響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
「………本当にこれで良いわね?」
「さっきから何回も言ってんじゃん。これでダメだったらそれまでって事」
音楽室、パソコンの前。二人の男女がそんな会話を交わす。女の子の方、優子は心配そうな顔をしていて、対照的に男の子の方、忍は落ち着いた様子だった。
画面に映し出されているのは、ソロコンの音源審査のフォーマット。そう。これから録画データを送る直前だったのだ。
あとは保存したデータを貼り付けるだけなのだが、マウスを握る優子の手は重い。
「しんどいなら俺が送ろうかー?」
「いや、そう言う事じゃなくて……これで結果が決まるって思うとなんか緊張しちゃって」
音源審査の難しさはここにある。他のコンテストの様な一発勝負じゃ無い分、どこまで突き詰めていけば良いのか。誰しもが悩む部分だ。
しかし、時間と言うものは待ってはくれない。
「もう撮り直す時間も無いって。ほら、アップ!アップ!」
「うぅ……」
早くアップロードをと煽る忍に対して、狼狽する優子。時間的にもう一度演奏すると言う訳にもいかず、この音源に全てを託すしかもう道は残されていないと言うのが現状だった。
「ほら、あと一押し!!バッチコイ!!」
「えー、でも怖いー」
そんな押し問答が続き、遂に忍が痺れを切らす。
「もうっ!なんて優柔不断っ!お母さんはこんな子に育てたつもりはありませんっ!」
「だってママ、緊張するのはするんだもん!」
果てには寸劇の様な事さえやり始めた。お互いに変なテンションになっている。……なるほど、緊張しているとか言っているがただ単にふざけ合っているだけだった様だ。
「……貴様ら、早く済ませないか」
「はい、すみません……」
そんな気配を察知したのか、茶番を見ていた松本先生から渋い顔で注意される。ここまで言われればふざける訳にも行かず、優子はいそいそと録画データをアップロードした。
「……送ったわよ」
「おっけ。結果が分かるのは2週間後だねー」
結果が分かるのは2週間後。詰められる部分はまだあったかも知れないが、現時点でやれるべき事はやったと言って良いだろう。
これでダメなら手の打ちようが無いと言うところまではやれている。
「よし。じゃあまた練習しますかい」
「そうね」
そしてまたソロコンの練習に戻る。すんなり練習に入る辺り、二人とも審査の通過を疑ってないようだ。
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「……うん。今日データ送った。そっちも今日?」
『ああ、俺も今日やな。大阪の結果発表は京都のより3日ぐらい遅いな』
その晩、自室で忍はある人物に電話をしていた。聞き覚えのある特徴的な関西弁。そして勢いのある喋り方。
「まさっちはどう?手応え」
会話の相手は、従兄弟である篠田正和。
『まあ、なるようになるって感じやな。やり残した事はないわ』
「そーだよねー。こっちも同じ感じ」
会話の内容はソロコンの音源審査。
彼、篠田も今回のソロコンエントリーをしていたのだ。
『ソロコンに出んのは中学ん時以来やからな。勘を取り戻すんにエライ苦労したで』
「あー、そっか。2年くらい間があるのか。そん時はどこまで行ったんだっけ?」
『関西。まーあと少しで全国やったんやけどなー』
悔しそうに篠田はそう言う。この頃から彼の技術は高かった様だ。
「まさかまさっちも今年出るとはねー。いらないライバルが増えたって感じ」
そして彼の楽器は忍と同じくトランペット。即ち忍とライバルになる様な立ち位置で、忍としては突破の難易度が上がったと言っても良い。
『ははっ!でも俺は嬉しいんやで?おんなじ舞台で忍をぶっ叩けるんやからな!』
「おー怖。まあ精々そうならない様に頑張りますわ」
快活に笑い飛ばす篠田に対し、忍も飄々とそう返す。
この威勢の良さも相変わらずの様だ。
「音源審査でコケるなんて、シラける事しないでよ」
『それはこっちのセリフやで。……ほいならもう切るわ。次会うんは関西の会場や。またな』
「うん、またねー」
そう言ってお互い通話を切る。
今回のソロコンテストにおいて一番の壁は、間違い無くこの男になるだろう。2年生ながら強豪である明静工科の1stを担当するトランペッター。それも従兄弟で、歳も同じ。相手として不足は無い。
「凛花ー!!ちょっと河川敷で吹いてくるー!!」
「はーい!晩飯までには帰ってきてよー!」
そう思うと、居ても立っても居られない忍であった。
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音源審査のアップロードも終え、ソロコンにエントリーした2人には少し時間が出来た。本当なら少し一息つきたいところでもあるが、吹奏楽部に属している以上、ソロコンの練習だけに時間を割く訳にも行かない。
「はい。音は合ってきたけど、まだまだ小さいです。一人ひとり、音量も意識する様にして下さい」
「「「「はい!!」」」」
音楽室、教壇の上に立っているのは優子。新部長である彼女がそう言うと、部員たちから返事が返ってくる。
指揮をする姿も様になってきたと言うもので、元々先頭に立つ素質のある彼女が部員たちに受け入れられるのも、そう時間は掛からなかった。
「それでは今日はここまで。残る人は私に伝えてねー」
優子がそう言うと部員たちは各々片付けを始める。彼女も教壇の楽譜を片すと、中川の方に歩みを進めた。
「夏紀、この前話した演奏会の事なんだけど」
部活は終わっても、部長としてやらなければならない事は沢山ある。今は直近の演奏会のイベントについて中川と相談しようとしてるところだった。
「ああ、あれ?もうこっちで片しちゃったよ」
「え?でも書類とか結構あった気がするけど……」
「誰かさんがソロコンの伴奏に夢中だったからねー。アタシと希美で全部やっちゃった」
ヘラリと、いつもの笑みを浮かべて中川はそう言う。対して優子は少しバツの悪そうな顔になった。
「……そう言うのは一言言いなさいよ」
やってくれたのは嬉しくはあるが、もっとこう、言い方と言うものがあってもいいのでは?そんな言葉が優子の顔に出ている。
「言ったらアンタ手伝おうとするでしょ?お陰でアッキーとの時間増えて、良かったんじゃないー?」
尚も揶揄う様な中川の言葉に、優子の顔はすぐさま真っ赤になる。
「余計なお世話よ!!」
相変わらずの捻くれたフォローに案の定優子も噛み付く。もう少し直接的に言えば丸く収まりそうな気もするのだが、中川はなんだか楽しそうだ。この距離感が心地いいのだろう。そして、今度はその表情にさらに意地悪さが加わった。
「じゃあさ、この後何も無いならちょっと付き合ってよ」
「付き合うって、何によ?」
そこまで言うと、中川は目線をトランペットパートの男共2人に向ける。
「ダブルデート」
どうやらこれからお楽しみの時間の様だ。