響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
冬の寒さも本格的になり、年末に向けて人々は少し浮ついた雰囲気を見せる。街を見渡せば派手な装飾に口髭を備えた赤いあの人。どこもかしこもプレゼントでも期待をしているのだろうか。
和の色が強い宇治の街も、この時期ばかりはキリスト教一色に染まっていた。
♪ーーー♪♪♪ーーー
そんな中でも、北宇治に響く音は変わらない。甲高い金管の音と、それに合わせるピアノの音が二つ。
この音も随分と校舎に馴染む様になった。今では誰しもがこの二つの音に、心なしか親しみを持ち始めている。
「……また、良くなりましたかね?」
「はい。上手い以上に、彼らしさが出てます」
職員室にもその音は届いており、2人の演奏に松本先生と滝先生も耳を傾ける。
「彼らのお陰で部活も引き締まってます。感謝しなければなりませんね」
「ええ、本当に」
滝先生の言葉に、松本先生も同意する様に頷く。忍と優子の音楽に対する姿勢は、吹部全体に良い影響を与えていた。やはり周りに良い見本があれば、それに倣うのだろう。
“彼らがあれだけやってるのなら、自分もやらなければ”
そんな意識が、部員たちにあった。
「そう言えば、滝先生はあの子達にはほとんど指導をしませんよね?」
すると、思い出した様に松本先生が滝先生にそう聞く。と言うのも、ソロコンの練習をやり始めてから滝先生が忍達に指導やアドバイスを送る事は殆ど無かったからだ。
「ええ。指導する必要がありませんから」
対して滝先生は、憮然と、当たり前かの様にそう言い放つ。しかし放置している感じでも無い。
「……何か、理由でも?」
「理由、と言う訳ではありませんが、私の指導は吹奏楽部全体のものです。それは即ち、私の“音楽性“を生徒達にやってもらっていると言う事だと思っています」
滝先生の指導により北宇治が全国まで行けたのは、事実だ。しかしそれは吹奏楽と言う総合力の音楽での話。先生自身の“音楽性“を自ら生徒達に示す事で、音をまとめ上げていく。強い吹奏楽のチームは、そこがしっかりしている。
「でも、今回の秋川君は違います。彼はもう“自分の音”を持っている。そこに私の指導が入るのは、むしろマイナスな事になりますから」
そして今回のソロコンは忍個人での話しだ。そこに滝先生の“音楽性”が入る事は、かえって逆効果になる。それは何よりも様々な音を聴いてきた先生自身が理解していた。
「……ハッキリ言ってしまえば、私から秋川くんに出来る事は何も無いと言った方がいいでしょう。もう既に私の手から離れていますから」
そう言うが、滝先生の表情は満足げに笑っている。つまりは、技術的にも精神的にも指導するべきところが無いと言ってる様なものだった。
「本当に、嬉しい限りです」
しかし、先生として、教え子が飛び立つ事がこんなにも嬉しい事なのかと、滝先生は今まさに実感している。
「……これから、そう言う事が増えていくと思いますよ」
そして、そんな感覚を、松本先生も知っている。教師としての経験は彼女の方が長いのだ。これこそ教師冥利に尽きると言うものなのだろう。その表情は柔らかく、同じく満足に満ちていた。
「……次は、関西大会ですか。……本当に、彼はどこまで行くんでしょうね?」
職員室の窓から遠くを見つめる様にして、松本先生はそう呟く。後は、どこまで飛んで行くか見守るだけ。しかしその目は、2人とも期待に満ちていた。
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「はーい。それでは今日はここまで。各自、今言われたことを意識して練習して下さい」
「「「「はい!!」」」」
優子の掛け声により、今日の部活動が終了する。部長としての仕事も少し慣れてきたもので、手慣れた様に指揮者用のスコアに今日の要点をメモして行く。こう言うマメな所も彼女の要領の良さが出ている。そしてメモを終えると、すぐさまトランペットパートに足を運んだ。
「忍、今日どうする?」
「んー、今日はやろっか?確認したい事があるから、ちょっとだけ付き合って。そんなに時間は掛かんないよ」
「おっけー。先に滝先生に書類出しに行くから、その後来るわ」
そんなやりとりをして、優子は先に音楽室から出て行く。意外な事に、ここ最近は毎日2人して残って一緒に練習をする頻度は減っていた。ただ仲違いしたと言う訳でも無い。
これは忍から提案したもので、理由としては毎日音を合わせていると音の微妙な変化に気付きにくいから、敢えて間隔を空けて音合わせをしてみようと言う、今までとは違った練習法を試してみようと言うものだった。
優子としてはこの練習法にいささかの不満はあったが、忍に押される形で現在は一緒に音を合わせるのは週に3、4回と言った頻度で練習をしていた。
「はい、受け取りました。……吉川さんは今日も残られますか?」
「はい。鍵も私が返しに行くと思います」
「分かりました。時間には気をつけて下さいね」
「はい、それでは失礼します」
事務的なやり取りを滝先生と交わし、優子は職員室から出て行く。心なしか、音楽室へ向かう足が速い様に思えた。今まで毎日一緒に練習していたのが、今では制限を食らっているのだ。今日は2日ぶりの音合わせ。表情を見ると、思いっきり緩んでいて、相変わらず顔に出やすい。言葉では絶対に出さないが、顔で上機嫌なのが丸分かりだった。
「♪〜、♪♪〜〜♪〜」
遂には無意識に鼻歌まで歌い出した。何から何まで分かりやすい様でありがたい限りである。そして渡り廊下まで足を進めた時だった。
「あ、優子ちゃん」
上機嫌な優子に話しかける少女が1人。
「あー、香織せんぱぁい!」
中世古の姿を見て、更に機嫌を上げる優子。相変わらずのカオリストの様だ。隣には小笠原も居る。
「なんだか機嫌良いねー?何かいい事でもあったの?」
「い、いえ、そう言う事では無いんですけどー……」
先程の鼻歌が見られていたのかと、少し顔を赤らめる優子。浮かれていた様子はバッチリと目撃されていたようだ。
「ふふっ、でも最近優子ちゃん、本当に楽しそうだよね。見てるこっちもちょっと羨ましくなっちゃうかな?」
「そ、そうですかー?あ、私は香織先輩といる時が一番楽しいですけどね!」
久しぶりの尊敬する先輩との会話に、優子の機嫌も有頂天だ。こう言うところは変わってないんだなと、中世古も安心した様に柔らかく微笑む。
「私たちも部活に顔出したいんだけど、受験も真っ只中だからねー。せっかく部長から解放されたのに、今度は受験だよ。あーあ、早く終わんないかなー?」
そして、今度は小笠原が悪態をつく様にそう言う。この癖も変わらない様だ。受験疲れも顔に出ている様で、心なしか小笠原の眉もいつもより下がっている様に見えた。
「もー、だから今日はリフレッシュしよって言ってるでしょー?」
ネガティブな小笠原に対して、中世古が困った様にそう言う。リフレッシュという事は、今日はどこかに出かけるのだろうか?
「今日はどこかに行くんですか?」
気になった優子がそのまま聞く。
「うん。勉強ばっかりも疲れちゃうから、ちょっとはね」
なるほど、そう言う意味でのリフレッシュか。確かに勉強だけで根を詰め過ぎても良くは無い。それは最近中川からデートに連れ出された優子もよく理解していた。
「あ、そうだ。優子ちゃんも来る?」
「え?、私ですか?」
すると、中世古からお誘いが来た。
「うん。優子ちゃんも部長になって、ソロコンの伴奏もしてるんでしょ?偶には息抜きも必要かなって思って」
やはり部活一のマドンナ。聖母の様な誘いに、優子の表情は一気に明るくなる。
「えー!?いいんですかー!?」
これでもかと言う猫撫で声を上げる。そして優子は
「じゃあ、私も____」
『確認したい事があるから、ちょっと付き合って』
「一緒に………」
『じゃあ、優子のタイミングで』
「……………」
急に黙り込んだ優子に対し、中世古と小笠原も首を傾げる。
そして、申し訳なさそうに、優子は深々と頭を下げた。
「………ごめんなさい。ホントに、すっごい嬉しいんですけど、今日はやらなきゃ行けない事があるんです」
そう言って、優子はゆっくりと頭を上げる。その表情を見て、中世古は納得した笑みを浮かべた。
「……そっか。じゃあ、しょうがないね」
「はい。今度、また誘って下さい!絶対行きます!!」
そしてそれだけ伝えると、優子は音楽室へと走って行く。その背中を、中世古は物悲しげな目で見つめていた。
「………初めて、フラれちゃったなぁ……」
ポツリと誰にも聞こえない声で、中世古はそう呟く。
「え?」
「なんでも無いよ。……じゃあ、行こっか?」
しかしその表情は、どことなく嬉しそうに見えた。