響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
クリスマス
世の紳士淑女が良き思い出を残そうと一念発起するこの日は、街中に男女2人で溢れ返る。
カップル、アベック、パートナー、恋人など様々な呼び方があるが、お互いに矢印が向き合っていてこそ、この12月25日の最重要イベントは成功する。
北宇治高校も例に漏れず、校舎内は落ち着かない男女ばかり。滝先生も気を利かしてか、今日の吹部は幾分か早く終わったのだが、音楽室ではまだ音が響いていた。
「………今日って、クリスマスよね?」
窓の外から帰って行く生徒達を見ながら、優子は死んだ目でそう呟く。
「そうだけど?」
対して忍は怖いぐらいにいつも通り。先程の演奏のポイントをまとめてるのか、スコアにメモを取っている。
優子とて多感な女子高生。クリスマスのこの日が如何に大事かは理解している。
今日とて、部活終わりに忍から話しかけられた時は、それはもう気分ブチ上がり。どんな言葉で忍に返事をしようか。そればかりを考えていた。
『優子、今日は16小節からのところ重点的にやんべ』
『…………………はい?』
しかし、その期待はあっけなく崩れ去った。忍の発言に信じられない顔を見せたのは優子だけでは無く、そこに残っていた他の部員でさえも同じ様な反応をしていた。ただ一人、中川だけは笑うのを必死に堪えている様子だったが。
ともかくもこの特別な日にやってる事はいつもと変わらないと言うのが、吉川優子の目を死なせている一番の要因だった。
家族には今日は帰るの遅いともう伝えているのに、どうすれば良いのか。
「………忍、今日ってなんで部活が早く終わったのかしらね?」
「そりゃ、クリスマスだからでしょ?」
「そうね。そこは分かるんだね。すごいね」
「何当たり前な事言ってんの?」
優子の渾身の皮肉も通じず、首を傾げる忍。限界が近づいているのか、優子の額には青筋が浮かんでいる。
「……今日って、男の子と女の子で二人っきりで過ごす日よね?」
「おう、良かったな。今俺ら二人きりじゃん」
しかし忍のその返しに、遂に優子の怒りは限界を迎えてしまった。物凄い顔をしてカツカツと忍の方に詰め寄る。
「ちょ、ちょっと、優子さん?よ、様子がおかしくあられまして?」
あまりの剣幕に変な口調になりながら後退りをする忍。そして壁まで詰め寄ると、逃がさまいと優子は両手で忍を囲む様に壁を強く叩く。
壁ドンだよ。ドキドキするね。
「……私ねぇ……今日さぁ……親に“帰るの遅くなる”って言ってるのよねぇ……秋川さんにはこれがどう言う事か分かりますぅ?」
互いの鼻先が引っ付きそうな程の距離感で、優子が詰め寄る。こんなの、もっとドキドキしちゃうね。
「えぇ?えーっと、そうですね?……おめでとうございます?」
「おめでてーのは貴様の頭じゃああああああ!!!!!」
怒りに任せた叫び声を上げながら、忍は優子に襲われる。神聖な音楽室にあるまじき光景がそこにはあった。
「ごめんごめんごめん!!冗談!冗談だから!!だからそこは触んなって!!ああっ!!ダメダメダメ!!!」
どんな光景かは割愛させて頂くが、そうされても仕方ないムーブをかましたのは事実。しっかりとお仕置きを食らう忍だった。
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「別に、何も考えてなかった訳じゃ無いって」
「ふんっ、じゃあ最初からそう言っときなさいよ」
茶番も落ち着き、もう陽も沈みかけている。優子の方はまだ少し怒っている様子だった。まあクリスマスにこの様なおちょくり方をされれば誰だって怒る。
「別に部活終わりでそのまま一緒に帰っても良かったんだけどさー、それじゃあ二人っきりになれないじゃん?」
「……そう言うのを先に言っとけって言ってんのよ!」
相変わらず言葉が足りない忍に、優子のカミナリが落ちる。意図的に自主練に誘って二人きりの空間を作ってくれたのは良いが、やり方がやり方だ。明日からまたあられも無い噂が吹部内で流れると思うと、早くも頭痛のする優子だった。
「……うーん、生徒ももうほとんど帰ってるねぇ」
窓の外を見ながら、忍はそう言う。優子の心労を加味しなければ、この二人きりになる作戦は成功な様だ。
後は、この二人がどうするか。
「………こ、この後はどうすんのよ?」
緊張気味に、しかし期待を滲ませながら、優子がそう聞く。そしてその言葉に、待ってましたと言わんばかりに忍は微笑んだ。
「俺ん家、行こっか?」
「…………え?」
それは、優子にも予想出来なかった提案。
今日は、12月25日、クリスマス。世の紳士淑女が、良き思い出を作ろうと一念発起する、特別な日。
そんな日に、好きな人から家に来ないかと言われたら。
「〜〜〜〜っ!!!!」
顔を真っ赤に染め、声にならない叫び声を上げるしか無いのだ。
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北宇治高校から秋川家へは、自転車で20分ほど。
坂道を下り、南に走らせ、宇治橋を渡って数分のところに、彼の家がある。いつもなら5分ほどで駅に着くのだが、今日は20分。荷台に二人乗りをする事になる。
「おー、おー。どっちを見てもカップルまみれですなぁ」
「………そうね」
道中はいつも途絶える事のない会話を続けている二人だが、今日は少し雰囲気が違う。いつもより長く二人乗りをしているからなのか、それともこの後の事を想像しているのか。
宇治橋の周辺はいつもより人が多く、そのほとんどが男女のペアの様に見える。
「……私たちも、そう見えてるんじゃない?」
宇治橋の上。少し緊張した様な声色で、優子がポツリと呟く。
「えー?なんだってー?」
しかし橋の上で風切り音がうるさいのか、忍の耳に届く事は無かった。
「………うっさいバカ!!」
「うおっ!優子!強すぎだって!!」
照れを隠す様に、優子は強く忍の腰を抱き締める。ついでに真っ赤になった顔を隠す様に、忍の背中に顔を埋めていた。
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「……着いたよ」
宇治橋を越えて数分。荷台から降りて、優子は秋川家の外観を見る。至って普通の2階建の一軒家。一度風邪のお見舞いで来た事があるが、その時よりも何倍も緊張する。
なんだか既視感があるなと思ったら、花火大会の時と状況が似てる。あの時も当日に急遽吉川が家に誘ったのだ。……ならば、この状況は忍が仕組んだものではないか?
「………ねえ、忍が今日家に誘ったのって、花火大会の時のお返し?」
「お、よく分かったじゃん。あの時はめっちゃ緊張したかんねー。優子にもその気持ち味わって貰おうと思って」
意地悪そうに忍がそう言うと、吉川の鼓動が少し早くなる。
確かあの時は、両親が居ないタイミングを狙って忍を誘ったのだ。
そして忍がそのお返しをすると言う事は、“そう言う状況”も十二分に考えられる訳で。
「……ねえ忍?……今日って、家に家族居るの?」
震えた声で、優子はそう聞く。そして忍はやっと聞いて来たかと意地悪そうな笑顔を優子に向ける。
「いや、俺たちだけだよ?」
この状況、どうやら確信犯らしい。
甘すぎ注意報(遅い)