響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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聖夜

 

 夜も深くなる、聖なる夜の静かな一軒家。

 

 吉川優子は、秋川忍の部屋にただ一人。彼のベッドに座り、じっとその時を待つ。聞こえるのは、耳触り良い時計の針の音と、それに呼応する様な逆にうるさい自分の心音。

 忍から『部屋でリラックスしてて良いよー』などと言われたのは良いが、そんなものは遥か彼方、音楽室に置き去りにしている。

 時計の針の音が耳に入ってくる度、それが何かのカウントダウンを表しているかの様に思えて、時間が経つ程に優子の心は穏やかでは無くなって行った。

 

 「………結構、大きいのね……」

 

 ポツリと、独り言を呟いて優子は自身の体を部屋に置いてあった姿鏡に映す。見えるのはその小さな身長には大き過ぎるであろう、男物のパーカーを着た姿。サイズはてんで合っておらず、首元から鎖骨は丸見え。袖に至っては長すぎて捲らなければ手が全く見えない。下は短パンを履いているが、大き過ぎるパーカーによりショートパンツの様になっている。何ともラフな格好だ。

 

 そして例に漏れず、顔は紅潮している。

 

 「…………」

 

 流石にこんな顔は見せられないと、優子はマフラーを再度手に取る。首に巻きつけ再度、鏡で変なところが無いかをチェック。衣服は汚れ無し。歯も綺麗。肌は先ほどお風呂に入ったから完璧。髪は……まだ乾き切って無いが良しとしよう。

 後は、気持ちの整理だ。忍がお風呂から出てくるまでに、このうるさい程の心音と赤く染まった顔をどうするかだが……

 

 「あいー。お待たせー………って、何その構え?」

 

 いきなりの訪問にとっさに優子は身構える。と言っても良くある自分の身を守る様な可愛らしいものでは無く、これからプロレスでもおっ始めそうな、リング上のアントニオ猪木みたいなファイティングポーズを取っていた。マフラーを首から垂らしているので余計にそれっぽく見える。

 

 「………いきなり襲われるかと思って」

 

 「しねーよ。そんな事」

 

 男の風呂が早い事を失念していた。見てくれは彼シャツに身を纏った可愛らしい少女が短パンの癖にマフラーを巻いてアントニオ猪木のポーズを取っている。文字で起こすと意味が分からないが、そう表現するしか無い。

 と言うか仮に襲われたとして闘う気だったのか、この少女。

 

 「ってか、何でまたマフラー巻いてんの?」

 

 「……寒いのよ」

 

 「暖房付けりゃ良いじゃん」

 

 そんな優子の奇行に少し呆れながらも、忍は暖房のスイッチを付ける。この家に来てからは忍よりも優子の方がおかしな行動を取っている。いつもとは真逆の光景だった。

 しかし、条件はこれで揃った。風呂上がりの忍はいつもより少し色っぽく見える。その光景に、生唾を飲む。

 覚悟を決めろ、吉川優子。

 実家と言う想定外はあったが、今日、この日にこう言う展開にならないと予想しなかった訳ではない。

 

 「うーん、何しよっかー?」

 

 すると、先に仕掛けて来たのは忍だった。自分の部屋だからか、随分と自然体で居る。その様子を見て優子も“まだ”、その時では無いと感じ取る。

 

 「この前はお見舞いで、アンタの部屋あまり見れなかったからね」

 

 しかし、今日はここまで散々主導権を握られっぱなしなのだ。少しはやり返したい。

 

 「……そうね、小さい頃のアルバムとか無いの?」

 

 「え? ………まあ、あるけど。……そんな面白いもんじゃ無いよ?」

 

 優子の提案に、忍は一瞬やりにくそうな表情を見せる。そしてそれを、優子が見逃すはずがない。

 

 「えー? 見たいー。せっかくアンタの部屋来たんだから、そう言うのあるでしょー?」

 

 わざとらしく、猫撫で声でねだる優子。こう言う甘え上手なところは彼女の強みだろう。忍は渋々ながらも押し入れの戸を開く。

 取り出したのは、何冊かのアルバム。年代別に整理されている様だった。

 

 「……勝手に見ていいよ」

 

 「何冷たいこと言ってんのよ? 一緒に見るわよ」

 

 そう言ってベッドの上にアルバムを広げ、囲む様に忍と優子もベッドに腰掛ける。ここまで来れば緊張より好奇心が優っているのか、上機嫌に優子はアルバムを開く。

 

 「これ、何歳の頃?」

 

 「7歳ぐらい。……多分琵琶湖にキャンプしに行った時のやつだと思う」

 

 「へぇー。あ、これカワイイー!凛花ちゃん子供の頃こんな感じだったのねー」

 

 「あー、なっつ。この頃はよく凛花と喧嘩してたねぇ」

 

 「へー、意外。アンタ、凛花ちゃんとケンカしてたんだ」

 

 「まあ、大体俺負けてたけど」

 

 「それも意外ね……」

 

 アルバムを見ながら、あれやこれやと言葉を交わす二人。最初はやりにくそうにしてた忍も、懐かしさからか表情が朗らかになっていった。

 

 ふと、一枚の写真が優子の目に止まる。

 

 「あれ? これって……」

 

 その写真は、同じく忍の子供の頃のもの。包装された箱を開け、その中身を見てこれでもかと目を輝かせた、5歳の頃の写真。今でも毎日一緒の、キラキラと白金に輝く、真新しい管楽器。

 

 

 「……そっか。この時に、初めて買ってもらったんだ」

 

 

 懐かしむ様に、しみじみとそう漏らす忍。

 日付には、12月25日と記されてあった。

 

 「こん時が、一番サンタさんに感謝した日かもね」

 

 「……そう。この日から、忍は吹き始めたのね」

 

 同じくしみじみと、優子はそう返す。いつしか、スランプの時にターニングポイントとなった、“原点”。それを意外な形で見つける事となった。

 

 少し、雰囲気が変わってきた。

 

 今まで、そう言う雰囲気になりそうでならなかった。忍がおちゃらけたり、優子が素直にならなかったり。

 

 ただ、今日のこの瞬間は、違う。

 

 「サンタさんはもう居なくなっちゃったけど、今度は自分の番って事かな?」

 

 それをいち早く察知したのは、忍だった。ベッドから立ち上がり、机の引き出しから何かを取り出す。

 

 今日は、クリスマス。サンタさんが、プレゼントを持って来てくれる日。

 

 

 「はい。これ、プレゼント」

 

 

 言葉は素っ気ない。しかし、気持ちは伝わる。

 両掌程の細長い箱に、しっかりとされた包装。優子の心音が、また早くなる。

 

 「……開けてもいい?」

 

 しかし、それを抑え込む様に、そう返す。一つ、忍が頷くと、自然な手つきで包装を剥がしていく。

 

 「これって……」

 

 中から現れたのは、大きめのリボン。色は、彼女の瞳と同じく、透き通る様な綺麗な水色。

 

 「……どう? 気に入った?」

 

 「……うん。すっごい嬉しい」

 

 忍の問い掛けに、優子は素直な言葉を返す。

 今日の、この瞬間だけは、茶化さない。そしてそのリボンと同じく綺麗な瞳を忍に向ける。

 

 「……忍、つけてくれる?」

 

 「……俺でいいの?」

 

 「アンタがいい」

 

 少し茶化そうとした忍を逃すまいと、優子は直接的にそう言う。対して忍は、真っ直ぐな言葉に顔が少し赤くなる。

 

 「ほら、お願い」

 

 そう言って、優子は忍に背中を見せ、髪を掻き上げる。言われるがままに、忍はリボンを………

 

 

 

 「…………どうやってつけるん?」

 

 

 

 予想外の一言。あと少し、本当にあと少しだったのに。忍のその言葉は、これまで積み上げて来た雰囲気をぶっ壊して行く。

 

 「……ぷっ、あっ、はっはははは!!」

 

 ここまで来たら、流石の優子も笑うしかない。確かに普通の男子がリボンの付け方なんて分かるわけもない。が、このタイミングでそれを出すとは、彼女も全く予想してなかった。

 

 「…………」

 

 対して忍の方はバツの悪そうな顔をしている。そりゃそうだ。もうゴールは目前まで来ていたのに、盛大に外したのだ。秋川忍、17歳。決定力不足は深刻な様だ。

 

 「アンタってホントに……っぷふ! ここでそれ出すぅ?」

 

 尚もバカにする様な優子の態度に、今度は少し怒りが湧いてくる。ここまで用意したのは俺なんだぞ。

 

 「ひぃあ!? ちょっと!! どこ触ってんのよ!?」

 

 馬鹿にされた腹いせにと、背後から優子の脇腹をつつく忍。

 

 「ちょっとムカついた」

 

 「あっ、ちょっと! んっ! い、いい加減にしなさいよ!?」

 

 無表情で、優子の脇腹を攻め続ける忍。しかし度が過ぎたのか、優子は立ち上がってすぐさま反撃を返す。

 

 「あははは!!ちょっ、直接はダメだって!!!」

 

 忍とは違い、がっしりと両手で脇腹を掴んでくすぐる。

 もう、雰囲気も何もあったものでは無いが、一緒に過ごせたし、プレゼントも貰った。そこから先は惜しくも超える事は無かったが、総合的には大満足なクリスマスだ。この続きは、また今度にでも。優子も仕方ないと、そう思っていた。

 

 

 しかし恋愛の神様は、まだ二人を見捨てていなかった。

 

 

 「うわっ!」

 

 「きゃっ!?」

 

 

 じゃれ合いの末、アルバムの箱に足をぶつけて、二人してバランスを崩す。

 

 そしてそのまま、ベッドに倒れ込む。優子の上に忍が覆い被さる様な形になった。

 

 「は?……え?」

 

 優子の方は状況が飲み込めず、変な声を出している。

 先程までくすぐる手を忍が退けようとしていたため、ベッドの上で優子の両手を押さえ付けてる様な状況。

 

 「…………」

 「…………」

 

 互いに、無言。だんだんと状況を理解し、優子の顔はみるみると赤く染まって行く。マフラーをして無かったら、理性のタガが外れていたかもしれない。

 

 「……ねえ、優子?」

 

 一方忍は、冷静だった。

 ……いや、違う。この顔は、覚悟を決めた表情だ。忍の問い掛けに、優子は更にマフラーに顔を埋める。

 

 「な、なに……?」

 

 蚊の鳴くような小さな声で、絞り込む様に優子は返事を返す。そして忍は、ゆっくりと優子のマフラーに手を掛けた。

 

 

 「……外していい?顔、よく見えない」

 

 

 「………うん」

 

 

 こうなれば、もう優子も覚悟を決める。言われるがままに、されるがままに優子からマフラーが外される。

 

 現れたのは、今まで見えなかった吉川優子の素顔。さっきまでじゃれあっていたので呼吸は少し乱れ、顔は紅潮し切っている。目は潤み、不安なのか、期待しているのか、そんな感情が混ざり合った顔。

 

 _________あ、やばい。

 

 そう感じた時には、もう遅かった。理性のタガが先に外れたのは、忍の方だった。荒くなる呼吸を感じながら、ゆっくりと、忍は_________

 

 

 

 _____________ハア、ハァ………

 

 

 

 息遣いも、よく聞こえる。

 

 

 「…………ん?」

 

 

 しかし、何かおかしい。確かに優子の呼吸は乱れているが、それにしては呼吸と音が合ってない様な……

 ふと、扉の方へと忍は目線を向ける。

 

 _____________まさか。

 

 「………忍?」

 

 ゆらりと立ち上がって、音を立てない様に扉へと忍は近づく。

 

 

  

 「ハァ、ハァ………何やってんの……!?兄ちゃん……!?優子さん待ってるって……!」

 

 

 

 その声を聞いて、忍の理性が急激に戻って行く。そして、ドアノブに手を掛けると、勢い良く扉を開いた。

 

 「うわああっ!!」

 

 突然現れた兄を目の前に、凛花は咄嗟に後退りをする。

 

 「…………凛花、さやかちゃん家は?」

 

 「え、えーっと……早めに終わったってゆーかー……」

 

 何か言い訳をと、許しを乞う様な口調で凛花は上目遣いで自身の兄を見上げる。

 

 しかし、その表情はどんどんと青ざめていった。

 

 

 「ご、ごめんなさいいいいい!!!!!」

 

 

 そして、逃げ帰る様に凛花は自分の部屋に戻って行った。

 

 

 




R-18絶対許さないウーマン秋川凛花(15)
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