響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
月永源一郎
その名は、吹奏楽界隈に疎い忍でも知っている。通称、『源ちゃん先生』。指導者として数十年。数多の賞を受賞して来た、正に名伯楽だ。
『吹奏楽の強さは、指導者によって決まる』
実績からその言葉を体現する様な先生。しかし年齢も重ねて、指導者としてはもう引退していると聞いている。そんな大物が、何故ソロコンの合宿に指導者として参加する事になったのか。
「やっぱ若い子はいいねぇ。みんな目がイキイキしてるよ」
合宿所のホール内。集められた生徒達の前で快活にそう言う源ちゃん先生。
郵政民営化を成し遂げた何処ぞの総理大臣の様な荘厳な見た目とは裏腹に、随分と接しやすい話し方をする先生だ。『源ちゃん』と可愛らしい渾名なのも、この性格から来てるのだろうか。
「皆んな、こんな経験滅多に無いぞ?月永先生に聞きたい事があればどんどん質問すると良い」
先生の1人が、そんな事を言う。
しかし生徒の反応は、困惑が主を占めていた。
関西で吹奏楽をやっている者ならば、彼の名を知らない者は居ない。聞きたい事と言っても、何を聞けば良いのか。技術的な事を聞けば良いのか、精神的な事を聞けば良いのか、はたまた雑談でもすれば良いのか。
ここにいる生徒達はソロコンに出る程に技術力はあるが、まだまだ高校生。目上過ぎる人間とのコミュニケーションなど、経験が無いのだ。
そんな生徒達の反応を見て、源ちゃん先生は見透かした様に薄く微笑む。
「そうよなぁ。初めましてのジジイに、何聞いていいか分かんないよなぁ」
その言葉は図星だったのか、何人かの生徒から乾いた笑いが出る。しかしお構いなくと、先生は言葉を続けた。
「でもなあ、私も君たちの事何も知らないんだ」
その言葉に、生徒達の表情が少し引き締まる。
「私と君たち、お互いに初めましてだ。私は君たちがどの様な演奏をするか知らないし、君たちは私がどの様な指導をするのか知らない」
端的に、分かりやすく源ちゃん先生は言葉を並べる。
「だからまずは君達の演奏を聴く。その上で、話を聞く。指導は、それからだ。まずはお互いを知ってからじゃないと、的外れな事を教える事になるからね」
名伯楽と呼ばれるその本質。それは、上から指導することではなく、生徒と同じ目線で語る事だった。吹奏楽だけでは無い。指導をする上で、自分の考えだけを押し付けようとすると、必ず何処かでズレが生まれる。なぜなら人の考え方や気持ちは、必ずしも一つでは無いからだ。重要なのは、それを理解した上で個人に対してどうアプローチするか。
いつの間にか、生徒達は源ちゃん先生の話を真剣に聞いている。この人を惹きつける話し方も、名指導者たる所以だろうか。
そして感心しているのは、引率で来た先生達も同様だった。教育者としての格の高さも感じさせる、お手本の様な接し方だ。
「まあ、堅苦しい話はこれで終わりにしよう。とりあえずは君たちは普段通り演奏してくれれば良いよ。……たまに後ろからジジイが声を掛けてくるかもだけどね」
ひょうきんにそう言う源ちゃん先生に、笑いが起こる。どうやらこの緊張感の緩急の使い方も、熟練の域に達している様だ。
そして一転、今度は締めるような口調に変わる。
「ここにいるのはソロコンの関西大会への出場者たち。つまり実力者だ。おそらくだが、君たちはもう"自分の音"を持っているだろう」
忍だけでは無い。ここにいる者は皆、自分自身で試行錯誤を繰り返しながら自身のオリジナリティを構築して来た。
「だからこそ、他の人の音を聴くのは大事だ。即ち、"自分とは違う魅力的な音を出せる人が居る"と知ること。この合宿ではそれを絶対に忘れないように。いいね?」
「「「はい!!!」」」
源ちゃん先生の問いかけに、生徒達は気合の入った返事を返す。この短時間で、しっかりと生徒の信頼を得た様だ。
________
ついに始まった合同合宿。各々いつも通りに練習に取り掛かるが、いつもの部活と違うところは、一人ひとり曲がバラバラな事だろう。ホール内のピアノの数は3台。伴奏者を連れて来ている参加者は、持ち回りで交代しながら演奏して行く。伴奏者を連れてない参加者は、先生の1人が伴奏を受け持つ形で練習を進めていた。
「……………」
ピアノが空くまでの途中、忍は他の参加者の音を聴く。やはり誰しもが上手い。そして何より、"個性"がある。
フルート奏者の彼女は踊る様に音が跳ね、聴いているこちらも楽しくなってくる。
オーボエの彼は、演奏自体は派手では無いが音の粒が際立っている。基本に忠実な中で、自分が表現したい抑揚も忘れていない演奏だ。
そしてトランペットは________
「どうや?忍。圧倒されたやろ?」
「相変わらず暴力的なくらい音が出るねぇ、まさっちは」
感想を求めてくる篠田に、忍はそう評す。彼、篠田正和の演奏の一番の特徴は、"情熱"だろうか。そのスタイルは選曲にも出ていて、高難易度と言われる"スラヴ幻想曲"をこれでもかと言うほどに感情を込めている。
掴みで言えば、誰もが振り返る様な演奏。どちらかと言えばエンタメ性の高い演奏だった。現に何人かの生徒は練習を止め、篠田の方に目線を移していた。
♪ー、♪♪♪♪ーー♪ー
しかし、それを切り裂く様な音がもう一つ。
同じトランペットの音だ。忍と篠田が同時にその音の方向へと目を向けると、憮然と楽譜に向かう1人の少女が居た。
「あの子って……」
「もう1人のトランペットの参加者やな。えぇーと……」
「
「そうや、思い出した。柳島や。大阪東照の制服やけん分かりやすいわ」
この合宿でもう1人同じトランペッターとして参加している、
「………!」
曲を吹き終わると、2人の視線に気付きこちらに視線を向けた。
「………なんか、メンチ切られてない?」
面持ちが仏頂面な事もあるのだろうが、こちらをじっと見つめるその顔はまるで喧嘩を売りに来たそれだ。しかし向こうから話しかけてくる気配は無く、異様な雰囲気だった。
「……なんか話しかけたれや、忍」
「えぇー……俺ー?」
篠田から無茶振りをかまされ、困惑する忍。柳島さんは目の焦点を一切ずらす事なく、こちらをロックオンしている。目線どころか、体さえ微動だにしてない。やばい、そろそろ怖くなって来た。今のところは何もされてないが、放っておくのも気分が悪い。
「あ、あのー……柳島さん、ですよね?」
意を決して、忍が話しかけるも
「!?!?」
帰って来たのは、驚愕の表情。そして
「!!ーー……プウ……」
変な声を出して、慌てた様にホールから出てしまった。え、なんかした?
「………なんやったんや……」
一連のやり取りに、困惑しきっている篠田。いきなりメンチを切られ、こちらから話しかけたらそそくさと逃げていってしまった。
「……まあ、合宿は明日もあるし、どっかで話できるでしょ」
忍としても困った顔を隠し切れない。この合宿で出会った中では、間違いなく一番の変人に部類される子だ。
「でも、上手かったね」
しかし、技術はズバ抜けていた。忍がそう言うと、同意する様に篠田も頷く。
「そうやな。あーあ、ライバルはお前だけや思うてたんに、もう一人増えたやないか。どうしてくれるんや」
「知らん。こっちに文句言わないでよ」
続けて悪態を吐く篠田に対し、忍は鬱陶しそうにそう返す。ただ、しのだのいうとおり、思わぬところからライバルが現れた感じだ。
変人にて、技術は超一流。それが柳島亜由美に対する忍の第一印象だった。
「忍ー!!次、私達よー!!!」
すると、ピアノの前で優子が呼ぶ。どうやら今度は忍が演奏をする番の様だ。
「お、次はお前かいな。ええもん聴かせてくれるんやろな?」
「もちろん。今度はまさっちが圧倒されちゃうかもねー」
「はっ、抜かせ」
篠田の挑発に、いつもの飄々とした様子で忍はそう返す。今までもやれる事は全てやって来たのだ。その自信や良し。コンディションは万全だ。いつも通り、楽器に埃がないか、入念にチェック。そして、チューニングの音を短く出す。
「それじゃ、優子のタイミングで」
いつもの言葉を投げかけ、忍は演奏を始めた。