由美はあれからトランペットに夢中になってます。「いつか絶対忍と一緒に吹くんだ」って、秋川くんにもらったマウスピースを毎日嬉しそうに見せてくるんですよ”

 

 その中でもこの一文が、忍にとっては何よりも嬉しかった。あの豊橋駅の改札で誓った言葉を、律儀に守ってくれていたのだ。

 

 こんなにも想ってくれているのなら、お返ししたくなる。

 

 「まつもっさん、一緒に写真撮りましょう」

 

 するりと、忍の口からその言葉が出る。その一言だけで何をやろうとしてるのか察した松本先生は、柔らかい笑みを浮かべた。

 

 「変な写真は撮るなよ?」

 

 「撮らないですよ。優子も、一緒に撮るぞ」

 

 「え?、あ、うん。別にいいけど」

 

 そう言って3人並び、自身のスマートフォンを机の上に立てかけタイマーをセットする。忍は由美ちゃんと同じく、トランペットを大切に抱えて。

 

 

 ____________________

 

 

 

 冬の夜と言うものは、肌が痛くなる肌に冷え込む。特に夜が更けてきた頃は、どれだけ着込んでも足りないと思う程に。

 そんな中、秋川家では一人の青年が机に向かっていた。傍には3人が写った現像写真。そして目の前には、まっさらな便箋。手紙と言うものは何を書けばいいものかと悩む事が多いが、青年、忍の表情はそうでは無い。まるでその文章があらかじめ決められていたかの様に、忍は自然と文字を綴る。

 

 

 

 拝啓

 

 島野由佳様、由美様。

 

 お手紙の返事、ありがとうございます。

 

 元気そうな先生と由美ちゃんを見て、こちらも嬉しい限りです。

 

 ご存知の通り、今回のソロコン、トランペットでエントリーをする事になりました。順調に行けば3月に先生を東京にお招きする事が出来そうです。

 

 去年、島野先生から頂いた全ての経験が、今の自分に生かされていると、確信を持って言えます。このお礼は、ソロコンの本選の切符と言う形で返せればと思っています。

 

 そして由美ちゃん。

 

 去年見た時より少し大きくなったかな?何よりもトランペットを好きになってくれた様で、嬉しく思います。

 

 これからも音楽を続けていれば、いずれはまた巡り合わせが来るかも知れません。その時は一緒に吹きましょう。自分としても、由美ちゃんと一緒に吹ける事を楽しみにしています。

 

 今、自分はソロコンに向けて練習を重ねています。

 

 思い出すのは去年のソロコンの予選前、島野先生が言ってくれた言葉です。写真の左側にトボけた顔の女性がいるでしょう?その人が今回の伴奏者です。あの時、島野先生に話した女の子です。今ではこの人を伴奏者にして良かったと、心の底から思っています。

 

 書きたい事はまだ色々あるのですが、続きはまた東京で会った時にでもお話ししましょう。

 

 最後に、これからもお身体に気をつけてください。

 

                     敬具

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