響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
夜も冷えるクリスマスの夜。秋川家の玄関に入ると、家の中は電気が付いておらず、真っ暗。誰も家に居ない証拠だ。その状況に、優子の中で更に実感が湧く。
本当に、この家の中は忍と二人きりなのだと。
_____________やばい、何も準備してない。
勢いに流されるままについて来たが、そもそも家に誘われるなんて思ってなかったし、家族すら家に居ないなんて知らなかったし、学校から直接来たのでお風呂にも……
「……優子?上がんないの?」
「うぇ!?は、入るわよ!!お、お邪魔します!!」
色々と考え事をしていたら玄関で突っ立ったままだった様だ。忍に促され、慌てた様子で優子は靴を脱ぐ。
自宅とは違う間取り、家具の配置、匂い。お見舞いに来た時も経験はしたが、今日はそれが喧しいぐらいに五感を刺激してくる。意識をするなと言われても、到底無理な状況だった。
「とりあえず、ソファ座っていいよ」
リビングの灯りを付け、慣れた様に忍はそう言う。緊張でガチガチの優子に対し、忍は自然体の様に見える。
優子は言われるがままに、ソファの端にちょこんと座った。正に借りて来た猫の様だ。
「お茶とかコーヒー、なんでもあるけど何飲むー?」
「お、お構いなく…………」
キッチンの棚を物色しながらそう言う忍に対し、なおもドギマギと優子はそう返す。本当に花火大会の時と真逆の立場だ。
_____________考えろ、吉川優子。
凄まじい不意打ちを喰らったのは事実だが、これは大大、大チャンス。クリスマスに、好きな人と二人きり。しかもお相手の実家で家族は居ない。
つまりこの家で何をしようが、誰にもバレる事はない。
あんな事やこんな事を想像しているのか、優子の顔は更に真っ赤になって行く。表情が隠れるマフラーを付けたままだったのは、都合が良かったかもしれない。ここで決めなければ、いつ決めるのか。
ふと、ソファから仏間の部屋にある仏壇に目を移す。ありがとう、忍のお母さん。今日、私はあなたの息子に……
「何ボーッとしてんの?」
「うぃぇあ!?急に話しかけないでよ!!」
しかしそこまでの余裕は優子には全く無い様だ。この家に入ってから、主導権は忍に握られっぱなしである。
ふと、ソファの前のテーブルに目を移すと、淹れたての温かいコーヒーが目の前にあった。
「い、いただきます……」
一旦落ち着こうと、素直に目の前のマグカップに口をつける。しかし、マフラーが邪魔で少し飲みづらそうだ。
「てか、家の中なんだからマフラーとれば?」
「………まだ、ちょっと寒いのよ……」
素っ気なく忍にそう返すが、実のところ真っ赤になった顔をあまり見られたく無いと言うのが本音。
「………ふぅ……」
ひとまずはコーヒーを飲み、一息つく。温かい飲み物を飲んだおかげか、幾分か落ち着いて来た。一方忍の方は、今度は何やら冷蔵庫の方を物色している。
「まあ、パーティーって程でも無いけどさ、色々買って来たんだよ?」
そう言って、忍はキッチンに向かって料理の準備を始める。
そうだ。この男、料理が出来るんだった。クリスマスに好きな人の手料理。なかなか良いではないか。
「えーっと……チキンはこれでいいから……あれ?どしたの?優子」
気付けば、マフラーを取って優子は同じく隣り合う様にキッチンに立っていた。
「……手伝うわ。エプロンどこ?」
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「はーい、メリークリスマース」
「メリークリスマース」
テーブルの上には、色とりどりの料理。装飾などは無いが机の上のラインナップを見れば、十二分に雰囲気は出ていた。
一緒に料理を作ったのも、その一端だろうか。
「あ、美味し。やっぱ、アンタ料理上手いわね」
「でしょー?最近は親父の評価も凛花より良いからねー。これも腕の差ってやつよ」
「妹と料理で競い合ってる家族なんて初めて聞いたわよ……」
そして優子の様子も、随分とリラックスした様に見える。最初こそ緊張でガチガチだったのが、時間をかけて慣れて来た様だ。そして余裕が出来た優子は、この家に入ってからずっと疑問だった事を口にする。
「てか今更だけど、今日は凛花ちゃんもお父さんも居ないのね?」
「まーね。親父は今日は会社の人と飲むって言ってたし、凛花はさやかちゃん家でなんかやるって言ってたから」
なるほど、だとしたらこの状況はやはり忍が仕組んだ物なのだろう。
「………最初から、これを狙って私を誘ったの?」
「偶然もあったけどね。……何より優子が慌てふためく様子が見たかったからさ」
「ふんっ、ご要望にお応え出来た様で何よりですー」
揶揄う忍に対し、少し拗ねた様子で優子は返す。しかし揶揄われているながらも、このサプライズに悪い気は全くしていなかった。ここまででも、お釣りが来るほどに満足なクリスマスだ。
「でも、ありがと。今日は本当に楽しかったわ」
素直に、優子は感謝の言葉を述べる。普段は少し捻くれているがこう言うところでちゃんと礼が言えるのは、彼女の魅力だ。
優子の言葉に、今度は忍が照れるし仕草を見せる。しかし、“楽しかった”と、過去形はいただけない。まだまだ、夜は始まったばかりだ。
「……せっかく
その先を言おうとして、急にしどろもどろになる忍。そしてその態度に比例する様に、優子の顔も赤くなっていった。
「な、何よ?へ、変にどもってんじゃないわよ!やらしい事とか考えてんじゃないでしょーね!?」
「は、はあ!?別に考えてねーし!!こんなに早く帰ったらつまんないなーって思っただけだし!!」
「なんで考えてないのよ!!」
「なんでそこ怒られてんの!?」
そう言う雰囲気になりそうでならない。しかし、確実に、その瞬間は迫っていた。
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食事も終え、この後は野となれ山となれ。優子としても覚悟を決めて来たのだが、流石にこの状況は否が応でも意識せざるを得ない。
「………お風呂に入らせるって、そう言う事よね……」
浴槽の中、優子は深刻な表情で独り言を呟く。現在、優子は秋川家のお風呂を借りている状況。ずっと制服のままだったし料理も手伝って貰ったので、お風呂を借りる事自体は自然な事なのだが、今日と言う日はそれすらも意味がある様に思えてしまう。
まだ湯船に浸かってからさほど経っていないと言うのに、優子はもうのぼせそうだった。
『優子ー、着替えとタオルここ置いとくよー』
「ちょ、ちょっと!?勝手に入んないでよ!?」
すると、浴室のすりガラスの向こうに影が見える。忍が着替えを持って来た様だ。見えないと分かっていても扉一枚隔てて裸と言うのは、流石にドギマギする。
『裸で出てこられても困るって。洗面所にドライヤーもあるから、勝手に使ってねー』
対して忍の方は何も思ってない様だった。……それはそれで何だか嫌だが。しかも何だか慣れている。
「………ちょっとは遠慮とか、そう言うの無いわけ?」
『んなもん凛花で慣れてる』
「………凛花ちゃんと私は同じなのね……」
実の妹と扱いが同じなのかと、ボソリと優子は呟く。
『なんだってー?』
「何でも無いわよ!!早く出て行きなさい!!私が出れないじゃないの!!」
こんなところでノンデリをかまされてヤケになる優子。こうなったら何が何でも意識させてやろうと意気込んだ、その時だった。
『出たら次俺入るから。優子は先に部屋に行ってて』
「?、部屋って、どこのよ?」
『?、俺の部屋に決まってんじゃん』
「………は?」
一瞬、時が止まる。まるで当たり前かのように言ったが、忍は今とんでもない事を言ったような……
『………じゃあ俺、離れるから』
優子の返事を聞く前に、忍は洗面所から出て行く。風呂場にはピチャンと水の滴る音が数回。水面を見てみると、恥ずかしさからなのか、のぼせているのか、真っ赤な顔が反射している。
「〜〜〜〜っ!!!!」
またしても、声にならない叫びを、今度は水中で叫ぶ優子。
どうにも、今日は忍の方がずっと一枚上手なようだ。